ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2670, おばさん、の話
これに対する答えが、回答者の価値観を浮かび上がらせている。
上記質問に対して、空欄に答えを書いて返信してきた人、
書ききれず別途に長文を書く人もいた。
著名人だけあって、自分専用のレターパッドを使っている人もいた。
レターパッドにタイプ打ちして、自筆のサインを見ると
この人はこんなレターパッドなのか!とか、サインはこんななのか!とか、
普段あまり目にすることのできない、側面を見ることができる。
読んでみると、なかなか心のこもった座右の銘が多い。
次のことは、その中で多く見られた言葉である。
一番のベースとして、大事なことばかりだ。
「ベストをつくせ」「家族と友人を大事にしなさい」
「愛とは、見返りをもとめないこと」「決してあきらめない」
「誠実であれ」「好きなことを極める」「親のいうことをきけ」 等々ある。
以下、印象的な人の言葉を抜粋してみる。
ーーー
●良い判断を下すには情報が必要だ。
●すべての善人に過去があり、すべての罪人に未来がある。
●自分の性格判断の簡単な方法は、何もしてくれない人にどう接しているかを知ることだ。
●言いわけはするな。友人には必要ないし、敵は信じないから。
●信仰心に栄養を与えて育てれば、疑念は飢えて死ぬだろう。
●勝とうという意欲より、勝つために努力しようとする意欲の方が大切である。
モーガン・ウーテン(高校バスケットの名コーチ)
−−−
●ぼくのアドバイスは、
‘毎日を最後の日と思って生きよう、そして自分を信じよう’
リチャード・ブランソン(実業者ー冒険家)
−−−
●自分の身に起こることを常にコントロールすることはできないが、
起こったことに対する反応をコントロールすることはできる。
失ったものはあきらめ、負けないすべを学ぼう。
フィル・ニークロ(元大リーガー)
まだまだ、面白いもの多くある・・・ −つづく
(○´ω`○)ノ**SeeYou**again!
・・・・・・・・
2006年07月27日(木)
1941, ローマから日本が見えるー16
\(^▽^*)おはよう
第七章「創造的天才カエサル」−2
ー植民都市の建設ー
徴収上の問題を解決をすると同時に、カエサルが行ったのは、属州にも
ローマ市民権を積極的に増やしていく方策であった。
ローマと属州が共同運命体になるには、属州にもローマ市民を
積極的に増やしていく方策である。
彼は大きく分けて二つの方法で、属州在住のローマ市民を増やしていった。
・一つは、族州民にローマ市民権を与える方法。
「古くからローマ人は敗者も同化する」という独特な哲学を実践していたが、
それを属州民にも適用していった。ガリアや北イタリヤにとどまらず、
スペインの原住民の有力者にも、ローマ市民権を与えたのです。
後世の歴史家が、ヨーロッパはカエサルが創造したとする、ゆえんである。
・第二は、カエサルはローマ市民を属州に送り込んで、
そこに「植民都市ーコローニア」を造らせるという方法であった。
すでにローマはイタリア半島に防衛拠点に植民都市を建設していたが、
それを属州までも広げるというやり方である。
このアイデアはカエサルの独創ではない。
かってグラックス兄弟の弟ガイウスが試みて元老院に潰されたカルタゴもそうだし、
ポエニ戦役当時スキピオ・アフリカヌスがスペインに建設させたイタリカも、
ローマ人が建設をした本国外の「コローニア」の例である。
カエサルは、この植民都市をより多く建設していくことだけだった。
カエサルのこの政策によって、属州に移住したローマ市民は8万人にも達した。
これは、あたかも棄民のように思われるが、そうではない。
植民者となったのは、ローマにいても仕事の無い失業者であり、カエサルの軍団の兵士だったからだ。
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07月27日(日)
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