ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2570, 些細なものほど、光を放つ! と、振り返ると解る
白洲 「いや、恥ずかしい。そんなもの、持っていらっしゃらなくてよいのに。」
車谷 「私が板前ををやめてセゾンに勤めていたころです。
  消印を見ると昭和62年12月です。」・・・(中略)

    車谷 「20年間、文章を書いてきてファンレターなるものをいただいたのは、
     一度だけです。それが白洲先生からだから、びっくり仰天です。」
    白洲 「冗談じゃないわよ。なにしろあなたの文章じゃ、
     誰も手紙なんか出せないわよ。私は思い切ってだしたけど」
    車谷 「お手紙の中で、『車谷さんの文章は生きている』と書いてありました。
     『生きている』というところに傍線を引いて、何回も読みました。
      のちに先生にお目にかかったとき、『おそろしい』と言っていただいたことを
      覚えています。『こわい』とかね。
    白洲 「ほんとうにこわい。今だってこわい。」・・・・(中略)

車谷 「私が25歳のときに小説を読むきっかけは、永井龍男の『青梅雨』という短編を読んだ時でした。
 ぼくは名文だなと思った、よけいな言葉が一つもなくて。
 それで、一生に一度でよいからこういう名文を書きたいとおもったのが、
 ぼくが小説を書く動機だったので、、文章がダメな人は、文学者としてダメだと思うんですよね。」、
白洲 「あたりまえじゃないの」。 ・・・・
 
    車谷 「若いときから西行に憧れて出家したいと思ってたんです。
     とにかく一生の間に一冊作品集を出して、それで出家しようと。
     47歳のとき「しお壷の匙」という作品集が出まして、これでもう
     出家しようとしたら、高橋順子というのがあらわれて、結婚するはめになって。」
     ・・・・(中略)
    白洲 「あなた、お辞儀ばっかりしているようなときがあるわね」・・・(中略)
    車谷 「白洲先生は鬼になって書いていらっしゃる」
    白洲 「私は般若です」
    
ーーー
解)遜った車谷の態度が気になるが、白洲の前ではこんなものか。
文学の世界では、白洲正子のブランドは絶大なのだろうが。
最後の車谷が白洲に対して、鬼になって書いてる!に対して、私は般若です!というところがよい。
般若の面は差別に対する、究極の怒りと嫉妬の表情というが。 それと知恵もあるが・・・
 
 また、次の部分も良い。
車谷「20年間、文章を書いてきてファンレターなるものをいただいたのは、
 一度だけです。それが白洲先生からだから、びっくり仰天です。」
白洲「冗談じゃないわよ。なにしろあなたの文章じゃ、
 誰も手紙なんか出せないわよ。私は思い切ってだしたけど」 
  白洲をして、そこまで言わしめるのだから、
  車谷の「しお壷の匙」を読むことにした。   ホンジャ、バアアイ
                        ♪♪((((*`・´))ノ
・・・・・・・・
2006年04月17日(月)
1840, ジャンケン
    オハ (´・ω・`)(ω・`)!(´・ω・`)! ヨ〜 

「ジャンケン」について書いてある資料は殆んどない。
HPを調べても勝ち方の極意が書いてあるだけだ。その中で、それぞれのだす確率があった。
580回のうち、グウが190 、チョキが203、パアが 187 回とあった。
確率からみたらグウを出すのがよいことになるが、ほぼ同じである。
もっと偏りがあると思っていたが。
           Pa(・ω・ ) σ(д・`★)グウ Y(・c_,・●)チョキ
 図書館で何気なく立ち読みした
    「大切なことは60字でかける」−高橋昭男著の中にジャンケンについて書いてあった。
それによると、
・ジャンケンは、江戸時代に中国から長崎に伝来
 大阪を経由して江戸に伝えられた。
・江戸時代のジャンケンには色いろな方式があり、子供の遊びではなく、
     お座敷遊びの一種であった。
・中国では、日本と同じ方式で行っている。
 世界の40ヶ国で盛んに行われている。

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04月17日(木)
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