ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2512, iPod nanoを買ってみた!
 まあ昔話は人生のイメージ・トレーニングをすることである。
 
 ー人生を肯定する生き方ー

 「昔話を聞いたり読んだりして育った人は、それだけで人生に対する抵抗力がつく」
とはよく聞くことですが、そのことが最近やっとわかってきたような気がします。
昔話はだいたい、主人公が一人いて、いつも前進し続けていて、最後には幸福になるという
筋書きですね。これが繰り返し繰り返し、いろんな物語に出てくる。
これらに出会うことによって、なるほど人はひとつのイメージ・トレーニングが
できてくるのだろうなと思います。
 それから、必ず善が勝つのも昔話の特徴でしょう。善が勝つ、善が生きのびるということは、
とにかく小さい時にはこれでもか、これでもかと伝えてやらなくちゃいけないんでしょうか。
そうやって生きるということを徹底的に肯定的に肯定してやること。
それをしなかったら、すぐ「どうせ人間なんて」ということになってしまう。
「どうせ生きたって」「どうせ大人なんて」ということになる。

    私は児童文学とか、昔話は、人生を肯定的に見る下地をしっかり子供の中に
    つくってくれるのではないかという気がしています。またそうあって欲しいと思います。
   『夜と霧』を書いたフランクルが「それでも人生にイエスと言う」を出している。
    何だかんだと言っても、それでも人生を肯定しようと、彼は言っています。
    その姿勢を昔話とか、子供の本は子供たちに、いえ、広く私たちに伝えて
    くれているのではないか。そういう思いをぶち壊そうという力がどんなに大きいか。
    そう思えば思うほど、せめて小さい時にそれに耐えうる下地を、と思うのです。

「なんだかんだあっても、でもあの人はこういきてきたじゃないか」とか、
「でもあの子は、こういうふうに生きたじゃないか」とか、
「周りはそうじゃないかもしれないけれども、でも周りだけが全世界じゃないわけだし、
世界のあちこちに人は暮らしていて、しかしこれまでだって、あんなふうにも、
こんなふうにも生きてきたじゃないか」そういういくつかの「モデル」を持っている
ことの大切さを思うのです。小さいときにたっぷりとそういうものに出会わせてやえば、せめては
思春期ぐらいまでは生きのびられるんじゃないか、それを絶えず強化し、補強していく
ということは必要でしょうけれでも。
 
   (解)毎日の経験の中で、どれだけ幸福に気づくかが人生を豊かにするかどうか!
     である。その訓練を童話や昔話を子供の時に読んだり聞いたりする中で
     培われるというのも肯ける。
     幼児期に親戚のオバアチャンに聞いた昔話や御伽噺の積み重ねが、
     人生の初期段階でハッピーエンドへの物語の刷り込みになって、
     その人の人生のベースになっていたのだ。
     また人生の日々の中の幸福に如何に気づくかが、そのためには、
     幸せに目を凝らす必要があり、それはイメージ・トレーニングで培われる!のである。
      幼児期には昔話をジックリ聞かせてあげる、
      少年期には少年世界文学全集、
      青年期にはあらゆるジャンルの小説、
      中年期は自分の好きな小説、
      などなどが、人生の基幹を作っていたのである。
    1ヶ月前から「ファンタジー180冊紹介本」を新幹線の中で読んでいる。
    これが、本を開くと異次元の世界にドップリ引き込まれる。
    今度その内容について書くが、まあ面白い。
    異次元世界のそれぞれ幻想世界がユニークに描いているからだ。 
            ヽ(*´∀`*)ノ.+゜ホンジャ〜バイ♪.+゜
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2006年02月19日(日)
1783, インディアンの心  
         オハ (´・ω・`)(ω・`)(・`)(´・ω)(´・ω・`)ヨ〜
「インディアンの教え」は今まで何度か書いてきたが、
ある書物の中で有名な手紙に出くわした。

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