ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2382, 私の嫌いな10の人びと −1
才八∋ウ_〆(∀`●)
「ついにきたか!」というのが、このニュースを聞いた時の実感である。
朝鮮半島の情勢が、そのままつづくとは思えなかったが・・・
いざ動き始めると、日本にとって事態は深刻である。
「アメリカの空爆」か、「海上臨検」か、何が起きるか解らない事態である。
最後のカードの原爆を道具に国際社会を脅してきたから、
中国・ロシアも隣国として黙っていられなくなった。
「北朝鮮に対する強行路線」を売りにしてきた阿部首相、
早速その実行をせざるを得なくなり、かなり際どい場面が出てくるのは必至。
日本へのテロも考えられし、暴発の危険が大になった。
これを区切りに日本海周辺は様変わり、中東なみの事態になった。
北朝鮮も土壇場まで追い詰められているのは周知の事実。
アメリカがアフガンとイラクにエネルギーをとられ、イランの核開発の問題で
攻撃をしてこないだろう踏んだのだろうが・・・
アメリカが、いや世界が黙っているはずもなく、最終の事態になる。
それにしても韓国のノ・ムヒョンという大統領!、ありゃ何?
選んだ韓国民の現在のレベルーをそのまま現している。
あんなのをよく大統領にしたものだ。 北朝鮮に対して『太陽政策』だと!、まったく。
これで韓国名物の軍事クーデターの可能性も出てきた。
5年前の9・11事件の事件の流れとして、アフガン・イラクに続いて
アメリカにとって次の標的に丁度よいタイミングである。
ただ国力をあまりに消耗しすぎたのが大問題である。
今度は対岸の火事とは、いっていられない戦後60年来の初めての非常に深刻な事態である。
日が経つにつれて深刻度が増していくのは目に見えている。
「やれるものなら、やってみな!」と、言っていられないくなってきた。
モーニングコーヒーでも!( ^-^)_且~~~
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2005年10月11日(火)
1652, 北イタリア旅行記−3
昨日の午前、午後にかけてタイミングよくNHK総合で
『世界遺産イタリア縦断1200`・総集編』を放映していた。
今回の旅行前(8月と9月)にBSで放送したものだが、
行く前と行った後では、見る目も違ってくる。
今回行ったところではシエナと、チンクエレッテがあった。
とにかく石の文化は残るからよい。
一度つくってしまえば、数百年も先祖代々住みつづけることができる。
やはり、日本とは歴史の深さからくる民度が圧倒的に違う。
またイタリアも北と南との豊かさの格差が大きい。
ーフィレンツェー
ルネッサンス発祥の地”フィレンツェ”。
フィレンツェ歴史地区はフィレンツェの中心部であり、
ユネスコの世界遺産(文化遺産) に登録されている。
歴史的な町並みが広範囲かつ集中的に保存されていて、
ルネッサンスの芸術や文化を感じることができた。
イタリア統一後、短期間イタリア王国の首都がおかれていた。
(1865年-1871年)。
フィレンツェは長期にわたりメディチ家の支配下にあった。
中世からルネサンス期にヨーロッパにおいて、商業および金融の重要な中心地であり、
文化の中心地域としても発達し、美術、建築の傑作が数多く残されている。
黄金期のミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチなどの作品が残り、
街全体が美術館のような佇まいになっている。
ーその幾つかの概要を書いてみる
・大聖堂
フィレンツェといえば、その象徴とも言える大聖堂である。
別名「サンタ・マリア・デル・フィオレ(花の聖母寺院)」と呼ばれ、
白・緑・ピンクの色大理石を巧みに使った優美な外観を持つ。
量感と均衡に満ちた、イタリア独特のゴシック建築である。
着工は1296年カンピオによって始められ、その後ルネッサンスの建築家ブルネレスキが
14年の歳月をかけて大円蓋(クーポラ)を架け終ったのが1436年のことである
(頂上のランタン部分は1461年に完成)400段以上ある石の階段を上ったが、
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10月11日(木)
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