ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2380, ハンモックのある生活
その光の射さない中でじっと胎児のようにうずくまり本当の愛に飢えていたんだと思います。
母が見つめれば見つめるほど、私はぬいぐるみだけの自分になってしまうのです。
それは子供の存在がないネグレクト(無視)と一体どこが違うのでしょうか」

   「私をぬいぐるみにしている母は偽者の母で、ある時からそんな偽者の母を
    ただのぬいぐるみにしか見えなくなったんです。
    何かぬいぐるみ同士が向かい合っている感覚っていうか。
    その母の着ているものを殺してあげたかった。
    殺せばそのぬいぐるみの中から、胎児の中から本当の母が生まれるんじゃないかって。
    そして私を閉じ込めているぬいぐるみの中から、
    胎児のままの私を取り出してくれるんじゃないかって。
    母を殺せばそこで母が自分のものになり、
    自分の本当の母に戻ってくれるんじゃないかって、不思議な錯覚に陥っていたんです。
    ぬいぐるみの母がこの世から居なくならない限り、自分の存在は永遠に消えたまま
    じゃないかって、そんな気持ちが渦巻いていたんです」
  −−
評)
非常に深い彼女の暗闇からの叫びである。
母親の強力なエネルギーに押しつぶれされた娘の悲鳴である。
親が自分の都合でつくり上げた「あるべき姿」というぬいぐるみに押し込まれて、
真の自分が暗闇に落とされてしまい、死ぬほど辛い格闘が歪んだカタチに出ているのが、
「ゴミ少女」たちの姿である。

  私の中学校の担任の定年祝いを兼ねた同級会での、二次会のスナックの深刻な打ち明け話
  「おい堀井!俺の悩みを聞いてくれ。定年を向かえた現在になり後悔しているのは、
  『自分の人生が無かった』ことだ。両親が二人とも教師で現在も健在。
  ずっと同居してきた。もう90歳近い。そのため、二人の世界から一歩も出れなかった。
  『自分の人生が無かった』と、この歳で後悔するほど辛いものはない・・・」

先生の言いたかった事は、この女性のぬいぐるみに押し込まれた状態と同じである。
もっと悲惨なのかもしれない。そのぬいぐるみを一生のあいだ着せられてきた人生。
そういう私も、両親のぬいぐるみを着ている。
少し違うのは、他のぬいぐるみを幾つか見たり着たりしてきたことだ。
そして、ぬいぐるみを作ったこと。しかし、同じじゃないかい、どっちにしても。
といって、後悔してはいない!そのぬいぐるみが好きだったからだ。
    
    自由とは、このぬいぐるみからの脱皮であろう・・
    脱皮できないなら、演じきるしかない!大根役者で。
    ただ後悔あとに立たず!であるが。
                  \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2005年10月09日(日)
1650, 北イタリア旅行記−1

9月30日〜10月8日まで北イタリアのツアーに行ってきた。
ミラノ、ドロミテ街道、べニス、ピサ、フィレンツェ、
シエナ、チンクエテッレ、サンタマルガリーリグレなどである。
何回にかけて書くが、今日は総括の感想を書いてみる。

実質、7日間の滞在中2日、雨になった。
ドロミテの二日目と、ベニスの観光の日である。
特にベニスは期待していただけに残念であった。
山や海は、荒れたら悲惨である。
ベニスはもし快晴であったら、すばらしいはずである。
土砂降りでも、あれだけよいのだから。

イタリアは世界遺産の宝庫といわれ、39ヶ所もあり世界最多を誇っている。
3千年の時が遺跡という形で、そのまま残こっている。
いかにローマ帝國が偉大なものであったか、現在でも巨大な遺跡建造物から
うかがい知ることができる。今回は遺跡は殆どみることはなかったが。
オーストリアと国境を接するドロミテは峻険な山々の間を・・・
また美しいリビエラ海岸のチンクエレッテは・・・ 
 これは明日書くので止めておきます。

それにしても、イタリア男は女性を見ると誰もかしこも、
直ぐに口説きにはいるには驚いてしまった。 女性の添乗員が、

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10月09日(火)
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