ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2281, 大学下流化時代
一方、客の方は、やれあの牛は闘士がない、いや勇敢だ、角を左に回す癖があって
よくない。いや口を結んだままで強い、右足がゆわい、いやダメな牛だ、
いや素晴らしい牛だ、これこそ牛の中の牛だ、等々、勝手なことを言う。
そして、血の泡吹いて息絶えた牛が、4頭のラバに引かれて退場をするところを、
拍手をしたり、口笛をふいて避難したりする。
人間どもの勝手もいいところだ。牛の都合など一切、考えない。
人間の都合と審美観のみを一方的に牛に押し付ける。
元々人間対動物の関係は、そういった一方的なものだが。
牛の都合は、実は、無視されているのではない。
スペインの人間によって、主客転倒や主客合一の甘露をかけられて、
つまり人間にとって良い牛は、恐ろしい野生の黒牛でもないし、
敵でもない。美しい、雄雄しい、勇気ある、気高い「自分」なのである。
強い牛は自分の美点の反映なのである。
もちろんこっちの自分は、牛がいくら刺されても痛くもかゆくもない。
牛の中に一瞬、自分の美しい反映を認めただけなのだから、
牛がばたりと死んでしまえば、あーあと葉巻をくわえて背伸びするだけだ。
こういう便利で自分勝手で、自由にあっちへ行ったりこっちへ来たり、
一瞬のうちに都合の良いほうへ乗り移る「自分」というものを、
日常的に心の中に飼っておかないと、闘牛という、不思議な審美観によって
支えられる「芸術」を理解したり、まして愛したりなど、到底できない。
ーーー
スペイン人と日本人は違うのです!!
ー以前の闘牛について書いた文章ですー
−−
2002/09/07
パンプローナの牛追い祭り
今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。
もし神様が一日だけもう一度同じ日を与えてくれるといったら、
4年前のこの祭りの最終日を間違いなく選ぶだろう。
今年は例年になく多くの負傷者が出た。
今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、
毎年放映される中でも特に迫力があった。
初めから最後まで手に汗を握る内容であった。
この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界
に一躍知られるようになった。
この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、
赤いネッカチーフをつける。パンプローナの出身者の多くが帰ってくるという。
毎朝6頭の闘牛とそれを先導する虚勢牛6頭の合計12頭が闘牛場に
向かう街の道路に放たれる。
毎日異なるドラマを生みながら熱狂を8日間重ねていく。
その6頭の闘牛が毎日おこなわれる。
4年前その最終日の闘牛をみたが、会場が異様な熱狂に包まれていた。
その牛の前を走るエニシエロが、勇気試しになる。
19世紀半ばからこの祭りが始まり、闘牛とか牛追いは途中からその祭りに加わった。
ーユーラシア旅行社でいくと、市役所広場の
前の4階の部屋から最終日のエンデングと牛追いが見れる。
ーーーーー
4年前の「北スペインの旅」
−より抜粋ーをコピーしておきます。
・・その中で一番のハイライトがパンプローナの“牛追い祭り”であった。
延々8日間にわたって毎夜、闘牛が行われる。
その牛を毎朝、市役所から闘牛場へ、町中を追い上げる。
その前を街の若者が走って、度胸試しをする。死人が出ることがあるという。
我々が着いたその日が最終日の為、最高の盛り上がりであった。
その夜の闘牛もその為か異常な熱狂を会場にただよわせていた。
これこそ正しくスペインと思われた。
深夜の十二時に向けたファイナルギャザリングが、一生の思い出になった。
市役所前に数千の群集がロウソクを手に持って集まり、
ロウソクをかざしながら歌い踊るのだ。
彼らが心の底からパンプローナを愛しているのがよくわかるのだ。
民家の4Fの一室を借りて見たのだが、光の海を見ているようであった。
トランペットやバイオリン・タイコの楽団の演奏にあわせて歌を全員が歌っている。
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07月02日(月)
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