ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396805hit]

■2269, 家は大事である
    一般消費者向けのメッキサービスをスタートを始めた。
    それ専用のHpを開設したのである。その名を「必殺めっき職人」という。

羽田の民間駐車場や、このメッキ工場のようなニッチな顧客と、
キーワードで簡単に広告が打てるようになった。
これが世の中を根底から変えようとしている。
              つづく  (*^ワ^*)i バイ
・・・・・・・・
2005年06月20日(月)
1539, 秘境探検家の「幸福論」−2

この二人の会話には抽象的でない
「実感としての幸福感」が伝わってくる。
真・善・美とは何か? 人間は如何あるべきか?
人間は何が可能か? など難しい話はない。
大自然の中で、ただ自然の中で生き、死んでいく未開の地の人々の
純粋な生き様のなかに、人間としての原点の共通点を見つめている。

ーーー
ー関野
・・・ほとんどの日本人は、本当は景気が悪くて困っているんじゃないよ。
経済という唯一の価値観にがんじがらめに縛られて困っている。
苦しんでいる。景気がよくなったからって解決する問題ではない。

人間が生きていて嬉しい瞬間って、
美味しいものを食べたとか、
子供が成長を実感したとか、
差別されてないとか、
好きなところに住めるとか、
他人の誤解が解けたとか、
そんなところにある。
人類が生まれた時からこれはズット同じである。

ところが、そんな喜びがみんな経済に取り込まれてしまった。
効率よくお金を儲けたら、こんなことみんな上手くいくと思い込んでしまった。

ーーー
ー長倉
「生きている実感がない」という人がいますね。
そういう人は間近で懸命に生きている人を見ていないんじゃないか。
生を実感するということは、自分自身を知ることにつながってくる。
自分を知れば生きる喜びをつかみやすくなるんじゃないか。
アマゾンのアユトン・クレナックは
「人はたった一人の存在だからこそ、人と出会うことに意味がある」
と話していたけど、これは人が在ることの意味をストレートに言い当てている。

ー関野
アマゾンのマチゲンガ族の村にもう30年も通っているんだ。
父親を「トウチャン」、母親を「カアチャン」と呼んでいるんだけれど。
そのトウチャンが死んでしまった。
カアチャンは元気なんだけれど、何というかな、静かに、植物みたいに生きている。
要するに、目的がない。ただ、生きている。
彼らは、「何のために生きているのか」なんて愚問は受け付けない。
「何いってるの」って感じで、質問の意味が理解できない。
どこに行きたい、この先どうしたい、将来こうなりたい、何を求めなくてはとか、
考えたこともないだろうね。
でも今を楽しんでいる。
この人たちには敵わないと思うよ。

ーー
ー長倉
タイ南部の山岳地帯で、イスラム国家建設を夢見て戦うイスラムゲリラと
ちょっとの間、暮らしたことがある。
山の中の古びた木造のモスクがあったんです。
入ると、壁に古びた紙が貼ってあった。
そこには、
「人はいつか生まれたところに帰っていかなくてはならない」
とかかれていました。

この言葉に僕はグッと突き刺さったのです。
いろんな国に行き、いろんな人と出遇った。
そして、それぞれの人をしっかり支えている根っこを見た。
彼らが辛くても生きていけるのは、その根っこがあるからだと知り始めた頃でした。
その紙片の言葉によって、「それじゃあこの俺の根っこは何だろう」と、
鋭い問いを突きつけられたように感じたんです。

そんな経験を重ねるうちに、僕の故郷を見る目が凄く変わってきたわけです。
故郷の北海道にも、ぼくが訪ねてきたところと同じように、懸命に生きてきた
人がいるはずだ。そんな人々と故郷の風土が自分を育んでくれたと思うに至った。
そして、故郷は二つとないんだと考えると、故郷に対するいいしれぬ
慈しみの情が湧いてきた。故郷から遠く離れて初めて故郷をみつめることが
できるようになったんです。

[5]続きを読む

06月20日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る