ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2030, カラスの話
真っ暗の中、一つずついま出来る手順をふめばよい。
身の危険が無かったこともあるが、
「この程度でなんで騒ぐの?」が、実感であった。
それぞれの建物事情もあるのだろうが。
刺激の濃い日々だったのか。現在も同じ?
丁度花火が打ち上げられている。
黙祷!!
ーー
以上であるが、実際は凄かった?喉元過ぎればか。
近くの高校と小学校が避難所になっていて、
一週間は近所のほとんどの家は(避難をしていて)真っ暗であった。
その瞬間からは、毎日ライブでこの随想日記に書いてある。
危機になればなるほど面白がる、楽しむ悪癖がある。
良くいえば余裕がある?
悪くいえば性格が歪んでいることになる。
やはり場数を踏んでいることか。
ただ、山古志などの全壊した村で避難所に住んでいる人が
一万人近くいるのも厳然たる事実である。
車で10分もしない所に、避難所で生活している人がいる。
時々近くを通るが、彼らが普段の生活に戻ることを祈る。
そういえば、自宅内の貸家に被災者が住んでいる。
彼らが自宅の裏の貸家を見にきた時の姿が目に焼きついている。
その一年前に、水害にあってやっと落ち着き始めたところ再度、地震にあったという。
一家して、疲れきった肩を落とした姿が印象的だった。
・・・・・・
・・・・・・
2004年10月24日(日)
1300, まさか、地元で大地震!
10分ほど前に、電気が復旧する。
長岡の市民の4分の1が、学校などの施設に避難しているとラジオで言っていた。
電気とガスが切断されていれば仕方ないのだろうが。
仕方がないので17時前に、郊外にファミリーレストランを探しに行くが、
一軒だけ和風の地元のファミレスの電気がついていた。
そこで食事後、家に帰ってきて18時半に就寝。
直ぐ熟睡。電気が今日中に復帰とラジオで言っていたので、電気のスイッチを
いれていた。それが23時半に復旧。
何がともあれ飛び起きて、この随想日記を書いている。
地震がおきた時は、丁度早夕食を終えようとしていた時であった。
普段、土曜日は家内と居酒屋か、近くのサエゼリアなどで食事をすることになっている。
たまたま、長岡近郊の小千谷市のスーパー・センターにドライブをかねて買い物に行き、
惣菜を買ったために、家で珍しく食事をしていた。
殆ど、前ぶりもなく激しい地震がおきた。
サイドボードに、コーヒーカップや、茶碗や、皿が多く詰め込まれている。
その半分ほどが、揺れで外に飛び出して割れてしまった。
大きな地震が4回、他に小さな地震が10回前後も?揺れ続いた。
一時間ほどかと、時計を見ると2時間半も経っていたのには驚いた。
一度なら、それほど驚かないが4度も大きな地震には恐ろしいより、
笑ってしまった。
と同時に、そこが私の面白いところ!
「これは県内で、二桁の前半の死者の数が出るだろう」と、地震の最中に
家内に言っていた。現在起きていることに対しても、解説的な自分が可笑しい。
つづく
ああ〜、0時一分前、
このソフト今日中でなくては翌日の日付になってしまう。
ギリギリ間に合った!
それにしても余震が絶え間なく起こっている!
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2003年10月24日(金)
933, 強みに焦点をあわせよ(集中せよ) ー2
ドラッカーの過去の書物の中から「強み」について、抜粋していた本の項目から
書き写してみた。
この中で印象的な言葉として、「無能を並みの水準にするには、一流を超一流に
するよりも遙かに多くのエネルギーと努力を必要とする」である。
これは人に対しても、自分の中の能力に対してもいえることだ。
自分の不得手を直すより、得意分野に努力を集中すべきということだ。
不得手を直すのは、むしろ害になることもある。
そこに気持ちの集中がいってしまうからだ。
「得手に帆を揚げ」という言葉が日本にもある。
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10月24日(火)
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