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堀井On-Line
by horii86
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■1979, 冷蔵庫を20年ぶりに買い換える
これをやめよう、というのが大前研一の提唱である。

我々が「人生を楽しむ」という一点において価値観を変えれば、
世界の景色も全く変わってくる。
この価値観の転換ができないのが、日本人の悲しい習性ではないだろうか。

著者の、人生のバランスシート的見方も面白い。
「日本人は死ぬときに生命保険、貯金、ローンの終わった家などを残していく。
金融資産だけでも3500万円近くになり、その他に家があれば、少なくとも土地だけで
数千万円ということにだってある。そして、それを誇っている。
これでは子孫に残すのは美田ではなく、係争の種かもしれない。
理想的な生き方は、死ぬときにちょうど蓄えがゼロとなり、
ありがとうございました、と成仏できることである」と。

死ぬときにゼロにするには、65歳の平均的蓄えの2500万円と、その後の定期的預金の
1000万を足した3500万円をゼロにする生き方である。
65歳から80歳までの180ヶ月として、
毎月の生活費プラス20万円生き方である。
それも遊びにである。
夫婦で一回50万としても、海外に年5回以上はいけることになる。
そうすると、70回以上は軽くいけるのだ。

また、
「私は相当周到な人間である。だいたい飯が食える程度の芸は若い頃から
いくつか身につけていた。いざとなれば家族くらいは食わしていける自信があった。
クラリネットを職業にしようと思ったこともある。
電子力でも工学博士号を取っているから、どこかの大学の先生か安全委員などを
歴任していたかもしれない」とも書いている。
まあ、勝ち組だから、こう言えるのだろうが。

 −−
ー家内に、死ぬ時に預金ゼロの部分を見せると
家内
「80歳以上になってからは、どうしたらよいか?」

「80過ぎて、何に金を使うのか?」
家内
「解っていても、使えないわ」
自分で稼いだことのない人は、金を使えないのだ。
(但し、多くの例外があるが)
 −−
彼は今、ある週刊誌でサラリーマンの人生相談をしている。
その中で窺い知れることは、
ーサラリーマンの彼らは、会社人間となって会社に尽くしても報われない時代になった。
世間的に評価されるスキルが身についていないことも薄々気がついている。
しかし、それを上司から直接強く言われたわけでもないし、周囲を見渡してみても
似たり寄ったりであるから、深く考えないですんでいるだけなのだ。
彼のところに相談にくる人も「どうしたらいいんでしようか?」という質問をする。
その時、彼は、
「どうしたらいいかは、あなたがどういう人生を送りたいかによって異なります。
あなたはどういう人生を送りたいのですか?」と聞くことにしている。
まさに、それがわからなければアドバイスのしようもない。
自分の人生は他人のものではない。
だから、自分でどういう人生を生きたいのか、自分で決めるべきなのだ。

人生寄リ道結構ではないか。
回り道が実は近道だということもあるのだ。わき道の楽しさだって悪くない。
わき道に入ることによって、はじめて見えてくる景色だってあるのだ。
少なくとも、死ぬ最後の瞬間に後悔しないですむ。
「悔いはない。おれは自分で選んだ人生を生きた」と言えるだけ幸せではないか。
「そのうちに・・・」ということは人生では禁句なのだ。
やりたいことは先延ばししないこと。
そして一番いけないのが、「他人の人生」を生きることである。
親の期待する人生、
先生の言った通りの人生、
上司の期待する理想の部下、
などなど。

著者は自分の人生に対し、
「自分の生き方として何を基準にしているかというと、
死ぬときに“これでよかったのだ”と言うために生き方を工夫している。
これが逆にどれだけ人生を単純化してくれているか、
毎日悩みもしないでいかに安らかに眠れるか、計り知れない。
私は宵越しの怒りも持たなければ、胃が痛くなるほど考え込むこともしない」

「戦後の経営者の中で誰が一番すごかったか、という質問を受けたら、

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09月03日(日)
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