ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1876, 10年後に後悔する事とは?
同年代の人が、この言葉を言ったら顔を歪めていた。
古代の遺跡にも「今どきの若いものは」と書き残してあったという。

しかし最近になって、じっくりと小学生や高校生を見てみると、
やはり[最近の子供がおかしい]と思うようになった。
どうも、例の「ゆとり教育」のぶざまな結果である。

一時「ゆとり教育」が騒がれたが、いまや余りの学力低下に
文部省も慌てふためいて指導要領を見直すことになった。
世界からみても、日本の学力低下が著しく目立ったためである。

20年前からスタートして、2002年開始の学習指導要領で
完成したはずの「ゆとり教育」が、
「学力だけでなく、質そのものの低下になってしまった」と、いうのだ。

それでは、その「ゆとり教育」とは何だったのか?


ー以下は、あるHPから抜粋した学力低下の実態であるー

OECDが3年に一回、世界41の国と地域を対象に行っている
国際学習到達度調査の成績が前回は8位であったが、
今回の調査で日本は14位。
3年で6位も転落してしまいました。
日本が得意とされてきた数学力でも
日本は1位から6位に転落しています。
この傾向は他の調査でも同じで明らかに日本の子どもの学力は
低下している。

また、日本地理学会が発表した初の「世界認識調査」で、
日本の大学生や高校生を対象に最近ニュースなどでよく取り上げられる
世界の国と地域の場所を認識しているか調べたところ、
約4割がイラクの位置を正しく認識しておらず、
アメリカも約3%が場所を知らないという実態が明らかになった。

一方、日本の子どもが宿題する時間は、
1時間で調査国の中で最下位。

また、学校以外の学習時間は、1週6.5時間で、世界の平均8.9時間を
大きく下回っています。
ここからは、テレビに夢中で、勉強せずに、次第に能力が落ちていく
日本の子供という現状が浮かび上がってきます。
一体、何がいけないのでしょう?

原因のひとつは「ゆとり教育」とも言われています。
ゆとり教育は、1976年、中央教育審議会(当時の教育課程審議会)
が受験戦争の激化や知識偏重教育を批判して、
「ゆとりと充実」という言葉を答申に入れたことが発端でした。
そしてそれ以降、このようにゆとり教育政策は進められてきました。

天然資源のない日本が大国になることが出来たのは、
明治以来の教育による優秀な人材を輩出したことが大きいと言えます。

それらの人材は「国定教科書」という一律の教材を使用し、
一律の教育方法で、全国共通の標準語で教育されて生まれました。
しかし、この教育は「兵隊とロボットを作る教育」とも言われ、
戦争においては優秀な兵士を大量に、
戦後においては、工業社会の優秀な戦士を大量に育成する教育法でもあった。
一定限度の能力を持ち、協調性のある人材を生み出しますが、独自の発想や、
周囲よりぬきんでた能力の開発という意味ではむしろマイナスの教育だったのです。

しかし、現代の情報社会の本質は、そういった人材作りとは
違うところにあるのではないでしょうか。

これからの教育にはこれまでの一律の教育から脱皮して、
「独自の発想の出来る人間の教育」が急務なんです。
では、どうすれば、そのような人材を育成できるのでしょう?

「独自の発想の出来る人間の教育」、実は政府でも試みが始まっています。
それは「構造改革特区」です。
地域を限定して特定分野の規制を総合的に緩和・撤廃し,経済の活性化を
図るこの制度の応募状況を見ると、「教育特区」の応募が群を抜いています。
実は、地方分権の中で教育は地方に任せるという意見は多いのです。

例えば江戸時代、幕府の教育機関であった「昌平校」は、実は人材を
育てることが出来ず、全国に255校あった各藩の藩校(現在の県立大学の役割)
が人材を輩出したという例があります。

今や教育は国が一律して行うのでは無く、地方が独自の教育を
行う時代なのではないでしょうか。
それにより、独自の発想が出来る、多様な人材が育まれるのです。

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05月23日(火)
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