ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1703, 政府系金融機関の統合
その人のある種のクセが周りをクリエイティブにしていれば、
それはもはや技化しているといえる。
たとえば「卑屈さ」さえも技化できる。
卑屈さというのはそのままでは軽蔑の対象になるものだが、
タイミングよく下出に出ることがうまい人がいると、
場全体が円滑に回ることがよくあるものである。
そう考えると、新たな技を身につけるより、一見ネガティブにみえるものを
技化し、自分なりのスタイルを確立するほうが、社会全体をトータルに
見たときにクリエイティブといえよう。
画家にしても、二流の人にはスタイルがない。
プロ野球の選手でも、スタイルは一流選手しか持っていない。
その典型がイチロウ選手である。
彼のバッティングは完全にクセが技になっている。
このクセは、バッテングセンターで早い球を打つために、
あの体全体をスライドさせる打ち方になったという。
野茂投手の投げ方も同じである。
世の中、クセを技化して、自分のスタイルを作った者の勝ち、
というところもある。
ふつうはあまり推奨されない発想だが、人間、残り少ない人生になってきたら。
自分なりの味を出して、
「あの人のやることだから・・・」
と周りに認めさせるようになればよいではないか。
ーー
以上である。
この文章を読んでいて、100l認めてよいか疑問であるが、
クセを逆に技化してしまう考え方は面白い。
特に、ある程度の年齢を過ぎてしまえば、焼き直さなくてはクセを
変えろというほうが難しい。
それなら、それを技としてしまうのがよい。
母親が、部屋の飾りに近くの川から流木を拾ってきて、
そのクセのある枝を逆に飾りとして置物にしていた。
何とも風情であった。
落語家が年配になってくると、何ともいえない性格そのものが
笑いになってしまう。
晩年の林家三平とか、今では林家円鏡がそうである。
間違ってはいけないのは、年配の癖は「守・破・離」の
〔離」でしかないということだ。
クセー我流をスタイルに変えればよいだけだ。
一番難しいことだが。
ー斉藤スタイルという、スタイルもクセと大して違わないのでは?
いや技化しているから違うのか!
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2003年12月01日(月)
971, ナレッジマネジメントー2
「マルコムボルドリッヂ国家品質賞」について
ナレッジマネジメントといえば、まず頭に浮かぶのが
「マルコムボルドリッヂ国家品質賞」である。
アメリカが1980年代前半に大不況に見まわれていた時に、
日本のTQCに倣って経営の品質管理を推奨した
「マルコムボルドリッヂ国家品質賞」を国家戦略でつくった。
現代の「エクセレント・カンパニー」の勲章といえる。
今までには、モトローラ、ゼロックス、インスツルメンツ、IBM,
メリルリンチ、など一流企業が受賞している。
この賞の凄さは、1700人のビジネスマンが一同に会して、
経営の品質の向上の秘訣を知識共有にする仕組みにある。
受賞企業は、その成功の秘訣を産業界にオープンにすることを義務付けられている。
3日間の会合のほとんどが質疑応答に割かれる。
この審査基準に準拠した表彰制度は,現在世界50カ国以上で実施されている。
経営品質の向上のための考え方、枠組み、規準などの知識を共有し
アメリカ産業会の競争力向上のために、この審査基準書は公表され、
今までに百数十万部がアメリカの企業に無料で配布されている。
こういう国家戦略の下積みが、現在のアメリカの強さの背後にあるのだ。
現在、業績の良い会社は、正しくナレッジマネジメントの結果である。
情報社会になって「ヒト」が労働力としてでなく、知識の源として認識されてきた。
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12月01日(木)
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