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たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■脳の機能障害と回復
Wrase先生たちは、アルコール依存症(断酒中)を集め、アルコール関係の写真を見せたり、ゲームをさせてお金が手に入ったり失ったりという体験をさせ、その時の側坐核の活動を普通の人と比較しました。
すると、アルコール依存症の人は、ゲームで普通の人と同じ程度の結果を出していても側坐核の活動は鈍く、飲酒を予感させるアルコールの写真には逆に強く反応しました。
この結果から、おそらくこんな事が言えるのではないかと考えられます。「報酬系の働き」も人によって違い、生まれつき働きが強い人も、弱い人もいるだろうということは、当然予想されます。
報酬系の働きが強い人は、生活の様々な場面で喜びや幸せを感じます。逆に報酬系の働きが弱い人は、他の人と同じ環境に置かれていても、喜びや幸せを感じることができず、むしろ惨めさを感じる回数も多いでしょう。
つまり「幸せを感じる能力」も、人の能力の一つで、個人差がある。勉強であれ、スポーツであれ、能力を伸ばそうと思ったら、努力して鍛えるしかありません。幸せを感じる能力も、同じように鍛えることはできるはずです。能力を伸ばすのに、努力が要らない近道はありません。鉄棒で逆上がりができるようになるには、ひたすら練習を繰り返すしかありません。
ところが、「幸せを感じる」ことについては近道があります。アルコールや薬物は直接報酬系に働きかけ、人に多幸感をもたらします。普段、喜びや幸せを感じていないぶんだけ、アルコホーリック候補生は強い開放感を味わいます。何かをきっかけにして、多幸感を常に酒に求める行動を繰り返すようになります。
報酬系の働きで、脳のシナプスでドーパミンがたくさん放出されると、私たちはそれを気持ちよさとして感じます。放出されたドーパミンはシナプスの受容体で再取り込みされますが、ドーパミンの大量放出が繰り返されると、受容体が閉じて数を減らしていきます。すると私たちは、以前ほどの快感を感じられなくなります。
そこで、元のような快感を求めて、よりたくさんの酒を飲むようになる。それが「酒が強くなる」ことであり、酒に溺れていく原因でもあります。ぶっちゃけ、鈍感になったので、より強く刺激しないと感じなくなっただけなんですが。アル中が何年酒をやめても、この報酬系は元には戻りません。再飲酒すると、最初はうまく酒がコントロールできても、遠からず元の飲んだくれに戻るのは、脳の中でこういうことが起きているからだと考えられています。
元々幸せを感じる能力が低かった上に、さらにそれを酒で鈍感にしてしまった僕らはどうすればいいのでしょうか。
酒をやめたアル中が「酒に変わる趣味を持ちたい」とよく言いますが、残念なことに、アルコールほどの快感をもたらすものは(その人にとって)ありません。手っ取り早い心地好さを求めている限りは、酒以上のものはないでしょうね。
それでも人間の脳にはいくばくかの復元力があるらしいのです。イライラと自己憐憫の塊だったアル中が、断酒何ヶ月かで道ばたに咲いている花の美しさに感動した、という話をして周囲をビックリさせたりします。幸せを感じる能力が幾分戻ってきている、ということでしょう。
ところが、僕に言わせれば、こうした能力を対人関係の中で発揮するには、相当の高さが求められるのです。
例えば私たちは、褒められれば嬉しい(快)だし、叱られれば切ない(深い)。切ないどころか不愉快で反発したり、叱られることが理不尽だと感じたりします。ところが、叱られながらも、相手が本当に自分のことを心配して叱ってくれているのだとか、自分に期待をしているからこそ叱るのだと気付いて、相手の思いやりに嬉しさがこみ上げて涙がにじんでしまった・・という体験が、普通の人なら(アル中でない普通の人なら)あるはずなんです。でも、酒をやめただけのアル中には、そういうのはありません。同じ体験をしても反発だけです。何年酒をやめても。これは単なる例に過ぎませんが。
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10月03日(水)
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