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頑張る40代!plus
by しろげしんた
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■夕方の風景
いよいよ12月である。
今日、笑点の大喜利が始まる前に、外にタバコを吸いに行った。
あたりは薄暗くなっており、西の空にわずかながら残っていた夕焼けに、季節を感じた。
あと3週間もすれば、その時間帯は確実に夜になるだろう。

そういえば、10年ほど前に、会津喜多方に旅行に行ったことがある。
そこで2泊したのだが、2日目に山形県との県境にある温泉に泊まった。
季節は今頃で、その日は日曜日だった。
旅館に着いた時、ちょうど笑点をやっていたのだが、あたりは夜。
というよりも、もはや深夜だった。
裸電球の街灯が、初冬の寂しさを奏でていた。

その旅行では、喜多方に行く前に、東京で何泊かしている。
その時、東京の夜は北九州より少し早いな、くらいの感覚しかなかった。
しかし、さすがは東北である。
時差というものを、まじまじと感じたものだった。


東京に出る以前、つまり10代までは、午後4時が夕方というのがピンとこなかった。
北九州で午後4時といえば、まだ昼間である。
夏場などは、5時台もほとんど昼間状態である。
東京に出てみて、最初に思ったことは、『なるほど午後4時は夕方である』だった。
北九州の午後5時の風景を、午後4時に見たのだ。
空には、もう夕焼けが出ている。
カラスの群れが、夕方を演出する。
街灯が点き始める。
道行く車は、スモールランプを点灯している。
街が一気にあわただしくなる。
夕方のにおいが立ちこめる。

東京の夕方の風景で、一番好きだったのは中野だった。
駅前の雰囲気に何か郷愁めいたものを感じていた。

  「街の灯」

 ほんのひとときの黄昏が
 今日のため息をつく
 病み疲れたカラスたちが
 今日も帰って行く
  昔描いた空は消えはてて
  さて帰る家はあったんだろうか
 琥珀色の時の中で
 街の灯は浮かぶ

 明るい日差しの中でも
 笑わないカラスが
 すすけた街の灯を
 見つめては笑う
  昔描いた空は消えはてて
  さて淋しくはないんだろうか
 誰も見てない切なさに
 街の灯は浮かぶ

この詩は中野の風景である。
高田馬場に住んでいたので、中野は近かった。
そのため、中野にはよく行っていた。
別に用事はなかった。
ただ、夕方を満喫したかっただけなのだ。


夕焼けで思い出すのが、長崎平戸の生月島である。
何でもそこは、日本で一番日の入りの遅い所らしい。
行ったのは5月だったから、かなり遅い時間まで日の入りを待った。
西の海に沈む夕日が、海原を照らし、一筋の光の道を作っていた。
北九州の海は北に位置しているため、海に日が沈む風景を見ることは出来ない。
海に日が沈むのを見たのは、おそらくこれが初めてだったと思う。

生月島を出たのは、8時をすぎていた。
日帰りだったので、島を出てから寄り道をせずに北九州に向かったのだが、ぼくの住む北九州は、九州の東の端にあり、平戸は西の端にある。
そのため、車だとかなり時間がかかる。。
おかげで、家に帰り着いたのは、翌日になっていた。


そうそう、夕日で思い出したことがある。
ぼくのエッセイに『トキコさんは48歳』というのがあるが、そのトキコさんの話である。
前に、日帰りで鹿児島まで、仲間とドライブをしたことがある。
その時、トキコさんもいっしょだった。
帰りの車の中。
午後7時をすぎていただろうか。
突然、トキコさんが「まあ、きれいな夕日」と言った。
地図を見てもらったらわかるが、鹿児島から福岡に戻るには北上しなければならない。
当然、右が東で、左が西である。
その言葉につられて、車に乗っていた全員が左側を見た。
真っ暗である。
「どこにも、夕日なんか出てないやん」と言うと、トキコさんは「ちゃんと、出とるやん」と言う。
「どこに?」
「ほらそこ」
と言って、トキコさんは右側を指さした。
月だった。
トキコさんは、今でもこの時のことを言われている。
12月01日(日)
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