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暴かれた真光日本語版
by 日記作者
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■026 mcinmahikari
「初級研修の最初に私が教えたことは、次のようなことです。『真光の業に関して言えば,受光者の想念が70パーセントであり、施光者の想念は30パーセントです。』...これが何を意味するかというと、たとえ私が同じ力を受けて人々に同じように放射しても、結果は受ける人それぞれの想念で違ってしまうということです。神様は全ての人に同じ結果をお許しになったりはしません。」
「この理由は何かというと、人間は神の時代から存在する’因縁’を感じ取ることができないからです。もしそれが過去の罪だけだったら、それらは告白によって明らかにすることができます。しかしながら、霊的存在でいた間に霊界の法則を破ったことは、自分には決してわからないのです。言うまでもなく、自分がどんな罪や穢れを積んできたか、今日現れた正神の神様に反抗して自分のご先祖様がどんなことをしてきたか、そういうことは普通の人々にはわからないのです。」
「また、たとえそれが判ったとしても、どうすることもできないのです。...結局は、罪や穢れの問題は、神の火の聖霊による洗礼、すなわち真の光によってしか、取り除くことができないのです。」
[Teachings of Sukuinushisama, The True Nature of Miracles and how repentance of the Soul should be, given on 8 July 1989, MAAJ Vol 7 No 8 August 1989]
d. Your affiliations
あなたの帰属
信者は、どのようなレベルの人であろうと全ての人々を救うようにと言われるが、より高いレベルの人と友人になるようにと奨励されている。
「利己愛と 我利(がり)につき合う友どちは 何れは汝が家離れ去り行く」
[祈言集 P.200 結婚を祝いて]
e. Your thoughts, feelings, actions
思考、感情、行動
信者は事あるごとに繰り返し思い出します。憑依霊は自分の好きなように人間にものを見させ、考えさせ、行動させることができるということを。このことは、あなたがあなた自身の考えや感情、行動に自信を持つことを困難にし、常に自分の中で自分と憑依霊との戦いが起こっているのだと感じはじめます。そして、自分の考えに自信が持てなくなり,どちらが自分の考えでどちらが邪悪な霊のささやきなのかが判らなくなってしまいます。
神が常にあなたのすることすべてを見ているという考えは、ある種の抑制になります。私がグループリーダーのトレーニングに参加していたとき、私たちが死んで最初に起きることは、人生における全ての出来事、全ての行動、個人的なこと、正しい行い、卑しい言動などを映画のように見てしまうということでした。この教えは、グループリーダーたちの間で冗談のネタにされましたが、しかし私たちは不安を感じてもいました。個人的には、この教えは私を強い不安と心配に陥れました。
「神が存在するかどうかなどわからないと主張し、そして自分勝手に振舞う人々がいます。しかしながら、親神様は全ての物事、非常に細かい部分まですべてご覧になっておられるのです。」
「あなたが何を聞こうと、何をしようと、「親神様が常に見ている」ということを忘れさえしなければ、どんな困難や障害も乗り越えることができるのです。」
「天地の創造主である主の大御神様とともに生きることを許されている」という考え方を持つことは、極めて重要であります。」
[Teachings of Oshienushisama, The Sonen of Total Devotion to God, given on 8 July 1989, MAAJ Vol 7 No 8 August 1989]
「尊(とうと)かり 神の縁(ゆか)りの吾が魂(たま)を 知らず汚せし我を詫びつも」
[祈言集 P.161 吾が心]
「神となり 獣となるは自在なり 想う瞬間(たまゆら)自由恐ろし」
「幾度(いくたび)か 逢う神試し神振い 受けずばサトレぬ人の哀れさ」
[祈言集 P.165 吾が心]
f. Social & Historical guilt
社会的、歴史的罪
真光の教えによれば、人類は多くの罪と穢れを受け継いできています。主なものは、正神の神様たちを天の岩戸に押し込めたという古代における罪です。
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07月28日(月)
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