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暴かれた真光日本語版
by 日記作者
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■018 Mu1
ここで導かれ得る結論はたった一つしかない。真光は、日本の天皇が再び世界の統治者という正しい地位に立ち返るその日に向けて、努力を続けているのである。つまり、ある種の霊的な神政独裁政治、ということである。民主主義は、真光の中では否定されている。

1999年7月18日の、ジャーナリストのデビット・マクラナン氏によるキャンベラタイムズの記事の中で、アンドリス・テベシス氏は次のように述べている。「私たちの団体は、生活の質を改善することによってよりよい世界を構築しようとしており、政府からはある種の教育機関として認識されています。」 また、1997年3月7日(金)のキャンベラタイムズの記事の中では、次のように言う。「何人かの真光関係の教育者は、オーストラリアやニュージーランドのいくつもの学校(初等、高等)で、カリキュラムに高い価値を付加することに成功しています。」

さらに、1997年10月18日(土)のパースにおけるウエストオーストラリア紙の中で、アンドリス・テベシス氏は次のように述べている。
「私たちが達成しようと努力しつづけているものの一つは、首都キャンベラに国際的な本部を作ることです。この目的のために私たちは政府から一区画の土地を与えられました。そして、特定の宗派でない宗教組織として認識されました。私たちは教育機関であり、共同体組織なのです。カトリック、英国国教会の司祭、そしてユダヤ教会の主管者が、メルボルンにおいて我々の仲間となっています。私たちはまた、オーストラリアとニュージーランドにおけるいくつかの学校において、カリキュラムの変更を手助けいたしました。 ニュージーランドにおける我々の仲間の一人は、全国的に学校や大学のカリキュラムに霊的な側面を導入、あるいはその導入を助けることをしました。」

真光の教育は日本の天皇(崇拝)と直接関連している。
1991年、旧日本帝国の賛美歌である「君が代」と「旭日旗」が、左翼主義者や自由主義者の強い反対にも関わらず、日本国のシンボルであることが公式に宣言された。この決定は、法律の制定を通したものではなく、文部省(現在の文部科学省)によって発行されたガイドラインの形で決定された。それは、戦後初めて日本の軍事的英雄に関する好意的な文章を含む教科書を、容認する過程でなされた。また、少なくとも一つの学校、日大M江高校では、非公式にだが教育勅語が復活している。その学校の校長、O崎氏は、毎朝教育勅語を大声で読み上げるよう指示している。その理由は、教育勅語は真の日本人の魂を育てるのに最もよい教科書だからだ、というのである。
イアン・ブルマ氏が、「罪の報いWages of Guilt」(1994-p200)という著作の中で述べるには、O崎氏は真光の出版物の中でも目立った存在であり、彼は真光の信者だという。日本の国会の両院において、1947年と1948年に教育勅語は無効とされている。60年間、教育勅語は国家の美徳、例えば国家への自己犠牲、軍国主義、祖先への崇拝、などを生み出すために使われ、皇国の繁栄を護持し、軍事的英雄を見習うべき模範として復活させるために使われた。

以下は、教育勅語の全文である。


教育勅語の現代語訳
http://cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kyouikutyokugo.htm
から転載 (リンク切れ)
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朕(明治天皇)がおもうに、我が御先祖の方々が国をお肇(はじ)めになったことは極めて広遠であり、徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ、又、我が臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た。これは我が国柄の精髄であって、教育の基づくところもまた実にここにある。

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05月30日(金)
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