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鈴木君たちのシュールな一日
信井柚木
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2002年10月16日(水)
缶コーヒー、らしきもの

 ビー、ガコン

「あーっ、ひとりでなんか買ってるー!」
「ならお前も買えば?」
 自動販売機から取り出したコーヒーの缶を開け、早速口を付ける佐藤は「いいないいなー」と覗き込んでくる山本に眉をひそめた。
「お前・・・おごってもらいたいだけだろ?」
「うん」
「断言するなよな」
「だって、ボクの人生おごってもらってなんぼだし」
「お前の人生、いつか恨みを買うぞ」
 とにかく、俺は小遣い日前なんだ。
 しっし、と追いやるように手を振った佐藤から「けーち」と言って離れた山本は、自分の財布を取り出した。
「じゃいいもーん、自分で買うから」
「最初からそうしろよ・・・ていうか、お前自分より金もってない人間にたかろうとするんじゃねぇ!」
「あははー、まいいじゃん」
「いいことあるか!」
 そうして、佐藤と山本が攻防戦を繰り広げている横で、鈴木がふらっと自動販売機の前に立った。
「・・・あたりくじつきか。久しぶりに見るな」
「そういえばそうだよねぇ」
「そうか?」
 佐藤がきょとん、と連れ二人の顔を見る。
「俺はわりと使うけど?」
「・・・そうなのか?」
 逆に問い返され、佐藤はますます訝しげな顔つきになった。
「だって、どうせ同じ缶コーヒー買うならなんか付いてたほうがいいだろ。おまけでもくじでもなんでも・・・」
「言いたいことはわかるけどさー。でもそのためにわざわざ探しはしないよーボクでもさー」
「俺も探してるわけじゃないぞ?」
「そういえば、佐藤は昔からそういうのに出くわすことが多かったな」
 鈴木がしみじみと呟いて、自動販売機に硬貨を投入する。
 そして、ボタンを押した。

 ビー、ガコン。
 ぴぴぴぴぴ・・・パラリラッタター

「おお、当たったようだな」
「・・・お前も昔からそういうヤツだよな」
 溜め息とともに佐藤が呟いた。
 クジ引きの会場を見つけるのが自分で、当てるのは鈴木。
 昔からこのパターンが多い。
 自分ひとりではなかなか当たりくじが出ないのだが、どういうわけか鈴木はよく当たる。
 釈然としないものを感じながらも、自分もその恩恵に預かっているのであまり文句は言えなかった。ただし、その過程でいつものように災難にも遭遇するから、差し引きゼロの心境だが。

「もう一本か。だが、俺はこれ以上いらないぞ・・・佐藤、適当に選んでくれ」
「はいよ」
 鈴木の言葉に佐藤は遠慮なくボタンを押した。

 ビー、ガコン。

 選んだコーヒーを取り出そうとして、

 ビー、ガコン。

「?」
 聞こえるはずのない音を耳にして眉をひそめた瞬間、二本目が取り出し口に落ちてきた。
「?! なんでだ?!」

 ガコン、ガコン、ガコン、ガコン・・・

「うわぁっ! 止まんねぇ?!」
「ふむ、故障だろうな」
「あははははラッキー」
 驚愕する佐藤。
 冷静に分析なぞしてみる鈴木。
 いそいそとコーヒーを回収し始める山本。
 故障なのは間違いないだろうが、自動販売機の会社からすれば大損失だ。<作者以前に少々勤務
 早く連絡してやれ若人ども。

 とりあえず、取り出し口が詰まらないように缶を拾い続けていた佐藤が、ふと手元に目を落とす。
「・・・なぁ。なんか、出てくるもの微妙に変わってきてねぇか?」
「そう?」
「・・・そう?じゃねぇ。どう考えてもこれヘンだろ?!」
 そう言ってズイ、と山本の眼前に、手の中の缶を突きつける。
 山本は突きつけられた缶をじーっと見つめて首をかしげた。
「どこかヘン?」
「ヘンていうより、商品としておかしいだろーが?!」

 缶の表面には――、

「あらしぼり果汁100%…なるほど、コーヒーは果汁扱いか」
「違う!!」
「あ、ホントだ。・・・へぇ、こっちは山羊ミルクたっぷり!だってー。あはは、おもしろいよこれー!」
「面白がる問題か?!」

 ガコン・・・・・・ガコン・・・

 落ちてくる間隔はゆっくりになってきている。
 が、それとともに、落ちてくる缶もどんどん常識からかけ離れていていった。

「なぁ、佐藤」
「・・・なんだ」
「まったりコーヒー、ブラジル似テイスト。畑生まれのにくいヤツ。これを飲んであなたも天国の階段を駆け上れ! ・・・ってどういう味だと思う?」
「俺に訊くな!」
「それもそうだな。飲んでみるか」
「そんな怪しいものを飲もうとするなあぁぁぁ!!!」



2002年10月07日(月)
行く川の流れは絶えずして・・・

「? 鈴木、何見てんだ?」

 一緒に歩いていた幼馴染が、川べりでふと足を止めたのに気付いた佐藤は、訝しげな顔で鈴木に歩み寄った。
 鈴木はちらりと佐藤に目をやり、
「あれなんだが・・・」
 川面を指差した。
 ぷかぷかと漂いながら川面を流れていくそれは――、

「・・・枕?」
「ああ、枕だな」

 白いカバーのついた長方形の物体。
 ちょうど旅館などで使われるそれと、寸分たがわぬサイズ。
 紛れもなく枕である。
 上流・・・流れてきた方向を眺めた佐藤は、視線の先に旅館街があるのを見てとり、やや納得の表情を浮かべた。
「そっか、多分枕投げの残骸だろうな」
「ああ。多分それは、な」
「・・・」

 多分、それは?

 嫌な響きの一言に、佐藤は鈴木を問いただすべきか、聞かなかったふりをしてその場を立ち去るか一瞬躊躇する。
 ――少年よ、その一瞬が命取りだ。
「ほら、あれ」
 佐藤少年は、つい鈴木の指し示す方向を眺めて――激しく後悔した。
「・・・や、やっぱり見るんじゃなかった」
 枕の後を追うように角を曲がって流れてきたのは、

「手足がついているな。一見、枕っぽいがよく似た姿の異世界人・・・だろうか?
 おお、溺れている
「冷静に溺れてるとこ眺めてんじゃねぇ!」

 じたばたと、もがくように水面を浮き沈みしている似非枕。
 川に入るべきか、とガードレールに手をかけた佐藤は、

「うわーっお客さーん!!」

 ひどく聞き覚えのある声に、再び動きを止めた。
「お客さん大丈夫ですかー?!」
「・・・山本?」
「あーっ鈴木クンと佐藤クンだーよかったー手伝ってよー!!」
 ダッシュで駆け寄ってくる勤労少年の笑顔に、佐藤はつい身をを翻して逃げたい衝動に駆られる。
 今までの経験に裏打ちされた予感と、それに基づく反射を、いったい誰が責められようか。
「山本。一体どうしたんだ」
「鈴木クーン!これ使ってお客さん拾ってよー!」
 そう言うなり、山本は手にしていた魚とりの網を、槍投げの要領で鈴木に向かって放り投げた。
「ふむ。よしわかった」
 カラコーンと足下に落ちてきた網を取り上げると、鈴木は川下に向かって走る。
 ・・・意外と早い。
「あーよかったー!ボクひとりだったら間にあわないかと思っちゃったよー!」
「・・・で」
「佐藤クンなにー?」
「今度は、何のバイト中なんだ?」
「えーツアコンだよー!」
「またか」
「ツアコンは何回もやってるんだけどねー、今度のはさー『学生の枕投げに混ざってみよう』体験ツアーなんだー!」
「・・・」

 そんなものに混ざってどうするというのだ。
 しかも・・・あの姿。

「混ざるっつっても、あれじゃ投げられる側だろうが?!」
「うん、あたりまえじゃないかー、あれじゃあ投げる側には入れないよー?」
 至極当たり前の口調で、それがどうしたと不思議そうに尋ねてくる山本。

 それで楽しいのか?!

「このツアーさぁすーごい人気なんだよー、でも参加資格が保険に入ってることっていうくらいスリリングでさー、それも人気の理由なんだよねーあはははは」
 ケロリとして笑う山本から視線を外すと、網を持って意気揚揚と帰ってくる幼馴染の姿が嫌でも目に入る。
「・・・なんでアイツと街を歩くと、こういうのに当たるんだ・・・」
 長年の謎は、未だに解けそうにもない。



2002年10月01日(火)
徒競走見学中?

 パン、パパパーン・・・!
 わあぁぁ――っ

 設営されたテントの下で、二年五組の四人がそれぞれの表情でグラウンドを眺めている。
 学校の体育祭は明後日・・・のはずだが、大きな用具の設営が終了しているグラウンドでは、今まさに『リレー競争』の本番真っ最中であった――。

「おお、盛り上がってるな」
「なんかさーこういうノリのいい曲聴いてたら自分まで走りたくなったりしない?!うわーなんかウズウズしてくるなー!」
「み・・・皆も楽しそうだよね。・・・わぁ、デットヒートだ」
「行けーそこだまくれー!!」
「や、山本くん・・・それなに?」
「えーっ、競争とかで盛り上がってるの見てたら言いたくならない?!」
「へ、へぇーっ。そういう時の掛け声なんだ・・・そっか」
「・・・・・・」

 納得している小林に、接着剤を片手にして佐藤が溜め息をついた。

「・・・小林、それ違う」
「え、え?え? そ、そうなの、佐藤くん」
「山本も間違った知識教えるんじゃねぇ」
「なんでだよー、競馬競輪競艇、全部競争じゃんかー」
「そりゃそうかもしれねぇが、徒競走とは違うだろ!!
 つか、お前それ全部出入りしてやがるのか?!」
「えーまさかーあははははははは」

 けろっと笑う山本の隣で、
「あ。またこけた」
 鈴木がポツリと呟いた。
 と、ほぼ時を同じくして・・・


 ――ガシャガシャガシャ、バリン!


 派手に破壊音が響き渡る。
「くっそ、またか!!」
 佐藤が毒づく目の前で、四人のいるテントまでわらわらと何かが運び込まれてくる。それと同時に、四人は運び込まれた大きな陶片にせっせと接着剤を塗りたくっていく。
「おっしごっと、おっしごっとー♪」
「・・・楽しそうだなオイ」
「えーっだってさー、こーなんか立体のジグソーパズルやってる気になんない?」
「ふむ、言われてみればそうだな」
「でしょでしょー!」
「お前ら・・・」
 作業する手を止めて、佐藤は深く深く溜め息をついた。
「ジクソーパズルは勝手に動かねぇ。ていうか、徒競走してる最中にこけたりもしねぇ」
「仕方ないだろう。体が大きい上に足(コンパス)が短いから、突発的な事態に対応しきれないんだ」
「問題はそこじゃねぇ」
 とだけ言って、佐藤は現在修復中の等身大土偶を憂鬱そうに眺めた。


 そう、普通の土偶は歩いたり走ったりしないものだ。
 ましてや、集団で徒競走など――。


「ていうか、なんで俺たちこんなことやってんだ」
 『保健委員』として借り出されてしまった我が身を嘆きながら、佐藤は今回最後の陶片に接着剤を塗りたくり空いている穴にはめ込むと、ドライヤーの電源を入れた。

 ゴーッ・・・

「ほら、乾いた。終わりだ終わり」
 スイッチを切ると、やや疲れたように脇の机に道具を投げ出す。
『%#△*◎□△vvv』
「はいはい、もうこけるなよ・・・」
 感謝の言葉を述べてくれているらしい相手に、なげやり気味に手を振って、佐藤はぐったりと椅子に伸びる。
「ったく・・・誰がこんな面倒ごとを・・・」
 そんな佐藤の呟きに反応した人間がひとり。

「えへ?」

「・・・お前か。やっぱりお前か山本ーーー!!!
「まぁいいじゃんかーこれバイト代出るしー」
「金さえ出れば何でもいいお前と一緒にするなー!」
「お金だけじゃないよー、だってすっごい困ってたみたいでさー運動会やりたいのに場所がないってー。ほら、ちょうどボクらのトコ運動会近かったしさーだからリジチョーに話ししたらレンタルしてくれるってー。で、ついでに救急隊もいるだろーからってボクらが雇われることになったんだよー。えっへん」
「へ、へぇ・・・人助けなんだね」
「そうなんだよねー!」
「・・・」

 えっへん、てのはなんだ山本。
 そもそも・・・『人』助け?
 いや、そんなことより。

「・・・レンタル?
 こいつらから金とってやがるのか。
「ほほう、さすが理事長。転んでもただでは起きないな」
「感心してる場合か鈴木」
「しかし、これで今年の単位はバッチリだ。不測の事態が発生して一時行方不明になったとしても間違いなく進級できる」
「お前、いつの間にそんな取引してやがる。
 ていうか、そういう事態が起きること前提に話を進めるんじゃねぇ! 大体そういう時には俺が巻き込まれてるだろうが!」
「心配するな、四人分まとめての話だ」
「俺が巻き込まれること前提に話してんじゃねぇ、ってことだ!」

 ガシャガシャン――!

「・・・」
「おお、今の大声に驚いたようだな」
 すぐそばで起きた土偶の将棋倒しを眺めて、鈴木が淡々と原因を指摘する。
 嗚呼、魔の連鎖反応。
 再び陶片にせっせと接着剤を塗りたくりながら、佐藤は手元の破片を目の前の患者の頭に前衛的角度でくっつけたくなる衝動と必死に戦っていた。