2005年07月31日(日) |
ウイリアムスとウイリアムズ |
英語で書けばスペルが同じ。 John Williams クラシックのギタリストがジョン・ウィリアムス。映画音楽の作曲者がジョン・ウィリアムズ。ともにとても有名。しかもやっていることがだぶっていたりする。 そういうふうにタイトルやクレジットでは区別しているようだ。
am4:30 起床。珈琲をいれる。今日は曇りがちの天気。 am5:00 掃除 am6:00 ハナの散歩、植物の水遣り am7:00 朝食。トースト、野菜の素焼き(トマト、グリーンアスパラ、かぼちゃ、なす)知り合いからとてもおいしいオリーヴオイルをもらったので、それをかけて食べる。野菜は素焼きにするととても甘くなる。 ヨーグルト。
am10:00ころ ノートに作品のつづきを書き始める。 am11:30 フレッシュネスバーガーを買いに行く。 12:00 昼食 pm1:00 ノート再開。数時間で数行。気分を変えるために鉛筆をBにする。 筆圧が強くて指が痛くなるのがいやで、4Bくらいの柔らかな鉛筆を使ってきたけれど、柔らかいと字を流して書いてしまうことが多いのと、手が真っ黒になる。そこでBにしてみた。久しぶりの硬い感触がいい。
pm3:00 珈琲
このころ突然の豪雨。日本海側や福井県の嶺南地方では大雨洪水警報が出たらしい。
ジョン・ウィリアムスのギターを聴く。特に映画「ディア・ハンター」に使われていた「カヴァティナ」というマイヤーズの曲がいい。何回も聴いている。 とても柔らかな音楽。あの哀しい映画に使われていたんだ。
pm5:00 ハナの散歩 pm6:00 早めの夕食。ごはん、焼カレイ、ししとう、納豆(自家製の大葉をかけて)
ツール・ド・フランス最終日のビデオをもう一度見る。 阪神連敗。 サッカー、北朝鮮に負ける。 こんな日もある。
2005年07月30日(土) |
ジョン・ウイリアムスを聴いた日。 |
am3:40 起床。PCに向かい、「蝉の羽色Brew」を打ち込む。
am5:00 珈琲。今日からブルマンブレンド。(いただきもの)掃除。 am6:00 ハナの散歩。蝉が道にたくさん落ちている。 am7:00 掃除。植物の水遣り。薔薇と朝顔がたくさん咲いている。青い朝顔だけが遅い。川上弘美さんの作品に、晩秋に咲く青い朝顔、とあったように記憶しているんだけど、青は遅いのかな。薔薇は三本ほど切り、ジャンの写真の前に置く。
今日は全体に曇りがち。
am7:30 朝食。トースト、人参のサラダ、ハッシュドブラウン(フランス流にいうとガレット)、グリーンアスパラ、ウィンナー。ミルク。
am10:00 クリーニング屋さんに行くついでに街をぶらぶらポタリング。ギターのジョン・ウィリアムスの二枚組を手に入れる。
それとは別に70年代のトラッドに根ざしたロックをもう一度あつめようかと思う。高校時代に一番よく聴いてた音楽だ。むろん、ウエストコーストとブリティッシュと。松村なんかも、これええよ、といってよく聴いていたのがヘロン。これもCDになっている。それとなんといってもバーズ。
ジョン・ウイリアムスのギターを聴く。バッハの演奏はさすが。
am12:00 昼食。焼き飯。 朝、打ち込んだものをなおしながらアップする。これから読書。
ジョン・ウイリアムスのギターを聴きながら微睡む。
am5:00 ハナの散歩。植物の水遣り。 am6:00 夕食。ドミノピサ゜、スパゲティ、トマトソース、やややや西瓜とな。
ハナの相手をし、猫と遊び、夜は更けていく。 ジョン・ウィリアムスのギター、スケメツィーノ・メヒカーノを聴く。 乾いていて柔らかで、いい。
am4:00 起床。寝苦しい夜だった。なんども起きて、その都度、ぼおっとしていた。本を読んだり音楽を聴くという気分にもなれない。ハナはよく寝ていたように思う。強いね。
am5:00 珈琲をいれる。メールのチェック。ぶらぶらと掃除。ところで来年の10月の、NHKの朝の連ドラは田辺聖子さんを主人公にした物語だという。演じるのは藤山直美さん。
am6:00 ハナの散歩。玄関を出たところの植木鉢がひっくり返っていて、猫の白い毛が散らばっていた。外猫のさくらが喧嘩の主だとわかる。 歩いていて秘密の路地を歩いていると、近所の造園屋の主人とであう。柴のしんちゃんと一緒だ。お互い顔を見合わせて、へへという。この道はどんなときでも北からの風が抜ける不思議な道。知る人ぞ知るいい道。
am6:50 掃除開始。可燃ゴミの日。ゴミをまとめて出す。植物に水遣り。 am7:30 朝食。ごはん、ハムエッグ、ブロッコリーのオイスターソース和え、トマトとタマネギの和えもの、舞茸と若布のみそ汁、ヨーグルト。
お昼。 日替わり弁当。なんだか鰻がはいっていた。あと野菜天とか…。 で、西瓜。もらい物の西瓜がたくさんあって、とにかく食べねば。友人の高校の野球部、おしくも準決勝敗退。
あいまあいま 掌編の直しと先に進める部分をアタマの中に書く。
pm3:00 休憩。この間に小説の一部をアップ。アイスコーヒー。えーっ、また西瓜!! ひとりでサイケデリコを聴く。1st、2ndと聴くよりもアーリー・タイムスのほうをよく聴く。
あいまあいま 掌編のこと。
pm6:00 ハナの散歩。雨が降りそうで降らない。凄い恰好の大学生に目を奪われる。男も女も。帰ってきてから植物の点検と水遣り。薔薇のゴールデンバニーがたくさん花を咲かせた。ツル薔薇と朝顔の誘引のためのひもを張る。
夜。 夕食。博多ラーメン、明太シューマイ、いかシューマイ、豚キムチ。 おおお、また西瓜ぢゃ。
マクスウェルのNOWを聴く。ずいぶん久しぶり。やっぱりいい。 川上弘美さんの「春のおでん」を読む。エッセイだけど小説のような作品。こんなのがいいなあ。
ハナが眠たそうだな。 では、よい週末を。
2005年07月28日(木) |
木曜日が定休日の鰻屋は… |
am4:00 起床。夜中に外猫の喧嘩があって、あまり眠れていない。 珈琲をいれて、音楽。アントニオ・カルロス・ジョビンのwave。
am5:00 掃除。植物の水遣り。朝顔次々と咲く。夏の薔薇、一斉に開花。あっという間に散るので、早めに切り花にする。
am6:00 ハナの散歩。歩きながら掌編小説のあらすじを考える。帰ってから洗濯。猫たち点呼。主に猫のうろうろするところを中心に掃除。
am7:30 朝食。ごはん、舞茸のみそ汁、お揚げと小松菜のたいたん、じゃこおろし、漬け物、ヨーグルト、西瓜。
午前中のあいまあいま。 掌編小説をアタマの中に書いていく。
お昼 トースト、ミルク、キウイ。
午後のあいまあいま 掌編小説をノートに書いていく。
ところで、今日は土用の丑の日。鰻やね。いつも買いに行く大徳寺近くの鰻屋に電話。 「あんたとこ、木曜定休日やんか」 「いやいやいやいやいや、とんでもないです。鰻屋が今日やらへんかったらどうしまんのん」という。予約を入れてあとでとりにいくことに。
pm3:00ころ 珈琲。 新しい掌編小説は「蝉の羽色Brew」というタイトル。プロットはできてる。あとは細かなところ。できるだけ毎日アップしていきたい。一部アップする。
pm6:00ころ 新大宮商店街の川勝で鰻を受け取り、帰る。とにかく今日はべらぼうに暑かった。帰ってシャワー。植物の水遣り。向かいのSさんから、毎晩夕顔がきれいですといわれる。嬉しい。身体の不自由なご子息も見られているようだ。ハナの散歩。道路が灼けているのでハナもあまり歩けない。無理をせず日陰を少し歩いて帰る。
pm6:30 早めの夕食。鰻の蒲焼き、うざく、だし巻き、博多土産の豆腐のみそ漬け。その後に西瓜。
夜。 猫の相手をして、ようやくPCの前に座る。日記を書く。サイケデリコの2nd、U2。散歩中に拾った蝉の羽を手にとってながめる。 源氏物語(円地文子訳)。 足許でハナが寝ている。ここのところ一番よく聴いているU2のKITEを聴く。
ふうーっ。 ではでは。
2005年07月27日(水) |
ずいぶん涼しい朝になって |
am4:00 起床。メールのチェック。珈琲をいれる。今朝はずいぶん涼しい。日が昇る前に夕顔をチェックしにいく。朝顔の青が咲いていた。夕顔は閉じていた。
am5:00 掃除。缶のゴミの日、缶をまとめて出す。洗濯。今日は音楽なし。
am6:00 ハナの散歩。まだ涼しいぞ。シャワー。 am7:30 朝食。
お昼前 五辻の昆布を買う。
昼休み 甲子園にはほとんど興味がないけれど、知人の勤める学校が京都予選の準決勝に進出した。まあよく勝てたと思う。さあ次はどうかな。
pm6:00 ハナの散歩。次の掌編小説のタイトルだけ浮かんでくる。 物語を歩きながら考える。
pm7:00 高校野球のような慣れないものを見たからアタマの中が他人のアタマのようだ。夕食。舌平目のムニエル、パンプキンスープ、たくさんのシーザーズサラダ。
ブライアン・ウィルソンの「スマイル」のメイキングのドキュメントを観る。60年代の天才の、復活への物語。「伝説」はまさに蘇ったのだけれど、そこに至る精神の病との格闘のすさまじさをかいま見た。そして彼を支え続けた周りの人たちとの素晴らしい「関係」も。ヴァン・ダイク・パークスの優しさも。 60歳を越えて復活したブライアン。音楽も素晴らしかった。 まさにLove&Mercy。
pm10:00 ブログにアップする原稿を引っ張り出す。
さて。
2005年07月26日(火) |
台風が遠ざかる。慈雨ではあるが…。 |
am3:00 起床。外猫の子猫たちがベランダのシートで遊びまくっていて、うるさくて起きる。雨が降っていた。
am4:00 珈琲をいれる。小さい音でU2の”All that you can`t leave behind”を聴く。このアルバムもいい。walk onは大好きな曲。 プロデュースはブライアン・イーノとダニエル・ラノア。
am5:00 朝はあっという間に時が過ぎていく。掃除、拭き掃除の日なのでていねいに。可燃ゴミの日。ゴミをまとめてだす。植物のチェック。夕顔の一番花がぽとりと落ちていた。蕾の数はとても多い。 朝顔は赤と青を植えたのだけれど、赤から咲いていく。
am6:00 雨上がりをついてハナの散歩。台風は関東のほうへ向きを変えていった。こちらは慈雨だけど、関東のほうで被害が出なければ、と思う。メールとサイトの確認。レスのメモをノートに書き付ける。
am7:00 朝食。今日から和食。
昼休み 昨日に引き続き高橋睦郎「起きあがる人」を読む。ぼくが読む男性の詩人では一番多いのが高橋さんの著作だ。 昨日に引き続きノートに感想を書きながら読む。読み終えるとさすがにずん、ときている自分に気がつく。後半はまさに詩人の「覚え書き」とも読める。昨日からのとあわせて出版元への葉書に書き込み投函する。 志の高い詩集だった。読んでいて教えられたことは多い。
スチル・カメラのフィルムを現像に出す。
あいまあいま 詩編のメモ書き。
pm2:30ころ 台風の影響はほとんどなかった。まだどんよりと曇っているけれど これぐらいのほうが身体が楽な気がする。
夕方 現像をとりに行く。帰ってからハナの散歩。 スチルカメラの画像からサイトのトップページを換えようと思う。犬猫たちの画像に。 猫点呼。猫の回りを簡単に掃除。
pm6:30 夕食。サツキマスのみそ漬けがおいしい。キュウリもみ。ナスの田楽。ゼンマイとお揚げのたいたん。
pm7:00 巨人阪神戦を流しながら、サイトのトップ画像を換える。 詩編をまとめる。日記を書きはじめる。
高橋睦郎さんの詩集の「手応え」がずうん、と残っている。 一日の最後はまたもやU2。 詩のことや、小説のことを考える。少し書いてみる。
多田智満子さんの「封を切る」。必読。
夜に入ってずいぶんと涼しい。窓を開ける。 U2の”KITE”を聴く。
静かな夜。
ではでは。
2005年07月25日(月) |
朝からFMで Like a Rollin` Stone がなっていた |
am4:00 起床。シャワー。猫たち点呼。猫のご飯。部屋の掃除。 昨晩の読みかけの本、養老さんの対談読了。
am6:00 ハナの散歩。シーズーのハナ、柴のゲン君、Mixのしんちゃん、名前を知らない黒ラヴ、といつもの挨拶。植物のチェックと水遣り。 昨晩、夕顔が咲いたようだ。気がつかなかった。朝に閉じた花を見る。
am7:00 朝食。トースト、ミルク、キウィ、トマト。珈琲。新聞にツールで優勝したアームストロングの写真がでていた。ここまでの21ステージを思うと感慨がある。 久しぶりに聴いたFMからディランのライク・ア・ローリング・ストーンが流れていた。若い頃よく聴いたけれど、いつ聴いてもいい。
昼休み 高橋睦郎「起きあがる人」を読み出す。「生きる」ということが、死を包み隠さず描くことによって、あぶりだされている詩。言葉遣いの巧みさは指摘するまでもないけれど、この息遣い、行の反転の隙間に浮かぶ切なさはどうだろう。鮮やかさはどうだろう。 おそらく亡くなった多田智満子さんと思われる方との「交流」を書いた詩に胸を衝かれ、前に進めなくなる。
その続き 一つ一つの作品がが実に味わい深く、ノートに感想を書きながら読み進める。 「起きあがる人」には詩人に対して書かれた詩が二つある。 励ましである。かけがえのない。
ところでジョージ・ルーカスは脚本を書くのにPCを使わないそうだ。 全て手書き。またアイデアはネットではなく古書から得るという。似た話を違う方から聞いた覚えがあるのだが、誰だったか名前を忘れた。
PCで文章を書いていて、それから手書きになった人は多い。理由は様々だ。 ぼくもノートに高橋さんの詩の感想やら私的な覚え書きを書いていて、「書くこと」そのものに没頭できる自分と、パソコンに打ち込む自分を分けないといけないと思いはじめている。 「書くこと」に没頭できるというのが好きなんだよね。 僭越ながら体質的に吉村萬壱さんに似ている。とにかく「文字」を書くこと、なのだ。
時として自由で流動的で可塑性が高いのは、むしろアナログの手書きじゃないのかと思う時もある。電気はいらないし場所も選ばない。 それとも、こちらのほうがよく見えるということは、こちらのほうがむいているということか。
夜の手前頃 ハナの散歩。ハナと猫の夕食の用意を始める。家のものからメール。今、吹田のあたりだという。ふむふむ。
明日からまたわいわいと賑やかな暮らしになる。 一人もいい。時間がたっぷりとれるから、読書にはほんとにいい。 猫も犬もこれは邪魔しない。
夜。ハナにご飯 さっきノートに書いたことを写すと
…本の「つか見本」のような、本ともノートともつかないものが、ステイショナリーで売られていたように思う。 白いページに自分で書き込んでいって、できあがると自動的に世界で一冊だけの本になるというもの。ハードカバーだったように思う。
あれに高橋さんが書き込んでいたのを思いだした。イタリア・フィレンツェで。当然、書き直しや訂正が入るから鉛筆で。 フィレンツェのどこに行くにも、必ず手に握られていた。まるで本を持って歩いているように見えた。
あれをつくろう。
昔、初めての詩集を自分で刷った時よりも、もっと根源的な手作りで。全部手書き。 鉛筆で書くからコピーを貼り付けるかたちにしようか。消しゴムで消えるとまずいかもしれない。いずれにしても世界に一冊しかない本をつくってみよう。 欲しい方がいたらプレゼントしよう。 とりあえず鉛筆で書き込むのと制作用の二冊を買おう。…
ノートには上記のようなことを書いているんです。
家のもの帰宅。 ハナ大喜び。猫は…ややクール。
寝る前にビートルズ。どこか体か心が凝っている時はいい。 うーん、ラバー・ソウルかな。Nowhere Manとかね。
やわらかくやわらかく…。
ではでは。
2005年07月24日(日) |
a.m.9:00を過ぎて空は晴れ渡り |
am3:30 起床。案の定、猫がうろうろ。 トイレの掃除と水替え。それからご飯。
am4:00 珈琲いれる。もう一度詩を見る。直すべきところをチェック。堅い。硬い。固い。固ーーい。それから掃除。
am5:00 ハナの散歩。 am6:30 朝食。トースト、ミルク、ゴールデンキウィ。ハナも少し食べる。空は曇り空で日射しのないぶん、目が楽だ。
am7:00 ツール・ド・フランスのビデオチェック。アームストロング圧勝。何でこの人が引退するのだろうね。恋人のシェリル・クロウも嬉しそうだった。ヤン・ウルリッヒが意地の走りで2位。来年こそ、だ。長い長いツールも後一日。スカパーで夜中まで見てた人々もこれで解放される。
am9:00ころ 「仲間」からメール。昨日の婦人公論、がっかりして閉じてしまうところだったそうなんだけど、井坂さんの解説を読まねば、ともう一度広げて自分の名前を発見したという。 実はこのフォーラムは入選、佳作、選外佳作と分ける時があって、佳作が多い時はそうなる。むろん選外佳作よりも佳作のほうが上。ただ、選評の中に突然名前と作品が出てくるから、名簿だけ見てたら、だめかぁとなってしまう。ぼくも一度同じことがあった。 「仲間」の「仲間」は詩でいろいろと賞もとり、前進しているとのこと。その人もこのコーナーに投稿している。あらためてこのコーナーのレベルの高さを認識。 だからここで井坂さんからなんらかの評価をされた人たちは、自信を持っていいと思うんだ。むろん、詩というのは商業出版として本になりにくく、プロも含めて書店に並ぶほとんどが自費出版か自己負担のある出版という現状だけれど。とにかく書くことは続けないと。 詩で食べてくなんてほとんどの詩人ができないことなんだから、はっきりいって志だけの世界だと思う。だからこそいい部分もあるんだけど。
「佳作ではなく、入選で並びたいね」と書いてあったので心強く思う。 「仲間」にしてみれば、ぼくと「仲間の仲間」と「仲間」の三人が並んだらどんなにいいだろう、と。 それは紙面を独占することになるね。凄いことだけど、不可能じゃない。 そういうモチベーションもありだと思う。 選にはいることが最終の目標じゃなく、自分の表現をどこまで高めることができるか、どこまで読む人に届くかだから。
自分らしさを考えながら 自由に書いてみようと思う。 自分でいろいろと「不自由」に書いていたことに気がついたので。
am9:30ころ 空がずいぶん晴れる。植物を見て回る。 きのうのCDかタイヤかという選択。結局、詩集とCDとになる。 さて、と詩集だ。三月書房へ行かないと売っていないのだ。詩集のリストをホームページで確認する。だけど日曜日は昼からしかやってない。
am11:00 紀伊国屋とかふたば書房にないかと、自転車ででかける。結果、まるっきりない。あまりの落胆からCDを買う気もなくなる。
0:00ころ ハナと昼食。猫点呼。猫昼ご飯。猫の回りの掃除。猫とくつろぐ。Beatlesのラバー・ソウルを聴く。自然と口笛が出る。そりゃ、長いこと聴いてるものね。
pm2:00ころ 三月書房に再度アタックしたいけれど、犬と猫を放っておけない。暑いし…。えーいっと別の六角の本屋さんに行く。両方あった…。
pm3:00 シャワー。本を読む。 pm5:00 ハナの散歩。植物に水遣り。猫たち点呼。簡単に掃除。本を読む。
pm6:00 ハナごはん。本を読む。旅先の家の者からメール。今から宴会だという。ほほお。本を読む。
pm7:00 夕食。アビィ・ロードを聴く。聴きながら本を読む。あ、ニュースぐらいみなければ。で、本を読む。
pm9:00 今日から読み出したのは、高橋睦郎さんの詩集「起きあがる人」、養老孟司さんとアルボムッレ・スマナサーラとの対談「希望のしくみ」、スマナサーラの仏教説話。スマナサーラとはスリランカ初期仏教界の長老。ひそかに読む人が増えているんじゃないかな。たぶん生活に大きな影響を与えると思います。
と、いうことで猫たちのところへ行く時間。 ではでは。
2005年07月23日(土) |
Daytime of shadow and light |
am4:00 起床。顔を洗い新聞を取り入れ。猫たちにフード。点呼をとる。4匹とも元気。外猫に置き餌。昨晩、なかなか入れなかったアメブロに詩を一つアップ。メールチェック。旅先の家のものからひとつ。
am5:10 掃除。終わったら珈琲をいれる。音楽を聴く。ヒリヤードアンサンブル/In Paradisum。次の作品のテーマを暫定的に決める。洗濯開始。
am6:10 ハナの散歩。帰ってきてから植物たちに水やり。朝顔が咲き出した。うれしい。今年はよほど薔薇のあたり年だったたらしくロンサールのシュートがもの凄い勢いで伸びていて、勝手口の小屋根を越えた。
am7:10 猫たちのいる部屋の掃除。猫たちみな逃げる。
am8:00ハナと朝食。一人なので早い。トーストとマンゴー。ミルクと珈琲。土曜日に必ず見るフジテレビ「めざましテレビ」の「土曜日のわんことにゃんこ」チェック。柴犬はいいなあ。
am9:00洗濯物を干し、食器を洗い、軽く掃除。猫たち点呼。
今日はお休み。浴びるほどCDを聴くか、根が生えるほど本を読むか。あほおのように自転車で走るか…。 ハナ、朝寝。猫たちもちろん朝寝。まだ30℃になっていない動くなら今だが…
am11:00ころまで。 昨晩のツールド・フランスのビデオを早回ししながら見る。何せ4時間近いモノなので。 今日は第19ステージ。総合優勝も各賞もほぼ決まっているので、手に汗握ることはなく、逃げ集団の逃げが決まるようにひたすら応援する。こういうアタックを潰そうとするいやな奴はやはりいて、なんとも見苦しい。 結局四人の100キロ以上の逃げが嬉しいことに決まり、優勝はジュゼッペ・グエリーニ。総合争いからは遠く離れた位置にいる名アシスト。35歳。 職人ふうの風貌のイタリア人。 最高の笑顔だった。拍手。 ツールは明日が個人タイムトライアル、あさってがパリのゴール。ランス・アームストロングの前人未踏の記録が達成される。(交通事故でも起きない限り) ぼくの長かった超寝不足も終わりがくる。やれやれ。 猫点呼。ハナの様子を見る。
am11:00からずっと 次の作品の構想をメモ書きにする。少しずつ焦点がみえてくる。コルナゴの後輪タイヤの交換を思い出す。
0:00 昼食。むろん片づけも。ヤンキースの松井がタイムリーを打ったあとのニュースでエジプトの同時爆破の事件を知る。たぶんテロだ。同じことが明日、日本でないなんて誰にも言えない。
pm1:00 猫に昼ご飯。それからチャチャと少し遊んであげる。猫たちも暑さに参ってる。それと当然のことだけれど、家の中がもの凄く静かだ。 この時間になったらしばらく外出は禁忌。きょうも30℃を超えているのは確実なんだけど、過ごしやすく感じられる。 36℃というのはやはり異常に高かったんだな。 猫たちとの昼寝の間にアイデアが夢の中に出てきたんだけれど、起きた途端、消えてしまった。
pm2:00ころ バンプ・オブ・チキンの「プラネタリウム」を聴く。ゆったりしたナンバー。スキマスイッチを聴く。いいね。 回覧板が帰ってくる。今年の大文字鑑賞会の参加者について。 外を見たら陽炎がたっていた。
pm3:00ころ 猛暑の中、本屋さんが「婦人公論」を届けてくださる。今回の詩の欄は「選外佳作」に名前と作品名が記されていた。 本命というか、これっというのはこの後に送ったのだが…。 だけど名前だけでも掲載されると一安心である。 ざっと読んでいると入選も佳作もほとんどが「常連」。思潮社から詩集をだしている人も投稿していて、実はここのレベルがとても励みになっている。
うれしいことに、ずっと投稿を続けている仲間の名前が出ていた。 二人で時々、メールの交換をしている。二人並んで名前が出たらいいね、といっていて相手がいい時はこっちが駄目だったりしてなかなかあわなかったんだけれど、今回は二人の名前が同じ紙面に載った。
その「火花」という作品をアメブロにアップしようと思い、早速作業に。 その前に「仲間」にメール。 投稿する人間にとってはほんとに嬉しいことなのだから。
pm4:30ころ 上記の作業終了。詩はこちらにアップしました。
そのまま洗濯物を取り込む。たたんで片づける。 pm5:00 ハナの散歩。まだ暑い。道路が灼けているので、そうそうに帰る。関東地方で大きな地震。震度5強だと怖いはずだ。(6経験者として)
pm5:30から 植物の水遣りとチェック。朝顔も夕顔も蕾が脹らんでいる。花芽もたくさん。薔薇の夏の花が咲き出す。あまりに痛々しいので早めに切るけれど。こちらもたくさん蕾がついている。 ミントがバッタにやられてぼろぼろ。汚い葉を間引いてやる。 柚子の新芽が凄い勢いで伸び始めた。
pm6:00 家のものからメール。婦人公論、見たよと。まあ、一応なんとか…。ハナにご飯。外猫にご飯。 晩ご飯どうしようかな、と冷蔵庫を物色。 キーマ・カリーとナン。それとバナナとヨーグルト。猫たち点呼。 涼しくなったので自転車に乗って買い物、とおもうけれども、CDかロードレーサーのタイヤかで悩む。タイヤ一本でCDは4枚買える…。うむむむ。 しかも文庫本ならさらに買える。うむむむむむむむ。
自転車に乗って市政協力委員さんのところへ。大文字鑑賞の名簿を届ける。 帰るとハナがご飯を全部食べ終えていた。出るなら今だが…。 一人だと決まったモノぐらいしかテレビは見ない。だから余計静かだ。
pm7:00過ぎ 夕食を終え、片づけ。これから寝るまでは猫の相手をしてやろう。ハナはもう寝ている。
Goodbye daytime,Welcome nighttime タイヤとCDの争いは当分続くでしょう。 イタリアのドキュメントでもみようかな。
ではでは。
2005年07月22日(金) |
今夜からしばらく犬と猫たちとだけ暮らします |
近藤等則と菊池成孔 ぼくが日本のジャズで目を離せないふたりだ。 近藤氏の場合、彼が京都の大学にいた頃と少しだけだぶる。
たぶん本人たちの内部は熟した音楽と不断のやりとりが続いているのだろうと想像する。熱がある。
近藤のエフェクターを駆使したソロ・トランペットは嫌いになれないし。 菊池のスタイル、モード、音すべてにオーラが溢れている。 今日はスウィートベイジルでの菊池のライヴDVDを見てました。 ジャズの現場はかっこいいな。音楽がいいことが前提だけどね。
「シャツ」に続く詩編シリーズを書き始めたのだけれど、アメブロが「ある理由」からとんでもない混雑に陥っていて、アップできない。 少し時間がかかるのかな。
ラヴ・サイケデリコの音楽はアッパーな曲よりもダウナーなほうが好き。 次の詩編シリーズは彼らの音楽や古いジャズも聞きながら書く。
そういえば婦人公論が書店から送られてこないので直接、違う本屋に行ったけれどどこにもない。 ひょっとして最初の版は全部売り切れ?うーん、特集は「花田家の栄光と挫折」のようだけど。
明日本屋を回ってみよう。 今日は山羊座で満月。 いろいろあるなあー。
2005年07月21日(木) |
「シャツ」last date 36℃ |
京都は36度を超える酷暑。連日、熱中症で倒れる人のことが報道されている。
アメーバブログで書き続けてきた「シャツ」を書き終えた。 これから原稿用紙に訂正を入れたり書き足しながら、書きこむ作業に入る。
次になにを書くのか、アイデアをメモにとっている。 blog walkxwalk に掲載していたモノを 書き直してアメブロにアップすることも考えている。
それにしても音楽から起動することが多い。絵画ももちろん。 書かれることを待っているものを探し出すことが第一義であるのは間違いないけれど。
明日からも書いていく。
●川上弘美さんの「椰子・椰子」の短い感想文を書きました。
●「シャツ」の続きを書きました。そろそろ…か、と。
●照準は今日から詩にあてています。こちらも一つのテーマで追っています。 しばし瞑想。
●音楽はThe Byrds、”Turn Turn Turn”など。
●読書は高橋睦郎詩集、ポール・オースター。 詩をぶつぶつと口の中で詠唱しています。
2005年07月19日(火) |
COLTRANE 祇園祭は、まだ… |
■ John Coltraneの「Coltrane」を聴く。 案外、「見落とされている」重要な一枚だと思う。 いわゆる「至高のクァルテット」と呼ばれるメンバーによる最初の盤だ。 コルトレーン、マッコイ・タイナー、エルヴィン・ジョーンズ、ジミー・ギャリソン。 コルトレーンはこの不動のメンバーにとことんこだわった。 後の名演の萌芽がいくつもあり、しかもそれはこの時点ですでに完成形に近かったことは驚異だ。
ロリンズの「橋」にも唸ったけれど、全く違うアングルからのジャズ・テナー。 コルトレーンのいつ果てるともしれぬアドリブ・ソロは確かに聴き手を渦に巻き込み、判断停止、思考停止状態にする力に満ちている。 呪術的な演奏はこのあたりから始まっていく。
■祇園祭はまだ終わっていない。一応、山鉾巡航で終わったように見えるけれど、 これから御輿を担いで街を練り歩く祭りがある。
山や鉾も解体されて片づけられたけれど、なにもあれだけが祇園さん、つまり八坂神社の祭りの全てではない。 今日も、中京の、その町の人としゃべっていたんだけれど、いってみれば山や鉾は「ハイソ」な祭り。 いわゆる町衆、室町の大きなお家や資産のあるお家ではない、一般大衆の祭りがこれからある。
ぼくは何度か見た。新京極や寺町を御輿を担いで練り歩くのだ。老若男女がわいわいと歩く。子供御輿もあるよ。 つまり日本全国のどこにでもある祭りの形態が祇園祭にもある。
もちろん観光客なんて見ていない。 町のお祭り。
■「シャツ」を書き継ぐ。 川上弘美さんのある作品にはまる。必ず感想を書け、とこの本を持ってきた「文庫本主義者」から指示される。 近々アップします。
NHKの「世界遺産イタリア縦断1200キロ」というドキュメントを観る。 紹介される一つ一つが、とても生々しくておもしろかった。 古代から現代までが一つに同居している感覚。層になっていたり、継ぎ足したり、上にものを立てたり。 遺産が生きている、という実感がひたひたときた。 日本とはずいぶん扱い方が違う。 それに空が広く、哀しいぐらい青いのが印象的だった。
ふとイタリア文学を読んでみたい、と思った。 イタリアの詩人については、須賀敦子さんの訳によるものを読んできた。 ウンベルト・サバなどを。
だけど「ただいま現在」が知りたい。 こんな環境下での文学ってどんなだろう、と。 古代と現代とのミックス。 やはりアメリカの文化に浸食されている風景が散見されたけれど 文学はどうなのか。とても興味がある。
日本の作家では 吉本ばななさんがとてもよく売れているというし、村上春樹さんのものも出ているようだ。 特にばななさんの受け入れられ方は普通じゃない。 どうなっているんだろう。
そう思うと読みたくてたまらない。 日本における若手の外国文学は、圧倒的に米英に集中していて、かろうじてフランスが続いているぐらいじゃないのかな。 イタリア文学はどうなっているんだろう。 読んでみたい。
ツール・ド・フランスもサイボーグみたいなアメリカ人の強さはよくわかったから、男前のイタリア人を応援している。
2005年07月17日(日) |
Paul Auster / Love Psychedelico |
「シャツ」が物語として流れ始め、読んでいる本と聴いている音楽が集中しだした。
本はInvention of Solitude/Paul Austerをはじめとする、オースターを山積み。 音楽はLove Psychedelico、John Coltrane、Sonny Rollins。
祇園祭も終わり、蝉が鳴き始め、ツールはピレネーに入った。 朝顔が繁っている。
祇園祭の宵山。 雨は今のところ降っていません。蒸し暑い夜です。 凄い人だと思います。
右目の上が微かに震えて止まりません。 たぶん寝不足のせい。パソコンの画面を見過ぎかも。 夜中に二、三回は目が醒めるし…。
ポール・オースターの本を読んでいます。 ああ今日は早く寝よう。 犬のためにも…。
今日は祇園祭の宵々山。夕方には浴衣を着た女の子たちが弾むように四条へと出掛けていく。 まるで梅雨明けのような猛烈な暑さ。 祇園祭は必ずと言っていいほど雨が降るんだけれど、今年はどうだろう。 予報では日曜日の山鉾巡航の日が雨のようだ。 一番の人手となる明晩の宵山はどうかな。 強いにわか雨がよく降るんだけれど。
昨日の晩に「シャツ」の途中までを書いて、今日、アップ。 「ステテコ」に対するイメージがぼくらと若い人たちとでは全然違うようだ。 むしろ若い人たちのほうが先入観がないみたい。そもそもその存在を知らないし。
営業マンで汗かきの若い人、特に汗でズボンがべとべとになるような人には勧める。意外と好評。 ぼくはほとんど室内だから穿かないけれど。
古い婦人公論を整理していて、女優の上原さくらさんが、とても読書家だということを知る。読むのが早いから量も多い。 成人してからの外国語の習得も早い。小さい頃からの読書づけで言葉に対する感じ方が研ぎ澄まされているからじゃないだろうか。
彼女は自分で小説も書いている。発表はしていない。 たぶんおもしろいだろうと思う。文芸の世界にピタリとはまった暮らしを当たり前のように小さい頃からしている人の力は凄いものがあるから。 これはぼくの経験からそう思うんだけど。
じゃあ、そうでない人はというと、これはこれで、だからこそのおもしろさがある。 だけどやはり本は読むべきだし、紙に字は書くべきだと思う。
夕方、ピレネーズを散歩させている女の子と出会う。 名前はバル。いい子だ、と撫でていると、ピレネー連れて歩いておられましたよねといわれる。 大きい犬だから目立つのだ。 ジャンが亡くなったことを教えて、バルと戯れる。 雌で全然吠えない。 笑い顔がジャンにそっくりで、ずっと撫でていたけれど、家のほうからハナが吠えだしたのでバイバイ。
家に帰ると、ハナはジャンが帰ってきたんだと勘違いして、ぼくの手をいつまでも匂いでいた。
2005年07月14日(木) |
詩 ソニー・ロリンズ 直木賞/芥川賞 |
●詩を書き上げて、投稿。最初に考えついたのとは全然違うものになった。だから、少しよかったと思う。これだ、と思うものをぼくはまず疑うところから書き始めるので。疑いはたいていあたる。そのままだとやっぱり駄目だった。 そういう癖がついたのも井坂洋子さんの毎月の選評を読み続けてきたからだと思う。
●ローレンス・ブロックを読了。さて、ミステリのしかもアメリカ文学の方法論を生かして書くことができるのかどうか。うむむ。
●芥川賞と直木賞が決定。中村さんは何度か候補になりながら落選していた方だ。
●ソニー・ロリンズの「橋」を何度も聴く。ロリンズといえば「サキソフォンコロッサス」や「テナーマッドネス」が有名だけど、「その後」のロリンズに惹かれる。あまりにコルトレーンのフォロワーの多いジャズ・テナーだけど、まったく独特の世界を創造している巨人はロリンズだ。 「橋」ができるまでの経緯。そして音楽の清新さ。村上春樹さんがポートレイト・オブ・ジャズで何故これを選んだのか、わかる気がする。 ピアノレスで、ギターとテナーという斬新さは全く失われていない。
池永康成さんと竹林柚宇子さんが、2007年に「二人展」を開くべく、交換日記をネット上で公開しています。 その日記に触発されてプロモーションサイトが起ち上げられました。 ぼくも短い文章を寄せています。 一度ご覧ください。→こちら
ずっと読み続けてきたローレンス・ブロックの「Telling Lies for Fun&Profit」。 後10ページぐらいを残すのみですが、「眼をつむって書く」という章に出くわしました。
つまりは書く前に眼をつむってイメージをアタマの中で描くことを言っているんですが、かつてゴザンスの800字を書いている時は 全部このやり方だったことを思い出しました。 短編はもちろん長編にも。あるいは一章のためにも有効な手段です。
誰だったか名前を忘れてしまったんですけれど、ある作家の方はもう少し具体的で 白い紙の左下にキーワードを書くそうです。左に意識が寄りますよね、すると右脳が動いてイメージが動き出すんだ、というんです。 眼球の脳との直結の仕方は、手や腕のように「左右逆転」なのかどうかまだ確かめていないので半信半疑なんですが そういう「やり方」もあるんだそうです。 それだけの意識の集中をすれば、紙の真ん中に書いても動き出すような気がしますけれど。
短い詩を一つ書きました。
●何とも蒸し暑い日々。 こんな時になにか書き続けるというのはどういう意味があるのだろう、と ちらりと思うけれど、書かなければという気持ちを支えているのは 書くことで自分が変化していくという手応えがあるから。 世界を見つめつつ、もっと先へいってみたい。
●ということで詩のメモをあつめて、書き出しているところです。 チラシの裏、領収書の裏、ノート、メモなんかにこっそり走り書きしたもの。 あんまりこっそり書いたものだから、読めない字もある。
●早朝、「シャツ」を書きました。
●「光函」を置いてくれている「とりはら」さんからひまわりをいただく。 ありがたい。早速、ジャンの写真の横にいけました。
●恩田陸さんの文庫が新刊ででている。どうしようかな。読もうかな。 迷っているところ。というのも読まなければならない本が山積みだから。
●日本のジャズ。菊池成孔さんを中心にいろいろと聞いています。またそのうちに書きます。
2005年07月11日(月) |
読んでいる本と聴いてる音楽 |
本…「その名にちなんで」ジュンパ・ラヒリ 「街の底」吉行淳之介
音楽…「DEGUSTATION A JAZZ」菊池成孔 「Right Now」Love Psychedelico 「Early Times」Love Psychedelico
あと、ROSSOとUA。
ドリコムのブログには出会い系と見られるサイトからたくさんの嫌がらせトラックバックが来ていた。 もしやと思って、ドリコムの運営者ブログを見たら、同様のトラックバックの雨あられ。ぼろぼろにされていた。 運営者サイトを含めて全体がこんな目にあっているみたいだ。
ちょっと酷い。
2005年07月10日(日) |
ツール・ド・フランス |
今年もツールが開催されている。 現在、第9ステージ。アルプスにかかってきたところ。 自転車ファンとはいえ、さすがに今はツールどころじゃなくて、モノカキに集中したいんだけど、そうもいかない。
もとはといえばぼくが引き込んだのだけれど、すっかりロードレースファンになった家の者が見ないということを許さない。
作品なんて見ながらでも考えればいい、という。 どんな状況でも書けるのがプロだろう、とか。
確かに見てしまうとおもしろいんだけど、このレースは一つのステージが短くても3時間から4時間。アルプスやピレネーだと6時間以上がざら。 しかも一番おもしろいのがその山岳と来ているからたまらない。
だから見てます。ビデオの早回しで。 見てるけれど、書くことだけは絶対に忘れたくないので、アタマの中でメモを書いていたり、短い時間に集中したりしています。 絞りこんで書くこと、読むこと、聞くこと、考えること。ここまで徹底してなかったかもしれない。何とか時間を回しているから。 これからも時間を上手に使いたいです。
ちなみにツール。今年で引退する王者アームストロングがずっとマイヨを着ています。
勝負はこれからですね。 ぼくの応援しているチーム。ドイツのTモバイルも元気です。
2005年07月09日(土) |
「シャツ」 原稿の日々 |
「シャツ」の続きを書く。 アメーバブログの調子が悪いにもかかわらず、読者登録をして下る方がいて、励みになる。ほんとにありがたい。
あるイベントに向けての原稿を書く。原稿というよりもコメントかな。 かたちになったらお知らせします。
典型的な勤労者の詩人/小説家の日常。合間の時間に考えることは作品のことばかり。一人の時間になってアタマからひねり出して、それを書き出す。
もちろん詩のテーマも考え続けている。 ほとんど作品のこと以外考えられない状態。 来る日も来る日も。
ところで無料ブログサービスはことごとく劣化ないし、重たくなっているようだ。 ぼくの入っている有料ブログだけはさすがにノートラブル。だけど制限がきつい。
2005年07月08日(金) |
「春樹」という中国人作家 |
「すぱる」八月号をよむ。 中国では高まる「反日」と同時に日本文学ブームがあったという。 そのあたりを掘り下げる特集が組まれていた。
多くの中国人若手作家の作品が紹介されている中に、「春樹」(チュン・シュー)というペンネームの女流作家の小品とインタヴューが掲載されていた。 (名前にびっくりした…。)
若き中国人にとってのカリスマ的な作家の一人である「春樹」というと、「村上春樹」を熱心に読んでいる人間は なんだかくらくらっとすると思うけれど、「春樹」は80年代生まれのうら若き女性。
ちなみに「村上春樹」は中国で翻訳がほとんど出ていて、ブームにすらなっている。彼女もほとんど読んでいるけれど、同じ「村上」なら「龍」の方が好きで、日本の作家で一番なのはなんといっても太宰治だという。ふむ。
作品はとても素直だな、という感想。みずみずしいぐらい青春の中に生きる姿を書いているな、と。
80年代生まれの彼女たちは「八十后」と呼ばれているけれど、その前に世界的にセンセーションを巻き起こした 「七十后」とよばれる70年代生まれの人たちがいる。代表的な作家が衛彗(ウェイ・フェイ)。
彼女の作品(「たっぷり甘く」)も掲載されているんだけれど、ぼくの感覚はこちらに近い。 インタヴューでも村上春樹が中国で売れる理由を中国における中産階級の出現、と明確にさらりと言ってのける。 ジャズとワインの世界だね。 そう語る彼女の作品はとてもおもしろい。
「たっぷり甘く」とはテレサ・テンのヒット曲と同名だ。カットをちりばめた映画のような短編だった。
簡単に言うと、鏡のような中国、という印象。読むほどに実は自分自身が(日本が)よく見える。もしくは透けて見えるような。
2005年07月07日(木) |
熱 すばる 直木賞候補 ROCK |
■作品を書く時に音楽をかけっぱなしの人と無音でコンセートレートする人とがいるみたい。今、音楽をエンドレスにして聴きながら書いていて、ふと思った。だけど音がない方が書けるというのも、しょっちゅう経験している。
■「すばる」の七月号が読みたかったんだけど、どこにいっても売り切れ。 そうこうするうちに八月号が発売になってしまった。仕方ないからバックナンバーで注文。金原さんの久しぶりの小説も読んでみたいので。
さて、その八月号では中国での村上春樹ブームが特集されているようだ。 「反日」と「春樹」。この両方が中国の若者の中にあるという。 これも読みたい。
■友人の竹林さんのところの「熱」に伝染して、創作しなきゃという気分が横溢しています。 ほんとにこういう「熱」は有り難いなあ。
■今日、芥川賞と直木賞の候補作が発表されました。 ぼくがいちばん読みたい本がこの中に入っていましたよ。
古川日出男さんの「ベルカ、吠えないのか?」。
犬が主人公で壮大なスケール、ということしかわからないけれど、タイトルだけで、もう読みたくてしょうがない。
■最近、ロックをよく聴く。新しいのばっかり。
2005年07月06日(水) |
Love Psychedelico |
ずいぶん遅い反応というわけじゃなくて、書かなかっただけなんだけど ラヴ・サイケデリコを「シャツ」のなかに登場させたこともあったし、ちょっとだけ書いておきます。
ぼくらぐらいの歳の人間だと、なんだか懐かしいサウンドなんだけれど、好きです。 キャッチーな部分や流れていくようなところがいいし。 音の抜け方とかも。腰に来るし…。
よくいわれる60年代末の音という見方だけど いろいろあるから、ある部分が似ているとも言えるし、似てないとも言える。 サウンドプロデュースは確信犯的にそうだと思うときもあるけれど。 ぼくはとても肯定的に聴いてる。
それよりぼくにとってこのバンドがとても大事なのは、 いつも「哀しい」と感じるからなんだ。歌詞も曲も。 一種の「底にいる感覚」。 鮮やかで伸びやかで朝の空気の中に浮き彫りにそれているような孤独感を感じるから。 しかもうつむいていない。 そんなことをまるで確かめるように感じることがぼくにはとても大事なことなんだ。
コンパクトだから”Early Times”をよく聴きます。 曲だとやっぱり”Your Song”は繰り返し聴いてるな。 ”My Last Fight”も。 嫌いな曲は一曲もないけど。
■久しぶりに太陽を見た気がする。 雨が上がった。 わが家の朝顔、夕顔共に今回の降り続いた雨で一段と大きくなった気がする。ツルをどうまとめるか思案しているところ。
■ところで、バージョンアップしたはずのアメブロがもの凄く重くなっている。 ドリコムでもそうだったけれど、システムを停止してまで作業をし、 よくなるはずなのにたいてい躓く。 どういう事なんだろう。
■詩のメモを書き、ブログの続きを書く。夜は読書。 とても素敵な本を読んでいます。
2005年07月04日(月) |
アメーバブログ ライブ8 豪雨 熱意 |
アメーバブログが2日ぶりにサービスを再開。 休んでいた間の反動でアップロードなどが殺到して、パフォーマンスが低下したけれど、そのうちに落ち着くでしょう。 バージョンアップということなので、文字どおりにそうなればいいんだけど。 「シャツ」を書きました。
G8の各国を回る「ライヴ8」のロンドンでの写真を見ました。 凄い。ハイドパークを埋め尽くした人、人、人の海。 アフリカの貧困救済を訴えるコンサート。 その割には黒人アーティストの出演が少ないという批判もあるようだけれど、イベントとしては大成功の様子。 アナン国連事務総長がステージから感謝の言葉を述べたそうだ。
ロンドンではU2も出演した。G8各国を回るから東京でももちろんやる。日本のバンドも出るんだろうな。
ここのところの豪雨、琵琶湖北部の余呉に凄まじい雨が降った模様。 災害にならなければいいんだけれど。 四国、山陰はもっと降っている。京都でも雨が夜までやまなかった。
日本画家の池永康晟さんの個展が2日で終了。 池永さんは竹林柚宇子さんと2007年の二人展開催目指して、ブログをつくっている。 竹林さんとはお会いしてお話ししたり、絵を見せて頂いてきたけれど、ふたりの熱が凄い。 どうももう一人加わられたようで、「人物画三人衆」ができた模様。
まるで炎のような創作への熱意におおきな影響を受けました。 よおし、ぼくもと、どうしたって思ってしまう。 いいですね、こういう熱。
2005年07月03日(日) |
Night Songs よしもとさんの日記 |
CDの整理はまだ続いていて、だいぶ片づいてはきた。 結局、個人アーティストで一番多いのはマイルス・ディヴィスだった。 まあ、古いのが多いから…。
ロックはいろいろ。同じぐらいの枚数だなあ。 なんだかんだいってクラプトンがけっこうあったりする。 ブルースブレイカーズの時から聴いてるからね…。 だけどねえ、たぶんどこかまではストーンズだったんだけどなあ…。
クラシック系から整理を始めていったから、こちらは整理が完了している。嬉かったのはどこかに紛れてしまっていたCDが出てきたこと。
それが”Night Songs”、ソプラノのルネ・フレミングにピアノはジャン・イヴ・ディボーデ。26曲の「夜」にちなんだ歌曲があつめられている。まあ素晴らしいです。 買い直さなきゃいけないと思ってた一枚だからなおさら嬉しい。
この音楽だけ流している部屋、というのが好きです。精神状態のチューニングの変わりようがよくて。
多くの作曲家と多くの詩人の名前が冠されているけれど、これに入っているラフマニノフが特に好きです。 最後の「歌うな、美しい女よ」は詩がプーシキンなのだけれど、痛切なまでにメロディーは美しい。 訳詞を読んでいたら「グルジアの悲しい歌」とでてくる。
日曜日なのでよしもとばななさんの日記を読んで、愉しくなる。 いつも一週間分まとめ読みしてる。 短いから、たったったーと。
今夜はお客様がたくさんいらした。 皆さんが帰宅され、食事の片づけやら、犬と猫の世話をしていたら11時になってしまった。
一寸、一息つけてテレビを見たら「ハニカミ」って番組をしていて、どうやら芸能人の男女ふたりのデートの一部始終を紹介する番組だった。 何の気なしに眺めていたら、この番組が馬鹿げたおちゃらけや子供のお遊びじゃないことがわかってきた。
おもしろいよね。大人の男女のデートは。 それまでの生活や生き方を通じて体と心の中に積み上げてきたものがあって、それがお互い覗けて見えてるんだ。 その見えてることを意識している自分と相手を見つめる自分の「気持ちの並べ方」もよくわかる。
デートしてたのは東儀秀樹さんと有森也美さん。 素敵なデートだった。心を通わせようとするふたりって、無条件に美しいよ。 大袈裟に振りかぶることもないし。
最後の場面が海から見た東京タワー。とてもきれいな場所だった。 番組が終わってすぐに、クミコさんの「さいごの抱擁」を聴いた。
クミコさんをかけっぱなしにしてこの日記を書いています。
相手を尊重し合い、そして別れていくふたりの一期一会。 唄と最後のシーンがオーヴァーラップして 一日を素敵に締めくくることができました。
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