斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」
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2004年07月31日(土) |
パチンコ台のキャラが大変な事になっていた |
朝のワイドショーを見ていたら、西城秀樹をキャラクターに起用したパチンコ台、「CRヒデキ感激」の記者発表会のニュースをやっていた。
下記サイトの記事によると、
『「CRヒデキ感激」は、秀樹の持ち歌をたっぷり10曲全て歌詞入りで起用。誰もが知ってるあの曲、あのシーンがきっちり再現されているぞ! また、2時間に1度必ず突入する「ヤングマンタイム」は、周りの台全てから一斉に”YOUNGMAN”の歌詞入りBGMが流れ、背景も変化するシステムとなっている。ホールにいながらにして秀樹のライブが堪能できちゃうのだ。一度台に座ったら「ヤングマンタイム」がやって来るまで迷わず打ってみるべし! 』
なのだそうだ。
最近のパチンコ台のキャラクターは西城秀樹だけではないらしい。 郷ひろみもパチンコ台のキャラクターになっているという。 僕は、暇人生活を送っているので、芸能人関連をキャラクターに採用しているパチンコ台について調べてみた。
・CRヒデキ感激(西城秀樹) ・CRGO!GO!郷(郷ひろみ) ・CR水前寺清子(水前寺清子) ・CRリンダのどうにもとまらない(山本リンダ) ・CRお祭りサブちゃん(北島三郎) ・CRがんばれ丸ちゃん(丸山茂樹) ・CR極上!梅松パラダイス(梅宮辰夫&松方弘樹) ・CR蛭子能収(蛭子能収) ・CR横山やすし伝説(横山やすし) ・CR松居直美(松居直美) ・CRゴーゴーアッコちゃん(和田アキ子) ・CR玉緒でドッカン!!(中村玉緒) ・CRフィーバーダチョウクラブ(ダチョウクラブ)
うーーーーーーむ。 微妙。 微妙すぎるっ! 微妙な芸能人大集合。
パチンコ台のキャラクターとしての採用基準が全然わからんっ!
「横山やすし」あたりはギャンブルつながりということで、わからんでもないが、いくらギャンブルつながりでも「蛭子能収」をキャラクターに持ってくるところが微妙。 それに、「水前寺清子」に「梅宮辰夫&松方弘樹」。
だが、微妙度のブッギリナンバーワンは「CR松居直美」である。 なぜ、松居直美がパチンコ台に?????????
で、下記サイトの「CR松居直美」の説明。
『ものまねと歌唱力に定評のある、松居直美さんを起用したパチンコ「CR松居直美」が登場! 誰もが知っている名曲「きよしのズンドコ節」、「お祭りマンボ」、「アンコ椿は恋の花」の3曲をあらゆる場面で、松居直美さんオリジナルの歌声で聞かせてくれるのだ。基本仕様は定番の横スクロール5ラインで、全体的にお祭りをイメージした華やかでド派手なアクションを多彩に盛り込んだ贅沢なマシンになっているぞ!』
そして、説明は続く。
『最も注目したいのが「お祭りマンボ連続予告」と「ズンドコ連続予告」。どちらも曲の歌詞に合わせて松居直美さんの歌声が聞けるのだが、歌が続けば続くほど期待も高まるアクションだ』
「CR松居直美」は「微妙に」打ってみたい気がする。
■「CRヒデキ感激」の記者発表会 http://www.pachinkomuseum.com/news/20040727.html ■CR松居直美 http://www.pachinkomuseum.com/gendai/topad/cr_matsuinaomi_r/index.html ■パチンコミュージアム パチンコ台一覧 http://www.pachinkomuseum.com/list/pachi_list/ace.html
2004年07月30日(金) |
ダメ人間への階段と酔っ払いの介抱の日々 |
最近、僕がこのWEBLOGに体調が良くない、という事を書いているので、多くの方々からメールやら電話を頂く。 今の会社、前職、仕事とは関係のない友人達。 そして、オクノ総研を読んでくださっている見ず知らずの方々。
ありがたいことだ。
感謝します。 皆さん、ありがとう。
多くの方々からのメールや電話は、僕の体調を気遣って「ゆっくり休んでください」的なメッセージ。 確かに、7月初旬の体調はマジでヤバい状況だった。 最近は、何とか最悪期は脱した。 まだまだ、予断は許さないのだけれど。
休職して自宅にいても、仕事の依頼はちょこちょこやってくる。 収入の6割は保証されているのだけれど、それは会社からもらっているのではなく、保険から補填されている。 会社からの収入は「ゼロ」、「無給」である。 よって、会社の仕事をする義務は無い。
僕は、休職中の突発的な仕事の依頼をキャンセルするために髪を金髪に染め、近所の公園でビールを片手にiPodで音楽を聴きながら、コンビニで買った「みこすり半劇場」などを読み、酔っ払ってきたら、ベンチでお昼寝、みたいな生活を続けている。 どうでもいい事だけれど、僕が、毎日ゴロゴロしている近所の公園は、前クールの月9のドラマ「Pride」のロケで使われていた公園である。
朝はキチンと7時頃に起床、ワイドショーを見て、日差しがまぶしくなった頃に家を出て、公園に向かう。 T−シャツを脱ぎ、コパトーンを塗り、お気に入りのベンチで寝っころがり、お気に入りの音楽を聴きながら、空の雲を見つつ、ビール片手にだらだらと過ごす。 公園なので、ハトが寄ってくる。 ウザい。 なぜ、公園にハトはつきものなのか?
500ミリリットルの缶ビールを2本ほど飲んだところで、少し眠くなる。 そして、2時間ほど音楽を聴きつつ、うとうととする。 公園のベンチでのお昼寝が終わると、日差しが弱くなっている。 自宅で、一旦シャワーを浴び、自宅の目の前にある、区のスポーツジム(300円)で汗を流す。 ゴロゴロしているだけの生活を続けていると、基礎代謝がすごーく低いので、人生最大のデブ記録を更新中。 仕事をしているときは、特段、運動をしていなかったのだけれど、通勤や移動や階段の昇り降り等、なんだかんだで、多少は身体を動かしていたようだ。 曇っていたりすると、日焼けをできず、外出をしないので、1日で30歩くらいしか歩かないこともある。 最近は、自律神経失調による転倒で、肋骨の打撲と、足の甲の骨にヒビが入っていたため、ジムに通えなかったのだけれど、ようやく痛みが取れ、運動できる身体になった。 公園から帰り、ジムに通ったあとは、スーパー銭湯に行く。 そして、暗くなった頃から執筆作業にとりかかる。
僕の身体は真っ黒に日焼けし、外見では体調不良には絶対に見えない。 健康そのもの。 やられているのは自律神経なので、外見はいたって正常である。 大脳は正常なので、発言も正常。 コンサルタントの職業病である「うつ」でもないので、気分も悪くない。
と、まあ、自律神経がぶっ壊れたおかげで、僕の長年の夢であった非生産的なダメ生活を満喫している。 人生、開き直ってしまえば、結構、楽しいものである。 僕は企業内の「社内エリートちゃん」達の気持ちは理解しかねる。 社内での評価や地位など、転職してしまえば、何も関係ない。 リセットボタンが押される。 終身雇用が死語となった今、社内でしか通用しないようなスキルや評価は何の意味ももたない。
僕の体調を気遣ってくださったメールや電話でのやりとりは、必ず同じパターンをたどる。
(友人)「体調が悪いと聞き、心配しています。ゆっくり静養してください」
↓↓↓ (僕)「いや、最近はだいぶ良くなってきました。睡眠時間もきちんと取るようにしています」
↓↓↓ (友人)「じゃあ、元気づけにちょいと飲みにでも行きませんか?」
と、いうことで僕は、週に何度か、飲みに出かけている。 先週、今週は、それぞれ約1名が意識を失い、朝まで面倒を見るハメになった。 病気で休んでいる人間がなんで、朝まで酔っ払いの面倒を・・・。
先々週の1名は、20代の前半の女性。 自分で勝手に飲んで勝手に酔っ払い、暴れた挙句、意識不明。 暴れるので、バーを追い出され、カラオケボックスを探した。 朝まで空いているカラオケボックスを何とか見つけ、「捕らえられた宇宙人」のようにして運び、何とか、ソファに寝かせた。 よだれをたらして、がーがーいびきをかいている。 20代前半、東大卒、女性。 スーツによだれがつくのが嫌なので、みんな離れて、近寄らないようにしている。 朝、5時にカラオケボックスを追い出され、ファミレスで、意識が戻るのを待つ。 朝7時にようやく意識が戻り、電車に乗せた。
そして、先週。 今度は、僕の前職の先輩(40才)。 僕が気づくと、先輩は既に酔っ払ってぶっ倒れていた。 またもや、意識不明。 午前3時。 無理やりタクシーに乗せ、自宅まで僕ともう一人の先輩で「輸送」した。 先輩のだいたいの自宅の場所はわかっていたのだけれど、意識不明なので、正確な家の場所がわからない。 先輩の自宅の近くと思われる場所に24時間営業のファミレスを見つけ、意識が戻るまで、放置した。 先輩はファミレスの椅子からくずれ落ち、床で爆睡していた。 ウェイトレスが何度も心配してやってくる。 僕らは根気よく3時間がんばった。 全然意識が戻らないので、紙でこよりを作って、鼻の穴をこちょこちょしてみたり、iPodのボリュームを最大にして、セックスピストルズを聴かせたりした。 反応なし。 次は電気あんまの刑に処した。 反応なし。 朝7時が来てしまったので、強引に両脇を抱え、ファミレスから道路に引きずり出して自宅まで、何とか送り込んだ。
なぜだか毎週、酔っ払いの面倒を見つづけている僕なのであった。
最近、西麻布のレッドシューズがお気に入りである。
初めて行ったのは確か昨年末だった。 80年代を振り返ろう、という飲み会企画で、数年前に僕がクリエエイター時代に一緒に仕事をしていた広告屋さんと二人で行った。
店に入った時、「トーキング・ヘッズ」の「サイコ・キラー」が大音量で流れていた。 ミュージックビデオの最高峰とされる「ストップ・メイキング・センス」のオープニングを飾っている曲である。 デビッド・バーンが「ラジカセ」をステージに置き、ラジカセの音にアコースティックギターで歌う。
僕らの世代にとっては最高に格好いい映像。 だって、コンピュータでも何でもない、ただのラジカセ。 なのに、デビッド・バーン。
僕の意識は、80年代に飛んだ。
店の照明は暗く、音は大きい。 巨大な音量のせいで会話はマトモにできない。
でも、僕はそういう店が好きなのだ。 レッドシューズでは基本的にロックしかかからない。 70年代から80年代にかけての音楽が中心。 たまに、90年代の音もかかる。
そして、僕の知らない曲はほとんどかからない。 僕のiPodをそのまま流しているかのごとき選曲。
レッド・シュースは80年代前期、坂本龍一やキクチタケオ等のサブカル系のアーティストが根城にしていた、いわゆる「伝説の店」だ。 一旦、つぶれたのだけれど、最近復活した。
基本的に80年代前期に流行った店なので、客の年齢層は高い。 でも、客の年齢層が高い割には落ち着きはない。 ゆったりとジャズを聴きながら、ではなく、あくまでもロックを大音量なのだ。 女性を口説くバーとしては最悪の店だろう。
だけど、僕にとってはとても居心地がいい。
僕は古いジャズやブルースのウンチクは苦手だ。 僕の年齢からして、せいぜいきちんと聴いているのは、60年代後期以降のロックだけだ。
僕が一番音楽を真剣に聴いていた時代、それは、中学生、高校生の頃だった80年代。 当時、3、000円のお小遣いでは、日本盤のレコードは1枚しか買えなかった。 でも、輸入盤だと2枚買えた。 結果として、僕は、洋楽しか聴かないガキとして育って今に至る。
僕は、本来学業に注ぐべきエネルギーを音楽を聴く事に費やした。 中学生から高校生にかけての僕は、3、000円のお小遣いで買えるLPレコードを擦り切れるまで聴きつづけていた。
銀座のジャズ系のバーで飲んでいたら、50歳を優に超えたマスターが僕の好みにあわせて、ジェフベックとゲイリームーアのブートレッグを大音量でかけてくれた。 普段はジャズが小さな音でかかっている、品の良いバーである。
トランスやテクノで儲けている某レーベルの社長ご一行様も別のテーブル席にいたのだけれど、無視して。 マスターは僕に自分がリアルタイムで体験してきた音楽を語った。 たぶん、僕とは20歳は違うハズなのだけれど、僕にはそのマスターの言いたい事は全て分かった。 僕は一体、何歳なんだ?
今の僕には、古い音源やブートレッグを捜し求めて中古レコード屋を回るようなエネルギーはもうない。 でも、たまに貴重なライブ音源やリハーサルの音源が出回ったりすると、ついつい買ってしまう。
そして、帰り際にマスターは僕に「ぜひ聴いてください」と言って、ゲイリームーアのブートレッグをおみやげにくれた。
でも、やっぱり、僕には銀座は敷居が高い。 六本木通り沿いの渋谷寄りのさびれた外れでヨタヨタしているのが、僕には居心地がいい。
■レッドシューズ http://www.redshoes.jp/home.html
2004年07月28日(水) |
ラーメンの街、六本木 |
僕は、就職上京組である。
僕は、関西の大学を卒業した。 生まれも育ちも関西である。 関西からほとんど出たことのなかった僕は、勤務希望地も全て関西にしておいた。 第一希望、神戸、第二希望、京都、第三希望、大阪。 関東は一切希望していない。
でも、辞令は六本木の本社勤務だった。 学生時代の僕にとって、東京は縁のない街だった。 でも、僕の勤務地は六本木だった。 本社の宣伝部に配属されたので、関西勤務はありえなかった。 上京してしばらくは東京と言えば、六本木しか知らなかった。 そして、僕は数年間を六本木で過ごした。
六本木には、「青山ブックセンター」、「六本木WAVE」という僕にとってはパラダイスとしか言いようのない、本屋、CD屋があった。 関西にはなかったタイプの店だ。 僕は、意外にも簡単に六本木に馴染んでしまった。
青山ブックセンターは決して大きな本屋ではなかったけれど、僕の読みたい本がずらりと並んでいた。 僕は青山ブックセンターでは何時間でも時間を過ごす事ができた。 毎回、1万円以上の本を買っていた。
そして、六本木WAVE。 これまた、量で勝負のCD屋ではなかった。 店員が書いたと思われる、手書きの「お薦め文」を読むのが好きだった。 僕は、知らないアーティストだろうが、なんだろうが、気合いの入った「お薦め文」が書いてあるCDを片っ端から買っていた。
僕にとっての六本木は「青山ブックセンター」であり、「六本木WAVE」だった。 でも、今はどちらも存在しない。
今のオフィスは青山なので、表参道あたりが遊び場になるのだけれど、未だによくわからない。 赤坂はだいぶわかるようになってきたけれど、銀座とかに行くと未だに道に迷う。
僕は、新しい店を開拓するタイプではなく、気に入った店に入り浸るタイプなので、表参道の「Hanako」あたりで紹介されているような店には縁がない。 表参道に全く行かないワケではなく、人に連れられて行く事は多いのだけれど、表参道周辺のお店は妙に洗練されていて、イマイチ楽しめない。 僕のような就職上京組の関西人には向かない。
なので、僕は会社の人と表参道で飲んだ後、西麻布に逃げる。 そして、最後は六本木にたどり着く。
六本木に行く目的は、ラーメン屋とカラオケボックスである。 「青山ブックセンター」、「六本木WAVE」のない六本木に向かう目的はラーメンを食べるか、激安のカラオケボックスに行くくらいしかない。
気がつくと、六本木はラーメン激戦区になっていた。 もはや遊び場ではない。 今の、僕にとって六本木にお気に入りの店は一軒もない。 みんな潰れた。 僕にとっての六本木は今や、ラーメンの街なのだ。
僕は、飲んだ後の「シメ」として、ラーメンを食すために六本木に向かう。 麺バリを食べるための「天鳳」、ハリガネを食べるための「一風堂」、薩摩揚げを食べるための「ざぼん」、学生時代のジャンク気分に浸るための「天下一品」、化学調味料満載でウンチクだらけの「一蘭」。 でも、僕が一番好きだった「大八」はもうない。
僕にとってのかつての六本木の姿はもうない。 僕が好きだったバーはみんな潰れた。 「青山ブックセンター」も「六本木WAVE」ももう存在しない。
僕は、飲んだ後のシメのラーメンを食べるためだけに六本木に向かう。
中島らもが亡くなった。
僕は何かを書こうと思った。 確か中島らもに関しては、以前に何度か書いたような気がした
■2003年02月06日(木) 廃人願望と緩慢な自殺 (オクノ総研)
僕は、もう書きたいことは既に書いていた。 そして、もう数回めになる「今夜、すべてのバーで」を読み返した。
僕は、もう少しだけ、「ウンコ製造機」として生きようと思う。
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■2003年02月05日(水) 中島らも タイ━━━━||Φ|(|゚|∀|゚|)|Φ||━━━━ホ!!!!!! (オクノ総研) ■2003年02月06日(木) 廃人願望と緩慢な自殺 (オクノ総研) ■中島らも公式ホームページ
2004年07月20日(火) |
哀れを通り越して笑うしかない「LEXMARK」のビジネスモデル |
今日、「LEXMARK」というブランドのカラーインクジェットプリンタを買ってきた。
今回、インクジェットプリンタを買ってきた理由は、「オクノ総研ロゴ入りカラー名刺」を作りたかったからである。 僕は現在休職中なので、休職中らしく、休職中に会う人には、会社の名刺ではなく「オクノ総研名刺」を渡したい。 僕は基本的に何でも自分で作らないと気が済まないタチなので、名刺作成用にカラーインクジェットプリンタを買ってきたのである。
で、早速カラーの「オクノ総研名刺」を作成した。 こういうクリエイティブ系の作業は慣れているので、あっという間にできあがり。
これから、合コンでは、本業の名刺は止めて、「オクノ総研名刺」のほうを配ろう、っと。 外資の戦略コンサルのようなマイナーな職業なんて、合コンにノコノコ出てくるような「僕が好きなタイプのアホな女の子」は知らないので、僕の本業の名刺の威力は合コンでは弱い。 「オクノ総研名刺」のほうが笑いを取れるぶんだけ強いだろう。
僕は、自宅ではほとんどモノクロのレーザープリンタしか使わない。 自宅でのプリンタの使用目的は、ほとんどは仕事用。 インクジェットプリンタはクソ遅いので、仕事には耐えられない。 自宅でレーザープリンタを使用している人は少数派かもしれないが、僕は断然、印字速度が速く、モノクロがキレイなレーザープリンタ派である。
エプソンのカラーインクジェットプリンタも持ってはいるのだけれど、2−3年前に故障した。 もともとカラープリンタは印刷物や資料の色チェックくらいにしか使っておらず、既にクリエイターを廃業してしまっている僕は、あまり必要性を感じなかったので、修理も買い換えもしていなかった。 年賀状も数年前からPhotoShopでデジタルデータを作って、そのまま印刷屋さんにデータ入稿することにしているので、カラープリンタは色のチェック程度くらいにしか必要ない。 チンタラとクソ遅いインクジェットプリンタで年賀状をセコセコと印刷するほど暇じゃない。
では、なぜ既に持っているエプソンのプリンタを修理しないで、プリンタを新たに買ったのか?
それは「LEXMARK」のプリンタがアホほど安かったからである。
僕が買った「LEXMARK」のプリンタは「4,980円!」。 ビックカメラで買ったので、ポイントが10%ついて、実質価格は「4,500円!!!」である。 修理代どころか、買い替えインクカートリッジより安い。
「LEXMARK」は、プリンタ本体は安くして、インクカートリッジのような、消耗品で収益を上げよう、というビジネスモデルを採用している。 オフィスのコピー機のビジネスモデルと同じ。 いわゆる「囲い込み戦略」、というやつだ。
そのため、「LEXMARK」は、プリンタ本体は安いが、買い替え用インクカートリッジの価格はクソ高い。 「LEXMARK」のインクカートリッジには、怪しげな回路が組み込まれており、互換インクは使用できないようになっている。 「LEXMARK」のプリンタ本体を、安さにつられてついつい買ってしまった哀れな子羊ユーザーは、クソ高い専用インクカートリッジを買わざるを得ないしくみになっている。
が、悲しいかな「LEXMARK」。 「LEXMARK」は日本ではブランド力が弱いので、本体価格の値引きがとんでもないことになっている。 何せ、実質4,500円! 「インクも付属した本体一式」と「買い替えインクの価格」がほぼ同じ。 すなわち、インクが切れたら、本体ごと買い換えても値段は同じ。 使い捨てプリンタ。 インクが切れたら、本体は捨てちゃって、最新機種に買い換えればいいのである。
ヘビーユーザーには厳しいかもしれないけれど、僕のようにたまにしかカラープリンタを使用しない人間にとっては、ありがたいしくみである。 僕の使用頻度なら、インクカートリッジ交換など数年は必要ないだろう。 そもそも、ヘビーユーザーが4,980円のプリンタを買うとは思えないので、その時点で、ビジネスモデルは破綻している。
ああ、哀れを通り越して笑うしかない「LEXMARK」のビジネスモデル。
僕はインクが切れたら、クソ高い「LEXMARK」のインクカートリッジは買わず、本体ごと買い換えるだろう。
2004年07月19日(月) |
年収が増えれば増えるほどムカツキ感が増えるだけ |
電通がまとめた「日本人の金銭感覚調査」によると」、経済的にゆとりが生まれる最低限の年収希望額の平均は967万円らしい。 確かに、現実的にはこんなものかな、と僕も思う。
僕も、年収が1、000万円を超えるか超えないか、といった頃が最も「金持ち感」が強かった。 それ以上になると、独身でかつ貧乏人体質の僕にとっては、もはやお金の使い途はないし、税金や社会保険料ばかりが増えていって、年収は増えても手取りはそれほど増えないので、ただただムカツキ感が増幅するだけである。
僕の年代だと多くは既婚者で幼児の子供がいたりするので、お金がかかかるのかも知れないけれど、僕は独身だ。 独身だと、各種の控除も受けられないので、税金も社会保険料も増える一方。
今年、僕は初めて、確定申告を自分で行なった。 年収が2千万円を超えた、というワケではなく、会社から株の割り当てがあり、給与引き落としで税金を払えず、自分で確定申告する必要があったからだ。
確定申告時に税額を計算してみると、40万円以上を追加納税をしなければならない、という結果になった。 これだけ毎月多額の税金を納めていて、まだ、持っていくのかよっ!
ムカついた僕はレーシックの手術を受けた際の領収書を使って、医療費控除を申請した。 レーシックは病気じゃないので、医療費控除が受けられるかどうかは実は微妙なところ。 レーシックを医療費控除にして再計算してみると、追加納税は20万円少々で済む計算になった。 50万円のレーシック手術を医療費控除にして確定申告すれば、20万円が返ってくる事になる。
僕は確定申告の最終日の混雑する税務署に向かい、どさくさに紛れて、医療費控除の領収書をつけて、確定申告を行い、まんまと20万円の節税に成功した。 ザマミロ。
と、思いきや、最近、所得税の予定納税をせよ、との封書が届いた。 クルマとバイクの自動車税、自宅マンションの固定資産税を払ったばかりなのに・・・。
この国はどこまで、僕から搾取したら気が済むんだよっ!
独身サラリーマンがヘラヘラと遊んで、好きなモノを買って、楽しく生活できるための適正年収は、800万円もあれば充分だろうと思う。 900万円を超えると、金持ち感が高まり、無駄遣いに走り始める。 そして、1.000万円を超えたあたりからは、今度は税金、社会保険等での搾取感が強まっていき、ムカツクだけである。
僕の場合は、お金が無くても生きていける体質なので、年収が増えていくことはただ単に数字が増えていくことでしかなく、ムカツキ感だけが増えていく。
僕は、これ以上、税金を払うのが嫌なので、ビールは飲まず、税率の低い発泡酒を飲んでいた。 最近は、発泡酒の税率が上がったので、「その他雑酒」に分類されるサッポロのドラフトワンを飲んでいる(ビンボ臭いと言うな、税制に対するささやかな抵抗である)。
僕は、今まで日本は「世界で唯一の成功した社会主義国家」だと思っていたので、税金、社会保険をたくさん払う事は、まあ、一種の所得の再配分だと、自分を強引に納得させてきた。 逆に言えば、稼いでも意味なし、ということになるのだけれど。
日本の社会保障制度には年金問題をはじめ、僕の将来は何ら安心して生きていける保障はない。 僕としては、稼げるうちに稼いでおいて、将来、自分が路頭に迷った時に備えざるを得ない。 自分の将来の備えは自分でやるしかない。 親にも遺産は一切いらないから、生きている間に贅沢して遊んで全部使い尽くしてくれ、と言ってある。
カネなんぞいらんっ!、と言いつつ、将来を考えるとカネは必要。 今の僕の生活スタイルでは、カネなんてあってもほとんど意味なし、なのだけれど、将来に対する不安は大きい。 僕は、日本の社会保障制度を全く信用していない。
税金、社会保険をたくさん払った人間に対しては将来の社会保障も厚くしてくれる、とか、高速道路はタダ、とか、消費税免除とか、選挙で10票分投票できる、等の優遇措置でもあれば、税金、社会保険も喜んで支払うのだけれど。 所得税を多く支払っている高額納税者の消費税を免除にすれば、無駄遣いも増えて、景気回復効果もあるかも知れない。 「中途半端な社会主義国家日本」は、低額所得者に優しく、高額所得者に厳しい。
日本は今のような中途半端な社会主義制度を徹底的な社会主義制度にするか、勝ち負けのハッキリする本当の資本主義国家にならなければならない。
世間では、勝ち負けのハッキリした時代が来る、とか何とか言っているけれど、経費による控除が全く認められないサラリーマンである僕にとって、この異常な累進課税制度がある限り、「勝ち」は存在しない。 たくさん稼いだって、搾取感が強まるだけだ。 「負け」か「大負け」しかない。 しょせんは中途半端な社会主義国家日本。
この調査でも「年収が1、500万円を超えると、年収希望額が実際の年収よりも下がる」、という結果が出ている。 その通りだ。 年収が低い人は年収1、500万円に憧れるかも知れないが、実際に年収が1、500万円を超えた人間にとってはムカツキ感があるだけなのだ。 この国でサラリーマンを続ける限り、「勝ち」はない。 年収が1、500万円を超える人たちは、これ以上稼いでもしかたがない、すなわちもはや「これ以上、やる気なし」なのだ。 日本の社会主義制度は、たぶん有能な人が多いであろう高収入の人間のやる気を削いでいる。
僕は、独身サラリーマンにとっては年収800万円〜900万円くらいが一番の「勝ち組み」だと思う。 既婚世帯だと、夫婦合わせた世帯年収で1、000万円〜1、200万円くらいか。
この調査では、「世帯年収1、500万円が経済的に満足と感じる水準」となっているが、実際には年収が1、500万円を超えると、ムカツキ感が爆増するだけ。
そういった意味で、この調査結果はかなり正しい、と思う。
■電通調査 経済的ゆとりは年収967万円 悲しいかな100万−200万円足りず http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040718-00000013-san-bus_all
2004年07月18日(日) |
最近、コンサルっぽいネタを書いていない理由 |
最近、ココには戦略コンサルタントらしい文章をまるで書いていない。 休職中で仕事もしていないので、趣味ネタばかりである。
1年ほど前、会社のマーケティング部門と共同で、僕の文章を雑誌に集中的に寄稿し、僕を売り出そうという計画があった。 が、僕の仕事が異常に忙しくなった事と、マーケティング部門の担当者が退職してしまったことが重なり、計画が頓挫してしまっていた。 異常に仕事が忙しくなった結果、今の僕の体調不良と休職があるのだけれど。
現在、僕は今度は書籍出版に向けた準備を始めている。 休職すると当然のごとく給与は「ゼロ」になる。 保険で収入の6割は保証されるので、とりあえずは生きていけるのだけれど、残りの消えてしまった4割の収入がない、というのは、生活には不自由なくても、気分的にはもったいない(働いてないくせに欲張り)。
暇な事だし本でも書くか、という事になり、書籍出版の準備をはじめている。
テーマは今のところ「テクノロジー」、「エコノミクス」、「カルチャー」の視点から、近未来を描く、というものである。 コンサル、経営本というよりも、カルチャー本色が強くなりそうな感じ。 僕が書いたらどうしても、ビジネス色よりもサブカル色が強くなるのは避けられない。 僕の趣味的な要素が強くなりそう。
コンサルタントらしいネタというか高尚なネタは、そっちの書籍出版のほうに回しているので、結果的にココには、ビジネス的なネタをほとんど書いていないのであった。 すんません。
会社の名前を冠して出版すれば、マーケティング部門が全て手配してくれるので、僕はただ、執筆に集中すれば良い。 出版社との交渉等、面倒くさい事は全部やってくれるし、「本を出したい!」と言って、企画書と原稿さえ準備すれば、比較的簡単に本を出版できる。 会社の名前での出版であれば、バックアップをする、とも言ってもらっている。 普通はこうはいかないだろう。 戦略コンサルタントの特権である。
だが、会社名で本を出せば、印税その他の権利は全て会社に持っていかれる。 著者としての僕の名前はもちろん出るけれど。 通常は勤務時間中に執筆するので、当然の制度といえば当然。 それに、たいがいの「有名コンサルタント」は自分で執筆していない。 若いコンサルタントにゴーストで書かせている。 会社のスタッフが勤務時間を使って書いた本なので、権利が会社帰属するのは当然なのである。
でも、今の僕は休職中で、減った4割の収入をいくばくかの印税で補填したいのである。 それに、休職中に本を書いて、権利を全部会社に持っていかれるのでは納得ができない部分もある(ああ、浅ましい・・・)。
印税といっても、どうせゴミのような金額しか得られないのだろうけれど、僕のささやかなプライドとして、印税、著作権その他の権利は全て自分で持ちたい。 デビュー作なので、本来はそんな贅沢を言ってはいけないのだけれど。
なので、出版に向けた準備をはじめたのだけれど、どういうカタチで世に出て行くのかは決まっていない。 出版社も出版時期も全て未定。 僕が、著者としての権利を放棄して、世に問いたい事を本にする事によって得られる満足感と功名心でガマンすれば、全てはサクサクと進むのだけれど。
しかしその前に、まだ出版社との交渉に必要な企画書すらもきちんとできていない。 毎日、昼間は公園でビールを飲みながら昼寝をし、夜はギターの練習やゲームをしていて、企画書や原稿が自動的に出来るワケがない。 公園でビールを飲みつつ、ベンチに寝転がって、身体にはサンオイルを塗って、レディオヘッドなんぞを聴きながら、腹の上にPCを置いて、企画書やら原稿を書こうと試みたが、やはり気温35度のなかで本を書くのは無理だった。 腹の上のPCは熱を持ってきて、熱くなってくるし。
なので、時間はたっぷりあっても、僕の本が本当に世に出せるかどうかはわからない。 ちゃんと本は出せるのかなあ・・・。
と、いいつつ缶ビールを片手にギターを弾きながら、曽我さん一家の到着ニュースをリモコンでチャンネルをがちゃがちゃといじりつつ見ている、ますますダメな僕なのであった。
2004年07月17日(土) |
バイクとエレキは不良の始まり 〜エレキ編〜 |
ここ1ヶ月の間に2本のギターを買った。 1本は中古のソリッドボディーのエレガット。 もう1本は新品のフェンダーのストラト。
僕は1980年代中期の学生時代、今となっては伝説となっている「ナゴムレコード」に所属するインディーズのバンド(同期は筋肉少女帯、電気グルーブ等)で、「キーボーディスト」としてレコードを出したり、月に10本くらいライブをやったりと、音楽三昧の生活を送っていた。 世間的にはギタリストではないことになっていた。
が、インディーズで活動を開始する以前のバンドでは、キーボードよりもギターのほうが中心で、インディーズ活動を開始した当初も、ライブではギターを弾いていた。 はじめはファンクっぽかったバンドが、徐々にコンピューターやサンプラーを多用するエレポップ系の音に変化していったので、途中からギターよりもキーボードを担当することが増えていった。 僕らが出したレコードでもギターの音は一切入っていない。 全てコンピューターによる打ち込み。 1980年代なのにバックトラックだけではなく、ボーカルやコーラスまで打ち込みとサンプリング!
でも、僕はもともとはギタリストなのである。 今でも自宅には7本のギターがある。 最近はギターはたまに触る程度だったのだけれど、暇ができたので、ギターの練習を再開した。
まず、買ったソリッドボディーのエレガットとは、エレキギターのように空洞のないボディーにナイロンのガット弦を張った、ようするにエレキギターの構造を持ったクラッシックギターである。 アンプにつないで演奏することが前提なので、深夜でも音を小さくすれば練習できる。
僕は、ギター1本でYMOとか、坂本龍一の曲を弾けるか、に挑戦している。 ギター1本で、ベースラインとコードとメロディーの3つを同時に弾かなければならず、かなり無理な運指が必要とされるので、指がつりそうである。 いざやってみると、スゲー難しい。 エリック・クラプトンのアンプラグドのように最初っからアコースティックギター用に作られた曲であれば、楽勝とまでは言えないまでも、まずまず弾けるのだけれど、ギター1本でのテクノはさすがに難しい。
テクノポリスとかエナジーフローをアコースティックギター1本で、弾けるようになれば、絶対格好いいぞ、とニヤニヤしつつ、深夜に練習している。 ギター1本でテクノをキチンと弾ければ格好いいハズだ。 ほとんど知られていないが、YMOでもアコースティックギターのみで演奏しているバージョンがYMO Go HomeというアルバムにLa Femme Chinoise(中国女)が収録されている。 アコースティックギターでテクノを演奏するのは、意外に格好良かったりするのである。
で、もう1本のフェンダーのストラト。
僕が一番好きなギタリストはジェフ・ベックである。 来日公演には2回行った。 中学生の頃からのジェフ・ベックファン。
初めてジェフ・ベックのライブを見たとき、ジェフ・ベックはなんの改造もされていない(と思われる)「イエローボディーのストラトキャスター」を持って登場した。 ジェフ・ベックにスポットライトがあたり、「キュイ〜ン♪」と、ただチョーキングをしながら、アンプに向かい、フィードバック(アンプから出てくるギターの音をギターのピックアップが拾い、またその音がアンプから出て、またそれをピックアップが拾って、というハウリングをうまくコントロールする奏法)をやった。 ただ、「キュイ〜ン♪」とやっているだけである。
僕は、それだけで不覚にも涙してしまった。
それから10数年、僕はイエローのフェンダーのストラトを探し求めていた。 フェンダーのレギュラーカラーにイエローはない。 よって、普通では手に入らない。
が、そのイエローのフェンダーストラトを遂に発見してしまったのである。 渋谷の楽器屋が特注したカスタムモデルであった。
僕は試奏もせず、即買い。 プラチナカード万歳!
僕はどノーマルのシングルコイルのストラトキャスターを所有したことはない。 今までメインで使っていたギターもクレイマーというヴァン・ヘイレンご愛用のブランドで、色は違うがヴァンへイレン仕様のギターだった。
ニマニマとしつつも、ストラト特有のシャリシャリした細い音がするのではないか、という不安を抱きつつ自宅にギターを持ち帰った。
自宅で、アンプに繋いでみると。
スゲー。
すんごく、良い音。
当たりだっ!
ギターは木工製品なので、同じ製品でも個体差が激しい。 試奏もせずに、当たりを引くとは大ラッキー。
音抜けが良く、シャープでありながらも細くない絶妙な音がした。 アンプのセッティングやらエフェクターをいじる。 元々の音が良いので、どんなセッティングでも、すんばらしい音がする。 今まで所有してきたギターのなかでも最高の音。
と、いう事で、最近はテレビを見ている時でも常にギターをちょろちょろと弾いている。 おかげで、僕の左手の指の皮はボロボロ。
バイクとエレキで髪の毛も金髪にして、不良の道を突っ走る僕なのであった。
2004年07月16日(金) |
バイクとエレキは不良の始まり 〜バイク編〜 |
休職中の僕は、暇を持て余して「いない」。 ぶっ倒れていたので、ここには書く機会がなかったが、バイクとギターのおかげである。 まず、今日はバイク編。
毎日、Ducati998 Matrixで爆走してるぜっ! と、書きたいところだが、僕のDucatiはただ今、入院中である。 Ducatiは走行可能な期間より、故障の修理のために入院している期間のほうが長いらしい、というのはBBS等で何となく分かってはいたが、本当だった。
僕のDucatiはタンクとガソリンをエンジンに送るパイプに欠陥が見つかり、入院中。 走れないことはないが、ガソリンが引火でもして爆発したら、三菱自動車のクルマみたいになってしまうので、バイク屋さんに預けて修理中。 修理自体は簡単らしいのだけれど、問題はパーツの供給。 バイク屋さんによると、パーツの納期は「2週間から2ヶ月」くらいらしい。 おいっ、何だっ、そのアバウトな納期はっ!
バイク屋さん曰く。 「イタリア人ですから・・・」 「納期とか全然わからないんですよね・・・」
確かにバイク本体そのものの納車予定時期も11月に注文した際には「春頃」としかわからなかった。 それどころか、日本に輸入されるかどうかすらも分からなかった。 そして、ある日突然、バイクがイタリアから届いた。 書類抜きというボケつきで。 書類がないので、車検を通せない、という理由で現物が目の前にあるのに、ナンバー登録ができなかった。 更に納車点検で問題が発覚した、との事で結局、バイク屋さんにDucatiが届いてから、バイクが僕の所にやってくるまでに、1ヶ月ほどかかった。
修理のためにDucatiをバイク屋さんに預けてからそろそろ1ヶ月になるが、イタリアからパーツが届く気配はない。 BBS等を見ていると、しょうもない消耗品パーツの納品に半年かかった、みたいなハナシが笑い話的にたまに書かれているのを見かける。 中にはパーツ供給に2年かかった、みたいな笑うに笑えない話もある。 僕のDucatiはDucatiのなかでも日本国内に10台あるかどうか、という超レアバイクなので、パーツ供給は特に厳しい。
まあ、このクソ暑い中で、フル装備で昼間に乗る根性はないので、いいんだけど。
で、このDucati998 Matrixだけど、いざ乗ってみると実はとんでもない鬼バイクであった。 僕はマトリックスを見て格好良かった、というデザインのみで、買ってしまったのだけれど、いざ乗ってみると、とんでもない鬼バイクなのであった。
もともとレーサーに保安部品をつけただけのバイクなので、日本の一般道路を走る事などまるで考慮されていない。 渋滞なんかに巻き込まれたら、それこそ地獄である。 排気量が1000ccもあるくせに、低速トルクはスカスカ。 低速走行中にバイクはまだ動いているのに、エンストしたりする。 クラッチは伝統の激重。 コーナリング重視のための高重心セッティング。 これまたコーナリング性能重視のためにシート高も高い。 極端な前傾ポジション。 「低速で安定せずフラフラする=コーナリング性能の向上」なのである。 エンジンのかけかたにもコツがいる。 先日、友人がエンジンをかけされてくれ、と言ってきたが、結局エンジンをかけることはできず、僕がエンジンをかけてあげた。 80キロ以上出さないと、却って不安な動きをする、
それに、しばらく走っていると股の辺りがもの凄く熱を持つので、ジーンズでは火傷しそうで乗れない。 革パン必須。 日本のレーサーレプリカみたいな、公道向けの甘い仕様にはなっていない。 あくまでも200キロ以上の速度でサーキットを走る事だけを考慮して作られている。
慢性渋滞の都会で乗るようなバイクではない。 スリ抜けをやりつつも、たらたら走っていると、水温計がどんどん上がっていく。 早朝、深夜の空いた道か、田舎道や峠以外はつらいだけ。 なので、僕は昼間はほとんど乗らない。 深夜、早朝の爆走専用である。
でもね。
このバイクは芸術的で至高のデザインは美しい。 僕は自分のバイクは世界で一番美しいデザインだと思う。 実用性を完全に無視した、走ること、曲がることだけを考えた鬼バイク。 逆に言えば、走ることそのものを楽しむ事ができる(渋滞さえなきゃ)。 200キロを超える車重、最高速度270キロ。
全身と全神経をバイクの運転のみに集中しなければ、マトモに走れない。 バイクは左手でクラッチ、右手で前輪ブレーキとアクセル、左足でギアチェンジ、右足で後ろブレーキ。 それにバイクはハンドルで曲がるのではない、重心移動とアクセルで曲がる。 全身、全神経を集中しなければ、乗れない。 気を抜くと本当に命にかかわる。
運転には走ることに全神経を集中させなければならないので、仕事のストレス解消と考えれば、最適なツールである。 仕事のことを考えながら走る事などできない。 走るために走る。 それ以外には何も無い。 お気楽系のハーレーとは全く性格が異なる。
Ducati998は、既にちゃんとしたクルマを所有している人でなければ所有できない高価なおもちゃだ。 おやぢの道楽。
でも修理完了予定(パーツ納期)は未だに全く不明なのであった。
〜エレキ編に続く〜
2004年07月15日(木) |
年収300万円でも充分生きていける |
僕は、森永卓郎氏の「年収300万円時代を生き抜く経済学」は読んでいないので、森永さんの主張は良く知らないのだけれど、僕も年収300万円でも生きていく自信がある。
現在、僕は会社を休職し、昼間っから公園でビールを飲みながら昼寝をする、という典型的なダメ無職的な生活を続けている。 iPodをスピーカーにつないで、音楽を聴いたり、コンビニで買ったマンガを読んだり。 気が向いたら公園のベンチで腹の上にパソコンを置いて原稿や企画書を書いたりする。 酔っ払ってきたら、ベンチで眠る。 酔いが醒めて、目覚めると夕方。 その後はクルマでスーパー銭湯(500円)に行き、温泉気分を楽しむ。
おかげで、日焼けで身体中の皮が剥けまくってボロボロで、アブナイ病気の人みたいになってはいるけれど。
会社を休職しても、保険やら何やらで現行の収入の6割は保証される。 僕の最長休職可能期間は1年半。 収入が6割になる事に耐えられれば、1年半は遊んで暮らせる。
僕の年収は僕の生活レベルから言えば、必要以上に多い。 年収が6割になったところで、充分楽しく生きていけるだけの収入は保証されている。 髪の毛が金髪で、公園で昼間っから酔っ払って寝ていてもプラチナカードを持っていたりする。
お金の心配は全くない。 今、まとまって必要とされるお金もない。 マンションは持ち家だし、クルマもバイクもある。 欲しいモノは既に全て買った。 休職中なので、時間も無限にある。
そして、年収300万円でも生きていける自信がある。 なぜなら、僕の「基本的な生活レベルは学生時代と大きく変わっていない」からだ。 学生時代の親からの仕送りは月に10万円だった。 バイト代が10万円と少々。 合計で20万円と少し。 年収にすれば300万円を切っている。
僕は「吉野家」でも「松屋」で「大戸屋」でも「餃子の王将」でも「オリジン弁当」でもおいしく食事が頂ける体質だ。 服だって、「ユニクロ」だろうと「GAP」だろうと平気だ。 たまにアホみたいに高い食事をしたり、服を買ったりするので、あまり貧乏には見えないかもしれないけれど。
僕は、周りの人たちから「物欲番長」とか「無駄遣い王」と呼ばれている。 だけど、それは、生活のベースを300万円に抑え、余ったお金による贅沢なのだ。 別に、ケチだったり、節約しているワケではない。 普通に暮らしていて300万円あれば充分なのだ。 生活ベースはあくまでも300万円。 学生時代から何も変わっていない。
僕はそもそも贅沢に興味がない。 キャバクラにも行かないし、アホな女の子に貢ぐワケでもない。 ラグジュアリー系のブランドは恥ずかしい、とは思っても、欲しいとは全く思わない。
学生時代の僕の友人は言った。 「いくら貧乏でも本代とCD代はケチってはいけない」 正論だ。 今でも僕は守っている。
実際には自宅の蔵書は既に数千冊になり、本部屋からもあふれ、収拾がつかなかくなっている。 木造家屋だったら、本の重みで床が抜けていたかもしれない。 PCのHDDには1万2000曲のMP3ファイルがあるので、もはや本代やCD代もかからない。 映画だって、チャンネルサーバーにTVから録画されたものが増える一方で、見ている時間がないほどだ。 映画そのものも1200円のレイトショーしか行かない。 TSUTAYAには半額デーしか行かない。
クルマやバイクや最新のデジタル機器、楽器などは、余ったお金で買っているだけで、日常生活とは別モノである。 余ったお金なので、ローンは組まない。 クルマもバイクも現金一括払いである。 普通に楽しく暮らして300万円で充分。 たまに100万円単位の衝動買いをするが、それは余ったお金であり、日常生活には全く影響がない。 生活ベースが300万円なので、100万円単位で無駄遣いしようと、生活には支障はない。
年収が300万円にも満たないであろう女の子を見ると、どう見ても僕よりお金持ちに見える。 港区のマンションに住んで、ブランド物やらエステやら合コンやら。 ホントは貧乏なのにね。
どうして、貧乏なのに無理して贅沢をするんだろう? 僕にはわからない。
ある女の子に尋ねてみた。 「それはアナタがお金を持ってるから、貧乏な女の子の気持ちがわからないのよ」 「だって、マンション持ってて、クルマも外車で、大きなバイクも持ってて、好きなモノを買いまくっているじゃない」 「余裕があるからそんな事を言えるのよ」 「欲しいモノはいつでも買えるし、食べたいモノは何でも食べられるでしょ」 「見得を張る必要なんて何もないじゃない」
ふむ。 それは一理ある。 僕には今、どうしても買わなければならないモノは何もない。 必要であれば、すぐに買う。 欲しいモノは既に全て買った。 ここ数年の買物は全て買い換えであり、買足しである。 つまりは、道楽。 ただの道楽なので、突然、年収が300万円になっても困らない。
でも、基本的な生活資金を300万円に抑え、残りは散財する、って幸せな生活のような気がする。 僕が海外リゾートではなく、近所の公園のベンチで酔っ払って音楽を聴きながら寝ているだけで、幸せを感じるような性格だからかも知れないけれど。
人はどうして意味のない贅沢をしたがるのかな? 僕にはわからない。 僕は、年収が300万円になっても、楽しく生きていける自信はある。
2004年07月14日(水) |
携帯電話をPreminiに機種変更してきた |
夜中にドンキにビールを買いに行き、何気に携帯電話売場に目をやると、「Premini」のモックが置いてあった。 スゲー小さい、とても小さい、まるで小さい、何とも小さい、アホほど小さい。 折り畳み携帯電話の折り畳んだ状態より小さい。 重さも69グラムしかない。 G−Shockより軽いぞ。 デザインも素晴らしい。
僕はチワワを見たプロミスおやぢ状態に陥り、突然、Preminiが欲しくなった。
Preminiそのものは以前から知っていたけれど、それほど興味はなかった。 僕は使う、使わないは別として、最新最強の機能満載の機種が好きなのだ。 機能を割り切って捨てまくったPreminiは僕の物欲対象外であった。 現物サイズを見たのはそのときが初めてだった。 Premimiの正式名称はSO213i。 すなわち、機能的にはドコモで最低の機種である。 Preminiにはカメラもiアプリもついていない。 だが、デザインの秀逸さとそのサイズは驚異的だった。
それまで僕は、S0505iという「デジカメに携帯電話機能をつけたような巨大な携帯電話」を使っていた。 高性能なのはいいが、なにせ巨大。 Preminiの倍以上の重さとサイズ。 ジーンズのポケットに入らない。 スーツやシャツの胸ポケットに入れてもポッコリする。 仕方なく首かけストラップで首から吊っていたのだけれど、重さのせいで肩が凝る。
僕は、iアプリはヘビーに使うが、カメラ機能はほとんど使わない。 せいぜいミーティングの際に記録用にホワイトボードを撮る程度である。 普通に写真を撮るようなシーンでは素直にデジカメを使う。
僕は当初、来月くらいに発売されそうなFelica対応の唯一のFOMAである「F900iC」が発売されたら、機種変更するつもりでいた。 やっぱ、最新最強機種じゃなきゃ嫌だし。 それにiアプリが使えないのは痛い。
iアプリは2ちゃんねる専用ブラウザであるiMonaをはじめ、POPのメーラー、株の取引や、地図ソフト、ゲームなど、かなりヘビーに使っていたので、無いのはつらい。
僕は、0.03秒ほど考えた。 F900iCが発売されたらデュアルネットワークサービスにすれば良いではないか。 僕の座右の銘である「迷ったら両方買え」がアタマをよぎった。 デュアルネットワークサービスとはPDCとFOMAを同じ電話番号で切り替えて使用する、マトモにつながらないFOMAに不安を抱くユーザー向けのサービスである。
Preminiのモックを見たのは、深夜だったので、翌朝、速攻でPreminiの黒に機種変更してきた。
使用感は以前に使っていた機種もソニーエリクソン製のSO505iだったので、インターフェイスその他はまるで同じ。 使い慣れたインターフェイス。 極端に小さいが、もともと楽器等で細かいものをいじるのには慣れているので、ボタン類が押しづらいという事もない。 僕は携帯電話をPDA代わりに使っているが、住所録等はもちろんのこと、スケジュール管理やメモ帳といった、必須のソフトはちゃんとついている。 ツールを使って、せっせとデータを移行した。 Pewminiは以前使っていたSO505iと同じソニーエリクソン製でアプリケーションも全く同じなので、データ移行は簡単にできた。 満足である。 iアプが無い事を除けば不自由はない。
次は、F900iCの発売を待って、デュアルネットワークサービス狙いである。 モックを見てダサかったら、全機種Felica対応予定の901iシリーズが発売されるまで待つけど。
こういう機能を割り切り、デザインやサイズを重視した携帯電話が発売される、ってことは携帯電話市場も成熟してきた、っていうことの証明だろう。 携帯電話会社は、全ての最新機能を「全部入り」で詰め込みました、とりあえず詰め込めるものはみんな詰め込んだので、ユーザー側で使いたい機能を選んで使ってください、でもデカイです、重いです、から脱却する時期なのだろう。 人によって携帯電話に対する機能の要求は異なる。 PCみたいにアクセサリやソフトウエアで対応するか、携帯電話機メーカー各社で横並びではなく、個性を持った携帯電話をどんどん出して欲しい。
そのためには携帯電話会社が携帯電話メーカーから携帯電話機を買い取るビジネスモデルを破壊し、さっさと携帯電話会社と携帯電話メーカーを切り離すアンバンドル化が必要なのだろう。 そうすると携帯電話会社からのインセンティブがなくなって欧米みたいに携帯電話機そのものは高くなると思うけど。 欧米、特にヨーロッパの携帯電話はアホほど高い。 ヘボい機種でも5−6万円、高機能機種であれば8−10万円くらいする。 携帯電話本体と携帯電話のサービスがSIMカードによって完全に分離されたアンバンドル化が進んでいるせいである。 日本でもiモードのISP部分の開放に始まって、アンバンドル化は必然的に進むと思うけれど、「素人にはおすすめできない諸刃の剣」。
2004年07月13日(火) |
睡眠障害と戦う僕 〜グッズ編〜 |
僕の睡眠障害は今に始まったことではないので、一応、いろいろなグッズも試している。 以前勤めていた会社には医者が常駐しており、社内で睡眠薬も処方してもらえたのだけれど、専門医ではなく、睡眠障害の知識がなかったと見え、長時間型の睡眠薬しか処方してもらえなかった。 長時間型の睡眠薬を飲むと、当然、寝起きが悪くなる。 そもそも起きるのがつらいし、午前中は仕事にならない。 そのうえ「睡眠薬は依存性があるから止めなさい」とか「ずっと起きてればいつか眠くなりますよ」などとアホな事を言うので、社内で睡眠薬を処方してもらうのを止めた。
当時は海外出張が多かったので、海外に出かけるたびに大量の「メラトニン」を購入して飲んでいた。 そして、米国の何軒ものドラッグストアを回り、2〜30種類の睡眠薬を購入し、自分に合う睡眠薬を捜し求めていた。 米国のドラッグストアでは処方箋がなくても、睡眠薬が買える。
だが、メラトニンはイマイチ効きが悪い。 僕の睡眠障害はメラトニンごときでは、まるで効果がなかった。
大量に購入した米国製の「Maximum Strength」と書かれた睡眠薬は、ことごとく長時間型で、寝つきが良くなるわけではなく、ただ単に、朝、起き辛くなっただけだった。
グッズもいくつか買った。
■シンクロエナジャイザー 15年くらい前には「シンクロエナジャイザー」を買った。 赤いLEDがついたメガネで、赤いLEDがいくつかのパターンによって、点滅する。 目を閉じて、まぶたに赤いLEDを投射する。 スイッチを入れると、あら不思議。 サイケデリックな映像が見えてくるのである。 リラックスモードとか、スリープモードとかがあった。 モーツアルトなんぞを聴きながら使うと効果的らしい。 僕は、「癒し」とか「リラックス」と書かれたCDや、クラッシックのCDを大量購入し、ヘッドフォンで嫌々聴きながら、シンクロエナジャイザーを使っていた。
ハナシはそれるが、僕はその手の音楽、特にクラッシックは大嫌いである。 3歳から17歳まで半ば強引に音大をめざしてクラッシックを習わされ、母と妹がピアノ講師で、大学入学に伴って、実家を出るまで、普通の人が一生に聴く以上のクラッシックを聴かされて育った反動で、今でもクラッシックは聴かない。 ちなみにジャズも好きではない。 僕が聴くのは洋楽ロックのみである。
シンクロエナジャイザー使った感じは、脳が「デフラグ」されている感じ。 サイケデリックな映像が見えてくるので、嫌いなクラッシックは止めて、ドアーズとかを聴きながら使っていた。 確かに脳に何か効いている感じはするのだけれど、睡眠障害には効かなかった。 すぐに単なるオモシログッズと成り下がってしまい、飽きて使わなくなった。
■テンピュ−ル「モドキ」枕 枕をテンピュ−ル枕「モドキ」に変えた。 本来は1万円くらいする高級枕である。 アタマのカタチにフィットし、睡眠の質を向上させるらしい。 「モドキ」なのは、ドンキで買った1980円のシロモノであるからである。 が、これは良い。 非常に良い。 今までの枕は一体なんだったんだ、というくらい快適。 が、睡眠障害には関係ない。
■目覚まし装置「ASSA」 最も最近購入したのは、起きるための超高級目覚まし装置「ASSA」である。 税込み定価は3万円を超す。 僕は下記のリンクにある記事を見て、速攻で最安店を検索し、2万円を切っている店を発見し、「購入」ボタンをクリックした。 詳細は下記記事を見てもらうとして、要するに「音」ではなく、「光」で目覚めようという装置である。 電気スタンドと目覚まし時計が合体したような装置で、セットした起床時間の30分前から少〜しずつ電気スタンドが明るくなってきて、起床時間には最強のまぶしさになる。 アラームもついているのだけれど、アラームが鳴る前に光のまぶしさによって自然に目が覚める。 う〜む、ナイスっ!
が、僕は現在休職中なので朝早く起きる必要は全くないので、単なる電気スタンドに成り下がっているのであった。
■あら不思議、気持ちよく起床!! 高ヒット率の目覚まし装置「ASSA」 http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/stapa/19357.html ■ASSA http://www.mew.co.jp/Ebox/assa/
2004年07月12日(月) |
睡眠障害と戦う僕 〜クスリ編〜 |
僕の体調不良の根本原因を辿っていくと、「睡眠障害」にたどり着く。 平均睡眠時間が3時間くらいしかないうえに、酒のせいで眠りが浅い状態が長期に渡ってしまったために、自律神経がやられてしまった。 平均睡眠時間が3時間だと、誰でもおかしくなるとは思うけれど。
僕はストレスや精神的なプレッシャーにも体力も比較的強いほうだったのだけれど、極端な短時間睡眠生活を何年も続けていると、身体の前に脳がやられるようだ。 昨年の人間ドックの評価も「A」だった。 お医者さんには、「大脳は大丈夫なようだけれど、小脳にきてますね」と、言われた。 極端な睡眠不足が続いた場合、人によって、症状が表れる部分が異なるらしい。 多くの人は「うつ」になるのだそうだけれど、僕には「うつ」の症状は見られない。
自律神経がやられているので、足はフラつくし、手に汗は出るし、手は震えるし、動悸もする。 しかも、それらの発作は突然やってくる。 普通にリラックスしてメールを打っていたり、テレビを見ていたりしているときに突然、症状が出る。 発作のキックがない。
僕は、自然のチカラではもはや対処不可能な強度の睡眠障害なので、薬で睡眠をコントロールしている。 僕が主に服用している薬は、「デプロメール」、「マイスリー」、「サイレース」の3種類。
■デプロメール(50mg) いわゆる精神安定剤。 夕食後に服用。 夜、眠るために徐々に興奮状態を鎮めるために飲む。 あんまり効いている感じはしない。夕食後、というと当然ビールを飲むので、必然的にビールで流し込むことになる。 本来はアルコールと併用してはいけないのだけれど。
■マイスリー(10mg) 超短時間型の超強力睡眠導入剤。 眠る直前に服用。飲むと一気に眠くなるが、2時間くらいで代謝される。 寝つきが悪い僕には最適。 あのハルシオンを超える現在最強(最凶)の睡眠導入剤。 小人の大名行列が見えたり、記憶がぶっ飛んだりする副作用のある向精神薬扱いの薬なので、1度に2週間分しか処方されない。 僕は飲むと一気に眠くなるので、幻覚は見たことがない。 一時的に5mgに減らしてみたら、全く効かなかったので、また10mgに戻した。
■サイレース(1mg) 中時間型の睡眠剤。 眠る直前に服用。 1錠で3〜4時間程度の効果があり、途中覚醒を防ぐために服用する。 マイスリーと組み合わせて、翌日に起きなければならない時間を逆算し、服用量を決める。 7〜8時間眠りたいときには2錠、4〜5時間眠りたいときには1錠だけを服用する。 2〜3時間しか眠る時間がないときには服用しない。
朝は目覚めると、気合いを入れるため、カフェインの錠剤である「エスタロンモカ」を2錠飲む。 これは処方箋がなくても普通に薬局で買える。
僕は睡眠を自然のチカラでは、まるでコントロールできないので、こうやってクスリで調整している。 僕の睡眠障害は子供の頃からで、体質的なものなので、これからもずっとクスリを飲みつづけることになるのだろう。 クスリでしか睡眠をコントロールできないとは情けないが、体質なのでしかたがない。
今まで10数年に渡って、深夜残業や徹夜、海外出張が多い仕事ばかりだったので、この睡眠障害は、逆に便利だった。 2日くらいなら眠らなくても平気だし、時差ボケなんて一度も経験したことないし。 でも、寄る年波には勝てなかったようだ。
お医者さんは、言った。 「オクノさんにはダウナー系のクスリが必要なんですよね」 「大麻が合法であればベストなんですけど」
アムステルダムにでも移住するしかないのか? 「パトラッシュ、マイスリーと大麻でもう眠いよ」状態か?
2004年07月01日(木) |
再び金髪コンサルタントへ |
本日から、再び休職に入ることになった。
以前から書いている通り、僕は激務がたたり、完璧に体調を崩してしまっている。 脳とプレッシャーの限界に常にさらされつづける戦略コンサルタントの職業病は「うつ」なのだけれど、僕は「うつ」ではない。 どちらかと言えば、「躁」に近い。 僕の体調不良は身体的なものである。
精神的にはそれほど大きな問題を抱えているとは思っていないのだけれど、身体がついて来ない。 以前は、平均睡眠時間は3時間もあれば、何とかなったのだけれど、さすがに年齢的なものもあるのか、平均睡眠時間3時間の生活を続けていると、身体がついてこなくなる。
「手の震え」、「手のひらの発汗」、「心臓の動悸」、「足元のふらつき」等々、多くの身体的症状が表れてきた。 症状が「うつ」に似ているので、心療内科に通っているのだけれど、僕の場合は「うつ」ではなく、長期に渡る睡眠不足が原因だったようだ。
僕はもともと、というか小学生の頃に既に自覚していたのだけれど、生来的な睡眠障害である。 僕は小学生の時、深夜ラジオにハマいた。 就寝時間が3時か、4時という生活はその頃からずっと続いているのである。
大学時代は夜のバイトに明け暮れた。 朝5時まで開店しているバーでバーテンを2年間続けた。 僕は全く平気だった。 却って快調だった。
僕の体内時計は早朝に就寝する事で安定していた。 つい最近まで、深夜残業は毎日の事だったし、徹夜も僕にとってはごくごく普通のことでしかなかった。
サラリーマンの朝は早い。 海外との電話会議等、早朝から出社することも多い。 そうすると、睡眠時間は本当に平均3時間になってしまうのである。 途中で昼寝をしたり、ゆったりする時間もない。
若い頃はそれでも平気だったのだけれど、ここに来てとうとう、長年のツケが回ってきた。
まず、仕事中に手が震えるようになった。 僕は自分ではアル中を疑っていた。
次には手のヒラの発汗。 指が滑ってパソコンのトラックポイントが操作できなくなり、マウスを買った。
続いて、普通に電子メールを書いているような平静にしている時に突然、心臓がバクバクしはじめた。 近くの薬局へ駆け込み、「救心」を買って飲んだ。
そして、マトモに立てなくなった。 靴下やズボン、クツを立ったまま履こうとするとバランスを崩す。 バランス感覚が壊れた。 階段の上り下りは手すりが必要となった。 立ち話をするときにはモノにつかまらざるを得なくなった。 満員電車に乗って出社することができなくなり、ラッシュアワーを避けて出社時間を遅らせる事にした。
最後には、壊れたバランス感覚せいで、家の玄関で転倒し、足の甲にヒビが入り、肋骨に強度の打撲を受けた。 僕は、もはやまともに仕事をできる状態にはなかった。 戦略コンサルタントは基本的には座ってやる仕事なのだけれど、肋骨の打撲は座っている事すら困難にした。 僕は過労に加えて身体をテーピングでぐるぐる巻きにして、文字通り、這ってまで出社を続けていた。
僕が外傷を負った事を指して、心療内科医は言った。 「これは、神の啓示かもしれませんね」 「このまま仕事を続けていたら、心筋梗塞等で突然死していた可能性もあります」
僕が職場に戻れる時期は決まっていない。 職場に戻ったら、リハビリ期間も無く、いきなり睡眠時間3時間に戻らざるを得ないからだ。 僕が所属する会社には、リハビリ復帰などという概念はない。 睡眠時間3時間の激務に耐えるか、休職、退職しか選択肢はない。 急成長した会社なので、その辺のしくみはまるで整っていない。 クライアントから高額のフィーを取って仕事をする以上、仕事を軽くすることはできない。 0か100の二者択一。 その他の選択肢は存在しない。 出社したら、その日からタクシー帰りの日々がはじまる。
会社は僕が激務に完全に耐えられる状況になるまでの休職を命じた。
僕は今日から休職に入ることにした。
そして、仕事を離れる事の儀式として、また髪を金色に染めた。
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