生きる。を消費する

2007年03月30日(金) 好きとか嫌いとか

感情で生きる事をとても嫌悪する。
でも私は表現力が豊かすぎるのかもしれない。
心の中はフラットなのに、表に出るのはとても表情豊かだ。
昔からそれに対して違和感がある時がある。
いつもそうとは限らないのだが、何故か全然笑えないのに爆笑してたり
楽しくないのにニコニコしてる自分が居て、とても気持ちが悪い。

未だ原因は解らず。
何だろう、病気ではないと思うのだが何か違和感があるんだよな。

正直に生きるのは大変だ。
裸でスラム街を歩く様なもの、特に現代社会はそうかもしれない。
正直であれば良いという物でもないから質が悪い。
私はどう生きて行きたいのだろうか。うーむ。

春になりました。
あの桜並木は、多分満開を目前にした桜達で一杯なのでしょう。
あの人は元気なのだろうか。時々ふっと思い出します。
私よりも幸せになっていますように。なんて思ってみながら。

私は過去に生きている。
今現在自分の目の前に差し出されている物には目もくれず
過去の事ばかり考えては、もう戻らない時間に絶望するのだ。
そんな後ろ向きな気持ちはもう嫌だ、忘れたいのに忘れられないんだ。


2007年03月28日(水) 辛い別れはいくつになっても辛い

私には最近出来た友達が居ます。
その子は3月に幼稚園を卒園して、4月から小学生になるそうです。

出会いはマンションのエレベーターで、お父さんに連れられて
幼稚園に行く時に挨拶されたのがきっかけでしたが
朝が同じ時間らしく、よく会う様になった上に
お父さんが同じ年で哲学とか心理学とかを専攻してる人らしく
(うちのマンションは大学関係とか多いみたい)その事で
ちょっと話す様になったのがきっかけで、仲良くなった訳です。

それも何故か5歳の息子と遊ぶ様になってしまい、時々ですが
マンションの廊下に座り込んで(それも私の家の前)
本を読んだり絵を描いたりして遊んでた訳です。
頭がいいだけあって、とても落ち着いた子供でそれが逆に
子供が苦手な私にとって凄く楽しく時間が過ごせる相手だったし
小さい子から得るものって意外と沢山あって、他人の子だから
こうして一人の人間として彼と対峙出来るのかしら、なんて
考えながら時間を過ごしていた訳です。

で、私が引っ越しする事になったので一応挨拶をしに
初めて彼の住む家を訪問して、どーも引っ越す事になりましてと
挨拶をしたわけですよ。奥さんとは初めてちゃんと話したのですが
どうやら私は家族で話題になっていたらしく(そりゃなるわな)
「あらーほらーたーくん大好きなお姉ちゃんが来たわよー」と
呼んでるのを聞いたらちょっとグッと来てしまった・・・
お母さん(といっても私より年下)はちゃんと話した事が無くて
色々沢山お話しながら、彼とも遊びながら時間を過ごして
そしてどーもおじゃましました、なんて言いながら
帰る用意をしたら、「また遊びに来てね!」なんて元気に言われて
不覚にも涙が出てしまった。だから無理なんだっつうの!
おかあさんが彼に一生懸命説明するけど、彼は泣き出すし
私もどうしたらいいかわからないし、大変だった。
何だかよくわからない、罪悪感の様なものが凝縮されて
胸と喉の間くらいでギュっとなってしまって。

でもしょうがねーよなー、引っ越し先はここから遠すぎるもの。

私が5歳くらいのときも、大人のお友達が居た。
一人で自転車に乗って知らない街に行って、知らない人と話して
そのまま夜になってものすごい親に怒られた事もある。
当時の私は年齢に不相応に自立していて、幼稚園も一人で通園。
未だに親には「あの頃は寂しかった」と言われるくらいw

でもその時の事は今でも鮮明に覚えているし、当時知った事は
自分の人生に善かれ悪しかれ影響を与えていると思う。
高校生の頃に仲が良かった幼稚園児は、もう中学生だけど
やっぱり私の事を覚えているらしいし、楽しかったと言っている
と風のたよりで聞いた。そういやその子も男児だった。

辛いけれど、しょうがないんだよなー。
でも、楽しいから引っ越したくないなー。

だが、これに固執するのも私ルールに反するから。
だから、私は流されるのです。周りの状況に合わせて
自分が流れに沿って行く事によって得る物があるから。
止まる事があったら、その時はその時考えるから。
今の私はそういうルールなので、従うのです。

引っ越し先が決まったら、彼にはそっと教えてあげよう。
そして、大人になった彼が私の事をちょっとだけ思い出して
懐かしんでくれることを想うことにします。


2007年03月24日(土) 欲しがりません、勝つまでは

絶対無理だけどな(嘲笑)
勝たなくったって欲しいもんは欲しいんだよ!ぷんすか。

というわけで、今まで割と平和に過ごしておりましたが
久々に怒りの一日を過ごしたおかげで、本日どっと疲れております。
怒ると疲れるねー、あと反省する。もっと優しく出来ないのか私は、とかさ。
毎日をニコニコして過ごせたら良いなーっていつも思うんだけどね。
なかなか上手く行かないもんですわ。(ため息)

先週揉めた上司とは、この一週間ひと言も話しませんでした。
別に用事無いから良いんだけど、今までもしかしたら
無駄にコミュニケーション取ってたのかもしれないですね。
本当は私にとって彼はあんまり必要じゃなかったのかも。

これから自分がどう生きて行くかを真剣に考えなくてはならないと思う。
年老いて行くにつれて、求められる物は大きくなって行くし
それにつれて自分が求める物も大きくなる。だからシビアになるだろう。

働いてお金を貰える事の喜びを、もっと沢山得なくてはと思うのです。


2007年03月20日(火) 話を聞いて欲しいだけ

私の話を聞いて欲しいだけなんだ。
それに対して何か凄い事を言って欲しい訳でもなく
何かして欲しい訳でもないんだけど
どうしてこうなっちゃうんだろうなあ。
私の行動は時として相手にとてつもなく重荷を与えてしまう。
相手が重さで潰れてしまうのを、黙って見ているだけなんだ。

解ってるならやらなきゃいいのにね。

いつもそう思っているんだが、でも止められない。
私はどうしたいんだろう。どうして欲しいんだろう。

一生懸命に生きるのは勝手だが、巻き込まないで欲しい。
そう、あの人が後ろ姿で語っている様な気がするんだ。


2007年03月14日(水) 一緒に居たいと思う人とは

話をしなくても、何もしなくても充分な人って絶対居ると思う。
それは私だけではなくて、相手もそう思ってる。
それを共有したいだけなんだけど、なかなか難しいよね。
だって相手もそれを感じないとダメなんだもんね。難しいよ。

そんな中で共有する時間。
キラキラと舞い降りる、素敵な時間のかけらを
私は貴方と別れてから、拾い集めるんだ。
ひとつひとつ、ちょっとづつだけれど。

私は沈黙が嫌い。
貴方がちょっとそわそわするだけで、どうにも落ち着かない。
もっと沈黙を楽しんだら、色々な事が見えてくるのにね。
どうしてなんだろう、私はもっと中心にあるものに触れたいだけなのに。
優しく触れて、そして温かい気持ちになりたいだけ。

是非、幸せになりますように。
貴方の思う様な未来が、描かれます様に。


2007年03月10日(土) 頭の中がもやもやする

色々と思う所はあるのだが、頭の中でまとまらない。
本を読んだり音楽を聴いたりしてみたらまとまるかなーと思っても
ずっとふわふわと浮遊してるだけで、それらが繋がらないのだ。

はっきりしないのは嫌いな性分だから。
これが気になってずっと悶々としている。
何で答えが出ないんだろうか。答えとは言わずとも、スッキリしたい。
あー本当に気持ち悪い。どうしてなんだろうなあ・・・


2007年03月04日(日) 付かず離れず

いつも「もっとドライに人と接したいな」と思っている。
他人との間合いを取る事についてはもうずっと前から思ってるが
どうしても上手く出来なくて、結局自分が傷つく事になる。
それならまだいいのだが、最悪自暴自棄になって共倒れする事になる。

そんな生き方を選びたくないのだが。

仕事をしてる時に限って、つい気が緩んでしまって
自分の内面との葛藤が始まってしまう事がある。
忘れられる時もあるのだが、自分が弱い時に限って
それに触れるような出来事が起こったりして、そして凹む。
私はそんなに優しくもないし、平等になんて出来ないから。
そんなこと出来る訳無いのに、何故求められるのだろう。

自分が平衡感覚を失い、崩れ落ちるまでのカウントダウンが
もう耳元で聞こえ出しているのだ。さあ、どうする私。


2007年03月02日(金) だって好きなんだもん

自分に素直に生きる事の難しさ。

携帯電話の番号は、誰の為にある?
メールアドレスは寂しさを埋めるだけのツールでしかないのか?
寝床に入り、真っ暗な天井を見つめ、私は思う。その意味を。

世界に貴方と私だけでいいの。他には何も要らないわ。

そんな事を言える女子が凄く羨ましい。
私は彼に守られてるの、というその台詞を私は多分
これから一生言う事は無いのだろう。
私は誰からも守られる事無く生きて行くのだろうから。

泥にまみれ、曇り無い晴天を睨みつける。
私は、私である為にさも知っていたかの様に泥にまみれるだけだ。


korekara doushiyo
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