ディリー?闇鍋アラカルト
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2002年10月06日(日) サボテンのお兄ちゃん・・・3

 子供同士の争いがある。例えば一人をおんぶすれば、おんぶされていない方は羨ましく感じる。そこで、複数の子供と一緒に遊ぶ時には公平だと感じるようにさせる工夫が必要になる。
 おんぶの場合は、二人一緒におんぶしたり、一人はだっこでもう一人をおんぶしたり・・・しかし、これは疲れる。そこで休む。「もうおしまい?」「そう、おしまい。」「もっとやって。」「だーめ、疲れちゃったから・・・いい事考えた!今度僕をおんぶして、そうすれば僕ちゃん楽チンだし・・・」「えーっ!おんぶできないよ〜。」
 これは子供自身におんぶする方の気持ちを多少なりとも解ってもらう為に考えたセリフだ。こちらが一生懸命やってても、やればやるほどやって当然と考えて貰ってはこちらも疲れちゃうからね。
 違うやり方では「そんなに無理を言うなら、泣くぞ〜っ!」などと言って泣きまねをしたりする。
 二人一緒というのはこちらも疲れるけど、子供からするとそんなおとなは滅多にいないので、結構受ける!
 でも、一人ずつの方が多いのは勿論だ。そうするとあぶれた方の子供からブーイングが来る。「ずるーい。○○ちゃんだけおんぶされて〜〜。」そんな時、「あんたの方が大きいんだから我慢しなくちゃ駄目だぞ。」なんて言おうものなら当然公平だと感じて貰えない事になる。「じゃあ、これからおんぶして歩いて、電柱があったら交代するからね。」そうして代わる代わるおんぶして歩くと子供たちは公平さを感じるし、満足という事になる。じゃんけんも良く使った。「わたし一番先!」と一人が言い出せば他の子供も当然言い出す。そこで収拾がつかなくなりそうなら「おーい。楽しく遊びにここに来たのか?それとも喧嘩しに来たのか?喧嘩するんだったら帰るぞ。」などと言う。そうすると子供も我に返る。何人かの子供がいると誰かが「じゃんけんで決めよう。」などと言う。もう子供自身トラブルの対処の仕方を理解してる子が居るのだ。
 一番多かったときには一度に7人の相手をした事もある。それでも大方楽しく公平に遊べたよ。


2002年10月03日(木) サボテンのお兄ちゃん・・・2

 僕には子供がいないことになっているのに、子供の扱いはうまい。「どうして?」と尋ねられたりする。僕自身が昆虫少年だった事も有るし、子供時代の特質を今に残しているような気もする。
 しかし、子供たちと一度に遊ぶのはいつでも簡単とは言えないだろう。
 例えば、昼は部屋にいることが多かったとは言え、いつも子供たちと遊んでいる訳には行かない。
 トントントン「サボテンのお兄ちゃん。あ そ ぼ 」
 「今ね、買物に行くからすぐは遊べないよ。1時間くらい後だったら終わっているからその頃に来て。仕事もあるから長くは遊べないよ。」
 このように言うと、聞き分けが良い。でも最初から良かった訳でもない。聞き分けが良くなるためには信頼関係が育っている必要がある。
 「用事があるから」と言いながら部屋でTVを見ていたりするようじゃ信頼関係が育たない。
 それから、子供の嫌がることは強制しない。ダンゴムシは僕からすると愛嬌者の虫だが、子供によっては怖がる子もいる。尤もダンゴムシは子供に悪さをする虫じゃないので、ダンゴムシを怖れる子供はおとなからのネガティブなメッセージを受けている。怖れはその反映なのだ。
 「見てご覧。ダンゴムシは可愛いよ。悪さなんてしないよ。こうして棒切れでチョンチョンすると・・・まんまるのお団子!コロコロコロコロ・・・・・・」なんていうと子供たちは興味深そうに見ている。その内にお手手に乗せてコロコロコロ「たーのしー!」なんて言う子供がいると一緒にいた子供も「私もやる!」コロコロコロコロ・・・あれっ?ダンゴムシが怖いんじゃなかったっけ?!
 元々おとなによって植え付けられた不合理な怖れなのだから、回復するのも早い。
 楽しいのはダンゴムシばかりじゃない。アゲハの幼虫もチョンチョンすると「怒ったじょ〜〜っ!」と角を出す。癖のある匂いも一緒に出し、それで敵を追い払うんだろうけど、人間相手には可愛くしか見えないよ。
「サボテンのお兄ちゃん。アゲハの子供探しに行こうよ!」いいよ。一緒に行こうね。身の回りの自然って面白いよね。楽しい事知りたくなること沢山あるよね。
花や虫の事もっと知りたければ図鑑も有るし、公園だって江戸川だって行っちゃうよ。


2002年10月02日(水) サボテンのお兄ちゃん・・・1

 昭和の終わりごろ、いなっち=稲村りょうは「サボテンのお兄ちゃん」だった。
 サボテンのお兄ちゃんというのは、近所に住む子供たちが僕をそう呼んでいたのだ。
 事の始まりは僕が鉢植えに水を遣っていたら「お兄ちゃん、何してるの?」と隣りのアパートに住むTちゃんが声をかけてきたのだ。「今、鉢植えに水をあげてるんだよ。」「ふーん・・・」としばらく見ていたら「私もあげる。いい?」と聞いて来たので、「いいよ。」といって指差して「その鉢とそのはちに遣ってね。こちらには遣らないでね。」と教えたら、その通りに遣ってくれたのだ。素直な良い子だった(しかし、その子の母親からは叱られる事が多く泣き声が聞こえてくる事が多かったが・・・)。
 
 その内にTちゃんは僕の部屋のドアをトントンして「あ そ ぼ」と言う様になり、サボテンのお兄ちゃんという名前も定着して来て、近所の子供たちも連れてくるようになった。この頃僕は酒場ミュージシャンの仕事だったので、昼は部屋にいることが多かった。沢山の子供たちが来るようになったのはやはり、僕の遊び方がダイナミックで面白かったのだろう。かくれんぼに鬼ごっこに抱っこにおんぶ・・・と書いて見ると普通のように感じられるかも知れないが、抱っこしたまま走り回ったり、振り回したり、ダンゴムシで遊んだり・・・と他のおとなたちがやらないような事もやってたから夢中になったのも無理はない。

 一番多かった時には僕は一度に7人の子どもたちを相手にしていた。


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