あまおと、あまあし
あまおと、あまあし
 戯れ歌 2003年01月29日(水)


  野の道を行く
  獣の背なの
  呼ばう暗がりめくら闇

  提灯下げて
  渡ろとすれば
  背負う(しょうた)子重くて
  渡りゃせん

  よいよい夜影の
  天神様に
  お札捧げて子を投げて

  おやすみおやすみ
  お眠りなんせ
  狐の子守り
  トンパラリ


  
  
  


 無題。 2003年01月28日(火)


過去を無かったことにはできない。
それは、誰かと記憶が共有されているから。
その共有する相手を消して、開放されたいと、そう願うことがある。
リセット、全てを消して、全部を忘れて、歩き出したい。

語る人間は、騙る人間だと想う。
過去に起きた事件を、誰からも納得の行く言葉で切りぬくことは
不可能に近いのだから。
でも、その重さを、切り捨てられた側の視点の持ち主のことを、
どうか忘れないで、と。
君に願う。
騙られた君の偶像に、君自身が惑わされないように、と。
それは、語る側に立つ君の、背負う頚木だ。




  




 ゆめうつつ 2003年01月27日(月)


日々は螺旋のかたちで連なっている。
昨日過ぎた道の、少しだけ温度の違う今日の固さの、
ゆっくりと歩く影に追いついて追いぬいて、
けれど触れ合うことも無く。
昨日の私は、今日の私ではない。

それは、夢と何ら変わらない。
夢の中で私は貴方に恋をした。
焦がれ、惑い、泣いたのだ。
私は貴方を知らない。
けれど私は知っている。
貴方の声、貴方の温もり、貴方の存在を。

夢と現の違い、など。
答えられるはずがあろうか。
どちらでも私は存在し、想っている。
未来のことを、過去のことを。
隣にいる貴方のことを。
経験し、重ねられていく想いは、どちらも等しい。

だから眠ろう。
夢を見て、夢に貴方を想おう。
だから目覚めよう。
目覚めて貴方を忘れ、伸びた髪を切ろう。
櫂はふたつ、船を進めて行く。









 雪灯篭 2003年01月25日(土)


夜は底のほうから明るいので
もう迷わないだろう
繋いだ手を離したとしても

解りあった形で
私たちは並んでいた
ふくらみと、くぼみ
屹立するものと、飲みこむもの
全ては予定された形で
隙間無く繋がれたのだ
目を閉ざしても
見えていた貴方のかたち

月などなくても
星など無くても

迷わない、きっと

どれほど繋いでも
溶け合わなかった
ふたつ
輪郭はふたつ
すべらせてこすりあわせて
にぎりあわせて
それでも
ふたつ

だから

はなして、ね
迷わないと思う
雪原は明るく
足跡は刻まれるだろう
ふたつ
明らかに


 万葉歌謡/あし(葦) 2003年01月09日(木)


「芦辺行く 鴨の羽がひに 霜降りて 寒き夕べは 大和し思ほゆ」


「あーあ。あんなの、山じゃないよね」
 背後からの投げやりな声に、私は手を止めて振りかえった。
 東の方角へと開けた二階の窓辺、他人のベッドに腰掛けた姉が、外を眺めている。
 窓の外に広がるのは、冬の青空、それから、なだらかに続く山並み。
「なにが?」
 なんとなく、姉の答えはわかっていた。けれど、一応たずねてみる。
 案の定、姉は大げさに目を見開いて、私を責めたてる。
「何がって、美緒、あんた、あんなのが山だって思ってるの? あんなごつごつしてて、
美しさのかけらもないようなのが、大事な浅間を隠してるなんて、許せないと思わない? 煙だってちょっとしか見えないじゃない」
 信じられないという言葉を全身から振りまいて、姉は一気にまくし立てる。
 私は、気付かれないように小さく溜息をついて、再び洗濯物を畳む作業に戻った。

 郷里に残っていた姉が結婚して、私と同じこの街に来てから、いったい何度同じ事を繰り返したのだろう。
 夫婦喧嘩をしては私の家に転がり込み、鬱憤の全てを私にぶちまけ、それも私が真剣に聞かないと怒り、実家へ舞い戻る、姉。
 最初のうちこそ、真剣に彼女の家庭を心配したりもしたのだが、それも馬鹿らしくなってしまった。
 小さい頃から変わっていない、姉。
 どんなに間違った意見でも、周囲の人が同意しなければ癇癪を起こし、周りの大人が慰めてくれるまで、寒い冬空の下に飛び出すような、少女のままの、姉。
 彼女に翻弄される両親の姿に、何度失望しただろう。
 ひとつも叶えられなかった少女の私の願いは、今も胸の奥底にしまいこまれている。

「ねえ、聞いてるの」
「聞いてるわよ。浅間山が、一番って事でしょ」
 振り向きもしないで答える私に、姉が苛立つのが解った。
「違うわよ。佐久に育ったなら、山って言えば浅間なのよ。あの綺麗な姿と、煙を見ないと落ちつかないのが、普通なのよ」
 普通なのよ、と強められた語気を、私は聞き流して立ち上がった。
 畳みあがった洗濯物を、タンスの決められた場所にしまっていく。
 ぱたん、ぱたん、一つ一つ、仕舞いこんでいく。
 姉に投げつけたかった言葉、両親に投げつけたかった言葉、胸の中から今にも溢れそうな言葉を、ひとつひとつ、閉じていく。
「もう──普通は、結婚して家を出たら、ホームシックにくらいかかるのが普通じゃないの? 例えば山を見て、故郷を思い出して寂しくなったりするもんじゃないの?」
 私が同意しないので、苛立ちが限界に達したのだろう。
 姉は立ち上がり、窓枠をぱしりと掌で叩く。
 いいえ。
 懐かしいって思うのは、戻りたい場所があるからこその感情だもの。
 帰りたいとは思わない。誰も自分の話を聞いてくれない、そんな場所になんて。
 私は姉に向かって、自分にできる最上の笑顔を作った。何不自由無い、幸せな人間に見えるような、笑みを。
「ぜんぜん、寂しいなんて思わないわ。私、幸広とこの街に住めて、幸せだもの」
  
 乱暴な足音が階段を下って行き、やがて客間でぱたばたと荷物を畳む音がする。
 台風の目はこれで、郷里の実家へと移動するだろう。そして三日もすれば、優しい旦那様が迎えに行くはずだ。
 ようやく静かな日々が戻ってくると安堵して、姉が先ほどまでいた場所に腰を下ろす。
 窓の外の、名も知らない山々。
 その向こうに少しだけ見える、青い、稜線。昇りつづける、噴煙。

 思い出さないわけが無い。
 幼い頃から、何度も見上げつづけた風景を、忘れてしまうことなどできる筈が無い。
 けれど、それを認めてしまうことは、私にとって負けなのだ。
 帰りたいから帰る、居たくないから出て行く、そんな都合の良い場所など、あるはずがないのだから。
 糸の切れた凧のように、あちらの空からこちらの空へ、ふらふらとしている姉にはわからないような苦労が、私自身にだってある。
 帰りたいと一言口に出せば、一気に崩れ落ちてしまうような、そんなぎりぎりの感情が。
 その感情と戦い、無数の小さな幸せを寄せ集めて、自分自身の天秤を平行に保つ努力こそが、きっと「幸せな家族」を作り上げることなのだから。

 だから、何度同意を求められても、私は言わない。
 空のふちに僅かに見える噴煙に、幼い頃の日々が思い出されるなんて。
 もう一度、あのなだらかな青を見たいなんて、絶対に。




むむ。少々強引気味でしょうか。
しかも超ローカルネタ。
私自身は浅間山なんぞこれっぽっちも好きじゃありませんが。(暴言)


歌のストレートな感傷とは逆の方向から攻めてみたかったんですが……。
いかがでしょうか。
次は「馬酔木」



 万葉歌謡/あさがほ(桔梗) 2003年01月05日(日)


「朝顔は 朝露負ひて 咲くといへど 夕顔にこそ さきまさりけれ」


 どこまでもどこまでも、薄は岸辺に打ち寄せる波のように続いていた。
 白銀の水面を超え、駆けてゆく、金茶色の背中。
──まて、まってくれ、玄藩之丞。
 俺を置いてゆくなと叫ぶのか、それとも俺も連れていってくれと叫ぶのか。
 どちらなのか解らず、そこで口篭もる。
 たたらを踏んだ足下に、影が差した。
 幼い子らを後ろに従えた、彼の妻。

「あんたは、行かないのかい──紫円。玄藩之丞の一の子分の、お前が」
 きりと細い目が、問い詰めるように彼をねめつける。
 行きたい、だが。
 紫煙は面を伏せ、奥歯を鳴らした。
「行けるものなら、とうにこの場にはおらぬ」
「ふん、音に聞こえた朝霧の紫円も、単なる腰抜けだったかい」
 堂々たる風情で腰をおろしたお夏の、手入れされた太い尾に、幼い子等が無心にじゃれついている。まだ丸く和毛に覆われたその顔に、遠い記憶の中の面差しが重なる。
 俺達にもあった、草むらに跳ねる虫を追い、萩の波を飛び越え、薄の下をくぐりぬけ、ただ楽しいだけの日々が。
 しかし、時は通りすぎた。世界は変わり、獣が自由に道を描ける時代は終わったのだ。

「……その子等を、守らねばならん。今や草むらさえも俺たちのものではない。夜の暗がりはどんどん狭くなり、人は怪かしを見破る術を身につけた」
 ぱたり、ぱたり。お夏の尻尾は、秋の日に乾いた地面を往復している。その先に混じる白を、捕まえようと飛び跳ねる二匹の子供。
 そうだ、と紫円は自分自身に言い聞かせる。
 時はまた巻き戻されるのだ。
 地面を耕し、食物を得ることばかりに無心なあの人間達を、からかい、戯れに時を費やす時間は終わった。赤い鳥居に奉られ、畏れられながらも愛される時は終わったのだ。
 もう、狐が人と関わる事は無いだろう。
 野狐に戻るのだ。山奥深くに追われる、獣のひとつになるのだ。

「紫円」
 どおん、と遠くの空を揺らす音と同時に、お夏が一片の動揺すらも含まぬ涼しい声で言った。
「行かないのかい」
 行けぬ、再度紫円は答え、忌々しい音から逃れようと耳を伏せた。
 行けぬ、行けるわけが無いだろう。来るなと言われたのだ。来るなと、他ならぬ玄藩之丞から。
 薄と萩に覆われた桔梗ヶ原が、深い森であった頃から、共に駆け、共に狩り、共に遊んだ玄藩之丞が、拒んだのだ。俺を。
「追うてはならぬと、頭の命だ」
 歯軋りしながらの言葉に、お夏は涼しい眼を斜めに向ける。
 いっそ憎々しいほどの、澄んだ秋の空がその眼差しの先にある。どこまでも高く、果ての見えぬ蒼穹、刷毛でなでたような淡い雲、古よりいっかな変わらぬ風景が。
 ついついと蜻蛉が群れなして過ぎて行くのを見送り、お夏が言う。
「あれはもう、頭ではないだろう。黒い獣と戦うことだけを望み、あたしら一族を捨てたんだ。あれはもう、どの一派の頭でもない、ただの狐。桔梗ヶ原の狐は、もう誰の配下にもあらぬ」
「お夏、ぬしは」
「あれは、最初からどこにもはまれぬ男だったさ。あたしや、洗馬のあたしの親族を、暴れん坊の勘太夫から守るために、やむを止まれず徒党を組んだがね。自由な男だったさ。誰より、駆けることの似合う男だったさ。だから、あたしは惚れたんだ」
 遊びつかれた子供たちが、鼻を鳴らしながらお夏の胸元に顔を押し付けて甘えはじめる。お夏は子等の背中を優しく舐め、乳を与えるためにごろりと身体を横たえた。
 ごおおん、再び遠くの空で忌々しい音が鳴る。
 その音は次第に大きくなり、やがて雷鳴のような轟きと、甲高い獣の悲鳴のような音とが、間断なく鳴り響く。 
「俺は」
 耳鳴りのような、しかしもっと禍々しく地を揺さぶる音に圧倒されながら、紫円は目を閉じた。
 浮かぶ、すらりとした背中。長い尾が地を掃き空を撫で、跳躍していく、その後姿。ずっと、追っていた。追いつづけ、追いつづけ、いつか彼の一の子分と呼ばれるまでになった。
 だが、真の望みはそんな事ではなかった。
 増えつづける子分も、名声も、そんなものは欲しくはなかった。
 ただ。
「──追いつづけたかったのだ。ずっと、奴のことを」
 ふんと、夏が鼻を鳴らす。
 目を明ければ、秋の日差しがくらりと眩暈をおこすほど眩しい。
 しかし黒い獣の起こす地響きはいよいよ激しく、金切り声のような獣の遠吠えと共に、全てを圧倒しねじ伏せようと音量を増している。
 あの音の向かう先、ぎらぎらと光る道の真中に立ちふさがり、玄藩之丞が待っている。一世一代の、大勝負を挑もうと。
 彼はもう、戻らぬだろう。子分が妻が友が泣き叫び、引き止めたとしても。
 行くなと留めて、聞き入れる男ではない。
 ならば。
 ならば、己はどうするのか。
 背後に一声、お夏の鋭い鳴き声が上がった。
 
 眼下、どこまでも続く薄の波頭を飛び越え、紫円は走り出す。
 たった一匹、黒い獣と立ち向かう男のもとへと。




2003年突発企画。

「やまと万葉の花」/京都書院
より、花や歌ごとに連想される短編を書いてゆきます。
題名となるタイトルや歌と、SSの内容が全然関連ないじゃんみたいなツッコミは不可(笑)
あくまでも、習作。
「私のうちで連想される物語」であります。悪しからず。


 新雪 2003年01月04日(土)


とびらを開けて、

例えば雪が降り積もっていても
その下の貴方の足跡は消えていないのです
ながい、ながい
眠りはすでに梢の下で
待ち構えています

貴方は私の瞼を閉ざし
私の耳をふさごうとしました
鱗は
けれど耳の後ろにはりついたまま
りりりり、鳴いています
消えない、どれだけ経っても

重ねられた温もり
ひとつの指の温かさは
ふたつめの掌の重さになり
かさねられた吐息の熱になって
残される、かたち
瞼を閉じても
なぞることが出来るのです
今でも

あらたに、と願いながら
けれど喪いはしないのです
足跡は、いつでも雪の下に

とびらを、開けて
私の足跡を重ねながら


 あけましておめでとうございます。 2003年01月01日(水)


旦那様の実家より更新。
新年、明けましておめでとうございます。

築100年を越す元置屋(笑)の庭に、雪が舞い降りております。
願ってもない、美しい年明けとなりました。

新しい年が、うつくしいものでありますように。
心穏やかで、健やかなものでありますように。
小さくとも、確かに歩んでゆける年でありますように。

縁のあった、全ての方へ。







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