早春譜 2002年02月25日(月)
夜のたびに 娘は窓辺に立って手招きをする 明日が早く訪れるように 未来が早く顔を見せるように 春の気配を含んだ風が 胸騒ぎを運ぶ あわてて 窓を閉めてみても 娘の手のひらには 明日の欠片 そんなもの捨てなさい 何度言ったらわかるの 良いことなんて何も無いのよ なにも 未来に希望を抱くなんて 私の育て方が悪かったのかしら 乳の匂いをしていた頬が いつしか花の香りに変わって 私は怯えているのに 娘は手招きをする 未来を手招きする 繰り返し上下するその手は 私という過去を追い払う仕草 なのかもしれない 木蓮のつぼみが もう はじけそうだ 樹木 2002年02月24日(日) 私の胎はからっぽで 未来を生み出すことは出来ないでしょう 私の身体は乾いたままで あなたは 庭の花ばかり可愛がっている 美しく装うことは簡単でしょうか あなたの指を悦び あなたの声に震え あなたの教えに従う うつくしい女になることは簡単でしょうか たまには 口紅の一つもさして しなだれてみるべきでしょうか 日々根を張りつづける私の身体は どこかに洞を隠したまま あなたの囲った庭をはみ出て 枝を張りつづけています たぶん 一つの実も結ばずに また今年も春を迎え秋を越えて 落ちてくる雪を数えるでしょう 辰狐 2002年02月20日(水) 狐の足跡を見たことがあるかい? 一面に降り積もった雪の上 月や星の明かりをたよりに 獣たちは縦横にかける うさぎの足跡でも 鹿たちの足跡 野犬の足跡でもなく 狐のさ うん 尻尾がね どうして狐は 走らずにいられなかったのだろう 森の奥に潜んで 人間を恐れて 臆病な獣のままでいれば あんなふうに あんなふうに 機関車に向かってゆくなんて 愚かな事じゃないか (狐の走った跡はね 尻尾をずーっと引きずった その線がついているんだ 降ったばかりの柔らかな雪は まとわりついて重くなるから 尻尾の線も太くなるんだ) ごうごうと煙を上げて 嫁入り行列を打ち倒した 真っ黒な機関車は 静かだった丘を荒らして 大名行列に化けてみても 大きな鬼に化けてみても まったく迷いもせずに 走り抜けるばかりだった 重い車輪に跳ね飛ばされて いったい 何匹の狐が倒れただろう それでも 狐は 止めなかったのだ 走ることを 走ることを 獣道を 走ることを 狐がね 走った後には 尻尾の跡がついているんだ 雪原を横断する ぎらぎらした銀のレールの横で その足跡は 途絶えているんだ ハリポタその後に 2002年02月19日(火) ハリーポッターが全世界的なブームになって、今までは児童書の一冊も見られなかったような書店でも、児童文学やファンタジーのコーナーが設けられるようになってます。 そもそものハリポタシリーズ。多用される四倍角の文字が非常にむかついて読みづらかったとか、日本のキャラクター小説の手法を取り入れた、ストーリーとしちゃ非常にオーソドックスな児童文学じゃないかとか、いろいろ思う事があるんですが、まあそれは置いといて。 なんつーか。 その「ファンタジー特設コーナー」 非常に近寄りづらいです。 いやこれは、昔から英米児童文学にどっぷりはまって、一時期はそれ以外の日本の小説なんか見向きもしなかった人間の、曲がったプライドなんですが。 ダレンジャンとかネシャンとかの大きなポップや、ハリポタの映画のポスターとかで仰々しく飾り立てられたコーナーの前に立つのは、非常に気恥ずかしい。 「なんだあいつもハリポタのファンか」と思われるんじゃないのか、とか。 「ブームに乗せられてファンタジーなんか読んじゃって」とか そんな風に思われるんじゃあ、などと考えてしまうんですな。 こんなブームが来る前は、松本駅前のパルコブックセンターとか、ひそかに良質な児童書を置いてある所へ行って、「お、ここはM・マーヒーが置いてある」とか、一人ほくそえんだりするのが楽しみだったんですが、ねえ。 せっかくの特設コーナー、何処へ行っても同じ品揃えってのも頂けないのです。 日本の児童書なら 佐藤さとるの「誰も知らない小さな国」のシリーズとか 荻原規子の「勾玉シリーズ」とか 作者忘れたけど「光車よまわれ!」とか 外国のものでいえば スーザン・クーパーの「闇の戦い」シリーズとか アリスン・アトリーの「時空の旅人」とか アラン・ガーナーのシリーズとか あとあと 「ツバメ号とアマゾン号」のシリーズとか 「ダンクトンの森」とか 「グリンノウ」のシリーズとか これは並べとかなきゃ!みたいな本が他に沢山あるだろうと、そう思ってしまうのですよ。 (つか、その辺りを読んでなくていきなり「指輪物語」に入れるのか?) その振動数の 2002年02月17日(日) あ い う え お と ひとしきり声にして こんなもんだろうと ようやく眠りにつく のどの奥に隠された 花弁を震わせるのは 消費切れなかった酸素と 排出された二酸化炭素と この身体が 繰り返す ふいごのような動きの その余剰 あ い う え お これは只の音 二枚の花弁を震わせて 流れてゆく空気の 揺らぎ 私のうちの何かが 貴方に伝わってしまうはずがない 追難 2002年02月03日(日) 年を新たにするために 古い日々を埋めるのだと 妻は庭を掘りつづけている ──お前 雪が降るよ もうおよし しかし妻は頑として 膨らんだ腹を苦しそうにかがめ 死んでしまった過去を埋めようと 泥にまみれている ──雪が何もかも 隠してくれるではないか 白い化粧を施せば 見られるようになるだろう およし もう およし 妻が抱えつづけた昨日は 臨月の妊婦でもかなわぬほど おおきく胎をふくらまている それは 初詣の祇園社でも 小正月の三九郎でも 燃やすことの出来なかった ……秘密 ──お前が見せたくないものを 私が見たいと望むものか お前 もうおよし 雪に任せてしまえ その胎からしぼりだして 冷たい大地に横たえれば良い 雪が隠してくれるだろう 雪が隠してくれるだろう もう およし 妻よ 庭で 妻が穴を掘っている 死んでしまった過去を埋めようと 新しい年を迎えるために 追難 2002年02月01日(金) 鬼はそと 鬼はそと と 小等の声の 追われる私は何処へ行けば 鬼はそと 鬼はそと 無邪気な子は疑いもせず 私もかつては 美しい乙女でありました 豊かな家に生まれ 花よ蝶よと育てられ 鬼はそと 鬼はそと 他人を憎む日など 生涯こないとおもっていました 与えられるばかりの愛に溺れ 納戸の暗がりから 目をそらしつづけて 鬼はそと 鬼はそと 鬼は 年老いていつしか訪れた孤独に ふと気づけば 鏡の中に いつか見た鬼の姿 鬼はそと 鬼はどこ 鬼は ここに |
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