今日もガサゴソ
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2003年01月31日(金) |
お父さんはオニギリ食べて頑張っている |
この頃はお昼前後に 散歩に出ています。
寒波が来ていて雪混じりのお天気ですが 北に面した斜面では ソリ遊びもできますし 子供も犬も元気に歩いてくれます。
お昼あたりに歩いていると 工事現場や、住宅の建設現場周辺で 車の中で食事をしたり仮眠をとったりしている 男性がいます。
働くおじさんたちに大変興味がある 我が家のチビ助に 「お父さんもどこかでお昼休みをしているかな」と 話しかけたら 「お父さんはオニギリ食べて頑張っている!」と答えました。
亭主は測量士で あちこちの現場にでかけていきます。 海も山も川も街中も住宅地も仕事の対象になります。 父親の働く姿を見せるのは なかなか困難ですが 散歩のときに良い機会が訪れます。
不況でどこもかしこも いい話はないのだけれど 汗して働くことの尊さを知って欲しいなぁと願います。
クレーンや高所作業車などが 動いていると釘付けになっちゃうチビ助に 働くおじさんたちは手を振ってくれたりします。
おじさんたち、ありがとう! 寒さに負けず、事故のないように祈っています。 この子の父親も頑張っています。
テレビでディズニー映画のピーターパンを観た翌日 我が家の三歳児チビ助が椅子から落下して大泣きしました。 普段は危ないことをする割には慎重なので ビックリしたんですが、 もっとビックリしたのはチビ助の言葉でした。
「飛べなかったよ〜」
飛べるわけないでしょ!と怒るのも なんだか頭ごなしな気がして 「飛べなかったね〜」と抱きしめて慰めてやったのでした。 以来、二階に行くときは窓から落下したりしないように ひそかに監視を強化しています。
そんなことがあって一ヶ月も過ぎたでしょうか 亭主が会社の人から「ハリー・ポッターと賢者の石」のDVDを 借りてきました。
チビ助と一緒に観ていたら 内容が難しいのかあまり熱心ではなかったのに ハリーたちが初めて箒に乗る授業のシーンで 釘付けになり、一言
「ああ、ボク、飛びたいなぁ」
タメイキまじりのその言葉。
チビ助は一段と深い思考ができるようになったようです。
よろしい、もう叱りません。 百円ショップで買ってきた トイレの吸盤にまたがって飛ぶ練習を続けなさい。 それは未使用なんだし、 「魔女の宅急便」のキキだって しまいにはデッキブラシで飛んだではないか。
飛べ!チビ助!
主婦に休日なんて存在しないということに 気付くのに、何年もかかってしまいました。
家事から開放されるのは旅行中くらいかと思いますが、 何しろ旅行なんて縁がない、円がない。 頼みの実家は 父が要介護状態で、とてもじゃないが 大きな顔でノラクラ過ごす事はできないのです。
そうなってくると 些細なことでもありがたくて 休日気分を味わえるのでございます。
たとえば、亭主が朝六時前に仕事に出る日、 お弁当作りを休ませて頂く、ああ、嬉しい。 それから、亭主が仕事を休んでくれる前日、 目覚まし時計をセットしないで就寝、このまま百年眠りたい。 極めつけは、亭主の出張!
週休もおぼつかない日々が続いているので どうか静かな残業も育児も妻の愚痴もない夜を 安らかに味わってね、ダーリン。
私はニコニコ夜更かしです。
お正月、松もとれないうちからガサゴソ進めていた 二階の本棚の移動と片付けがかなりのところまできて、 床の障害物が減ってきたので 掃除機がかけられました。
スッキリしました。
一階の押入れも少し手を入れたので 寝具をゆとりを持ってしまえるようになりました。
あとは家中の押入れの中身を点検して 水まわりの整理と掃除をすれば一段落でしょうか。
子供が生まれる前、大掃除などは 体調の良いときに 一気に作業していましたが 今は子供をかまいながら昼寝しながら 少しずつ少しずつしかできません。
添い寝をしていないと 怒り泣きして眠ってくれない子供なので 「この子が眠っているあいだに○○しよう!」 なんていうのは通用しません。
私もすぐ疲れてしまうほうなので 一気に働くよりチビチビ作業するほうが安全です。
しかし、二階にかまけている間に 日常の家事がお留守気味で 汚れ物が増殖しているような気もします。
生きているっていうのは 汚れることなんだろうか!
亭主の出勤時刻が時々早かったりするので 夕ご飯の片付けをするときに 「明日は?」と声をかけます。
亭主はへそ曲がりなので 「明日は晴れ!」などと質問にまっすぐ返事をしません。 私はさっさと家事をやっつけて 明朝の心積もりをしておきたいのに そんな返事をされると イライラがぐわ〜っと突き上げてきます。 いい加減にして欲しいけれど 毎度のことですし、冗談のつもりらしいので いつか空っぽの弁当箱に 「晴れ」などと書いたカードを入れて 仕返しをしてやろうと考えています。 しかし、食い物の恨みは恐ろしいというので 気が小さくて実行できません。
そんな私に この頃、我が家の宝息子が 「明日は?」と質問してくるようになりました。 言葉や時間の流れがかなり詳しく 理解できてきているようで 会話が日に日に複雑になってきています。
彼の顔には 明日は何か乗り物に乗ってどこかに行きたい!と 書いてあります。 ママチャリに乗って、バスに乗って、お父さんのブップに乗って。
毎日そんなにお出かけはできないので その質問が出たら 「明日も素敵な一日。楽しい日」と答えることにしました。 そして、家事の手を止めて 今日の出来事について会話をします。 チビ助はそれでかなり満足するようです。 なんだか私も嬉しくなって。
それでも、また明日の出勤の時刻を確かめなくては。 「ねえねえ、明日は?」 この頃亭主は「素敵な一日!」と答えるわけだ。
いい加減にしてくれ〜!
2003年01月26日(日) |
防災無線、うああああ |
寒い地方なので 断熱材のたっぷり仕込んである家に住んでいます。 気密も良くて、かなりの防音効果もあります。 そこに持ってきて 少々訛りのあるおじさんが 行政連絡のアナウンスをするもので 聞こえない、聞き取りにくい、なんだこりゃっていうことで 町では各世帯に防災無線の受信機を設置することに したらしいのです。
活断層のある土地柄なので 地震の被害も心配だし、海が近いので津波の心配もあるし、 防災といわれれば、ありがたい設備です。 我が家にも昨日、設置工事がありました。 工事といっても、コンセントに差込みさえすれば いいというので簡単なものなんですが。
さて、防災という名目で素直に設置してもらいましたが、 実際には困ったことになりました。
地方の市町村ではどこでもやっていると思われる 時報のチャイムね、アレ、迷惑だなと思うのです。 朝六時、昼12時、夕方六時。 普段なら朝六時前から起きているので私は構わないのですが 寝ていて欲しい子供を起こしてしまう、 昼寝は中断してしまう。 眠りを中断された子供は悪魔のような愚図!
土曜も日曜もなく朝六時って、なんなの? 時間が知りたかったら時計があるだろう!と思うのです。 祭日には「今日はごみの収集はありません」って繰り返すし。
今は良いけれど、農繁期には 「稲作講習会をやるので、○○川目の××さんの田んぼの前に 集合してください」なんていうアナウンスもあるんですよ。 大切なお知らせなんでしょうが 事前にプリントを配るとかで対処できないんでしょうか。
町の体育館でイベントがあるから誘い合わせて来い、とか どっかでなんかの講演会があるからとかさ。
人命に関わることなら大いにやるべきですが (迷子情報とか迷老人情報とか火事の情報とかね) なんだかお節介すぎて辛くなってきます。
夕方の時報は子供たちに帰宅をうながすために 良いかと思っていましたが、 夏休みなどはご丁寧に毎日 「六時になりました、 小学生の皆さんは遊びをやめて家に帰りましょう。 中学生のお兄さんお姉さんは七時までに、 高校生のお兄さんお姉さんは九時までに帰りましょう。 明日も事故のない云々....」 オイオイ、その七時だ九時だってのは何なんだ? 挙句に、いつまでも公園で遊んでいる子供たちには 放送は聞こえていないのか?
これから、音量を最低にしても これらをいちいち聞かされるのかと思うと ザワザワしてきます。
ま、幸いにして 私は時々耳の調子がおかしくなるので 聞きたくても聞こえなかったりしてね。
昔、一人暮らしのおばあちゃんが 毎日の時報を気持ちのよりどころにしていると 話すのを聞いてホロリとしたことがあります。 以来、しょうがないなぁと譲ったつもりできたけれど 耳元でやられるとなると コリャ、たまりません。
電源、抜いちゃおうかなぁ。
なんか、私、一日中 玄関のチャイムの電池を出したり入れたり 電話を消音にしたり解除したりしてるなぁ。 これに防災無線まで加わるのか?
うああああ。
うるさがるのをやめよう。
2003年01月25日(土) |
ボタンを外すって、うふふ |
私はハンドルネームにボタンをくっつけていますが これは、子供の頃父の実家がボタン屋と呼ばれている 商売を営んでいたからです。
ボタン屋と田舎では呼んでいましたが 今でいう手芸店に近いかも知れません。 その頃は、人々はゆとりがあれば スーツやオーバーなどをお仕立にだしたものでした。 ボタン屋では和裁洋裁に必要なすべてのものが 揃っていました。 お客さんのほとんどは 仕立ての仕事をしている女性たちでした。
お店には艶々した裏地がいっぱいの壁面や 床から天井までボタンの箱が詰まった壁がありました。 ショウケースには美しいバックルやコサージュ。 カウンターの内側の壁にはすごい数の小引き出しがあって あらゆる種類の糸やファスナーが収納されていました。 居間のほうでは 囲炉裏端でファスナーのサイズを調節したり お客さんの持ち込んだ布で くるみボタンをチョイチョイ作っていました。 叔父と二人の伯母が軽いフットワークで働いていました。
引き出しを開けるたびに乾いた音を立てて転がるミシン糸や うなるほど美しい刺繍糸の引き出し。 お客さんが捨てていったくるみボタンの残り布を入れていた缶。 裏地を切るシャーッという音。
私が一番好きだったのは お客さんがこれから仕立てる服のために ボタンや糸の色を吟味するのを見ることでした。
ボタンはひとつひとつが完成された美を持っています。 ボタンひとつで服の印象が変化しさえします。
いつの間にか人々は服をオーダーすることが稀になり 伯母たちも歳をとって 商売はやめてしまいました。
私の美意識はあのお店の艶やかなグラデーションのなかで 育まれたような気がします。 色が順番に並んでいるとゾクゾクします。 ビーズやボタンが光るのは 宝石の輝きよりももっと嬉しいのです。
ボタンをコレクションするつもりはないのだけれど 愛着は感じるので 服を処分するときは 必ずボタンを外してとっておきます。
使い切れないほどの 作業服やシャツについていた 素朴で働き者のボタンをいとおしく思います。
モノの本によると 「ボタンを外す」って言うのは 秘密を打ち明けるなんていう意味もあるらしいですが、 何か期待させちゃったかしら。 おほほ。
私の住んでいるあたりは クリスマス頃から断続的にホドホドの積雪があります。
ホドホドの積雪とは 雪のために家がつぶれる心配とか 交通マヒが起らない程度と解釈してください。 (あくまでも当地の基準ですが)
このくらいですと 子供たちは思いっきり楽しいと思うのですが 冬休みが終わったら 公園から人影がなくなってしまいました。
そうです! 広大な雪景色に私たち親子と犬一匹! なんて贅沢なのかしらん。
我が家では犬の散歩が楽しい日課です。 クリスマス以来、 ソリを引いて散歩に出ることになりました。 公園の適当な斜面は素晴らしいゲレンデです。 犬もソリに伴走して全力疾走して大喜び!
三歳になったばかりのチビ助は どんな斜面にも果敢に挑戦し、転んでも吹っ飛んでも泣きません。 ゲラゲラ笑って斜面を登り、 自分でセッティングしてどんどん滑っていきます。 平らなところでスピードが落ちると 両手で雪をかいていきます。 何も教えなくても 自分の身体で覚えていくことが たくさんあるんだなぁと感心してしまいます。
青空をかき消すように雪雲が押し寄せる様子や 吹雪の始まる瞬間を目撃したり 冷たい風で頬が切れるように痛んだり 歩きにくい道を行く散歩です。
去年の冬はひたすら歩くだけで楽しい散歩でした。 来年の今頃は何を楽しみにしながら 歩いているんだろうな。
今年はひたすらソリを引いて歩き回っています。 お陰で昼寝も充実しているのさ。
お料理研究家のケンタロウの 本を眺めていたら 彼のフライパンに「コイヌ印」とブランド名があって このフライパンがますます好きになった、と書いてありました。
この一文で 私はケンタロウに恋をしたかも知れない! ドキドキ
それで、私はなんとなく 一番気に入っている 蓋も取っ手もない、入れ子式のヤットコ鍋を ひっくり返して底に刻んである ブランド名を見てみました。
!
おお、まさしくこれは「コイヌ印」
わー。
ケンタロウさん、私のお気に入りの鍋も コイヌ印でした。 ケンタロウさんのフライパンの一文を 読んで感激しなければ 一生気付かなかったかもしれません。
私もますますこのお鍋が好きになりました。
今日は子供が早起きしてくれたので 家族三人そろった朝ごはんでした。 久しぶりです。
お陰で午前中、なかなか取りかかることができなかった パッチワークを進めることができました。
現在進行中なのは 「アメリカ50州のブロック」というパターン集を 使って50枚のブロックを作るという WEB企画に参加しているもので 今日は42枚目を仕上げました。
三月になると 我が家でイベントがあるので、あと8枚のブロックを 二月中に仕上げたいのですが 家の中のゴタゴタした片付けがなかなか はかどらないので 困ってしまいます。
二階の倉庫状態を解消しようと 片付けに着手しましたが、 十五人の宿泊客があるということは 家中の整理整頓清掃が必要なのだということに 気がついたばかりの お間抜けな私です。
気になってきたのでついでに 台所も、押入れも、などという次元では済まないのです。
高齢出産でヘロヘロ状態で 育児と犬の散歩にかまけて 家の手入れを怠ってきたツケが まわってきたのです。シクシク。
無理して身体の調子を崩してはタイヘンなんだけれど ある程度キルト作りも進めておかないと 気持ちが片付かなくなってしまいます。 中断すると再開するのに とてもエネルギーを使うのです。
一晩家を提供するために 二ヶ月も前からゴタゴタするのは ナンセンスな気がして、悲しくなります。
片付けもそろそろ飽きてきたかな。
本棚の整理をしたら不要になってしまった雑誌やカタログ類が かなりあることがわかりました。
明日は資源ごみの回収日なので なけなしのヤル気をかき集めて 何度も階段を上り下りして 一階に運びました。
面倒なのはホッチキスで閉じてある 薄い小冊子やカタログです。 資源ごみとして出すためには 針金を全部外さなくてはならないのです。
一年半分くらいためてあったでしょうか、 ホッチキスの針を外すスティックを持っているのですが それでも手元が狂ったら 怪我をしそうで嫌な作業です。
どの小冊子もホッチキスで綴らなくても 用が足りそうな気がします。 ホッチキスを製造している人や 製本している人には申し訳ないけれど ホッチキスはやめてもらいたい気がします。
それにしても、皆さん、まじめに ホッチキスの針、外しているんだろうか。 面倒なので、可燃ごみにしちゃってるのかな。
ブツブツ文句を言いながらも 小一時間頑張ったら、資源ごみの塊がいくつもできました。
明日、吹雪が止んでくれないと 回収してもらえないなぁ。 小屋に運ぶと春までそのままになりそうだし。 下手をすると、玄関に資源ごみが待機することになったりして。
こんなところにも 片付かない理由が潜んでいたりしてね。
やれやれ。
まだマイコンだIHだとハイテク化する前の 炊飯器が恋しいときがあります。 胴体のスイッチをパッチンと入れるだけで 一所懸命!って感じでご飯を炊いてくれる 懐かしいアレです。
東京で一人暮らしを始めるとき 実家に預けておいたつもりの お気に入りの台所用品や友人にプレゼントされた 手作りのアンプやスピーカーなどは 弟が持ち出して大学生活に使っていて、 お気に入りの食器は母が嬉々として使っていました。
就職のため上京するときは会社の寮に入ったので それほどの荷物は必要なかったのです。 実家にはまだ私の部屋というものがあったので そのまま置いて欲しいと頼んだのですが 不在のため踏み倒されてしまいました。
母や弟に対しては特に怒りや恨みはないのですが 少しずつ集めて大切にしてきたものを うっかり失くしてしまったようで 複雑な気持ちが今でも残っています。
改めて自炊を始めようと思うと 電気製品などは 非常に値段が手ごろになっていて驚きました。 数年で世の中が変わってしまったのかななんて思いながら、 マイコンの炊飯器を選びました。
これが、三年もしないうちに壊れてしまいました。 修理なんて、と電器店であしらわれて 次のを買い、結婚してまもなくそれも壊れてしまいました。 夫が持っていた炊飯器を出してきましたが これもなぜかすぐ壊れてしまいました。
うんざりしながら 蓋が外せるだの、釜が分厚いだの、様々な性能を誇示する 炊飯器売り場で「壊れないやつを下さい!」と 叫んでやりたかったわ。 叫んだりしないで買った炊飯器もそれほど長持ちしませんでした。
今、家にあるのは8年目です。 壊れないのはタイヘンよろしいのですが、 容量が足りなくて、蒸気のところからドロドロが 吹き上げてタイヘンです。 五合炊きの釜で四合炊いているんですが 水加減とお米の糠臭さの都合でそんなことになるらしいです。 さらに、好奇心で雑穀を混ぜた日には もっとドロドロになってしまいます。
今は保温鍋を使ってガスで炊飯しています。 炊飯器はきれいにしてしまいこんであります。 マダマダ壊れないような気がします。
一升炊きの炊飯器を買うべきか 悩みながら少し早起きしています。 玄米なども炊ける賢い炊飯器も出回っているらしいし、 でも、また壊れちゃうんじゃないかと思うと 気持ちがしぼんでしまいます。 高性能の大きな炊飯器を買ったつもりで 憧れのお鍋買っちゃおうかな、 なんて逡巡するするのであります。
数万円もする炊飯器で炊いたご飯は おいしいんだろうかととっても気になります。
なんで炊飯器でこんなに面倒なことになるんだろうと思うと、 本当に、昔の炊飯器が恋しくなります。 アツアツのご飯があるだけで 嬉しかった頃が懐かしいだけなのかも知れないけれど。
2003年01月19日(日) |
「私の保存食ノート」 |
お勉強さえちゃんとしていれば お手伝いなんてしなくてもいいのよ。 そんなことを 母が言うのでした。
勉強、ちゃんとするわけじゃないけれど そんな風に言われたら 引っ込みがつかなくなってしまいました。
夕飯の後片付けをしている母の背中が 孤独なものに見えて 複雑な思いはあふれるのだけれど 寝不足と欲求不満とが 不穏に発酵している反抗期で 自分を持て余してもいて。
15歳で進学を理由に家を出て下宿暮らしで。 17歳のときからアパートで一人暮らしを始めました。 日用品はひととおり両親が揃えてくれて 慌しく帰っていった夜、 これから一生、自分でご飯の支度をしなくてはならないのかと 暗澹たる気持ちでいっぱいでした。 流しに立ったら、まな板がありませんでした。
洗濯機も掃除機もテレビもない、 共同のお風呂とお手洗いのアパートで 孤独と自由とそれなりの貧乏を味わいながら 何とか食事に事欠くことなく過ごしました。
そんな風にはじまった台所で 私が恋しかったのは 母の愛読書だった 「私の保存食ノート」という本に載っていた 美しい文章と保存食の味なのでした。
結婚したばかりの頃、 再販になっていたこの本を本屋で見つけたとき とても嬉しくてたまりませんでした。
この本は 「私の保存食ノート」佐藤雅子著 文化出版局
台所を預かる主婦の心得と工夫の喜びが 豊かに綴られています。 同じ著者の「私の洋風料理ノート」 それからエッセイ集「季節のうた」があります。
素晴らしい教科書に恵まれながら 私の料理の腕はサッパリで、失敗ばかりです。 それでも「私にはこの本がある!」と心強いのです。
私は我が子には男女の関わりなく 台所に立って成長して欲しいと思います。 美食ではなく、質の高い食生活を身につけながら 大人になって欲しいと思います。
子供が飴をねだって無視され続けて とうとう「梅干ちょうだい」と言うようになり ほくそえんでいます。
今日から去年の夏に漬けた梅干を使いはじめました。 まだフレッシュな固さが残っています。
年が明けてから、本棚の移動を始めて 三月の大勢の来客に備えようというわけなのだけれど、 二階の片付けが終わらないうちに 押入れだの台所まで気になってきて 家中がタイヘンな混乱状態です。
それでも犬の散歩と称して ソリに子供を乗せて、アイスバーンを犬に引きずられて その辺を転がってあるいたりしています。 このニ三日は、人並みに風邪気味だったりして 頭がガンガン痛みます。
こんな日は、生姜湯なんかをすすって痛み止めを飲んで 静かにしていたいけれど、 元気な三歳児は「時代劇しょう」って 長いブロックを無理矢理握らせてくれて チャンチャンバラバラ..... うるさいんだよ、頭に響くんだよ〜、苦しいよ〜。 泣いて勘弁してもらえるのなら 泣くんだけどね。
生姜湯、魔法瓶のお湯がぬるめだったのか あまり美味しくありませんでした。 やはりお湯は必要なときに必要なだけ沸かすのが 正しいのかもしれません。
私の知っている、家事の上手な 素敵な女性たちは魔法瓶を持っていません。 何か、私の知らない常識や知恵があるのかもしれません。
使うつどお湯を沸かす。 これだけのことが どうして私にはできないんだろうな。
魔法瓶ってすごいネーミングだな。
昔、父が社用でインドのマハラジャを接待したことがあって、 そのとき、お土産に持って帰りたいといわれたのが 魔法瓶だったそうです。 インドでは、好きなときにお湯を使うためには 火を焚き続けられる経済力が必要なんだとかで、 その点で、魔法瓶は素晴らしいということでした。
それ以来、魔法瓶には一目置いています。 って、どうでもいいんだけれど。
そうだ、今週から毎日、土瓶使い始めました。 毎晩、甜茶(てんちゃ)っていう薬草茶を作るんです。 花粉症に効くらしいです。
はじめはお鍋で煮ていたんだけど 気分でないしね。 土瓶、かわいいし。
甜茶は甘いウーロン茶みたいな感じで 飲みやすいです。 甘いのにノンカロリーで、 暖かくても冷たくても美味しいです。 薬局やスーパーで手に入ります。
私は濃いと一口ごとにメラメラと 口が渇くので、薄めに作っています。
去年、一月からスギ花粉が終わるまで朝昼晩と三回、 真面目に飲みました。 私は効いた気がしなかったけれど、 亭主は、花粉症が軽く済んだ気がすると主張します。
夕飯の後片付けをしながら 土瓶を火にかけていると なんだか嬉しくなってしまいます。
冬は乾燥しがちな家に住んでいるので 朝、ほんのり甘い冷たい飲み物があると 助かります。
子供の頃は土瓶なんて古臭いもの誰が使うんだろうと 思っていましたが、それは私でした。
紅茶も美味しく淹れられます。
17歳でアパートで一人暮らしを始めたとき 両親が日用品をひととおり揃えてくれました。
学生ですねかじりの身では贅沢はいえなかったのだけれど ペコペコ音の出そうなやかんだけは我慢できずに ホーローのやかんを買ってくれるようねだって 叱られました。
いつか気に入ったものを買おう!と決めたけれど なかなかその機会がないままに 鉄瓶と笛吹きケトルにたどり着いてしまったわけです。
鉄瓶が使いこなせないのはまあ仕方がないとして この千円のケトル、 使えば使うほど醜くなっていくのです。 焼けが出たり、汚れが落ちにくかったりで スチールたわしでゴシゴシ、なんていじめるから余計に 醜いんです。 そして、一番悪いのは、音。 牧歌的なはずのハーモニカって こんな大音声だったの? そうよ、早くお湯が沸くように強火でガンガン炊くから すんごい音になちゃうのよ。シクシク。 いっそ捨ててしまえばいいのに 使えるものを捨てるなんてできないのよ。 貧乏性で、とほほ。
最近、十五年の酷使にとうとう笛吹きケトルの笛が壊れました。 (ものが壊れてホッとするなんてことがあるなんて、情けない。)
さあ、鉄瓶の出番じゃ! と、また、鉄瓶を引っ張り出して お湯を沸かしたり、から焼きしたり。 お茶を沸かすと膜がつきやすいとも聞いて試したり。
使うつどにお湯を沸かす、というなんだか 脅迫じみたスロウライフのために 魔法瓶までお蔵入りして ニコニコ取り組んだのです。
が、やはり、だめでした。
錆はとめどなくわいてくる。 低血圧でふらふらな朝の戦争時刻に 亭主のお弁当用のお湯も沸かすとなると 容量も足りないのです。 ガスレンジの数からしていつまでも鉄瓶に 居座ってもらうわけにはいかないのです。
私はまた衝動買いしてしまいました。 ステンレスの3ℓやかん。 形が、ラグビー部のマネージャーだった頃 つかんで走り回ったアレとそっくりなんです。
鉄瓶はまた憧れの生活の象徴となりました。
今のやかんは沸騰しても笛を吹かないけれど 子供が「わいてるよ」と教えてくれるのでOK。
そのうちまた 丁寧な暮らし云々の気分がわいてきたら おいしいお湯を飲もう。
鉄瓶で沸かしたお湯は 本当においしんだよ。
贅沢はできなくても、せめて、 心を込めた、丁寧な暮らしを営んでいきたい、と 時々、妙な願望が湧いてきて困ります。
結婚まもなくのゴールデンウィークに 夫の実家で、親類縁者が大勢集まって 私たちの結婚のお祝いをしてくれました。
お祝いに頂戴したお金で何か 記念になるものを買おうということになり 私の提案で砂鉄の鉄瓶を買うことにしました。
砂鉄を鋳造できる職人は大分少なくなって 後継者もなかなか居ないと聞いていて、 今のうちに手に入れておきたいなと考えたのでした。 本当は砂鉄の茶釜が欲しかったのですが とても手が出るような値段ではありませんでした。
子供の頃、製鉄で栄えた町で育ち、 鉄製品が身近だったのです。 ストーブの上でチンチン音をたてて 湯気を上げる鉄瓶や釜を いつも懐かしいと思っていました。 家庭には鉄瓶くらい欲しかったのです。 亭主は鉄瓶をわざわざ欲しがる嫁をどう思ったか 知りませんが、 普通の鉄瓶と燻し銀に光る砂鉄の鉄瓶を並べると 迷わず砂鉄を選んでくれました。
さて、その鉄瓶なんですが、 使った後必ず弱火で水分を飛ばしておかないと あっという間にさびが出てしまいます。 十分焼いたと思っても なかなかうまくいきません。 湯垢が付いてしまえば錆に悩むことは なくなるらしいのですが、 どうしてもうまくいかないのです。
かなり頑張ったのですが、とうとう音を上げて 仕方なしに、近所のスーパーで買った 「ハーモニカの音で知らせます」という牧歌的コピーに 釣られて千円の笛吹きケトルを使うことになりました。
鉄瓶は玄関の飾り物になってしまいました。
2003年01月14日(火) |
三歳児のお手伝い、頼りにしてます |
アトリエの片付けもなんか佳境に入ってきたか 箱類を整理していたら、あちこちから 出てくる出てくる 請求書だの領収書、DMやら手紙やら。
子供が生まれるまでは チャッチャッと分類してファイリングしたり統計ゴッコなんか してたけど、いやはや、三年分。
要らないものは分別して回収に出したり、 透明ゴミ袋で気になる紙類は シュレッダーにかけたり、 大事なのはちゃんとしまっておかないとね。
今日は、チビ助にシュレッダー係を頼んだら これがえらく熱心で しっかり働いてくれるので 助かりました。
ぎっちょの手を使って、 疲れるとシュレッダーをくるっと回して。
手回し面倒で、電動のシュレッダーに憧れていたけど そんなの要らないことが判明!
今夜、チビ助はシュレッダー抱いて布団に入りました。 働く君は素敵でした。 オシメが臭いのが、気になるんですが。
2003年01月13日(月) |
お鍋が好きって、それは |
最近気付いたんだけれども 私、お鍋が好きなんです。
何にしろ、お道具は好きなんですが、 特に、お鍋。
なのに、あまり料理好きではありません。 料理の本も好きです。 たくさん持っています。 でも、ちっとも腕は上がりません。 年々、体力も気力も向上心も失われて ドンドン質素な食卓になっているような気がします。
でも、お鍋が好きなんです。
カタログやお料理の本やエッセイ、 お鍋のところだけ 執拗に読み返してしまいます。
貧乏なので 省エネ調理法だの、節約クッキングなどの 本を研究いたしますが、 グラビアの鍋、やたら高価なんです。 先生方、鍋買うために省エネ・節約するんですか?
結婚したばかりの頃 思い切って買った、入れ子式のヤットコ鍋。 とても気に入っています。 他人が台所に入るととても困るらしい。 蓋も取っ手もないお鍋。
保温調理のお鍋もいくつか持っています。 お陰で、煮物が少しおいしくできるようになった気がします。 ご飯もお鍋で炊いたりします。 コトコト煮物には土鍋も雰囲気が良くて好きです。 お鍋が働いている間 余裕を持って 子供と遊んで過ごします。
台所が片付かないのは 鍋がやたらと詰め込んであるからだと 気付いた今日このごろであります。 やれやれ。
2003年01月12日(日) |
子供と収納の関係 − タメイキがでるぜ |
昨日、亭主が休みだったので、 車を出してもらいDIY店に行って、 テレビをのせてもへこたれないラックを購入し組み立てました。
子供がハイハイするまでは ガラス戸の付いたオーディオボードふたつに オーディオ類やゲーム機を入れ、 更に、ドールハウスをしつらえたり とっておきのコーヒーカップなんかを飾って楽しんでいました。
でも、子供がガラスやモノを攻撃するので 中身を全部箱詰めしてしまいこみ、 扉もキャスターも外して、おもちゃや絵本を投げ込んでいました。 テレビの台も同じ状態。
やたらと黒い箱が居座り、なにやら片付かない雰囲気と 子供の手から守りたい電話やビデオデッキ、窓にかぶるテレビ。 テレビの位置は午前中は陽が当たってしらけた画面。 夕方は西日がまぶしいのが悩みでした。
片付けるために何かを購入するのはなんだか ますます息苦しい暮らしのような気がするのですが、 思い切って投資、ったって数千円なんだが。
ラックは高さがあるので、圧迫感があるかと不安でしたが 必要なものは余裕で収まりスッキリ。 黒いオーディオボードを二階に移動して 部屋が明るくなりました。 テレビ台は、子供用の本を収納し、 上にはお気に入りのおもちゃを置きました。
我が家のチビ助は、有難いことに 元気で好奇心旺盛。 扉という扉に鍵を取り付け、スイッチ類はガード。 北国の命、ストーブはラックで囲い込みガード。 簡単なストーブガードは揺すって壊してしまいました。 いまだにテレビ前面のスイッチは お箸箱をガムテープで貼り付けてあるし、 ガスレンジのグリルもガムテープで目張りしてあります。 流しの扉も包丁を持ち出して恐ろしいので鍵をつけ、 鍵を壊されてからは紐で縛りくくってしのいできました。 食器で遊びたがるので 食器棚の扉にも全部鍵を取り付けています。 引き出しという引き出しは空っぽにしてあります。 チビ助の成長につれて、鍵は少しずつ必要なくなっていますが こんな心配の要らないお子様もあるらしいと聞くと せつなくなります。
親のせつなさは無視して、今日もチビ助は 椅子を押して歩き、椅子の背に、背ですよ、背、 紛れもない、椅子の背につま先立ちして背伸びして 高いところの魅惑的なモノに手を伸ばしています。
いいたくないけれど、 毎日、二百回くらい「危ない、やめてやめて」と わめいている気がします。 子供が元気なのは幸せなことだけれど、 こんな暮らし、いつまで続くんだろう。 いつか楽しい思い出になるんだろうか!
2003年01月11日(土) |
アトリエって呼んでるんだけど |
一応、アトリエって呼んでいるけれど 家を建てたとき、建設会社が描いてきた設計図には 「主寝室」としっかり記入されていたっけ。
私としては通気さえ確保できれば 窓のない部屋が欲しかったんだけれどね。 窓ひとつあると、本棚を置けない場所がふえる。 本棚に陽が当たるのは困るからね。 それに、どうしてか狭くて暗い部屋のほうが 落ち着いて文章が書けるんです。私は。
亭主は「不健康だから明るい部屋で書きなさい」と しつこく忠告してくれるし、 この十年くらい、創作が手仕事のほうに傾いているので 明るいアトリエも悪くないかなって考えたわけ。 そしたら「主寝室」だと。
時々、ガサゴソと売れもしないモノを作り続けるより 寝るほうが創造性が高いのではないかと思うときもあります。 ほれ、寝室でこしらえた子供の可能性など前にしますと 私の些細な創作意欲など無意味ではないかと 思わされます。 これは冗談ですけれど。
思うに、私は小さな子供の頃から 部屋の広さに関わらず、アトリエをこしらえては 座り込んで空中楼閣を描いてきた気がします。
昔からの友人が訪ねてくると みんな呆れたようにいうのです。
「あなたの部屋はいつも同じ」
ふむふむ、別に本棚やら作業机を動かさなくても 私のアトリエは「同じ」なのか。そうだったんだ!
ま、乗りかかった船なので しばらく片付けを続けようと思った矢先、 こつんと足の小指をぶつけてしまいました。 良く見ると、爪が半分ほど割れてめくれ上がってるじゃない!
痛いじゃんか、これ〜。 勘弁してよ〜。
テレビで建物探訪を見ていると、徹底的にモノを選び抜いて シンプルに極めている家が良く出てくるよね。
あれって、撮影のためにプロのお片付け屋さんが手を加えているんじゃ ないかと思っていたんだよね。 そしたら、近所に、そんな住まい方をしている一家がいました。 今日、お宅に訪問して感動しました。
太陽熱と夜間電力を併用して、暖房と給湯をまかなっている 最先端の省エネ住宅で、内装は塗装していない木をふんだんに使用。 リビングの上は吹き抜けの大空間。 オープンな間取りで。
私なんか、アレルギーで一日中くしゃみするもんだから 家中にティッシュボックスとゴミ箱を置いて 蹴飛ばしたり踏んづけたりして暮らしてるからね。 押入れもたくさんあるのに、いっぱいだし。
シンプルな暮らしはどこかで厳しく 行動しないと成立しないって知ってるよ。
家を建てたとき、お祝いにと双方の実家から客用の布団を 贈られてとてもがっかりしたんだよね。 贈るからと言われて 必要ありませんとやんわり断ったら 「私が泊まるときの布団ぐらい置かせろ!」といわれて、 押し切られちゃった。 子供が生まれるときも ベットや布団やベビーカーなど、必要なかったよ。 必要だとしても、暮らし方にあったものを選びたかったんだけれど、 「初孫のために何かしたい」という ジジババ気分を拒否できなかったよ。
適当な時期に処分することにはなるだろうけれど、 まだ、その時期ではないような気がするのね。 なんだか地雷みたいな感じで、うっかりすると とんでもないトラブルを招きそう! くわばらくわばら。
ってな調子だから、二階が倉庫みたいになって 本棚をアッチコッチ動かしたりする羽目になるんだよ。 本棚だって安物を間に合わせに用意するから 本の重みに耐えかねて棚板が落ちることもシバシバだし。
シンプルな住まいは憧れるけれど 私には到底無理。 脳味噌入れ替えるくらいのことしないとたどり着けない世界だな。
2003年01月09日(木) |
新しい収納スペース確保! |
どういう手を使ったか覚えがないほどジタバタして 本棚とスチール棚の移動が完了! 将来、向かい合わせに設置したスチール棚に板を渡して 更なる収納スペースを作れるように、棚板の位置を合わせて、っと。
本の分類はほどほどのところで手を打って、 何故か大事にとってあった箱類を整理する、びりびりぽいぽい。
物干しスペースに置いてあったベビーベットとシングルベットの 箱を新しい収納スペースに移動する。 子供のために、使わなくなったものと、将来使うものと。 今はがさばる大荷物!
とりあえず置いておこうというものは即処分! なんていう整理整頓の技術が雑誌で紹介されていたけれど、 そんな肝っ玉、ないんだよな。 生き方変えるほど、徹底的に整理しようとは 考えていないわけだな。いまのところ。
古新聞や雑誌などをしまっておく場所も確保できてホッとする。 今まで散々困って、階段に置いていたんだから。 ほんとに情けない主婦です。
子供はトイレットペーパーが入っていたダンボール箱に 潜りこんでふたを閉めて、小さな世界を味わっていたみたい。 生協の細かいマークシートの記入ミスで トイレットペーパーがダンボールでドカンと届いたときは ヘナヘナ崩れそうな気がしたけれど、箱、楽しめて良かった〜。
今度は工具類と、アトリエの道具関係の収納を考えなくちゃ。
アトリエの作業机と本棚はどうしよう! こ、これも動かしてスッキリしたくなってきちゃった、どうしよう!
今日は気合を込めて、本棚のひとつを仮移動し、 スチール棚をひとつ運びました。
その間、なにやらガサゴソしているチビ助。 どうやら乳児の頃遊んでいた 歯固めやらニギニギの入っている袋を見つけたらしい。
嬉しそうなのは 単なる珍しさなのか 懐かしさなのかは不明です。
気が付くと二階は 信じられないような混乱ぶりです。
片付けてんだか散らかしてんだか わからなくなってきました。
2003年01月07日(火) |
ゲームの倉庫番、得意だったけど |
本棚の移動が半ばで中断している。 作り上げたスペースに運び込む予定のスチール棚ふたつ。 これが、また、イロイロ物が押し込んであって 簡単には動かない。 それは、まだいいとして、問題は本棚。 本棚を仮に動かすと中身は床一面に置かれ スチール棚は運べない。 本棚を予定の場所に設置すると 通路が狭くなってスチール棚は運び込めない。
ううううう。
などと巻尺片手にボーっとしていると チビ助が、スツールを踏み台にして 吹き抜けから玄関を覗き込んで発声練習している。
おい、落ちたらタダでは済まないんだぞ〜!!
え、なに?このカーテン、びりびりじゃん。
くすんくすん。 退屈のあまり、子供が外を眺めようと レースのカーテンと格闘したらしい。
懐かしのゲーム、倉庫番。 得意だったのよ。 三歳児の乱入はなかったからね。
2003年01月06日(月) |
本棚の移動はタイヘンだ 2 |
片付け物をはじめるとついつい 懐かしいものなんかが出てきてひと休みが長く なっちゃったりしますよねぇ。
本棚の移動もなかなかはかどりません。 たいていの棚は二重に本が詰まっていて、 興味に任せて増える文庫や新書は未整理のまま ドンドン積み上げてあるし。
本棚を動かすついでに整理もしよう!なんて ことを考えるから進まなくなっちゃうんだ。
引越しのたびに本を整理したり処分したりしてきたけれど 家を建ててからは本格的な整理をしていなかったんだな と気付きためいき。 何度も読む本もあれば、そうでもない本もある。 一度しか読んでいないけれど 大きく影響を受けたり強い印象を保ち続ける本もある。
本棚の移動がタイヘンなのは、 本に込められた思いが重いからなのかな。
んん、しゃれにならない。
2003年01月05日(日) |
本棚の移動はタイヘンだ 1 |
今日は二階の本棚スペースの整理に着手しました。 本棚をいくつか移動して書庫にしていたスペースを納戸にするつもり。
二階にはキルト作りのためのアトリエ、寝室、物干し、 それから本棚のためのスペースがあります。
数年前に家を建てたときは 子供が授かるとは思っていなかったので、これで良かったんだけどね。 子供ができてみると 危ないものや大切なものはしまわなくちゃ!とか 旬は短いのに必要な育児用品のあれこれがドンドン増えて とにかく運ぶ運ぶで二階は倉庫状態なんだな、これが。
三十代後半の出産・育児はとにかく毎日がヘロヘロに疲れて 三度の食事と犬の散歩と昼寝で暮れていく〜。 何とかしなきゃと思いつつ三年過ぎちゃったの、とほほ。
ためいき。
三月に、姪が結婚するそうで、今日は結納。 あらおめでとう! こりゃ物入りだな〜なんてボンヤリしていたら、 なんと、結婚式の会場が我が家に近いそうで 結婚式帰りの身内が15人、我が家に泊まって宴会をするんだってよ。
私のアトリエは確かに広いよ、でも、 そんな都合のいい部屋じゃないんだってば!
と、いうわけで、今日もガサゴソ過ごしました。 子供もなんとなく手伝ってくれたりするし、 いつかはやらなきゃなかったんだし。
ぼちぼち、やろっと。
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