うつ病で摂食障害などを抱える看護師。色々あるけど、生きて行くのだ!

2009年06月24日(水) 母の気持ち

息子が警備員さんに怒鳴られた日から、二週間が経ってしまった。

私もその翌日から入院していたし、退院後も息子同様その店には近寄りたくなかった。

抗議する気持ちにもなれなかった。
昔の私なら、このまま泣き寝入りしていたんだと思う、

でも、BBSⅡに書いてくれた菜花さんの言葉に押された。

「客商売で、よく分かりもしない内に怒鳴るなんて・・・。責任者に抗議してもいいかも。そこのお店の印象も悪くするんだから。」


菜花さんのコメントで、責任者に「こういうことがありました」って伝えるだけでもいいかもしれないと思えたのだ。
抗議するというよりも、私の気持ちをわかって欲しいという気持ちだった。


そして、一昨日のお昼頃、二週間ぶりにその店に行った。
店長を呼び、一部始終を話した。店長はじっくりと話を聞いてくれた。


そして、

「それは申し訳ありませんでした。ここでパンクの修理をしてはいけないなんて言うつもりはありませんし、もしも、警備員が自分の責任で手に負えない場合は、店長や副店長に言ってもらえれば対処もできたはず。云々」

店長には、息子は小学校から不登校で中学はほとんど行けず、高校6年目でやっと学校に行き始めたことを話した。
すると店長は、
「お気持ちはよくわかります。うちの娘も不登校でしたから」
と言った。

そして、警備の責任者と、当時担当していた警備員もいたので呼んで来た。

まず、警備の責任者が、

「完全にこちら側の落ち度です。息子さんの心を傷つけたことを謝ります」

と、言ってくれた。

息子を怒鳴ったという警備員は、

「すみませんでした」

と言った後で、

「でも、あの場所は車がバックするから危ない場所なんですよね」

と言った。

そこで間髪入れずに店長、

「それなら危なくない場所に誘導すればいいだろう?わからない時は、僕か副店長を呼べばいい」

警備員は「すみません」と、頭を下げた。


「僕はね、君をクビにすることだってできるんだよ。でも、こちらのお子さんが、警備員さんにも奥さんや子供がいるだろうから、仕事がクビになったらかわいそう、って言ってるんだよ。そういう優しいお子さんなんだよ。こういうことってトラウマになるんだからね。今も怖くて西口通れないって言ってるんだよ。
我々が取った態度で、とんでもないことになることだってあるんだからね。

20歳で大人に見えたかもしれないけど、心は人それぞれだし、お客さんみんなに対して配慮をして欲しい」


店長は警備員に言った。


以前、息子はバイトをしようとした時に、ちょっとした行き違いで、店長に怒鳴られたことがある。

頑張ろう、頑張ろうとすると、ガツンとやるのは大人だ。

「私は息子に強くなって欲しいと思っているし、自分でも頑張っているんです。でも、そういう時、何か大人に言われ、凹んで立ち直れなくなります。そんな時に手を差し伸べてあげないと生きていけない人間もいることをわかって欲しいと思います」

そんな風に言いながら、私はもう涙でボロボロだった。


息子にはその通りのことを話した。

息子がその道を通れるようになるかどうかはまだわからない。

私は今日久しぶりにその店で買い物をして来た。



2009年06月16日(火) 手術、その後

先週の木曜日に手術をし、土曜日に退院しました。

さすがに退院した日は、自分の体が思うように動かなくて、娘に髪や体を洗ってもらいました。

「お母さんがおばあちゃんになったら、こうして介護するのかな?」

なんて言われて、うれしかったです。

バイトなどで遅くならない日は、娘が食事を作ってくれています。


今大変なのは、寝返りを打つこと。
無意識に痛い方を下にしてしまったり、変な動作をすると激痛が走るので大変。

夜は睡眠薬を飲んで寝るのでいいんだけど、日中は痛みが強くてキツイです。
鎮痛剤を飲んでも全然効かないので、昼間なのに睡眠薬を飲んで寝たり、抗不安剤を飲んで寝たりしています。

昨日リハビリに行ったら、理学療法士さんに、
「こんなに早く退院して大丈夫だったんですか?」
って、言われちゃいました。

確かにまだ普通の日常生活は送れていないです。
主治医にも普通の生活に戻るには3週間かかると言われているので覚悟はしています。

リハビリは・・・痛いです!手術して二週間が肝心と言われているそうです。
頑張らなきゃね。


でも、あまりの痛さに友達にメールで愚痴ったりしています^^;


そうそう・・・息子のその後・・・

あの事があって以来、「学校に行かない」って言うかなぁと思ったら、

「行きたくない」と言いつつも、行っています。

さすがに、警備員のいるスーパーの近くは通りたくないと言い、避けています。

実は私も同じで、そのスーパーはいつも利用していたのに、あれ以来行っていないのです。






2009年06月09日(火) 息子の試練と優しいおばあちゃん

今期、息子はまあまあ学校に行けているほうだ。

それでも、毎日「行きたくない」を連呼し、付き合う私は大変だ。

今日も「行きたくない」と言っていたが、午前11時頃に自転車で出かけた。
その後私が仕事に行く準備をしていたら、電話の着信があり、メールには、

「遭難した!SOS!」

と書いてあった。

すぐに電話をしてみると、タイヤがパンクし、修理したのにまたパンクして
動けなくなっていると言う。

学校は間に合いそうにも無い。迎えに行くにしても、現在地がよくわからないし、私は超方音痴。

主人に電話をして息子の現在地を確認してもらうことにした。

場所さえわかれば私が迎えに行くことは簡単かもしれない。
息子は私に甘えて、迎えに来て欲しいと思ったようだが、父親にはそうではない。
主人も私も息子には自立して欲しいと思っているので、自分の力で何とかするように、主人が助言をした。今いる場所から南に5百メートルぐらい行くと駅があるからそこから電車に乗り、乗り継いでいつも行く自転車屋に行けと指示をした。

それで何とかなるだろうと思い、ホッとして仕事に出かけたのだった。


しかし、夜8時頃家に帰っても、息子はまだ帰って来ていなかった。
メールも電話も出ない。

帰って来たのは9時過ぎだった。

まず、自転車をばらして(むき出しのまま)電車に乗ったと言うことで、改札口の駅員さんに注意され凹み???。その駅から自転車屋まで電車を担いで行き、修理に必要なモノを買った。そこで、駅員に注意されたことを言ったら、ビニール袋をくれたらしい。

家に帰るのにはまた同じ改札を通らなければならず、ビニール袋で包んだ自転車を見せて、
「これでいいですか?」
と聞いたら、通っていいですよと言われたらしい。

そして、うちの最寄駅で降りたが、駅から荷物を持たなくても徒歩15分を、
自転車を持って歩くのはキツイと考えた息子。修理に必要なガムテープを、スーパーの隣りの百均で買った。そこの駐車場の隅の人に迷惑がかからなそうな場所で修理をしていたら、警備員さんにこっぴどく叱られたと言う。


「こんなところで何してるんだっ!」

もう充分凹んでいるのに、理由も何も聞いてくれず、頭ごなしに叱るだけだったと言う。
やっとの思いで「修理しているんです」って言ったら、
「よそでやってくれ!」と。

よそで???と言われても、もう歩く気力が無かった息子は道路で修理をし始めた。

すると、向かいの自転車置き場のおばあちゃんが出て来て、

「どうしたの?」

と声をかけてくれたと言う。

事情を話すと、おばあちゃんは自転車置き場の中で作業をさせてくれた。


人が苦手で、電車が嫌だから自転車で通っているのに、パンクし、駅員さんに注意され、警備員に怒鳴られ???おばあちゃんにその話をしてボロボロ泣いたと言う。

持っていた抗不安剤を水無しで飲んだら、おばあちゃんはペットボトルの水をくれたと言う。


息子の気持ちが痛いほどわかり、わかり過ぎるほどわかって、私まで辛かった。

「今日は泣きなさい」

って、ティッシュを渡したけど、私まで一緒に泣いているわけにはいかない。

「最後に、いい人に出会ってよかったね」


自転車の整備をしたので、手も顔も真っ黒になっていた。
寝たいけど、布団のところまで行く気力が無い、と息子。
ぐったりした様子でリビングで寝ていた。




今まで息子が経験して凹んできたことで、私は誰かに文句を言いに行ったことは無い。私はモンスターペアレンツではない。でも、今日だけは、警備員に文句を言いたい気持ちだった。

注意するのはいい!
でも、なぜ最初に事情を聞かないのか?
常習犯ならまだしも???今回のことはアクシデントなんだから。

「たったそんなことで凹むの?」

と思う人がいるかもしれない。

でも、息子は小学校からの不登校で、中学はほとんど行けず、高校は6年目にしてやっと少しずつ行き始めたのだ。しかも一日1教科。
亀さんのような歩みをし始めたばかりなのだ。

息子にはもっと強くなって欲しいと思っている。

それでも、もっと大人がしっかりしていれば、こういうことにはならないんじゃないか?と疑問に思うことが多い。

怒鳴る前に話し合い。

戦争だって起こるまい。



追記
警備員さんに、
「ここで修理をしていいですか?」
と、聞けるよう子なら不登校にはなっていないだろう。



2009年06月08日(月) ショッキングなこと

同じ職場で働いているスタッフが辞めると言う。

私が就職して約3年半、彼女とはずっと一緒に働いて来た。(看護師ではないが)
職場の中では年齢が近いこともあり、話しやすく、一緒に食事に行ったこともある。何かあると電話やメールもして来た。

その彼女が辞めるというのはショックだった。

でも、引き止めることができない重大な理由があった。

彼女は5年前に乳がんの手術をし、その後経過を見て来たが、最近になって他の部位に転移していることがわかったのだそうだ。
それが、手術できない難しい場所にあり、放射線療法と化学療法で治療しましょうと言われたらしい。

彼女が乳がんの手術をしていたことは知らなかったし、突然のことなので、ものすごくショックを受けた。

一緒に働くことは無理でも、彼女には元気でいて欲しい。

放射線も化学療法も副作用で辛い日々になるだろう。
それでも、元気になった彼女と会える日を待ちたい。


彼女がこれから受ける試練に比べたら、私のオペなんてちっぽけなものです。


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