きりんの脱臼
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ここは、なかはられいこ(川柳作家)と村上きわみ(歌人)の コラボレーションサイトです。(ゲスト有り)
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2002年11月18日(月) 村上きわみ

波の音しているけれどぼくじゃない  なかはられいこ

誕生日だからって、みんながみんな、ケーキに刺さったろうそくを笑いながら
吹き消しているとは限らないじゃないか。そう怒るなよ。

残業でへとへとになって帰宅したイシザキ君は、コンビニであたためてもらっ
たからあげ弁当の、ぴったりはりついたラップを苦労してはがしながら「ああ、
今日は俺の誕生日だったな」と、なんの感慨もなく思っているかもしれない。
源氏名リリカ(本名高山敏子)は、クレンジング・オイルをコットンに含ませ
て念入りにマスカラを落としながら、冷蔵庫をのぞきこみ、木綿豆腐の賞味期
限をたしかめているかもしれない。

つまり、だ。

ぼくらは、たとえばエルビス・プレスリーがマイクスタンドを斜めに傾けなが
ら、やけに気持ち良さそうに歌っていた頃のようには、無邪気に泣いたり笑っ
たりできなくなっているらしいんだ。
そのこと、君、気がついてた?

それはともかく、今日は君の誕生日だ。
すまないけど、ぼくからあげられるものは何もないよ。いや、比喩でもなんで
もなくて、ほんとにないんだ。だって君はもう、とっくにこの世界に見切りを
つけて先にいってしまったし、ぼくはぼくで、「ありえたかもしれない人生」
という呪いに年中悩まされている。
エルビスのように踊れたかもしれないぼく。
山奥の小さな村役場に勤めて、戸籍係の女の子と恋をしたかもしれないぼく。
放浪の果てにマチュピチュの頂にたどりついたぼく。
なんてぐあいにさ。

だけどね。

それでも君が生まれてきてくれたこと、一瞬でもこの世界におりたって、この
ぼくを、困らせたり笑わせたりしてくれたことに感謝してる。ほんとだよ。あ
れはなんというか、あるはずのない五番目の季節のようだった。
そうだな。この次はぼくら双子になるってのどうかな。そうすれば、毎年一緒
に誕生日を祝える。ろうそくに火をつけてケーキを燃やそう。それはそれは完
璧な誕生日になるよ。ぼうぼうと燃えあがるケーキを前にして、君は王妃のよ
うに顎をあげ、威厳にみちた声で言うんだ。
「おめでとう、あたしたち!」

蜂蜜のきんいろ(朝のおわかれの儀式のための)きんいろの蜜  村上きわみ


2002年11月09日(土) なかはられいこ

ほころびもほろびも遠いものとして葡萄の種子を吐き出している  村上きわみ

「ほころび」と声にだしてみる。
「ほろび?」と聞きかえす。

「ほ・こ・ろ・び」
「ほ・お・ろ・び?」

セーターに空いたちいさな穴のはじっこから、
五ミリほどの毛糸の先っちょがひょろんと出ている。

「これは芽かもしれない」
「目?」

芽かもしれない。
セーターの大地からにょろんと生えたほろびの芽。
ひっぱればひょろひょろと伸びて、
あてどなく伸びて、
ついにはセーターをほろぼすことになる芽。

目かもしれない。
セーターのほころびから肌が見えている。
凶暴なエネルギーを内側に秘めたまま、
いっときのしずけさを獲得している白い肌。
台風の目のようなしんとした肌。




し、



た、






ね。

ほころびてゆく精神と
ほろびてゆく肉体に
葡萄の種を埋めよう。
いちばんふっくらした
いちばん光る種を埋めよう。

波の音しているけれどぼくじゃない  なかはられいこ


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