パンドラの箱
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2005年12月15日(木) スペアキー


スーツケースのカギを無くしたことがある。

中には洗濯物だとか、ちょっとしたお土産だとか、たいしたものは入ってなかっ
たのだが、やはり開けないことには、と買ったお店に連絡してスペアキーを
手に入れた。



「お客様、このタイプのカギで、たまたまメーカーに同じ商品のカギがあったか
らよかったですが、最近は電子ロックなどで安全上の理由からも同じカギは
入手できないと思って頂いて、きちんと保管しておかれた方がいいですよ」



お店の人に言われ、あたしはそれもそうだな、と思った。

万が一カギをなくしても、スペアがあれば大丈夫だ。





そういえば、と思う。

あたしは友人達の間では、「恋多き女」と呼ばれている。

次から次へととっかえひっかえ、男を替えて、男が切れたことがないよね、と。

うまくいっている時ですら、あたしは、恋人との痴話げんかや、行き違いを相談
できるような男友達を作って、恋人ひとすじ、と言いながらも実はニュート
ラルな状態でいることが多い。

たとえ今付き合ってる恋人と別れるようなことになっても、彼がいるから大丈夫。

あたしは決して一人ぼっちにはならない。





今の彼とはもうかなり長く付き合っている。「恋多き女」もついに年貢の納め時か、
なんて言われ、あたしもなんとなく結婚を意識するようになった。

ある日、つまらないことで大喧嘩になった。もう修復不可能だ、と思えるくらい
の喧嘩で、あたしはそのとき一番仲のよかった男友達に相談した。



「どうしよう。もうだめかもしれない」



「まあ、ダメになったら、俺のところに来いよ。待ってるからさ」



あたしは酔った勢いで、その日のうちにその男と関係を結び、だからと言って恋
人と別れるつもりなどさらさらなく、



「慰めてくれてありがとう。もう少しがんばってみるね」



などと言い残し、たまに愚痴をこぼしたり、恋人と喧嘩しては彼のもとに行き、
セックスをし、といったことを繰り返していた。

あたしの中では恋人が一番であって、彼はスペアでしかなかった。

恋人がいなくなったら、きっとこのままずるずるとこの男と付き合っていくこと
になるのだろう。



ところが、そんな彼がある日



「俺、結婚することにしたんだ。だからもうおまえとは会えないよ」



なんで?なんで?どうして?

あたしの頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになる。



「おまえも彼と結婚しろよ。もう、潮時じゃないのか?」



あたしはちょっとした失恋気分を味わったが、やっぱり彼の言うとおり、恋人と
結婚しようと思った。

久しぶりのデートで恋人にそれとなく結婚のことを持ち出した。



「ゴメン、実は俺他に好きな女ができた。おまえには悪いと思うけどおまえは俺
じゃなくてもいくらでも男がいるだろう?」



そんな!

あたしはマスターキーまで無くしてしまったのだ。








2005年12月14日(水) all the time


パタンと携帯を閉じた。

もうこんな思いはうんざりだ。

だいたい携帯を持つのは嫌だったのだ。常につながっている。いつ、どこにいて
も何をしていても、あたしは瞬時に捕まえられてしまう。



「いまどき携帯持ってないなんて珍しくネ?」



そう言ってあたしに携帯を持たせたのはノブだった。

なければ何とかなるのに、いったん持ち始めると手放せなくなるのが携帯だ。

最初は物珍しさから、友達とメアド交換して、別にどうだっていいこと、例えば
「暑くてダリ→ヽ( ̄д ̄;)ノ」とか、そんなくだらないことを送り合っては、
暇つぶししていたが、段々返信するのも億劫になって、ほったらかしていた
ら、友達からのメールの数は減っていった。



ノブはマメな男で、ヒマさえあればメールを送ってくる。



「マジ眠いって。超ダルダル」



みたいなどーでもいいことを送ってきたかと思うと



「早く会いたいな。次いつあおっか?」



なんて歯の浮くようなメールまで時間があれば送ってくるのだ。



最初はいちいち返信するのがめんどくさいような気がしていたが、そのうちそれ
は習慣的なものになり、ノブからメールが来ればすぐに返信し、しまいには
ノブからのメールを待つことなく、自分からメールを送るようになっていった。

1日のほとんどをメールを送りあうことで費やし、あたしはノブと常につながっ
ていると言う不思議な安心感を持ち始めていた。



つながっている。



それは目に見えない束縛だった。

会えないときは朝から晩まで起きている間中、時間さえあれば、お互いの居所を
確認しあい、お互いの行動を監視する。

緩やかなしかし完璧な束縛にいつしかあたしは息切れし始めていた。

ノブもそうだったのかも知れない。

いつしか、あれほどうんざりするほど来ていたメールの数は減っていき、メール
がきても即レス、と言うことはお互いになくなっていった。



目に見えない束縛が緩やかに解かれていくと今度はどうしようもないほどの孤独
が襲ってきた。

彼の全てを把握していたつもりになっていたのに、実際何も分かってなかったの
に気がついた。



声が聞きたい。

その手に触れたい。

文字ではなく、本物のあなたに会いたい。

いてもたってもいられなくなったあたしは、ノブの番号をプッシュする。



「ノブ、ノブ会いたい。今すぐ」








2005年12月13日(火) 満月の夜。



「キレイな満月ね」



彼女の視線を追うと確かにそこには満月があった。



「ほんとだな。月見にふさわしい満月だ」



「よかった」



俺の返事を聞いて彼女が嬉しそうにほほ笑んだ。



「よかったって何が?」



「キレイなものを見て、キレイだ、と感じることができるのは実はとても大事な,
ことなのよ。心にゆとりがないとそんな風には思えないし、そもそも、
きれいなモノに気付かないでしょう?」



最近仕事が忙しい。こうして彼女とゆっくり会うのは久しぶりだ。

甘えん坊で、寂しがり屋の彼女のことだ、きっと我慢してたに違いない。

今日だって、たまたま仕事が早く終わったから会えたのだが、疲れているせいか、
こうして久しぶりに彼女と会っているのに、不機嫌な顔をしている俺を見て、
きっと不安になったのに違いない。

自分のことで精一杯で彼女を構ってやれなかった自分を恥じた。





「ごめんな」



俺は謝ると彼女の肩を抱いた。

俺の肩にもたれかかりながら彼女は静かに月を見ていた。

彼女の横顔が月の光に照らされている。



「キレイね」



「ああ。キレイだね」














2005年12月12日(月) monopoly

タカオとのセックスは気持ちいい。あたしは彼とセックスするといつだっていける。

タカオとのセックスは何にも考えなくても感じる。

タカオも

「おまえとのセックスは最高だ」

と言ってくれてる。

タカオとのセックスはお互いがどこまでも貪欲で、執拗で、容赦ない。

あたしはタカオのこと以外は考えられなくなるし、他にはもう、何もいらないって思う。



タカオとは何でも話せる。仕事の話も、友達とのいざこざも、昨日見た映画の話も、くだらないテレビのバラエティの話も、タカオとならいくら話していてもあきない。

話したくない時は話さなくても全然苦痛じゃない。

誰かといるときに沈黙が続くのはとても苦痛になることもあるが、タカオとはただ一緒にいるだけでいい。



タカオとは長い付き合いだけど、お互いに彼氏とか彼女とは思っていない。

人からは

「あんた達付き合ってるんでしょ?」

と言われるが、あたしもタカオもお互いを縛ろうとは思わないし、会いたい時に会って、寝たいときに寝る、そう言う関係でいいと思ってる。

タカオのことはとても好きだし、タカオでなければダメだ、と思うこともあるけど、だからといって、タカオが仕事でずっと会えなくても、忙しくて連絡が付かなくても、それはそれで構わない。



その日、あたしは仕事がうまくいかなくてイライラしていた。

タカオに会いたい。タカオの携帯に電話をかけた。

「もしもし?だれ?」

驚いたことに女が出た。

「タカオは?」

「今寝てる」

ちょっぴり意地悪そうに答えると女は電話を切った。



胸が痛んだ。

タカオはもてるし、特定の彼女は作らないから、いつだっていろんな女と付き合っているのは知っている。

「この間の女、参ったよ」

なんて、あたしとのセックスの最中に話し始めることもある。

そんな時あたしはなぜかほんの少しの優越感を感じながら、タカオの体をむさぼるように求め、いきつくのだ。



次の日、タカオから電話があった。

「夕べごめんな。すげえ疲れてて気絶してた」

「ううん。ジャマしちゃったみたいでごめん」

「ん?ああ。彼女のこと?」

あたしはまた胸が痛んだ。

「俺さ、ほんっとに疲れてて玄関のカギあけっぱだったらしいんだわ。勝手に部屋にはいって来てたから、朝目が覚めて超ビビった」

「何にもしなかったの?」

「してねえよ。朝までぐっすり寝てたし、勝手に部屋に入ってくるような女は嫌いだ」

あたしはタカオの言葉を聞いてほっとした。

何でほっとするんだろう。

「そんなことより、なんかあったのか?」

「ううん。大丈夫。・・・でも、会いたいな」



その日の夜、あたしはタカオと2人でたらふく食べ、浴びるほど飲み、いやなこと全てを忘れるくらい楽しかった。



「タカオ、したいよ」



ホテルに行き、部屋に入ると服を脱ぐのももどかしく、ベッドに転がり込んだ。

あたしの頭の中は真っ白になり、あたしは何度も何度も達していた。



「おまえ、今日、おかしいよ」

終わった後、タカオはあたしの髪をなでながら言った。

「そうかな?酔ってるからいつもより激しかったかもしれないけど・・・」

「そう言うんじゃなく」

言いながらタカオの手が首筋に触れ、それだけでまたあたしは欲情し、タカオに覆い被さった。

「あたしはタカオが好き」

「なんだよ。急に」

「タカオとのセックスは最高なの」

「俺もおまえとのセックスは最高だよ」

「タカオ以外何にも要らない」

言いながらタカオにキスしようとした。タカオの手があたしを捉え、あたしは動きを止められた。



「俺は俺だけのもので誰のものでもない。誰のものにもなりはしないよ」



あたしの目から涙がこぼれた。

そう、あたしはタカオのことを愛していた。誰にも渡したくない、そう思った。



「俺はおまえのことは大好きだ。セックスしても、しなくても、おまえのことは大好きだ。だけど、俺は俺だ。おまえのことが好きなのと、おまえのモノになると言うのは違う。束縛しなければ成り立たないような関係なら、もう終わりにしよう」



タカオの口から出た言葉にあたしはどうしていいかわからないほどの悲しみに襲われた。



「あたしはタカオが好き。誰にも渡したくないの。そう思うことはいけないことなの?」



「束縛しなくても、俺はいつだっておまえのことを大事に思ってる。おまえが誰か他の男に抱かれていても、そのことと、俺とは関係ない。俺に向き合うおまえが俺にとっては全てだし、それでいいんじゃないのか?」



タカオはタカオだ。そんなタカオがあたしは好きなんだ。

だけどこの独占欲は一体どうしたらいいのだろう。



「俺はおまえのこと縛るつもりはない。おまえがどこで何をしていようと、それがおまえなら、俺は全てを受け入れるよ」



あたしはやり場のない思いを抱えたまま、タカオの唇をふさぎ、どうしようもないほど欲情し、あとは何も考えずに、タカオの体をむさぼり続けた。






2005年12月11日(日) ネコ

ある雨の夜、ネコを拾った。

ネコ、と言っても少女から大人になりかかった女だ。

雨の中傘も差さずにぼんやりとしているその様が、まるで捨てネコのようで、

なんとなく気になって、つい声をかけてしまったのだが、どうするつもりもなく、
人懐っこい笑みを向けられ、そのまま家に連れて帰った。




ネコは黙ってついてきて、おとなしく部屋の片隅に座った。

どうしたものか、と思ったが、ネコの方から体を摺り寄せてきた。

体が冷たく冷え切っている。

風呂を沸かし、一緒に入ることにした。




濡れた服を脱ぐと、しなやかな体はまだ幼さを残しており、一体いくつなのか、
だいたいこんな雨降りの夜に傘も差さずにぼんやりとしていたのか、少し、
おかしいと思ったが何も聞かなかった。



ネコは全く声を発しなかったが、俺のほうに両手を伸ばし、一緒に入ろうと誘っ
ているようだった。

ちょっと戸惑ったが、服を脱ぎ、風呂に入った。

抱きかかえると壊れてしまいそうな、細い体をそっと包むように抱きかかえると、
ネコは安心しきった顔で俺の胸に顔をうずめる。

俺は淡々とネコの体を洗った。



その日から、ネコは俺の部屋に住み着いた。

ネコはネコ以上でも以下でもなく、不自然な始まりなのに、ごく自然に俺の生活
の一部となってしまった。

疲れて帰ると部屋に明かりがついていて、ドアをあけるとネコが待っている。

疲れていて、つい、邪険に扱っても、ネコはするりと身をかわし、気がつくと俺
の腕の中でまどろんでいる。



ネコは俺に何かを要求するでもなく、ただ、俺の部屋にいられれば良いようだっ
た。俺もネコに何かを要求しようとは思わない。

名前も年もどこから来たのかも知ろうとしなかったし、ネコ自身も語ろうとはし
なかった。



夏も終わりのある夜、激しい雷が鳴った。

落雷したのか、地響きがして、停電した。

ネコはおびえた様子で薄暗い部屋の片隅にうずくまっており、それを見た俺はは
じめてネコに欲情した。

俺はネコを抱き寄せるとそっとキスをした。

ネコは何の抵抗もなく、俺に身を任せた。

時折光る雷にネコの裸体が映し出され、俺は無我夢中でネコの体をむさぼった。

ネコは初めて女の声で甘い喘ぎを漏らした。







その日から俺は家に帰るとネコを抱くようになった。

従順なネコに俺はいつしか加虐心を抱くようになり、手足を縛ったり、命令して
従わせたり、少しでも嫌がる素振りを見せたらお仕置きと称しては暴力を振
るったりするようになっていった。

それでもネコは俺が帰ると嬉しそうに擦り寄って来る。

そんな様が余計に俺をいらだたせ、俺はますますネコを手荒に扱うようになった。



ある夜、いつものようにネコを抱いていて、ネコが何度目かに達するのを見たと
き、俺は知らず知らずのうちにネコの首をしめていた。

恍惚とした表情が、苦悶に変わっていく様を見て、俺はなぜだか興奮し、ますま
す手に力をこめていった。



「・・・め・・・て・・・」



言葉らしい言葉も発したことのないネコの口から漏れた言葉の意味を理解するの
に時間がかかった。



「オネガ・・・やめ・・・て・・・」



言葉の意味を理解して、俺の体が反応するまでに、ネコは簡単に逝ってしまった。











今でも俺は分からない。

ネコは何で俺のところに来たんだろう。

俺と暮らしていた数ヶ月、ネコは幸せだったんだろうか。

俺はどうしてあんなことをしてしまったんだろう。






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