Spilt Pieces
2002年11月25日(月)  駅
駅で、うずくまる人がいた。
ホームレスの人が寒さに体を小さくしているようだった。
誰も、何も声をかけない。
それが日常だからだろう。
私も、気になったけれど怖くなってそのまま通過してしまった。
そのことがふと胸を刺した。


私は、もしも自分が駅の隅で倒れるようにしてうずくまっていたとしたら、誰かが声をかけてくれるだろうと思う。
そして同時に思う。
その違いは一体何なのだろう、と。
答えは明白だ。
一瞬見ただけのうずくまる人を助けるかどうかを判断する材料など、見た目以外にないではないか。


もう一度自分に問い直してみる。
もし、自分と近い年齢の女の人が同じ状況だったらどうか。
私はきっと、勇気を振り絞って声をかけたに違いない。
心配だからだ。


そして、自分の醜さを思う。
どうして、今日見かけたあの人には声をかけてあげようと思えなかったのか。
「いつものこと」だから?
通りすがりの私には、真相など分かりはしないのに。
「怖そう」だから?
格好が汚いというだけで、相手の心の美醜まで判断してしまえるはずなどないのに。
「厄介なことに巻き込まれたくない」
そんな、現代の多くの人と同じことを自分も考えているのだから悲しい。
綺麗事ばかり言っていられたならどんなに楽なことか。


私はきっと、次に同じような人を見かけても声をかけることはできないだろうと思う。
それが悲しい。
私は何もできないんじゃない、何もしようとしていないだけ。
ただ、保守的。
自分を守りたいだけのエゴ。
2002年11月18日(月)  葉
葉っぱが一枚。
葉っぱは小さくて柔らかくて、踏んでもパリパリと音を立てない。
足を乗せると、色んな葉っぱと一緒にしゃわしゃわと動くだけ。


水の音。
急に耳をさらって離れない。
いつからそこにあったのかも分からない。
人工の小さな池。
水は、小さな葉っぱをたくさん流して、時折どこかで詰まっている。


暖かい風が吹く。
向かって歩いて、体で跳ね返る音を聞く。
薄闇の中、雲と風と葉っぱと水。
何も関係がないかのようだったけど。


周りを気にして、空と話して歩いた。
「飛行機の光?」とか「電灯がきれい」とか、一人でしゃべる私は、周りから見たらかなり変な奴だろうな。
でも何となく、こういう時間が流れるのが好き。


暖かいと言ってのんびり歩いていたら、いつの間にかくしゃみが一つ。
ふと、幸せだと思った。
2002年11月17日(日)  花輪
私が毎日必ず通る道に、葬祭式場がある。
そこの信号は長いので、大抵そこでしばらく待っていることになる。
いつも、意識せずともふと目をやってしまう。
大きなモノトーンの花輪が、たくさん立っている。


時折、花輪が立っていない日がある。
それは、葬式があるときとないときと両方だ。
看板があるのに花輪がないとき、私はいつの間にかぼーっと考え事をしてしまう。
この人は、どういう人生を歩んできたのか、ないことはそれは本望だったのか。
花輪は、中にたくさんあるのか、ではいつも表に出ている人は多すぎるだけなのか。
看板も花輪もないときが、たまにある。
そんなとき、私は不思議な気分になる。
誰も泣いている人がいないことを喜ぶ。
そう、同じ一つの街に、これだけ絶え間なく別れがあるという事実に私は耐えられそうもなくなる。
現実がどうのこうのじゃなくて、ただ感覚的な話だけれど、毎日別れがあるだなんて、考えたくもないから。
看板も花輪もない日は、心を安定させてくれる。
毎日通る道で、毎日誰かが泣いているのはもう見たくない。


今日、大きな花輪がたくさん出ていた。
誰かが一人、消えたみたいだった。
そして私は、それが誰であるかを知らない。
私は、それを知らなくてもこれからの生活何も変わらない。
こういうことが、時折ひどく虚しくなる。
どうすることもできないけれど。
2002年11月06日(水)  冬
冷え込むようになってきた。
部屋の中にいても手が冷たい。
風邪をこじらせないようにと、母がストーブを持ってこようとしてくれた。
だけど断ってしまった。


私は、寒さに体を小さくするような冬の空気が好きだ。
手も足も冷えて、すぐに体を壊してしまうくせに、それでもこの空気は好きだ。
息を吐く。
白くなって大気を遮る。
手を暖める。
体温が移動していく。


いつもと同じ空。
いつもと同じ日常。
だけどどこか澄んでいるかのよう。


耳と鼻を痛めるような寒さがじきに来るだろう。
それでも、私はきっと喜ぶ。
星がよく見える空間が好きだから。
毎日が、とても神聖なもののように感じられるから。


天井を見上げても何も見えないのと同様に、夏の空には雄大さを感じこそすれ暖かさを感じることができない。
入道雲、長い一日。
暑さに負けた私は気温にとらわれて文句を言うばかりで、空の美しさには目がいかない。
星の空、短い一日。
寒さに負けそうになりながら、それでも思わず空を見上げてしまう。
日々を感じずにはいられない、優しい時間が空に流れているかのようで。
包み込まれている感覚が、私を空の虜にする。
冬の空に、私は夢をみる。


キーンと澄んだ世界が、季節の訪れと共にやってくる。
冬はもうすぐ。
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