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| 2006年09月30日(土) 全部ややちゃんが決めること。 |
| どっかの病院のデータでは、赤ちゃんが予定日に生まれるのは20人に1人の割合だそうで、うちも予定日まであと1週間となったが、20人に1人のデータなんて信じても意味がないし、生命の神秘をデータで計測できるほど人間は神のような存在ではないので、毎日話し掛けたり、散歩に行ったりして、ややちゃんが出てくる日を気長に待っている。 そろそろ3000gに達するそうで、いつでも出てきてもいいような状態なのだが、こればっかりは僕と妻の子、気まぐれ度は他の胎児を圧倒すると思う。追随を許さないと思う。ベビー用品も一通り揃えて準備万端なのだが、僕は看護師。夜勤という勤務がある。 どうか僕が夜勤の日だけには出てこようとしないでおくれ。ちょっと待ってね。えっと今月は4日、8日、12日……と、腹に向かって夜勤日を伝えている。僕の声を聞くたびに腹がぐにょっ、ぐわっ、ごぉらぁっ、という風に動くのだが、それが夜勤日を把握しましたということなのか、うるさいからオヤジ静かにしろといっていることなのかはわからない。 最近僕のお気に入りの場所は妻の膝の上で、膝枕をしてもらうと、ちょうど妻のお腹に向かって話しやすいので、僕が話し掛けてややちゃんが反応して、僕が笑ってややちゃんがダンスしてってのを繰り返していると、テレビを見ている妻が、「ちょっと二人とも静かにして。ややちゃん、同じとこばっかり蹴らないでぇ」と情けない声を出しながら僕を叱る。ママに叱られちゃったねー。僕らより細木数子のほうが好きなのかもしれんねー。と、腹に向かって話し掛けると、テレビから細木数子の怒声が聞こえてドキッとした。腹の中でもドキッとしてた。 |
| 2006年09月29日(金) 幸運ド真ん中。 |
| 妻と結婚してからホタル族に成り下がってしまった僕は、今夜もマンションのベランダで穏やかな七番。英訳するとマイルドセブン。 つうか妻も喫煙者だったのだが僕と付き合って間もなく妊娠してしまったので、僕は妻が煙草を吸っていたことをあまり覚えていない。時々職場の喫煙所で会うこともあったが、挨拶を交わす程度だったので記憶にない。ただ、煙草を持つ指がやたら長くて細くて綺麗だったことは鮮明に覚えている。 今夜もマンションのベランダで、僕は幸運ド真ん中。英訳するとラッキーストライクを吸っている。ラッキーストライクは嘘だけど、ベランダの窓1枚隔てた先で妻が正座を崩した格好で、あの長くて細くて美しい指で洗濯物を畳んでいると思うと、ほんともう幸運ド真ん中。 |
| 2006年09月28日(木) She is tuna. |
| 「赤ちゃん」という言葉は、babyの他にも言い方があるのだろうかと、yahoo辞書の和英辞書で調べてみたらbabyはbabyであった。別に落胆はしなかったがかなり驚愕した。なぜかというと同じページに記載されている例文を読んだからである。 ・彼女はセックスに関してはまるで赤ちゃんだ She's as 「naive as a child [innocent as a babe] when it comes to sex. 何を言っているのだ。何をいきなり大人なエスプリぬかしてるんだ。セックスに関しては赤ちゃんってどういうことだ。妙なプレイのことを言っているのか。それとも赤ちゃんのように寝たまま動かないということなのか。tuna【鮪】ということなのか。どうなんだどうなんだ。えー。どうなんだ。おーいちょっと来てくれー。と、興奮しながら妻を呼ぶ。 「セックスじゃなくて、ただ単に性に関して未熟だってことじゃないの」 興奮してたのがものすんごい恥ずかしい。 |
| 2006年09月27日(水) ズバリ言っても。 |
| だいたい細木数子の言ったことでいちいち感動したりビビったりしてることが間違いなんだよ。僕が芸能人だったら絶対番組には出ないよ。ズバリ言われちゃうからね。 まあしかしズバリ言ってるわりには、というかそれがズバリ言ってるということなのかもしれないけれど、細木数子は毎回別段ひねりもない当然のことばかり言っている。 実は私、悪い男と付き合ってます。「別れなさいよ!」この「別れなさいよ!」という口調、この説得力は、細木数子だからこそ発せられる言葉だと思う。 例えば通りすがりの人に、実は私、悪い男と付き合ってますと告白して、「別れなさいよ!」と凄味ある口調で言われたら、てめーに言われたかねぇよ通りすがりのくせに。と、思うでしょ。父親に実は私、悪い男と付き合ってますと告白して、「別れなさいよ!」と大人面して言われたら、てめーに言われなくても自分で考えるよって思うでしょ。 あれ細木数子だから成り立ってるんです。 マスコミが意図的に奉りたて芸能人がペコペコしてカリスマだの万能だの付加価値を付けてゴールデン番組でひねりのないことズバリと言って、すげぇおっかねぇババァだよ。あの剣幕じゃ逆らわないに越したことない。はいはいごもっともその通りでございます。と、卓越した存在に仕立て上げ、今はもう細木数子は偶像化されてしまっている。 人は偶像化されたものを無条件で受容するものである。キリストとかアントニオ猪木とか。まぁキリストがそう言ってるし。まぁ猪木だから仕方ないか。まぁ細木数子おっかないし間違ったこと言ってないし。 よって細木数子に罵倒されて感動している者は、細木数子ではなく、細木数子のステータス。ゴールデン番組の主役というグレード。占い師というベールに心を動かされているんだよ。ね、だから妊娠後期はむくみ防止のために水分を1日あたりコップ7〜8杯飲んだほうがいいんだよ。飲みすぎるからむくみがでるんじゃなくて、水分を制限しすぎると、血液の濃度が上がってドロドロになってかえってよくないんだからホントだよ。と、妻に言っても「ふーん」と相手にされないが、先日の健診で「むくみ防止のために、水分を多めに摂ってくださいね」と医者から言われたらガブガブ飲むようになった。 同じこと言ったって、相手によって反応は違うんだ。僕がズバリなこと言ったって全然ズバリじゃない。医者だったら無条件でズバリだ。不公平だ。ズバッ。八時またぎ! |
| 2006年09月26日(火) 小遣い制と自由。 |
| 我が家は来月から小遣い制になるので夢工場ドキドキパニックである。夢工場ドキドキパニックとは、1987年に発売されたファミコンのディスクシステム用のゲームのことであって、我が家が小遣い制になることと全く関係がない。 とにかく小遣い制である。これで僕もいっぱしの大人であるサラリーマンである。小遣いが3万なのか4万なのか、妻の匙加減ひとつで変わると思うが、とにかく月に最低3万は自分のお金になるのである。 つうか結婚するまで散々自分の好きなように金使ってきたじゃねぇかと思われるかもしらんが、案外そうでもない。好きなように使っているように見えて、全然好きなように使ってこなかったのである。 というのも、例えばゲームソフトを買ったとする。今まではこんな年にもなってゲームソフトばかりに金使って馬鹿じゃないのか俺。こんな人生でいいのか。上京までして。もっと人生を謳歌しなくていいのか。愛に生きなくていいのか。なんてゲームとは全く関係のないことまで考えて気分が沈む時があったが、小遣い制になってゲームソフトを買っても、愛だの人生だの考える必要はない。だって小遣いだから。限度額設定されてるから。 今まではゲームソフトなんて買おうと思えばいくらでも買えて、いくらでも愛だの人生だの考えて沈むことができ、いわば無限の自由の中で生きてきたが、小遣いという限度額設定されると、限度額の中でしか僕の自由は謳歌できなくなる。でも限度額の中ではいくらでも自由でいられる。誰からも責められぬ純粋なる自由を手に入れることができる。しかも毎月。どうせ鳥カゴから出たって太平洋を横断するわけでもなし。だったら鳥カゴの中でのんびり暮らすよ。と、そんな心境。わかるかなぁ。わかんねぇだろうなぁ。と、妻に言うと、 「うーん。そうねぇ。あ、そういえばさ、今日の『渡る世間は鬼ばかり』2時間スペシャルなのよ」 と、全く人の話、亭主の思想を聞いていない。そんなのんびりとした空気が流れている自由な生活は、とても居心地が良いのです。 |
| 2006年09月25日(月) 内蔵HDD。 |
| 遂にビデオカメラを購入した。こういう高い買い物をする時はいつだってそうなのだが、カタログやネットなどでどれにしようか迷っているうちに、こんないつまでも迷っている暇はない、もうこれにします。直感というか投げやりに選んでしまう節があって、今回も散々迷った挙句、これでいいや。ちっさいし。と、結局、外観だけで判断して購入した。迷っている暇なんていくらでもあるくせに。 購入したビデオカメラは、HDDビデオカメラで、20Gの内蔵HDDが採用されている。つまり、HDD内蔵で録画用リムーバブルメディアが不要になったのだ。なったのだよ。何がすごいのかさっぱりわからん。俺のビデオカメラは20Gの内蔵HDD搭載で何かが不要になったんだぜ! と、誰かに自慢するわけでもなし。使いやすけりゃいいんだこんなもんは。と、既に僕の内蔵HDDはオヤジ化しているが、まぁ今使ってるパソコンだってそんな高いものじゃないけど、不便だと思ったことは一度もないし、人並みでいいんだよ人並みで。上を見たら切りがないぜ。と、同時に僕の内蔵HDDは没個性化している。 だいたい深海に潜るわけでもなし、大地震を実況中継するわけでもない。僕はただ生まれくる赤子の笑顔や泣き声、美しき妻の日常や母としての後ろ姿を記録に残すことができたらそれで満足なのである。お遊戯会で踊って、運動会で走って。そんな成長の記録をつつましく撮っていきたいのである。 それなのにHDDだのリムーバブルメディアだのDVDだの、横文字言っときゃ客も踊るぜみたいな風潮の中で、自分は何がしたくて何を望まないか。ただそれだけを考えて選ぶと、いきつくところ外観だけで選ぶことと大して変わらないはずである。というわけで今回も直感もしくは投げやりで高い買い物をした僕の内蔵HDDは、結構処理速度が早いのかもしれんね。 |
| 2006年09月24日(日) 町内特命担当係。 |
| 三十にもなって政治のことは全くわからんのだけどね、新閣僚の名簿を眺めて何だこれは感じたわけです。 『高市早苗 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、科学技術政策、イノベーション、少子化・男女共同参画、食品安全)』 早苗ちゃんどんだけ忙しいんだと。イノベーションってどういう意味なんだと。今調べたら、イノベーションとは新機軸、技術革新などの意味があるらしい。しかしそれにしても。 だいたい早苗ちゃんの仕事の内容に共通性、関連性が全くない。例えば文部科学大臣は、文部と科学の大臣。農林水産大臣は農業、林業、水産業の大臣。 でも早苗ちゃんの仕事は、いってみれば、町内特命担当係(自転車整備、おでん、プレイステーション、愛と悲しみ、人間ドッグ)みたいに、一体何から手をつけて、具体的にどのような仕事をして、一応頑張ってみるけど何一つ成し遂げることができないような、風紀委員と交通安全委員と飼育委員やる奴いないからとりあえずお前全部やれみたいな、余り物を押し付けられて途方に暮れるみたいな、明確なビジョンが全く見えてこない。 頑張って欲しいと思います(急に飽きた)。 |
| 2006年09月23日(土) 毎日テクテク。 |
| 毎晩妻と1時間のウォーキングをするようになったが、コンビニに寄ってパンやらアイスやら貪りながら帰るので、あまり意味がないような気がするけど、甘い物を頬張っているときの幸せそうな妻の顔と、過ごしやすい秋の夜風にさらされると、ウォーキングの効能なんてどうでもよくなってくる。 「ソフトクリーム、ソッフトクリーム、ソッフトォ、クリィィムゥ」 ウォーキングに行く前、妻は畳の上に寝そべって、重い腹を左右に揺らしながら、今日のウォーキングの帰りに食べたいものを、即興の替え歌によって表現している。まるで馬鹿のようだなぁと、少し残念な気持ちで妻を眺めていると、「あなたは今日何食べるの?」と、ウォーキングと甘い物は必ずセットになっているという前提の元で訊ねてくる。 「僕はガリガリ君を食べようと思っている」僕が思い描いていた結婚生活というものに、こんな阿呆のような台詞は出てこない。僕は、ガリガリ君を、食べようと、思っている。どこの三十歳がこんなことを言っているのだ。でも僕はガリガリ君を食べようと思っている。サイダー味のやつ。 「いやん。やっぱガリガリ君食べたーい」 と、妻、突然の意向変更。私やっぱりガリガリ君食べるから、あなた他のアイスにして。とでも言っているように、重い腹を左右に揺らしながら、「ガーリガーリ君、ガーリガーリ君、ガーリガーリ君」と、ガリガリ君の唄を歌っている。まったくもって幸せなことだよなぁ。 妻と長い間、同じ職場で働いていたのだが、この人は「ガリガリ君」という単語とは無縁のような雰囲気を醸しだしていたのだ。少し無口で、ちょっと上品で。でも今は、重い腹を軸にして転がりまわっている妻は、妻の顔は、ガリガリ君にしか見えない。 「さ、行くよ」と呼ぶと、よっこらしょっと、掛け声と共に立ちあがるガリガリ君。「じゃあ僕はチョコモナカジャンボ食べるよ」と、言うと、「いやん。やっぱ私もチョコモナカジャンボがいいー」と、散歩のあいだ、延々とこんな話をしながら毎日テクテク。 |
| 2006年09月22日(金) 今日も静かにハンゲーム。 |
| 最近、ハンゲームという、あれは何というのだろう、オンラインゲームのようなもので遊んでいるのだが、対象年齢が低いのか、チャットを見ても判読不明の絵文字か、ウザイだのサブイだの不可解な表記ばかりで、挨拶ひとつするのも恐ろしい。よって僕は誰とも交流せず、黙々と大富豪やらUNOやらで遊んでいるサブイ人間である。 僕のオススメのハンゲームは対戦型のクロスワードパズルなのだが、時々1日中ハンゲームやってますという風情の、プロフィールを見ると、2982勝191敗という天文学的な勝負を行っている人間なのかもはや機械なのかわからない奴と対戦するときもあり、こういう時は決まって大敗する。 大敗して悔しくて悲しくて、クロスワードよりもっと楽しいことが世の中には溢れているんだよと、チャットを通して諭したくなるが、そんなこと言うと、ウザイだのサブイだの不可解なことを言われて恐怖のどん底に落とされるので、ただただ歯を食いしばって、早くこの強い奴、部屋から出てってくんないかなーなんて小学生のようなことを考えている。 |
| 2006年09月21日(木) 30歳30円の真実。 |
| 妻はもう臨月に入り、体がなまらないように、過剰に太らないように、ややちゃんがスムーズに下がれるように、毎晩一緒にウォーキングを始めるようになったのだが、ウォーキングの帰りに時々コンビニに寄って、妻は菓子パンを買ったり、僕は駄菓子を大人買いして、これってプラスマイナスゼロじゃなくてプラスマイナスプラスだよねぇなんて話しながらテクテク歩いて帰る。 今日は帰りに30円の「ビッグカツ」という懐かしの駄菓子を購入。今も昔も30円。小学校の帰り道、小銭を握りしめて丸山商店に寄って友人達と駄菓子を買い食いしていた頃、この「ビッグカツ」は、リッチの象徴ともいえる駄菓子であった。100円あれば山のような量の駄菓子が買えた。しかしビッグカツは1つ30円である。100円で3つしか買えない。ちょっと懐に余裕がある時じゃないと買えない駄菓子。 しかも駄菓子ではなく、なんかおかずっぽい駄菓子。学校帰りにおかずを食うという、なんかわからんけど大人びた感じ。食後、ビールと一緒に僕らの食卓にはあがらなかったおかずを食べ始める父親にちょっと近付いた感じ。そんな大人への憧れに似た思いを抱きながら、慎重に貧乏たらしくゆっくりと噛みしめながら食べていたビッグカツ。なにしろカツである肉である。学校帰りに肉である。30円で肉である。 「しっかしこんな薄い食いもんのどこに肉なんて入ってるんだろうねぇ」 「え? 何言ってんの? それ確か原材料するめだよ」 学校帰りじゃなく、あれから20数年経った散歩帰り、妻が笑いもせずに呟く。ま、まさか。う、嘘だろ。と、うろたえながらビッグカツの袋の裏側を見る。 「品名 ビッグカツ 名称 魚介類加工品」 魚・介・類・加・工・品!! 月に向かって僕は叫ぶ。騙されたァ! 僕は騙されていたァァッ! 今度は地面に向かって叫ぶ。ビッグカツは肉ではなく魚介類加工品だったのだ! しかもその事実を大人になって知ったのだ。齢三十になってから知ったのだ。結婚してから知ったのだ。なんたる屈辱。紙のような薄い肉を揚げたものだと疑う余地もなく30円の大金をはたいて学校帰りにリッチな気分で食っていたのは魚介類加工品だったのだ。 「だ、だ、だって、お、お肉な、お肉なんて、全然、全然入ってないって、み、見れ、見ればわかるじゃない」 妻は大きい腹を抱えて道路の真ん中で大爆笑している。なんたる屈辱。残酷な真実。こんな真実、知りたくなかった。どうせならビッグカツは薄い肉を揚げたものだと信じていたまま死にたかった。そっちのほうがどれだけ幸せだろう。だいたいビッグカツって名前がいけない。カツって名乗ってんだからカツだろう。まぁ裏側に魚介類加工品ってちゃんと書いてますって言われればそれまでだけど、ガキの頃はそんな仔細に裏側まで見ないよ。大人になっても見なかった僕も悪いんだけど、それにしてもあんまりだ。しかもまだ袋に3袋残っている。魚介類加工品が3袋残っている。 「残り、全部あげるよ」 「いらなーい」 妻はそう言って腹をゆらゆら揺らしながら定価10円の「かば焼きくん太郎」を食っている。 「言っとくけど、それはかば焼きって名乗ってるけど、実はかば焼きじゃないんだぜ」 「そんなの知ってるー」 屈辱まみれの30円30歳。こんな真実僕は聞きたくなかった。だからもうすぐ生まれる我が子にもビッグカツは肉を揚げたものだと教えることにすると月に向かって吠えて誓って。 |
| 2006年09月20日(水) 板橋心中。 |
| 今夜も妻とDVD鑑賞。ストーリーも終盤、とある登場人物が大怪我をした。いったいどうなるのか。助けはくるのか。奇跡は起きるのか。手に汗を握る展開。傍らのビールを飲みながら進展を見守る。 「……この人、死ぬんだよ」 !! 妻、突然のネタバレ。な、な、何を言っているんだ。どういうことだ。じょ、冗談だろ。そんなことないだろう。第一この物語の登場人物は何かしらの危機が訪れてもどうにか生き延びているじゃないか。まさか。し、死にゃあしないよ。 「だって私、このストーリー、ネットで読んじゃったんだもん」 わー! だったらホントに死ぬんだー! うっそーん! ここでこの人死んだらこれからどうなるんだよ。はぁ。死んじまうのか。こんなことがあるとはなぁ。こんなことというのは手に汗握る展開の最中にネタバレされるってことだよ。なんてことを言うんだ君は。見る者を驚かす急展開こそ映画を見る醍醐味だというのに、いかなる他意があってそんな大事なことを先に言ってしまうのだ。あ、ホントだ。ホントに死んじまった……。と、妻を見ると、悪魔のような笑みをニヤニヤ浮かべている。 「だってー、私だけ知ってしまったのって悔しいんだもん。言いたくて言いたくてもう苦しくって。私思ったの。この苦しさを共有するのも夫婦なんだって。だから私あなたに伝えたの」 なんてメチャクチャな理論なんだろう。自分がスッキリしたいがために言っただけじゃないか。道徳というものがない。喜びのときも悲しみのときも、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすという結婚式での誓いは、こういう苦しみの共有も含まれるのだろうか。だったらしんどい。これから一緒に映画を見るたびに、傍らでネタバレされる危険を常に抱えて生きていくことになる。神様はそこんとこどう考えているのだろうか。 あの時はウエディングプランナーのお姉ちゃんが「この場面で聖書に手を置いて下さい」って言ったから、聖書に手を添えて誓いの言葉を聞いたんだし、そもそもキリスト教ではないんだから、映画のネタバレの苦悩なんてのは共有しなくてもいいような気がするけどなぁ。まったくひでぇ嫁だなぁ。でも愛してる。 |
| 2006年09月19日(火) 君に高音域。 |
| 何かの拍子に妻の体の一部に当たると、「ごめんなさい」と言うまで「イテテ。イテテ。痛いわ。当たったところが」なんてずっと言っているので、最近は当たった瞬間に「ごめんね」と言うようにしている。そんな新婚生活。今週から妊娠37週に入り、お腹もなんだか直角に近い感じで盛り上がっている。 毎夜、妊娠線予防のマッサージを終え、クリームが染み込んだ妻の腹に口をつけてややちゃんに話し掛け、腹に塗布されたクリームが唇に付着してリップクリームを塗ったような感じになりとても不快なのだが、クリームを塗る前に腹に口をつけて話していると、妻が「早く塗ってよ」みたいな顔を浮かべるのでしょうがない。我が子との会話はマッサージ後のご褒美と位置付けて頑張っている。しかし、 「ややちゃーん。もうすぐパパとママに会えるねー」 と、言っているつもりが、妻のお腹に口をぱっくりくっつけて話すものだから、 「ああぢゃーん。おうすうアアおアアに会えうえー」 という感じになり、我が子は腹の中で「パパはいつも何を伝えようとしてるんだ」と思っているに違いない。でもそれでいいんだ。何かを伝えようとする気持ち、何かが伝わってくる感じが大切なのだ。でも少しでも僕の声が響くようにできるだけ低い声で話し掛けているようにしている。そんな新婚生活。 「お腹の中の赤ちゃんってね、低い音って聞き取れないみたい。だからできるだけ高い声で話し掛けたほうがいいんだって。ほら」 と、妻が妊娠雑誌を見せる。一体なんなんだ今頃。臨月にもなってなぜそういうことを言うのだ。もうちょっと早く知っていれば命のスキンシップをモア・エンジョイできたかもしれんのに。だいたいこの記事の信憑性だって怪しいものじゃないか。実際腹の中の赤ん坊に感想を聞いたのか。どっかの赤ん坊が高い声の方が聞き取りやすかったでちゅよと言ったのか。え? 一体どうなんだ? まったく馬鹿げているよ。ねーややちゃん。パパは自分の意志を貫き通す強い人間なんだよーと気持ち高い声で。 |
| 2006年09月18日(月) 録画もできないプラズマなんて。 |
| だいたいマイホームの前に僕はビデオカメラが欲しいのだ。だのになぜビデオカメラといったら!DVDだのHDだのハイビジョンだの黒木瞳だの訳がわからない。でもなんとかして我が子が生まれる前に購入したいなぁ。昨日池袋のビックカメラに行ったけれど、あまりにも人が多過ぎて、人波押し分けてビデオカメラ売場に辿り着いた時は、まるでビデオカメラ売場に辿り着くことがそもそもの目的だったような気がしてきて、ろくに商品も見ずに帰ってきてしまった。 という仮説を立ててみたけれど、それは副次的なもので、本当はあの陳列してあるいくつものビデオカメラ全てに電源が入っており、ほら、こんなに綺麗に映りますってテレビのモニターに映像が映し出されているのだが、そのモニターのいくつかに眉間に皺を寄せて泣いているような怒っているような僕の顔が映っていて、なんだこいつは。なんて情けない顔をしているのだ。 どのビデオカメラが僕の顔を映し出しているのだ。ちょっと動かして僕の顔が映らんようにしてこまそうと、僕を映し出しているであろうビデオカメラを探すのだけど、そのカメラを探すとモニターが見れず、モニターを見るとカメラが見れないという具合に、カメラとモニターを同時に見ることができないということに気付き、モニターに映る僕の顔はいよいよ情けなくなってくる。 畜生。機械の分際で馬鹿にしやがって。「何かお探しですか」って店員が寄ってきたけど、勝手に俺を映してるカメラを探してるんじゃーと怒髪天。とっさに出た「DVDとビデオカメラの違いがわからなくて」と、CDとCDラジカセの違いがわからないと言っているような馬鹿な質問に絶句する店員。そんな情けない二人をビデオカメラは延々と流すモニター。 |
| 2006年09月17日(日) にたしゃくいつ。 |
| 現在のマンションは家賃が10万円を超えているという、僕の田舎では考えられないような金を毎月払っているが、さあさて今後どうすべきか。一生賃貸か思い切ってマイホーム購入か。都内でマイホーム購入なんて絵空事だと思っていたが、結婚した現在、子供ができる将来、それは明確な現実問題として僕らの前に立ちはだかる。さあさてどうすべきか。 マイホームなんていっても都内で一戸建てなんてどだい無理な話で、マンションを買うことになるんだろうけれど、僕は去年の10月、田舎の母の為に一戸建てを購入したばかりで、その住宅ローンがあと4年残っている。住宅ローン合計5年! そんなローンで田舎では家が買えるというのに! まぁ住宅ローン5年といっても、固定資産税とか不動産所得税なんていう初めて聞くような莫大な税金を搾取されているのだが、それに加えてマイホーム購入となると、ううむ。もう少し貯金して決断すべきか。だいたい今マンションなんて買って大丈夫なのか。耐震とかイーホームズとか。イーホームズの社長なんてあんな誠実そうな顔してて裏ではとんでもない事やってたんだもんなぁ。僕は往々にして顔つきだけで人を信用してしまうから気を付けなければいかんなぁ。 |
| 2006年09月16日(土) 辛いエビ。 |
| とある映画を妻と見ていて、アメリカの田舎で「Sweet Shrimp」という名の、車がそのまま厨房になっているような店で、その店主が客に「辛いエビと普通のエビ、どっちがいい?」と訊ね、客が「じゃあ、辛いエビ」と言って、店主が中華鍋でエビを炒めるというシーンがあり、映画のストーリーよりも、その辛いエビ、そしてファーストフードとしてのエビに多大なる興味を抱き、妻が今夜何食べたい? と訊ねるたびに「あの辛いエビが食いてェ」と言い続けてきた。 実際、その映画ではエビを炒めるシーンだけで、どんな味付けなのかどんな仕上がり具合なのか全くわからないのだけど、「辛いエビ」を使い捨てのパックか何かに入れて、道傍で殻を飛ばしながら貪るというアメリカンな感じが何ともいえず、あの辛いエビが食いてェという欲求は日に日に増すばかりであった。 そんな鬱積した日々を送っていたある日の夜、仕事から帰ると妻が何かを企んでいるようなニヤニヤした笑みを浮かべている。なんだ気持ち悪い。飯や飯やー。飯がなかったら酒出さんかーい。芸のためなら女房も泣かすー。それがどうしたごめんなさい。先にお風呂入ってくるね。と、いつものようにそそくさと入浴の準備を始めると、待って待って今日は先にご飯食べましょ。と、妻。 居間に行き、テーブルを見ると……! 皿にエビが盛ってある。しかもニンニクとか鷹の爪とか乗っていてスゲェ辛そうだ。こ、これは紛れもなく辛いエビだー! ねぇねぇ見て見て辛いエビだよー! と、まるで僕が第一発見者のように妻を呼んで興奮している。 「あの場面ね、よく見てなかったからよくわかんなかったんだけど、辛いエビ、作ってみました」 萌え! 妊娠してなかったら絶対その夜エッチしてるってくらい萌え! 僕が阿呆のように「辛いエビが食いてェ」と言い続け、その度にどうしようもない亭主をもらったものだと困った笑みを浮かべていた妻は、僕の戯言を真剣に考えていてくれたのだ。もうその気持ちだけでお腹一杯。そしてこのまま幸せ一杯な気分でいただきます。 食ったことないけど紛れもなくあのシーンの辛いエビだった。毎日幸せありがとう。 |
| 2006年09月15日(金) 白いおくるみ包まれて。 |
| 秋篠宮紀子さまが、6日に御誕生した悠仁さまと御一緒に都内の産婦人科病院を御退院なされまして、誠に母子共々、本当に御健康にお見えになられまされ、御心から嬉しく思われまされます。と、テリー伊藤ですら、皇室関係の報道には言葉遣いに気を付けているのだから、僕も気を付けなければと気を張って書いてみたけれど、なにぶんこのような言葉遣いに不慣れなもので、物書きの端くれでありながら、このような拙い文章しか書けぬ辛さをマスコミの所為にしたいと存じております。 だいたいマスコミの過剰な報道は一体何事なんだ。今日のニュースはどうか知らんが、9月6日、悠仁さまが生まれた日のニュースときたらもう、通りすがりの人にマイクを向けて、「お生まれになったのですね。あらー。男の子。おめでとうございます」「元気に育ってください(カメラ目線)」。名古屋では……。「男の子ですか。おめでとうございますー」「我がことのように嬉しいです」。福岡では……。「まぁ! おめでとうございます!」「お元気そうで本当によかったです」という具合に、次から次に一般人のたいした地域格差もないコメントを延々と流している。一体このニュースは何を伝えようとしているんだ……。と、呆然とテレビを眺めていると、沖縄では……なんてまだ続いている。 だいたいどこの誰に聞いたっておめでとうと言うであろう。例え10人に1人「どうでもいいよ」なんてコメントしてもそれは電波に乗らないであろう。世の中には、自分のことで精一杯で皇室の出来事なんてどうでもいいと思っている人がゴマンといるのだ。それなのにニュースでは世の中の人が全て祝福しているかのような映像を流している。これは世論の操作じゃないかー! あ、おかわりあるの? 食べる食べる。と、夕方のニュースを見ながら妻に持論をまくしたてるのだけど、「パパはまたあんなこと言ってるよー」なんて自分の腹をポンポン叩いて僕ではなく我が子とばかり会話している。 というわけで、来月生まれる我が子はきっと頭が良いだろうから学習院に入って、悠仁さまと付き合って、んでもって結婚して僕も皇室の仲間入りをして口髭を生やす! |
| 2006年09月14日(木) タイムスリップ。 |
| 6年前の今日の日記を読み返してみると、僕はコインランドリーに行って3人の女子高生の1人に話し掛けられている。突然「ねぇーどう思います?」と話し掛けられて、女子高生達の会話を聞いていなかった僕は律儀に「わからない」と答えている。そんな日記である。そしてその時、僕に話し掛けた女子高生が来月出産を迎える僕の妻なわけがなく、それ以上の進展があるわけでもなく、なぜ突然話し掛けられたかの言及があるわけでもない、いつもながらの日記である。 しかしこうやって昔の日記を読み返してみると、その時の光景を鮮明に思い出すことができる。女子高生達の顔は忘れてしまったが、女子高生達が話していた場所、僕が座っていた場所、その時呼んでいた本、駐車場に停まっている僕の車、前日から振り続いている雨。コインランドリーに貼ってある手書きのポスター。日記を書いていなかったらとっくに忘れているような光景が、読み返すことによって懐かしさと共に甦ってくる。 最近、日記を書き続けることに何かの意味を見出そうとしていたのだが、そんな深く考えることはない。その日あったことを感じたことをそのまま書けばいいのだ。そして今日のように数年経って読み返して、その風景に、その時の思いに、その場所の匂いにタイムスリップして、今の自分と比べたり、昔の人生の一場面に戻ったりできることが日記を書き続けることの醍醐味ではないだろうか。 ちなみに今日は新聞が届いてなくて催促の電話を掛けたら、「それはそうと購読料の振り込み届け送ってくれました?」と、ちょっとムカつくことを言われました。先週送ったのに。このちょっとしたムカつきとかも日記に書くことによって、数年後読み返すと思い出すことができると思うよ。 |
| 2006年09月13日(水) 腹の向こうのメル友。 |
| 妊娠36週になり、お腹のややちゃんは2600gになったと検診を終えた妻が言った。2600g。もう見た目は新生児と変わらない大きさになっているのだろう。もう狭いお腹の中では自由に動くことはできないのだろう。それが辛いのか苦しいのか、もう30年前の出来事なので忘れてしまったが、窮屈なのは確かであろう。 そんなややちゃんは今日も腹の中で元気いっぱい動いている。妻の腹の皮がボッコンボッコン動く。今日は妻とディズニーランドの話をしている最中に活発に動き出した。大丈夫。慌てなくてもちゃんと連れてってあげるから。そして大人しくなったかなと思うと、腹の中でしゃっくりが始まる。 妻の腹がトクントクンと規則的に動く。赤ちゃんも人間なんだからしゃっくりをするという。胎児の心拍や呼吸は大人の二倍の早さだからしゃっくりも二倍の早さでするそうだ。何を食ったのか飲んだのかしらんが、一日数回我が子は腹の中でしゃっくりをしている。2600gの小さい体でヒックヒック言ってるのである。なんと愛らしいのだろう。 予定日は10月7日だから、来月の今頃、ややちゃんはきっと生まれている。嬉しいのか怒っているのかわからない胎動に一喜一憂しながら、腹の皮を隔てて話し続けてきた我が子にもうすぐ会える。まるで一方的にメッセージを送り続けてきたメル友に会うような心境である。そんな経験ないけれども、誕生の嬉しさは何事にも変えられない喜びになるはずだ。 |
| 2006年09月12日(火) メッセージ。 |
| 1日休んで仕事復帰。朝から胸の痛みはない。調子も悪くはない。朝飯も食べた。ゴミも出した。調子が悪いのは僕の自転車。乗ってるとカッタンコットンどこかが外れたような音がする。カッタンコットンカッタンコットン。僕のどこかも外れているのかもしれない。 白衣に着替え病棟に。すれ違う全ての看護婦さんが体調を聞いてくる。どうもご迷惑お掛けしました。大丈夫です。深呼吸。何かに対して身構えている心境。何かとはきっとあの発作のことだ。白衣に着替えて、病棟に入って、あの激痛に襲われたら、きっとあれは「パニック発作」なんだと思う。 パニック発作の症状は心臓発作に似ているという。そして死ぬのではないかと心配することが多く、不安が不安を呼び、発作を恐れる気持ちの悪循環が始まる。おっかねーぜ。とうとう僕も心の病にかかっちまった。心の病を看る者が、心の病に掛かっちまった。どうしよう。くるか。くるのか。発作がくるのかー。と、待っているうちに1日が終わってしまった。 例えパニック障害だったとしても、明確な解決策はあるから心配いらぬ。要は仕事を辞めりゃいいわけだ。肺が悪かったり心臓がダメだったりしたら、先日妻と同じ保険会社の生命保険に加入するためにアリコを解約したばかりなので、入院費日額1万円も出ない。 でもこれがパニック発作だったのなら、仕事辞めて2・3日温泉にでも浸かって、心機一転新天地で、できるだけ出世しないように病棟の隅で細々と働けばいいことだ。出世をするとダメになる。しかし評価を恐れて過剰に頑張る。この面倒くさい体質はどうにかならぬものか。 仕事用で使っていたパソコンが、今日突然絶命した。電源すら入らない。これはきっと「それ以上頑張るな」っていう神様のメッセージなんだなと思ったけど修理代のこと考えると発作が始まりそうな気分。 |
| 2006年09月11日(月) 本質と真実。 |
| 朝起きるとやはり胸が痛む。激痛ではないが何かの拍子にあの激痛発作が起こりそうな感じが左胸辺りにくすぶっているような。よし。仕事休もう。実際具合悪いんだし。もうホント痛いときはメチャクチャ痛いんだし。今日病棟人数足りてるし。だいたいホントに痛いときは痛いんだし。と、自分自身を励まし弁明し、職場に休みますと電話。 はー。言えた言えた休むと言えた。というわけで僕は今日休みますよ。なに心配いらない。一日休めばどうにかなるさと妻に弱々しい笑顔で話し、ベランダに出て一服。数分後に左胸から左肩にかけてのあの激痛発作に見舞われベランダでしゃがみ込む。 昨日は主に左胸の方が痛かったが、今朝は左肩の方が痛む。なんか左肩が爆発しそうな痛みだ。うっはーマジやばいマジ耐えらんねー。ちょ、ちょ、マジでダメかも、イテイテテテテっテ……あ、治まった。疾手のように現れて疾手のように去っていった。なんなんだこの月光仮面発作は。 この発作マジ洒落になんないから、もっかい襲われたら病院行こう。もっかい襲われるまでちょっと寝よう。と、ベッドに入る。妻は「大丈夫? 大丈夫?」と、優しく痛む胸を撫でてくれる。臨月直前に亭主が入院なんて格好悪いよなぁ。どっちの母親も出産後に東京に手伝いに来てくれるわけじゃないから、ここで僕が倒れたら本当に由々しき事態だよなぁ。早目に病院行ったほうがいいのかなぁ。 と、その後、戦々恐々しながら月光仮面発作を待ち構えていたのだが、それ以降出現せずに夜を迎え、「今夜は麻婆豆腐かマカロニグラタンどっちがいい?」と妻が訊ね、「麻婆豆腐食べたい」と言ってキッチンに向かったら、妻はもうグラタン皿とマカロニグラタンの材料のセッティングを始めていて、「あ、あ、やっぱグラタン食いたい。急にグラタン食べたくなってきたー。つかグラタンしか食いたくないよ」と言うと、「もー。あなたはいつも無理して周りに合わせようとして。いいのよ気にしなくて。麻婆豆腐作るから。そうやって自分の意志を殺してばっかりいるから、体の中で何かが爆発するのよ」と、妻。きっとそれが本質これが真実。 |
| 2006年09月10日(日) 激痛。 |
| 突然、左胸から肩に激痛が走り目覚める。時計を見ると午前5時。息を吸うと痛みが強くなる。深く息を吸い込まないようにハァハァと浅い息をしながら、これはきっと夢だ。夢じゃなくても、もっかい眠って7時半に起きたら何事もなかったように治ってるかもしれん。と、数十秒で激痛が治まったため再入眠。しかし、妻の声で7時半に目覚めても胸はまだ痛む。 明け方ほどの激痛ではないが、息を吸うたびに胸から肩が痛い。白衣に着替え、いつものように病棟へ。痛んでいる部分が少し気になるが、今日は僕が病棟の責任者だから休むわけにはいかない。たとえ悪化したとしてもここは病院だ。なんとかなる。 午前10時、昼食時、午後3時と、3度、激痛に襲われる。激痛自体は数十秒で治まるのだが、その数十秒は息ができず、立っていることもままならない。自然気胸ではないだろうか。そう思った僕は、聴診器で自らの肺の音を聴いた。もし自然気胸なら痛む方の肺の呼吸音が弱くなっているはずである。 自然気胸とは、肺に突然穴が開き、空気が胸腔内に漏れて肺が圧迫されて縮んでしまう病気で、突然かなり激しい胸の痛みに襲われ、息苦しさや咳などの症状を伴う。背が高く痩せ型の若い男性に起こりやすい。 しかし、肺の呼吸音は特に変わりない。パルスオキシメーターで酸素飽和度も計ってみたのだが正常。胸は痛いが、脈も正常だし動悸もない。とりあえずレントゲンを撮ってもらおう。と、仕事を一時中断し、外来で診察。レントゲンを撮ったが変わりなし。この間も、左胸から肩への発作のような短時間の激痛が1度あった。 一体どうしたんだ? 胸を押さえながら階段をのぼって病棟へ戻る。「どうしたんですか?」と看護婦さん。「どうしたんだろう」と病棟主任。まさかこれもストレス? |
| 2006年09月09日(土) 最も最大。 |
| しつねん【失念】 1.うっかり忘れること。ど忘れ。物忘れ。「約束を―して失礼しました」 2.仏語。記憶をさまたげる心の作用。 失念なんて言葉、会話でも文章でも使ったことがない。しかしネットなどで時々見かける失念という言葉。「うっかり失念しました」なんて重複語句である。二重表現である。右に右折である。一番最初である。細かい詳細である。まだ未解決である。 僕はこの「失念」という言葉が恐ろしく恐い(重複語句)。「失念」という言葉を見かける度にドキッとしてしまう。念を失う。動詞の下に目的語がきたものなのか、上に否定の意味を表す字がついたものか漢字検定的によくわからないけれど、この「失念」という、うっかり忘れるどころじゃ済まされない恐ろしさみたいなものを感じてしまうのである。 株取引の世界では、株を買ったにも関わらず、名義書き換えを忘れたり、しなかった株主のことを「失念株主」というらしい。 言葉を変えると「うっかり株主」で、その言葉からちょっとオッチョコチョイなダメ社長という趣が感じられるが、「失念株主」となると、ちょっとしたミスで莫大な損失を被るような事の重大さを感じ取ることができる。「お客様……も、もしかして……失念……株主に……いやまさかそんなはずは……」と、なんだか切迫した物々しい光景が勝手に浮かんでくる株のことなんて全く分からないくせに。とにかく「失念」という言葉に昔から得体の知れぬ恐怖を感じているのである。 |
| 2006年09月08日(金) 若い二人は高いホテルで。 |
| とあるホテルの中華のコース料理を妻と食す。こんな払うんだったら僕はニンテンドーDS買うよと思うような値段の料理であったが、コツコツ溜めたマイルを商品券に換えただけなのでお金の心配はいりません。子供が生まれるとしばらくはこういう所でゆっくりと食事もできないだろうから、今日は美味しいものいっぱい食べようね。と、二人お洒落してJALホテル。 「秋の宴席 伊勢海老コース」と銘打った料理。わけのわからない食材を使用した前菜から始まり、わけのわからないまま食い終えてしまった北京ダックと、不慣れな場に適応できずにただ運ばれてくるものを口に入れるだけの序盤を終え、アワビとフカヒレと松茸のスープが運ばれてきたころには、漸く平静を取り戻し、「このアワビはとても口の中でゴムみたいだね」と、落ち着いたコメントを言えるようになってきた。 「い、伊勢海老のニンニクソースレンジ焼き? あ、オーブン焼き? で、ございます」と、明らかにこのレストランの雰囲気に飲み込まれているようなバイト風情のお兄さんが伊勢海老料理を運んできたが、ニンニクの風味が強すぎて「ニンニクソースのオーブン焼き、伊勢海老風味」みたいな料理になっている。困った。でも次に期待。 と、運ばれてきた料理は、「帆立貝柱と秋果物の炒め」と称するもので、帆立貝柱といくつかの野菜と、なんと梨が炒められている。梨が、梨が炒められているよ。と、小さい声で興奮して妻に話すと、まぁ八宝菜にパイナップルよりは美味しいわね。と、黙々と食べている。僕の記憶が定かならば、八宝菜にパイナップルは入ってないと思う。 その後、豚肉の角煮、鮮魚のチリソース煮、タンタン麺など、もう食えねぇと心の中で音を上げながら妙な味がする中国酒を飲みつつ、「子育て……頑張ろうね」と、場に似つかわしくないことを妻に言い、若い二人はより一層の愛情を深めるのでした。 |
| 2006年09月07日(木) 自分メモ陣痛編。 |
| 来週から妊娠36週に入り、そろそろ陣痛、出産に対する心の準備や即物的な準備をしなければいかんので、今日の日記は自分メモ。きたるべき陣痛に備えて準備するものを書いていくよ。この日記は携帯からもすぐに読み出せるように画面メモへ保存すれば便利だよ僕。 まず、入院した時のパジャマやその他の衣類。これはもう妻が準備してるからOK。次にアロマセラピー。アロマはリラックス効果や、いい陣痛を促す効果があるらしい。産院で実際にアロマを使う人がいるってこの前の両親学級で助産婦さん言ってたから今度試してみようかな。まぁこれは妻が気に入らなければ意味がないけどね。あと音楽。陣痛中に好きな音楽を聞いて気持ちを和らげてリラックスさせなければ。分娩室で好きなCDかけられるって言ってたからね。 次にテニスボール。陣痛時にテニスボールを肛門の下に置いて座ったり、お尻の尾底骨部分にあてるとマッサージ効果があるって助産婦さん言ってた。全く意味がわからないけれど、お産のプロが言うんだからしょうがない。準備しなければ。あと抱き枕。これは東急ハンズで一番高いやつ買ったからそれ病院に持っていけばいい。ペットボトルに取り付けるストローホルダーも必要だ。どんな姿勢でも飲めるからね。 陣痛の合間の栄養補給にキャンディもいいと言っていた。でも妻はキャンディの味とか変に好き嫌い多いから事前に聞いとかなきゃいけない。嫌いって言ったものは意地でも食べないだろうから。あとは使い捨てカイロ。これは体が冷えると陣痛が遠のきやすくなるようで、温めることで痛みが和らぎ結構もよくなっていい陣痛が起こるらしい。まったくもって男の視点で考えると意味のわからないことばかりだ。でも買っとかなきゃ。 しかし頭にのぼった熱や暑さを緩和させるおでこに貼る冷却シートなどもあった方がいいと言っていた。陣痛の時はいっぱい汗をかくからうちわも必要。暖めたり冷やしたり大変だ。頭が混乱する。あとは落ち着いて行動できるように、しっかりと心の準備をするだけ。とにかく元気な赤ちゃんが生まれますように。望みは高く果てしなく。 |
| 2006年09月06日(水) 湯たんぽ抱えて。 |
| 現在、お腹の中の赤ちゃんは2000g前後だそうで、順調に育っているようでありますが、残暑厳しいこの季節、妻の体感温度はすごいことになっているらしく、ちょっと動いただけで汗が吹き出し、息が切れ、顔色が悪くなるという具合で、「まるでお腹に湯たんぽを抱えて歩いているようだわ」と、わかりやすい表現で妻は言う。このようなわかりやすい表現は妊娠中の妻がいる旦那にはすごく助かる。 今日は買い物のついでに夕食も食べて行きましょうと、近所の定食屋に寄って定食を注文し、ふと妻を見ると汗をだらだら流し、顔が真っ青になっている。大丈夫? と訊ねる前に全然大丈夫じゃないことはわかっているというくらい大丈夫ではない様子。今すぐ帰る? でも定食注文しちまったしなぁ。どうしたものかなぁ。と、考えながら妻をうちわでぱたぱた煽っていると、大丈夫、なんとか帰れそうと、息も絶え絶え妻が言う。 マンションまで徒歩5分の距離なので、じゃあ帰ってすぐ横になるのだよ。僕は頼んでしまった餃子定食を食って帰るから。じゃあお大事にっつって、妻を家まで送らずに、僕だけ定食を食って帰った。妻の分は事情を説明して特別に持ち帰り形式にしてもらった。ひでぇ亭主だと思われるかもしらんが、注文してしまった手前、ああいった行動を取るのがベターだと判断したからであって、今考えると本当にひでぇ奴だ。 僕がキリスト教だったら教会に行って懺悔でもするのだが、キリスト教ではないのでただただ反省するばかり。妻の体調と、定食屋の面目を天秤にかけたのがそもそもの間違いであったよなぁ。 |
| 2006年09月05日(火) 妻も僕も大きくなるよ。 |
| 最近、「まぁ臨月だからねぇ」「臨月なんだし」なんて言葉を多用するが、調べてみると臨月とは妊娠37〜41週のことをいうらしく、現在35週の妻はまだ臨月ではないということが発覚。よって最近は「まぁ35週だからねぇ」「35週なんだし」という少々面倒臭いことを言っている今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕は元気ですが妻は最近眠くて眠くてしょうがないみたいであります。 妊娠後期はとにかく眠いものらしく、毎日数時間の昼寝は欠かせないものとなり、妻は同じ時間に働いている僕に対して度々申し訳ないと言うけれど、妊娠中は昼寝も仕事のうちだから眠い時はどんどん眠りなさい。妊娠後期の眠気はお腹の赤ちゃんの要求だと何かの本に書いてあった。とにかく今は元気な赤ちゃんを生むために内からの要求に素直に従っていればいいのだよ。じゃあ僕は隣の部屋でゲームしてるから。と、僕が休日の日は、妻は昼寝、僕はゲームという生活を送っております。最近オヤツが美味しい。幸せ太りだと称してどんどん太るよ。 |
| 2006年09月04日(月) 青年の主張。 |
| 総婦長さんから総婦長室に呼ばれ、ああ今日は何を言われるんだろうとドキドキして行くと、最近うちの病棟に入職した職員の様子を訊ねられた。まぁ僕みたいな使えない主任に聞くよりも、婦長さんに聞けばいいじゃんと思うけど、総婦長さんはきっともう婦長さんから様子を聞いているはずで、僕からの意見も聞いて入職者の様子を総合的に判断しようとしているのだ。 「よくやっていると思います。患者さんに対しても優しいし、精神科の基本的な知識も持っています。経験もあるので病棟に慣れるのも早いと思います」と、意見を述べると、「まぁあなたに聞いたって人のこと悪く言わないからねぇ。あなた人のこと悪く言ったことないでしょ」と総婦長さん。その場ではヘラヘラ笑って明言を避けたが、このことに関しては自分なりにしっかりと考えている。 確かに僕は人の悪口を言わない。悪口を言う前に人のことを悪く思わない傾向が僕にはある。かといって騙されやすいわけではなく、人の言うことは半分聞いて半分は今日の夕食を考えているような人間である。僕の場合、悪口を言わないということは、悪く思っていないということで、実際は悪く思っていないのではなく、ただ人に対して甚だ無関心なのだ。 関心があるからこそ悪くも言いたくなる。仕事では「関わっている」からこそ悪くも言いたくなる。これまで書いてきたように、僕はストレスで皮膚病を患うような若干メンタル面が弱い人間だから、周囲から絶えず受けるストレッサーをできるだけ軽減するように自己防衛が働く。その結果が僕の中にある「他者に対しての関心のなさ」の本質なのだ。 それは決して優しさとか素直さなどと履き違えてはいけない。悪口を言わない結果として優しさが生まれるとしても、それは無関心に依るものだから本質的に全く違う。それでも他者は個の内面まで覗かずに、結果だけを見て判断しがちで、主任は優しい、素直だなどの評価が生まれる。で、それを甘んじて受け入れるあたりが僕のずるいところであって、常にそうした自己矛盾を抱えながら僕は生きているのである。なんだこの未青年の主張みたいな日記は。 |
| 2006年09月03日(日) 惰性的、この脱力感。 |
| mixiなどを見ていると、みんなホントにマメに日記を書いている。毎日は書いていなくても2・3日おきに書いてる人だっている。みんな偉いなぁ。すごいことだよなぁ。と、関心ばかりしている僕は、約6年間毎日日記を書いている。僕の方がすごいじゃないかと思われるかもしらんが、僕の日記の場合、案外あまりすごくない。 なぜかというと、mixiなどの日記を拝見すると、今日こんなことあったよ。こんなこと思ったよ。と、皆さん実に生き生きと書いておられる。その文面に自発性を感じ取ることができる。反面、僕の日記はどうなのか。まぁ若干の自発性もあるとは思うが、6年間書いてきた手前、1日も欠かすことができないという強迫観念が長い月日を経て生まれてきているのも確かで、苦痛にこそは思わないが、僕は生きている! そして日記を書いている! という自己主張の輝きがないのも確かである。 この日記は、批判したり説教したり持論をまくしたてたりというようなメッセージ性の強い日記ではなく、今日は何処ぞの誰がしが何々云っていた、ただ云っていただけであった。今日は僕は何々に対してこのような感想を抱いた、ただ抱いただけであった。など、自分の考えを整理するわけでもなく、何らかの事象を分析するわけでもない。ただただ惰性的に日々を綴っているだけである。しかし、何もない日に何かを書かなければならないこの惰性、この脱力感を表現することこそが、この日記の特性なのだと、自らを励まし続けながら書いている。そういうわけで、mixiなどでマメに日記を書いている人は、ホントに偉いと思う。 |
| 2006年09月02日(土) 一杯100円の奇跡。 |
| 妻と映画。昨夜、何を観るか散々迷った末、「日本沈没」「UDON」「僕の、世界の中心は、君だ」の3作に絞られる。「僕の、世界の中心は、君だ」は、妻の希望が強かったのだが、ストーリーもとい、タイトルの読点の付け方がどうも気にくわぬ。僕の、世界の中心は、君だ。粘っこい。未練がましいというか臭いというか。僕は、こんな臭い映画は、嫌だ。 というわけで「日本沈没」か「UDON」、クサナギかユースケという、ぷっすま対決になり、じゃあ終わってからどうせ昼飯食うから「UDON」を観ようということになり、結局その日の昼飯はマックに行ったんだけどね。 「UDON」前の彼女が香川県出身だったということもあって、何度か本場の讃岐うどんを食べたことがあるのだが、香川のうどんは本当に美味い。たかがうどんなんてと軽い気持ちで香川に向かうほど、初めて口にした時の衝撃がでかくなる。うどんを甘くみてはいけない。あの味は、香川でしか出せない味だ。この風景でしか生まれない味だ。 そんな穏やかな風景や空気が、スクリーンを通して伝わってくる。あぁ確かにこんな感じだったよなぁと懐かしく思いながら、やたらうどんが食べたくなったけれど、都内のどこを探したって、あの味を出してくれるうどん屋なんてありゃしない。讃岐うどんは僕にとってそれだけ特別な存在なのである。 ストーリーは、なんというかまぁ展開が読める安定したストーリーなのだが、安定しているが故に、うどんそのものに集中できる。香川に住む人の素朴さや、その人柄がそのまま表れたようなうどんや、やたら多い貯め池や、日産マーチ。僕にしか意味はわからないだろうが、香川といえば日産マーチなのである。この映画にもやたら日産マーチが登場する。 観て損はないが、観なくても損しない。そんな穏やかな安心感に包まれた映画「UDON」。僕の、四国の中心は、ここだ。 |
| 2006年09月01日(金) 父性とは。 |
| 先日の両親学級では、7kgのウェイトを装着して父親にも妊婦の苦労をわかってもらおうという妊婦体験をしたのだが、ただ7kgのウェイトを装着しているという感じだけで、どうもあの胴着だけではいまいち妊婦の気持ちになることができない。 しかし助産婦さんがニコニコしながらコメントを待っている様子なので、「あぁ。なんてしゃがみ辛いんだ」「暑いですね。夏場にこれじゃあ、大変だ」「こ、腰にきます」なんて妥当な感想を述べて助産婦ならびに周囲の母親たちの期待通りの反応を得ることができたのだが、腰にきますなんて言ったけど、あの胴着では肩や腰に重さが分散されて実際腰は全然痛くなかったよ。 と、妻に話すと、「どうせそんなこと考えてんだろうと思ったわ」と、僕の有り体な演技に気付いており、いやしかし体験しないよりしたほうが有意義であったよ。と、体裁を取り繕うあたり、僕は何を学びに両親学級に参加したのだろうと考えることしきり。 まぁ妻などは10ヶ月の歳月を重ねて徐々にお腹を大きくしていくのだが、僕なんて突然これ着て下さいはい着てみますって感じで7�圓瞭甲紊鮹紊擦蕕譴董△曚藹鼎い任靴膓譴靴い任靴腓呂そ鼎い任攻譴靴い任垢覆鵑憧響曚鮓世錣気譴董△海裡鍬圓瞭甲紊飽γ紊發覆韻譴侈の�もない。これではただの表面的な共感である。周囲の父親達を見ても「まぁ……予想はしてたけど……」みたいな顔をしている。いかん共感とはこういうものではない。 だいたいやたら共感というものに捕らわれるからいけない。無理に共感しなくても、父親としてやるべきことをやっていけばいいのだ。僕らが磨くのは母性じゃなくて父性なのである。父性と母性の相互補完的秩序こそが家族のあるべき姿なのだよ。と、お腹に向かって話すと、妻の腹がゴニョゴニョ動く。中に小さな命がある。これが……足で……これが……たぶん頭だろうなぁと、臨月間近の妻のお腹からおぼろげなる形を示しながら赤ん坊が何かを主張している。 |
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