| 2005年01月31日(月) |
ダ・ヴィンチ・コード 上・下巻 |

「ダ・ヴィンチ・コード」上・下巻 ダン・ブラウン著 先日、知人達に口々に勧められ、お借りした本を読んでみた。 中世の時代小説と思ったら、こてこてのミステリーだった。
ルーブル美術館内で起きた殺人事件の被害者が、意味深な暗号を残して死亡することからこの話は始まる。 中盤でマグダラのマリアは、キリストの妻だったという説がでてくる。そして、暗号を解きながら、彼女が磔刑にあったキリストから流れ出る血を受けたという「聖杯」の行方を孫娘・ソフィーとラングドン教授が追う。
ホントは、ミステリーは好きじゃないけど、興味深いテーマだったので熱心に読んだ。アメリカで、ベストセラーになってて、720万部も売れたそうだ。メリケン人が好きそうな話であった。 ワタクシ、今回、このメリケン人の本の訳で、すっごく気になった表現があった。それは、長さを表わす単位。インチ、フィート、マイル(は出てきたっけな?)
おりしも、舞台はパリとロンドン。 こちらはセンチ、メートル、キロメートルの世界でっせ? 甚だ違和感。アメリカが舞台ならそれっぽく響くけど。 それでも主人公がメリケン人だから、それでいいんかなぁ。 私は、妙な違和感を持って読んだ。 気になる単位は上巻にしかでてこないけど。
でも、全体的にはおもしろかった。 シドニィージェルダンを読んでいるときみたいに、ページをめくるわくわく感があったかな。久々の徹夜本。
* * * * * * * * *
5年生の長男に表紙を見せて、これ誰だと思う? ってきいてみたら、 「はげちょびんのおかま」と答えました。
我が子の感性を信じたいと思います。
土曜日は日本人学校で毎年恒例の餅つき大会。
付きたてのお餅は美味しいですね。たくさん食べましたよ。 今年、杵を新調したので、つきあがったお餅からほんのりヒノキの香り。 この香りは、郷愁をそそられるものですね。古きよきニッポンの。
お土産のお餅とあずきで、ぜんざいにして食べました。 「あ、カップのこういうの、どこかで食べたことある〜」と清二。 カップ汁粉とかの類のものでしょう。ははは、そういうものは日頃手に入らないからねぇ。いつ食べたんだっけ?
そして、日曜の朝は、子供の体力づくりをかねたスポーツ、二時間。 いつも保護者も一緒に参加している。
今日のメニューで、親子混合列を作って、鬼ごっこをした。 何回か組み合わせが入れ替わって、最後の回は、背の高いお父さん(推定182cm)が私の後ろになった。背が高い方だから、私の肩につかまられるものだと思っていたら、な、な、なんと、そ知らぬ顔で私のぶっとい腰に手を回された。
あ、あ、あー。冬場の運動不足に、連日の過食、更には昨日の餅つき大会でたらふく食べたのとで、目下私のウエストは、どかーんとでかいのにー。そのお父さんは私のでかい腰を、平気な顔で、しっかり両手でつかんでおられる。
でかい腰をつかまれて、ワタクシ、ホントはすっごい恥かしかったんだけど、「あの、すみません。肩に手をおいてください」というのも、なんだか必要以上にお互い意識してしまいそうなので、私は、羞恥心をゴクリと飲みこんで、何とかしばらく我慢した。
そのうち、鬼ごっこが最後に二手になると、動きもがぜん激しくなってきた。お父さんは、列から離れないように、私のウエストに指を立てて、むんずと掴んで必死に動いておられた。
がぁぁぁー、はずかしぃぃぃー。 パパにもこんなでかいウエストは触らせないのに……。
ま、当のお父さんは、端からなーにも意識などしておられないのだと思うけど。ゲーム終了で、「あっはっはっはー」とかって汗をかいて笑っておられたから。。。
| 2005年01月27日(木) |
バッテリー上がっちゃった。 |
車のバッテリー上がっちゃったー。 大家さんに赤黒のコードでつないでもらって、何とかエンジンをかけることができたから、近所の車のバッテリー屋さんへ。
今までは、車の故障があれば、すぐにアルファロメオのディーラーにいってたけど、無理にそんなところまで行かなくても、近所の町工場で十分修理ができるのだ。それもチープな価格で。
そこは、大家さんの紹介。イチゲンサンの外国人は絶対に立ち入らないような古い修理工場。うちのすぐ近所。ここから屋根だけなら見える。
で、当のバッテリーは古くなったんじゃなくって、コードの接続部分の金具のあたりに分泌液が溢れ出て、接触が悪くなっていたようです。
新しいバッテリーの値段は250ズォティだったけど、良心的なおじさんは交換などはせず、今のバッテリーの接触の悪いところをきれいに直して、また元通りにしてくれました。25ズォティ。十分の一価格。
これが、アルファロメオのディーラーに持っていくと、倍近くの値段を取られるんだよね。今回、ちょっとは節約できたかも。
アルファロメオって、本当に故障が多い。さすがイタリア車。 知人の日本車なんか、修理工場に持っていったなんて聞いたことが無い。
前、イタリアに旅行したとき、あぁ、こういう人たちの国の国産車だから、何かトラブルがあっても仕方ないなぁと、妙に深く納得してしまった。
やっぱ、車はドイツ車か日本車に限るね。 男ならイタリア人がいいけど。
昨晩、JSTVで織田裕二と矢田亜希子主演の「ラストクリスマス」が始まった。まず初回は、こんな展開ありぃ? ってな感じでバカくさかったけど、次回が楽しみだったりして。久々に気合を入れてみる連ドラかも。
それにしても。WHAM! の曲をカバーで歌っているのは、織田チンかいな……。うーむ。
理人は、日頃家で聴いている音楽が流れていたので、嬉しそうに一緒に歌っていた。子供はさ、耳がいいから、歌詞を自然に歌えるの。 すごいよなー。
うちの男衆は矢田亜希子の大大ファン。 「白い巨塔」で演じていたお嬢様の清純イメージがたまらないらしい。
それが、ラストクリスマスでは、表面的には清純そうでも、裏でははすっぱなヤンキーあがり。 役柄上といえども、あの裏の矢田亜希子像は子供達なりにかなりショックだったらしい。
今晩の夕食時に、ポツリ。 「ママァ、ボク昨日さ、矢田亜希子が男の人、ぶん殴ったの見て、すっごいショックだったんだよぉ。あの人、あんなことするような人なんかじゃないのに……。言葉づかいも悪いし。」と理人。 「あ、ボクも。男の人殴るなんて、おしっこちびるかと思うくらいにびっくりしたよぉ」と清二。
海外で純粋培養で育ってきたわがボーズたちも、成長とともに、世の中のいろんなことを学びつつあるのであろう。
とりわけ、自分たちの憧れの女の人が、ドラマといえども、ワルな違う一面を見せたことが、どうしても受け入れられないようだった。
母親の私としては、子供達がまだまだもちあわせている純真な心を垣間見ることができて、密かに嬉しくもあった。
ママの説教。 「世の中にはねぇ。人前では可愛い顔して、陰で悪いことしてる人って、他にもいっぱいいるんだよぉ。先生の前とか、親の前だけいい子にしてる子。顔を使い分けて、心に裏表を持つのはいけないことなんだよ」 「僕達は大丈夫だよぅ。いつもおんなじだから」 「いつもおんなじ、(いうこと)きかん子だから」 「こら〜」 「げらげらげら〜」 などという会話を交わしながら和やかに食事をしました。
ま、ドラマのあの役は、役柄上一癖も二癖もあるんだと思うけど。 今後が楽しみ。でも、矢田亜希子はこのドラマで急に老け込んだね。 子供達がショック受けてたよ。
ママの風貌はどっちかというと、和田アキコ風。 和田アキコが「我」が「家」にかえると、矢田亜希子……なーんちゃってー。 高田純次 名言集より
* * * * * * * * *
私の周りには、二重人格の人はいない。 いるかもしれないけど、深くは付き合っていない。 裏と表の顔を使い分ける二重人格だけは受け入れがたい。
多面性のある性格は見かたによっては魅力に繋がるかもしれないけどね。
| 2005年01月22日(土) |
CHANEL CHANCEのピンク色 |
昨晩、賀詞交換会から帰宅すると、お手伝いさんが子供達の留守番がてらきれいに家中を片付けておいてくれた。
寝室の床には部屋着を脱ぎ散らかして、サイドテーブルには化粧品を散乱させたまま出かけてしまったから。それらがすっかりきれいに整理整頓されていた。ありがとうです。ははははは。
寝室に入って一番最初に目に付いたのが、卓上のシャネルのオードトワレ「CHANCE」の丸型の瓶。残り3分の2。
出掛けにシュッシュッシュッといつもより多めにふりまいて、ピンクの箱と中詰の白い紙も、そのまま卓の上に放り出したままにしていったのだった。
で、オードトワレの瓶は今、目の前にある。 でも、ピンクの外箱はない。 うーむ。どこにいったんだろう。 いろいろ私が置きそうなところを探したけど、どこにも見当たらない。
きっとお手伝いさん、ゴミと間違えて捨ててしまったに違いない。 くずかごはきれいに空っぽだし、家中のゴミもすっかり片付いている。 あちゃー。
このトワレは、旅行に持っていったこともあって、つぶれた形跡があったり、箱の四隅がやや擦り切れていたり、確かに、新品の箱には見えなかったかもしれない。ゴミと間違われたんだろう。 放り出したまま、片付けなかった私が悪い。文句の言いようがない。 でも、あの箱だけは捨ててはいけなかったの。大切だったのよぉ。
私が箱にこだわる理由の、まず一つめは、日光による香水の変質を防ぐため。シャネルの香水のほとんどは、最初、琥珀色の透明な液体でも、すぐにビールみたいにくどい茶色になってしまうのだ。箱に入れておけば、その変色のスピードは多少緩めることができる。 だから、いくら瓶のボディがエレガントであっても、私は、香水の瓶を剥き出しにはしたくない。
二つ目の理由は、CHANCEの外箱のピンク色が好き。ピンク色のトーンにもいろいろあるけど、CHANELのピンク色は、女心をぐっとつかむ上品なオフピンク。
女心をつかむ色っていうとね、例えば、寒色系統だったら、TIFFANYの水色とかね。自然に瞳が引き寄せられるような上品な色合い。ブランド名に関係なく。高級感のあるトーンというのかな。 ニュアンスわかってもらえるかな?
で、日常使いのトワレは別にあるので、このシャネルは特別なお出かけ用。このシャネルのチャンスをつけるときは、どんなときでも特別なchanceなのだ。私にとって。
外出用にきちんとお化粧して、香水類が並んでいる棚から光沢のある優しいピンク色のパッケージ「チャンス」に手を伸ばす。同時に、箱のカラーとロゴに目が止まる。 その瞬間が、すごくいい。
身支度の仕上げにオードトワレをふりまいて、テンションあげて。 さぁ、これからお出かけするのよ、って。何ともいえず華やかな気分。 自分が100%オンナなんだと自覚する瞬間でもある。
だから、私にとって、あのピンクの箱入りの「チャンス」というものは、パーティー前の昂揚感を煽るためのアイテムの一つでもあるのだ。
* * * * * * * * *
で、今朝。 マンションのごみ収集所に大切なピンクの箱を探しに行ってきました。
ありました、ありました。よかったー。
一番手前の黒のゴミ袋から、ピンクの四角い箱が透けて見えてました。 慌ててゴミ袋を開けてみると、「小学三年の科学」のパッケージ、お菓子の空き箱、キチンペーパーの芯など、乾燥した紙ごみ類と同じ袋だったので、汚れ物で破損することなくきれいに原形を留めていました。ふ〜一安心。
今はまた、ピンクの箱にきれいに収めて、他のトワレ類と一緒に静かに棚に並んでいます。ピンクの箱の私のチャンス。
| 2005年01月20日(木) |
パンツスーツ新調しました。 |
明日は、賀詞交換会。
着ていく服がないので、ガレリアモコトフのJONESでパンツスーツを買ってきました。やや青みが買ったきらびやかなブレザー。インナーに揃いのコルセットがあったけど、サイズは丁度のはずなのに、胸パンパン。谷間も必要以上に強調される。だめだこりゃ。ブレザーとパンツだけ購入。 別のテナントで、インナーを探したけど、結局、紐で締める黒のコルセットを買ってきた。こっちだったらそれほど胸元も露になることもない。でも一人では紐を締められないから、誰かに手伝ってもらわないといけない。パパ、ちゃんと早く帰ってくるかなぁ。 間に合わなければ、ボーズたちに手伝わせるか。
それから、親戚+αに、毎年、バレンタインに送っているPATCHIのチョコレートを購入。
ラッピングが済むまで、3Fのサラダバーで、お昼ご飯。 タイ風サラダ、パインとセロリのサラダ、ファルファッレとピーマンのサラダと鶏肉ロール。
このタイ風サラダがむっちゃ辛かった。一口食べて慌てて、「はひぃ〜」というような表情をしたら、離れたところに座っていたビジネスマンとばっちり目があってしまった。
慌ててガス入り水を買ってきて、続きを食べる。
チョコレート、他にも入用なのを突然思い出し、食べながら、 「あぁっ?!」というような表情をした。 ふと顔をあげると、さっきのビジネスマンが、観察モードでずっとこちらを向いていたらしく、「にっ」と満面の笑みで微笑まれてしまった。
もう……。こっちをみないで下さい。恥かしいから。 ちょっと嬉しいことを思い出してニマニマ笑ったり、心配事を思い出して大きなため息をついたり、突発的に何かを思い出してハッとしたり。
もう……。私、表情豊かなんです。一人でご飯食べてても。 だから、もうこちらを見ないで下さい。
今、子供達の英語の家庭教師がきています。 少しずつ、上達しているみたいです。たまにふざけたり、兄弟げんかをして授業にならないみたいだけど、今日は楽しそうに、意外とスムーズにやってるみたい。
今晩は、19:30から近所の語学学校でママの英語もある。 でもだるいからおやすみ。それに雪だし。ちょっとゆっくりしたい。 買ってきたパンツの裾上げもしないといけないし。 早めに買って、直しやさんに持っていけばよかったー。
あ、それから、パパー、本日、カードでたくさんお金を使ってきましたよー。 びっくりしないでちょんまげー。
最近、パソコンにかじりついているついでにこんなサイトを見ている。 大手小町
そこで、本日見つけたおもしろい発言より部分抜粋〜無断引用ゴメンナサイ。
某コーヒーショップでアルバイトをしていた時の話です。
20代の女性がコーヒーとトーストを頼みました。そして次の50代の女性がコーヒー1つを頼みました。
2人にコーヒーを出し、20代の女性にトーストを出したら、50代の女性が「あら?私のトーストは?」と怒りだしました。 注文していないんですけど…(後略)
これを読んで、思いっきりげらげら笑ってしまった。 いるいる、こんなおばさん、かならずどこかに。
他にも思い込みの激しいオバサンや厚かましいオバサンについての発言もあったけど、どこれもこれも笑えるようで笑えない。自分も知らず知らずのうちに似たようなことはしているかもって。
私もなー。頭で考えていることと、口をついて出る発言が違うことが多くなってきたから要注意。特に海外在住歴が長いと、家族以外の人としゃべらない日が続くからなぁ。ここ数日、確かに、片言のポーランド語と、手短な電話の応対だけ。
言葉と脳が退化していくよー。
* * * * * * * *
人前ではいつも陽気にやってるけど、ホントは、時々人としゃべるのがめんどくさくなることがある。しゃべることに集中力を使うのが億劫というか。
お酒の席なら、全てがバカ話として流せるけど、女同士の会話は、会話の内容の詳細を覚えていないといけない。どこで誰と何について話したかとか。深い話か浅い話かとか。近況とか。相手のスケジュールとか。お礼のタイミングとか。
そういうことをいちいち覚えているって、意外と神経を使うものだ。といいつつも、全てを忘れ去って、あまり神経なんか使ってないけど。でも、そういうことにより神経を使わないといけないんだろうな……とは常日頃思っている。
実際には、私はそういう神経の使い方が疎ましいから、自主的に家に引きこもっている。しかもパソおただな。日中はリビングが私の書斎なのさ。パソでたいしたことをしているわけじゃないけど、パソの前にいないと落ち着かない。本とか、新聞とかもパソデスクで読むことがあるもん。
あまり、一人で過ごす時間が多すぎると、言語中枢が退化するかと思って、ときたま大人の音読ドリルなどを広げてみている。
一日目。坊ちゃん、夏目漱石。 「親譲りの無鉄砲で子供のときから損ばかりしている。(後略)」
ときに、外国語を話さないといけないときは、舌を滑らかにするために、前もって顔筋と舌を動かして、強張りをほぐしたりしている。
ま、どれもこれも対外的小規模的祐子姐的努力といったところか。
といいつつも、できれば今日も終日、一人静かに過ごしていたい。
| 2005年01月18日(火) |
パパはまだ帰ってこないしさー |
長いながーい一日。夜10時過ぎました。
子供達は兄弟仲良く遊んでるしさー。 パパはまだ帰ってこないしさー。 同僚は隣国に出張だしさー。(って、直接的には関係ないんだけど……)
ええーい、もういいや、一人でワインでも飲もうっと……と思いついて白ワインを抜きました。オーストラリアワイン。
これがねぇ、あなた、むっちゃ美味しーいの。 一人で飲むの、もったいないくらい。パパよ、早く帰ってこいー。 冷やして飲むように、とあったけど室温で。 うん、確かにきりっと冷やしたほうが美味しいかも。 甘味が浮いてくるから。
今から、ワインクーラーに入れて、速攻で冷やします。
疲れてんのに、神経が冴えて眠れません。 テレビの音は耳障りだし、読みかけの本は、読み終えた。 子供達は、今晩に限ってどうしてあんなに兄弟仲良しなんだろ? 早く寝てほしい。
あ、たった今、パパが帰ってきました。じゃーねー。
| 2005年01月17日(月) |
I want your sex |
I want your sex……と瞳を見詰められて、誰かに言われたわけではない。ジョージマイケルの歌。1987年「faith」収録。 最近よく、エンピックでCDを買うんだけど、昔、誰かの車の中で聴いたテープをなつかしく思って、あらたにCDを買い込むことが多い。
ワム! ジョージマイケル、エルトンジョンといったところか。 いまだに12月になると耳にする、ワム!の「ラストクリスマス」。 メロディーが好きだから、いつも一緒に口ずさんだりして。 ヒットした頃、「私、この曲大好き〜」と無邪気にはしゃいだりしたなー。
で、この前、「The best of Wham!」を買って、歌詞をまじまじと鑑賞してビーっクリ! ラストクリスマスってさー、振られた男のくやしまぎれの歌だったのね。今年こそ他の誰かを見つけて幸せになってやる〜といった内容。 一度、お仲間から、 「アホウ、これは女が、好き〜というタイプの歌詞とちゃうねんでー」 とご指摘を受けたんだけど、ようやく今になって、その言葉の意味を咀嚼しているところでございます。あちゃー。確かにこの曲好き! といってる場合じゃなかったや。すまなかったねぇ、無神経な女で。
当時、ちまたにはアッシーとかメッシーとかいっぱいいたけど、ということは、彼らはみんなワム!の「ラストクリスマス」気分だったのだろうか? そりゃぁ、女たちは罪作りなことをしたかもしれないねぇ。
ワム!の「ラストクリスマス」より、ソロになってからのジョージマイケル 「I want your sex」の祐子さん的なつかしいお話をおひとつ。 これって英国でヒットチャートにのったけど、放送禁止になったんだっけ。 どこかで読んだけど、詳細は忘れちゃった。 ま、いいや、そんなことどうだって。
* * * * * * * * *
かつて、会社の同期で、いつも一緒に遊んでいたむーさんというお仲間がいました。(お〜ぅ、「むーさん」という響きが妙になつかしい) 当時むーさんの車の助手席に乗った回数も時間も一番多かったのは、多分この祐子さんのはず。同期以上彼氏以下ってなかんじだったかな。
むーさんとはご飯を食べに行ったり、みんなでスキーに行ったり、本当にしょっちゅう一緒にドライブしてました。いろんなところに。
わりと気の利いたBGMや、女の子もすきそうなテープをいつも用意してくれていたような。むーさんのカセットボックスから私が聴くテープを選べば、ユーミンとか杏里とか日本人の女性ボーカルが多かったけど、むーさん本人はいつも一人でジョージマイケルを聴いていたような。
でね、ある日のこと。 いつものようにドライブに行くため、ピックアップしてもらって、むーさんが聴いていた音楽をそのまま私も何気に聴いていたんですよ。
で、ある曲が終って、次の曲に入ろうとした瞬間、 「あぁ! これはあかんあかん……」 といって、むーさんが慌てて別のテープに替えたんですよ。
一度ならずも、二度も三度もそういうことがあったような。それが確か、ジョージマイケルの「FAITH」のテープだったような気がする。そのうち、そのカセットテープ自体、車の中には置かなくなったみたいだった。
で、この「faith」も、先日なつかしくなって買ってきたんだけど、「I want your sex」をきいてびーっくり! えぇ?! こんな曲はいってたの〜? って。他はむーさんの車の中で聞いたことがあった曲もあるし、ラジオで聞いたことのある曲もある。でも、これだけのりがいいにも関わらず、この曲一度も聞いたことはなかったぞ。
むーさんは、この曲を私と一緒に聞くのを何としてでも避けたかったんでしょうね。嫌だったんだろうか? 恥かしかったんだろうか? 身の危険を感じたんであろうか?
でもさ、私を前に、そんなに意識することないじゃん、ねぇ。 ♪ I want your sex〜 I want your sex〜 ♪
ただの音楽じゃない。。。 そんなに私と一緒にこの曲聴くの気まずかったのかな?
大丈夫、襲わないってばー。
追記: そういえば、最後にむーさんと電話で話したのは、10年前の今日。 阪神大震災が起きた日だった。 ご両親が西宮に住んでいらしたから、心配になって連絡してみた。
どーしてんだろ? むーさん、今も元気かなぁ。。。
今朝は二日酔い。午前中いっぱい、ベッドでごろごろ。 弱くなったなー、お酒。
終日どう過ごしたか記憶になし。 あ、そうそう。読書してたんだった。 森瑶子自選集9巻と1巻「砂の家」と「情事」 そして、「熱情」現在読みかけ。
夕方に、すっぴんにまゆ墨と口紅だけさして、カルフールへパパと二人でお買い物。
ここ数日、台所に立っていなかったので、日曜の夜ぐらいは私がイニシアティブを取って、夕食を準備した。
カレーライス。あはは。私がお料理したといっても、カレーでしたか。
でも、理人にオードブルの盛り付けを手伝わせた。 グリッシーニにバジルペースト、イタリア生ハム、オリーブ、カマンベール。 子供達には、ピッチャーに入れたアップルジュースサイダー。 パパとママは、ほんのり朱色のロゼワイン。みんなでカンパーイ。
なんだかテンションが上がってきて、ちょっとしたパーティー気分。
でも、ホントはね。いろいろ思うことあり。 希望あり、不安あり、野心あり。 言葉にできないこと、あまたあり。
悶々としているうちに、ただ時間だけが過ぎていく。 平常心にしがみついて、ただ時間だけが過ぎていく。
| 2005年01月14日(金) |
新生児の1割は戸籍上の父親以外の子〜独〜 |
ドイツでは、父子DNA鑑定禁止法の改定の賛否をめぐって、大論争らしい。
新生児の1割は戸籍上の父親以外の子……なのだそうだ。
女性法相が女性誌のインタビューで、個人情報保護のために、父子のDNA鑑定を禁止する意向を示したそうだ。
妻の同意なしに父子DNA鑑定を行うことを禁じ、違反した場合は、一年以下の禁固刑。年内法改正実施、来年一月施行をめざすという。
そこで、カッコウの子を育てさせられているパパさんたちが蜂起した。
読売のソースはあるんだけど、エラーで見れないのでリンクしませんでした。
私、これを読んだとき、ドイツ人ならありうるなぁと思ったよ。 一割の新生児が、別の男性の子供。
ドイツ人気質を分析して、知ったかぶりで物を申しているわけではない。 11年間、私は彼らを見て暮らしてきたのだ。 ドイツ人の貞操観念というものはとっくに失われている。 きっぱりと断言できるくらいに。
女も女なら、男も男なのだ。 お手軽にパートナーを替えたり、タコ足配線だったり。 やれやれ……ってなかんじ。
妊娠自体はおめでたいけど、やっぱパートナーが問題。 後ろめたい思いで、ウソをつきとおせるドイツ人女性もすごいぞ。
ま、ドイツ人に限らず、冬ソナも、世の中にあるそんなお話の一つに過ぎないんだけどね。
| 2005年01月13日(木) |
昔ながらのプラモ屋さん |
本日のPTA定例会、とんとん拍子に進んで、45分で終了。 史上最短時間。素晴らしい! 思わず拍手。ぱちぱちぱち。 だったら子供達の英語、キャンセルする必要なかったかな。
今日は久しぶりに子供達を後に乗せて、自宅まで車を走らせた。 で、途中、子供達にせがまれて、近所のプラモ屋さんに寄ることにした。
このプラモ屋さんは、近所の古い廃れたバザールの建物の二階にある。初めてポーランドに赴任した人だったら、決して足を運ばないような薄暗いところである。私は、知らずに一度ここに迷い込んだことがあって、一応、中にプラモ屋さんがあることを知っていたのだ。
このバザールに入っている他の下着屋さんや、飲み物屋さんや、時計屋さんなどは、細々と商売を続けているってな感じ。最近になって、何軒かは店を畳んだところもあった。おしゃれなファッションセンターがたくさんたってるから商売にならないのでしょう。
それでも、このプラモ屋さん、いつ寄ってもいろんな年齢層のお客さんで、大繁盛している。品物の回転もいいのか、埃がかぶった古臭い感じもしない。日本のTAMIYAのプラモとかもたくさんある。日本語で商品名が書いてあるので助かる。
店番しているのは、普通のおっちゃん。プラモに関してはいろんなことをよく知ってそうだ。ポーランド語がわからないから話を聞けなくて残念だけど、言葉がわかれば、子供達が喜びそうなことをいっぱい教えてくれそうな感じ。
そこの常連客も、いかにも「マニア」ってな感じの人たち。オタクじゃなくって、プラモマニア。手先の器用な人って、そういう顔立ちをしているもんなんだなって、今日来ていたお客さんを見て思ったよ。
理人は、今、ゾイドに凝っているらしく、自分でオリジナルの色塗りをしているようです。プラモに塗ってるんだったかな? シルバーの塗料2個と、筆とピンセットを買ってやりました。
今は、早めに宿題をやり終えて、早速色塗りに取り掛かったようです。 清二も早めに宿題をして、静かにしています。
お〜、すばらしい。 昨日までは、乱闘ごっこばっかりやってて、ママは怒る気力すらなかったけど、こうして、何か作業をさせれば静かに出来るのよ。うちの子達。
ママは天国。さてと。夕飯でも作ろうかなー。
| 2005年01月12日(水) |
日常が戻ってきました。 |
冬休みも終わり、子供達が学校に行き始め、我が家にも日常というものが戻ってきました。
ボグダンじいさんとのテニスのトレーニングとか、英語の学校も始まったことや、お掃除おばさんが来てくれるようになったことや。
最近のワルシャワ、むっちゃ暖かい。 今日は10℃超えてたのかな。
今日なんか、ゴルフの打ちっ放しいってきたよ。50発だけ。 フリース姿で十分。でかい腹をねじって気持ちよかった。 数ヶ月のブランクがあったけど、フォームは忘れていないもんだなぁと思った。ドライバーの飛距離がまたまた伸びました。ガッーツ!
それ以外は、今日一日、ELTON JOHNの新譜「PEACHTREE ROAD」を聴いていたの。歌詞カードがないので、ネットで拾ってみた。
アマゾン・コムのレビューに書いてあったんだけど、声が老化しているのかもって。確かに、声のハリがない部分や、しわがれてる声の曲があるの。スコンと抜けてないというか。でもね、CDの後半に収録されてる曲がどれもいいかんじ。
明日は、日本人学校でPTA定例会。
さっき、パパに宣告しました。
「次の連休には、ウィーンに行くからね」と。 「何しに?」と能天気な夫。
「画を観にいくの。クリムトの。ベルベデーレ宮殿に。シェーンブルン宮殿も」 「で、誰? クリムトって?」
ワタクシ、早速クリムトの画集を持ってきて、パパに差し出しました。
これは、おととしの夏、神戸のお友達の家に遊びにいったとき、たまたま訪れた兵庫県立美術館でやってた「ギュスターフ・クリムト」の特設展で、記念に買ってきた画集。
私、それまで、クリムトなんて知りませんでした。何となくどこかでみたことはあるような気がしたけど、あまり私の好みではなかったようです。
実は先日、クリムトの画集を引っ張り出して、みていたばっかりだったの。 イタリア旅行中、どこかでクリムトの画かポスターを見かけたのを思い出したから。
私、びっくりした。 日本の美術館で観たクリムトと違って、ヨーロッパで見るクリムトは圧倒的に、絶対的に華やかに感じるものなのだ。
周りの雰囲気にマッチしているというか。街の雰囲気とか、展示されている壁紙とか、画の前を通り過ぎていく人種とか。全体が。
県立美術館で見たベートーベンフリーズの壁面全体の長い画は複製だったにしろ、他は本物であろう。
私自身、クリムトに対する理解が浅かったせいもあるけど、ウィーンの華やかで奔放な女性の肖像画や、欧州的な大胆な官能表現は、閉鎖的で性に潔癖なニッポン人が列をなしてみんなで鑑賞するには、何か違和感みたいなものを感じてしまったのだ。
一度、本場のウィーンの宮殿で本物のクリムトの画を見てみたい。 心から切にそう思った。 久しぶりに、主体的かつ具体的に自分の意思表示をしたような気がする。
まぁ他にも密かに行きたいと目論んでいるところはある。 ロンドン「ターナー記念美術館」 ターナーの水彩画がすきなの。 パリ「ロダン美術館」 愛弟子のカミール・クロデールの作品のほうが好き
でも、どれもガイドブックには取り上げられてないようなマイナーなところばかり。私なりに、ターナーやロダンたちの彫刻の芸術性には深い思い入れがあるんだけどね。
ターナーだったら、家族でロンドンに観にいってもいいような気がするけど、ロダンの彫刻は、できれば家族とはみに行きたくはない。 やがて、子供達が大きくなってからあらためて訪れるための憧れの場所としたい。
なんだか話がそれちゃったけど。 今度の3連休は、イースター。三月下旬。
げ、春休み中か〜。いろいろ忙しい時期だなぁ。がう〜。
 ギュスターフ・クリムト「接吻」
どこかのサイトから無断引用しました。ゴメンナサイ。
| 2005年01月07日(金) |
白ワインをどうぞ・・・ |
年末は、毎週のように知人宅に招待していただいた。 我が家に集う機会は多くても、こうしてよそのお宅に家族で伺うことはあまりないのでウキウキして家を出た。
大晦日に伺ったお宅でのこと。
まずは、ビールで乾杯。 食事も進み、じゃ、そろそろワインでも抜きましょう……ということになって、そこの(若い)ご主人が、キコキコ、っポンと、栓を抜いた。
「では奥様からどうぞ……」 ボトルを差し出されたので、私はワインの脚元に手を添え、グラスを少し前に滑らせた。
いえでは、ワインの栓を抜くのも注ぐのも、パパが担当だから、こんな風に他の男性から、……というか若い男の人からワインを注いでもらうことなど、滅多にない。 ふへへ。一歳でも若い人にお酒を注いでもらうと嬉しい正真正銘のオバサンになってきたの、最近。
「どうぞ、白ワインです……」 と一声添えて、そっとボトルを傾けてきた。
私ね、ワインが注がれる瞬間ってすごく好きなの。
このワイン、どこのだろう? って。 一応ヨーロッパの地図を思い浮かべてみるの。
そして、どんな味だろう? って。わくわくするの。 かるめのさっぱり系かな? 濃厚で辛口かな? こくがあって舌に残る味かな? とかって。
瞬時にいろいろ想像するの。 今まで飲んだことあるワインの記憶を巡らせて。
そんなにワインに詳しいわけじゃないけど、ドイツ時代から量だけは飲んでるからね。美味しいワインに当たったら嬉しいじゃない、ねぇ。
それから、どんな色だろ? っていうのも大切なポイントかな。 赤だったら、産地によって違うし、白だったら、品種によっても違う。 ここでごちゃごちゃ書くのは、かったるいので割愛するけど。
最近飲んだシャブリがねぇ、神秘的な透明感があってすごくきれいな色だったんだよ。二人だけでぺろりと空けたんだけど。あれはお友達も一緒に飲みたかったかな。
で、注がれる瞬間に、今からグラスを満たしていくワインについていろいろ思いをめぐらせるわけですよ。
来客時、パパについでもらうときは、こっちも席をたってばたばたしてることが多いし、二人で飲むときは、だらしなくソファでふんぞり返ってるから、いつのまにかパパが注いでくれてることが多い。
だけど、こうして誰かからあらためて……となると、きゅっと顎を引き気味に、ちょっと緊張などしてみる。
ボトルの口から、今まさに、白ワインの液体が流れ出ようとしている。
「(この前飲んだ、シャブリみたいな色だったらいいな)」 と期待しながら、グラスの内側がワインで満たされる瞬間を待った。
が!!! なんとなんと、瓶の口から出てきたのは、鮮やかな、あ、あ、赤ワイン! 透明感のある限りなく透明に近いゴールドの液体を想像していた私は、椅子からずり落ちてしまうくらいにびっくりしてしまいました。
「も〜、白ワインっていったじゃな〜ィ」 「あれぇ?! 赤でしたねぇ。白のボトルだと思いました。わはははは」 「中の液体も黒くみえてるじゃないのー。ぎゃははははー」 一座、しばらく笑いの渦に包まれました。
それにしても。 白だと期待していたワインの液体が、真っ赤だったのは、手品を見たときのように衝撃的だったよぉ。
あのパフォーマンスはしばらく忘れられないだろうなぁ、きっと。
| 2005年01月06日(木) |
ららら、ら〜らら〜ぶ、そ〜ん |
イタリア日記は、もうおしまい。だって、日常生活始まって、もう休暇モードじゃないもん。 いろいろ思うところもいっぱいあったんだけど、もういいの。イタリアは。
で、最近の祐子さん。 ふはは。♪ららら、ら〜ら、ら〜ぶそ〜ん 数年前の連ドラ「Long Vacation」ロン・バケDVDを観ております。
これは、東南アジアから最近赴任された奥様にお借りしたもの。 海賊版です。 アジアの香りがします。 字幕が中国語(?)と見慣れない横文字です。
もうー、びーっくり。 わ、わ、わたくし、はじめて海賊版というものを目にしました。 アジアでたくさん出回っているとは聞いていましたけど、実際にメイドインアジアの物を手にしてみたのは初めてでした。 本当に、いかにも海賊版ってな感じがして笑えます。例えば、ジャケットが思い切り当て字的なところとか、役者の名前が日本語表記と違うところとか。
ま、ちゃんとワンクール分のドラマが日本語で映れば海賊版であろうが日本版であろうが関係ないですけどね。 借りてきて早々、どっぷり浸って観させていただいてます。
ロンバケは、ドイツ時代、JSTVでもやっていたので毎週見ていたし、どこかから回ってきた誰かのビデオでも再度見ている。(そのビデオ、異動の時にみんな処分しちゃったけど)
で、そしてワルシャワであらためてもう一度。 何度観ても、新鮮な感じがいい。
今では、少々色気づいた理人が、キムタクに憧れているので、今のキムタクよりも若くてカッコいい「瀬名君」を、理人のほうが喜んで観ている。
パパは、昔から、山口智子のファン。 帰宅して、早速一話目から見始めた。私も一緒に。 私は同じ日にワンスモア。
だから、私の頭ン中は、ららら、ら〜ら、らぶそ〜ん……なのです。
やっぱ、古いけどいいねぇ、ロンバケ。 山口智子扮する「南」、なんて可愛いオンナなんだろう。しみじみ思う。 あぁいう女の「可愛さ」を理解できるオトコって、ホントのオトコだと思う。
そんな輩はどこを探しても私の周りにはいませんけどね。
ふふふ、わたしはね、どちらというと南タイプのオンナかな。
ただ、うるさいだけの……ってな意味じゃないからね、念のため。
| 2005年01月04日(火) |
イタリア旅行記その5 |
バチカン美術館のラファエロの4つの間の手前に、ポーランドの偉大な歴史画家、ヤン・マテイコの大作が展示してあった。
「1683年 カーレンベルグの合戦」ヤン・マテイコ作 第二次ウィーン包囲の様子を表わした画。 私達家族4人は、 「おぉ〜、こんなところにヤン・マテイコの画がある〜、おぅ〜、ヤン・ソビエスキーが描かれてる〜」 といって、立ち止まってまじまじと見入ってしまった。
ニッポン人ガイドのオバはんは、この画の前をあっけなくスルー。 とっとと先に行ってしまいました。
おいおい、ニッポン人はこんな画、興味ないかもしれないけどねぇ、欧州人にとってはねぇ、この画は、歴史的、宗教的に有意義な合戦なのであるぞ。わかっちょるかにぃ〜?
「ウィーン包囲」とオスマン帝国の衰退。 昔、学校の歴史の時間でちょろっと習ったはずだけど、記憶があいまいかな。
16世紀から17世紀。 第10代君主スレイマン1世の時代に隆盛を極めたオスマン帝国。
次第に領土を拡大していったオスマン帝国は、中央ヨーロッパから北アフリカまでイスラムの支配下に入れ、いつしかヨーロッパ諸国を脅かすようになった。
オスマン帝国にしてみれば、ハプスブルグ家の都ウィーンを陥とせば、イスラム世界をヨーロッパ全土に展開できるのは必至である。そうとなれば、喉から手が出るほど手に入れたい要都・ウィーン。
そこで、オスマントルコ軍は、1529年、1683年と2回にわたり、ハプスブルグ家の都・ウィーンを包囲した。いわゆる、これが「ウィーン包囲」である。 この包囲の第1回目は1ヶ月間、第2回目は3ヶ月間にも及んだそうだ。
そこで、あの画に描かれていた「カーレンベルグの合戦」。 ポーランド軍を率いたポーランド国王ヤン・ソビエスキー�契い蓮⊃誓札蹇璽濤陳襪離魯廛好屮襯芦箸鮗蕕襪戮�、ウィーン近郊のカーレンベルグの丘にて、オスマントルコ軍をついに撃退した。
以降、オスマン帝国は、中央ヨーロッパにまで拡大していた領土を次々返上し、急速に帝国の勢力が衰退していくことになる。
つまり、以上の話を単純明快に言ってしまえば、これは、イスラム教対キリスト教の戦いなのであった。
もし、あの時、あそこの合戦で、キリスト教軍団最前線のポーランド軍が、イスラム教軍団オスマン軍にあっけなく負けていたらどうなっていただろうか? 当然、神聖ローマ皇帝のハプスブルグ家は、オスマン帝国の支配下にはいることになっただろう。そして、今ごろは、ヨーロッパ全土にモスクが乱立し、人々はコーランを唱えていたことであろう。
つまり、キリスト教滅亡の危機を、ヤン・ソビエスキー�契い�死守したということである。よって、このヤン・ソビエスキー�契い蓮�後にその偉業をキリスト教の総本山であるバチカンでローマ皇帝から称えられたのだった。
だからねぇ、日本では超マイナーかもしれないけどさ、ヨーロッパのキリスト教圏では、ポーランドのヤン・ソビエスキー�契い箸い┐弌�第2次ウィーン包囲の際に偉業を遂げた王様として、今でもとても有名なんだよ。なんたって、バチカン美術館にその合戦の画が展示されるほどなんだから。
バチカン美術館ではさ、ミケランジェロやラファエロなど高名画家の有名な画がたくさんあって本当に素晴らしいとおもったけど、こうして、ほかにも所蔵されている作品一つ一つに重要な意義があって、それぞれに由緒と価値があるんだろうなぁ。あまりにも作品の量が膨大すぎて、一つ一つじっくり鑑賞する体力と気力なんて全くなかったけど。。。
参考 エンカルタ百科事典 及び、昔のポーランド語の先生のお話より。
| 2005年01月03日(月) |
イタリア旅行記その4 |
朝からいろいろ調べ物をしていた。
「煉獄」と言う言葉をご存知だろうか?
キリスト教のカトリック教と東方正教会では、来世の天国と地獄の他に、世の終わり(最後の審判)までの世界として、「煉獄」があるとされている。って、エンカルタ百科事典からの引用だけど。
つまり、「煉獄」とは小罪をおかしたために、死後すぐに天国へいけない霊魂が、浄(きよ)めをうける世界。 煉獄にいる霊魂は、神からあたえられた苦しみを喜びをもってうけいれ、世の終わりに天国へひきあげられるという。
ダンテ(1265〜1321)の「神曲」は、地獄、煉獄、天国をめぐる空想のたびをあらわした壮大な寓意物語。ミケランジェロは、このダンテの「神曲」をもとに「最後の審判」を描いた。
ミケランジェロ「最後の審判」 バチカン美術館 システィーナ礼拝堂

どこかのサイトに合った画像を引っぱってきました。 無断引用すみません。
私はシスティーナ礼拝堂でこのフレスコ画を見上げたとき、素人的に全く違った解釈をしていた。
中央に描かれているキリストは、現世の人間を審判して、来世で地獄と天国に行く人を振り分けているのかと思って鑑賞していたのだ。運命を分けているのかと。
でも、あのキリストは、現世のキリストを表現したのではないらしい。 そういえば、ぽっかり宙に浮いてるもんねぇ。 あれは、昇天した後のキリストなのだそうだ。
キリストは、ユダによる裏切りで磔刑で処刑後、即埋葬され、3日後に復活。復活後40日に昇天した。
そして、世界の終わりのとき、昇天したキリストが再臨し、審判者として、生者とよみがえった煉獄の死者のすべての人間を天国と地獄にわけた。
それを表現したのが、システィーナ礼拝堂のこのフレスコ画になる。
中央にマリア様と聖人を従えたキリスト。列をなす審判を受ける人々。 左下に肉体の復活の場面、左側は天に昇る人々。 そして、右側は地獄に引き立てられる人々。さらに右下には、罪人達が地獄の審判者ミノスのもとに運ばれていく様子が描かれている。 新約聖書によれば、「復活」は、キリスト教におけるもっとも重要な教理なのだそうだ。イエスは死者たちの中から復活することによって、人類に死の彼方にある命の希望をあたえたのだという。
ふーん、ようやく何かが少しだけわかっってきたぞ。
キリストの右下では、聖人が人間の皮を剥いだものを手にして、キリストに見せている。(それはミケランジェロの自画像でもあるらしい)
実はねぇ、おりしもこの旅行中、春樹おじさまの「ねじまき鳥クロニクル」の2、3巻をもっていってて、移動中やホテルでずっと読んでたんですよ。中に、間宮中尉の手紙に、モンゴル国境のノモンハンで戦友が受けた皮剥ぎの刑の描写があって。後のほうでももう一度人の皮を剥ぐシーンが出てきたんだっけ。
うわ〜、皮剥ぎの刑はもう観たくも知りたくもな〜い! ってな感じだったよ。う〜、ブルブルブル……。
| 2005年01月02日(日) |
イタリア旅行記その3 |
旅行中、パソに向かえなかったので、今日は一日中、何か書きたくてしょうがないの。たて続けに旅行記その3。
その2は、日付が前後するけど、12/30付けで書きました。 このずっと下にありますから読んでね。
で、アカデミア博物館 ミケランジェロ作「ダヴィデ像」 これを書かないことには、次の朝を迎えることはできませぬ。
うちの理人(小5)は、「エロ像」見て何がおもしろいんだか……。 とダヴィデ像を見て冷めた態度でいいます。 おもろいじゃん。 あんたらが根っから大好きなおちんこ丸出し像だよ。
「現物だったら、ワイセツブツチンレツザイでタイホするー!!! なのにね〜」って、そりゃあんた、コロコロコミックのノリでっせ。 ほらほら、理人、清二、ふざけないの!
でね、フィレンツェを代表するこのミケランジェロのダヴィデ像。 いたるところで実物大の複製をみかける。 今から思うと、複製なんて、なーんの有難味もない。
私も、ほぉ〜と唸って股間を見上げて、こっそり腹の中でほくそえんだりしてたんだけど、実際に、アカデミア博物館に足を運んで、ドームの中の本物のダヴィデ像を見ると思わず言葉を呑んでしまったよ。本物には、不謹慎で興味本位な含み笑いなど絶対にできないものなのだ。 いうまでもなく、芸術性が完全にエロスを凌駕している。 実際に目の当たりにすると、その芸術性に感動を覚えるものだ。 だからこれほどまでに有名なんだと思うけど。
ダヴィデ像は大きいから、背の高い男性という先入観があったけど、実際に手足が大きいことと、脚や腕が力強いことから、モデルは小柄で筋肉質のがっしりタイプなのだろうなと思われる。
写真ではいつも正面写真だから、実際に足を運んだ人しかわからないことだけどねぇ、勿論、後姿もいいんだよぉ。まじで。
十分な肩幅に、きっと引き締まったお尻。うへへ〜ってなかんじ。 芸術性がエロスを凌駕しているはずだけど。。。時々その逆もありうるの。
ながーい時間、ダヴィデ像を見上げていました。私。
ぐふふ。ぐははー。ぎゃははー。 ええい。書いちゃえ〜。もう、ここまできたら黙ってらんないや。
祐子さん、ダヴィデ像を観ながら、いろんなことを想像して、思いを巡らせていたんですよぉ。まぁ、祐子さんのことだから、考えることといったらあっち方面の突飛なことなんですけどね。
やがて。やがてのはなしですよ。 パパと私だったら、絶対に私の方が寿命が長いと思うんですよ。 だから、やがて私は、未亡人になる。 そして、私の想像では、そのころには、一人では使いきれないほどのお金が懐に舞い込んできているの。どういう金回りか知らないけど。
で、お年を召しても若々しくてパワフルな祐子お婆様、有閑マダム的に思い切り暇とお金をもて余しているの。そのお金でいろいろ慈善事業とかに携わったりしてるかもしれないけれど、たまには自分自身のためにほんの少しだけ心の贅沢をするの。
例えば、ダヴィデ像的な筋肉質の体型を持った若い男の子をホテルの一室とかに呼びつけて、その肉体をまじまじと愛でるの。ダヴィデ像と同じポーズをとらせて。
祐子婆さんには、そのころには性的な好奇心など既にないと思うから、ただ、均整の取れたすばらしい肉体を心と目で鑑賞するだけなの。
ぐへへ〜、たのしそうだにゃ〜。 どういうタイプの男の子がいいかにゃ〜。 何才ぐらいの男の子が一番美しいかのう〜。 やがてが楽しみじゃのう〜。
それから、今度は現実的なお話。 フィレンツェの町にも、観光地特有のお土産の屋台があるんだけど、ダヴィデ像の胴体がプリントされたエプロンが売ってました。 身につけると、局部が丁度股間にくるような。絶対に笑える。
来客があったら、そのエプロン姿でお出迎えしたら、さぞかしうけるだろうな〜。誰を呼んだとき、それをつけてお出迎えしようかなーとかいって、お仲間達の顔を思い浮かべながら夫婦二人でフィレンツェの町を闊歩しておりました。
でも、結局買う勇気と時間がありませんでした。 ざんねーん。あぁ、ざんねん!
| 2005年01月01日(土) |
イタリア旅行記その1 |
まずは、あらためて。 みなさん、明けましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨晩、無事、4泊5日のローマ・フィレンツェ旅行から戻って参りました。 一言だけ感想。 家族総出の観光旅行は、2泊3日で十分。 毎食イタリア料理はすぐに食べ飽きる。もううんざり。
といったところです。 まぁ、観光名所は素晴らしかったけど、街を表層的に通り過ぎていくだけの観光の仕方に、私ははからずしも違和感をかんじてしまった。
以下、旅行の行程。
12/27(月) 午後 ローマ空港着 荷物が出てこなくて1時間待ち。 テルミニ駅近くのホテルに宿泊。
夕方 ホテル近くのレストランで食事。前菜の生ハムメロン、温野菜マリネ、ワイン、パスタ、ピザ、カラマリ、ティラミス、グラッパ、エスプレッソ、何を飲んでも食べても、「うわ、おっいっしぃ〜」の一言。
但し、いきなり、腰が抜けそうなほどのお勘定。ユーロの通貨をポーランドズォティに換算するとこんなにも高くかんじてしまうものなのか。やや意気消沈。
My Busという日本語ガイド付きのツアーで、夜のローマ市内観光に参加。 観光名所をひと通りバスで巡った。 ナヴォーナ広場のクリスマス市とトレビの泉は下車。他は車窓から。 でももうそれだけで満足だった。
12/28(火) 午前 バチカン市国 バチカン美術館見学 これもMy Busのツアー。 美術館には見学客の長蛇の列があったけど、ツアー客は待ち時間なくスルー。申し訳ないねぇ。 ガイドさんの説明は丁寧だったけど、それぞれが長すぎ。 システィーナ礼拝堂に辿り着くころには、もう疲れ果てて、ミケランジェロの「最後の審判」を鑑賞する気力なんかなし。
ヴァチカンのサンピエトロ広場でぷらぷらしてから、タクシーで「スペイン広場」へ。あそこは終日本当に日当たりがいい。観光客が座り込んで休息するのがわかるような気がする。 一応あのあたりのブティックをウィンドーショッピング。 ローマのセンスと品揃えは今一つ。 ふーん、こんなもんなのか・・・ってなかんじ。やっぱり本場はミラノ。
「真実の口」に移動。徒歩で「コロッセオ」へ移動。見学の後、そのまま徒歩で「ベネチア広場」のヴィットリアーノ記念館まで。
気が遠くなるほど歩きました。 普通はバスで移動するぞ、この距離なら。 ったくー、パパにまかせっきりにしたら、こんなもんだ……。 我がファミリーの歩行能力の限界をはるかに超えてたぞ。
暗くなってから、瀕死の状態でホテルに辿り着く。
夕食は、日本人経営者の「トモコ」さんのお店で、たらふくイタリア料理。 ワイン2本をペロり。だいまんぞくー。
12/29(水) ICE(列車)でフィレンツェに移動。100分弱。 前日の疲れが取れず、ぐったり。 フィレンツェの大聖堂は壮観だったけど、他は観光する気力なし。 おまけにお昼に食べた料理の油が胃にもたれて、吐きそう。 清二もおなかが痛くなるし。
ビーナス誕生で有名な「ウフツィ美術館」入場制限あり。 3時間待ちだった。子連れで延々待つのなんて絶対いや。 速攻ホテルへ。
夜。不経済なでかい胃袋の男たち、腹が減ったとのたまう。 でも私、イタ飯、もううんざり。 おしゃれな日本食レストラン「エイト」へ。 私は和風サラダとおうどん少々。やや吐き気おさまる。 イタリア人で大繁盛している素敵なお店だった。 12/30(木) 午前、ツアーで「ピサの斜塔」へ。 日本人の観光ガイドさんに、「斜塔を支えている風に写真を撮るといいですよ」とアドバイスされ、むっとする。私は観光のスナップ写真を撮りに来たんじゃないんです! たしかに斜塔は世界遺産かもしれないけど、ここはれっきとした宗教建築物として見学するべきだと思うし。日本人的な観光の仕方は、あまりにも宗教や文化を軽んじているように思われて、私はどうしても納得がいかない。
午後、「アカデミア博物館」 ミケランジェロの「ダヴィデ像」を見学。うーん。 後日、感想及び考察を書きます。
12/31(金) フィレンツェ空港→ローマ空港→ワルシャワ空港 フィレンツェ発が大幅に遅れて、ローマでの乗り継ぎ時間ほとんどなし。 私たちが機内に滑り込むやいなや、即離陸。
17時帰宅。はぁ〜、やっと帰ってきたー。 もう二度と子連れ観光はいやでござります。
追記 イタリア旅行記その2は、12/30分の日記として書きました。 下のほうも読んでくださいね。
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