徒然日記
Toy



 そんなこんなで3日目。

朝から泣いてる自分がいる。
会社に行くのに化粧してても、
「気分転換に」と思ってかけたB’zの曲が逆効果で
涙が次から次へと流れてくる。
一緒に化粧も流れてく。

会社に行っても、一人になると涙ぐむ自分がいる。

「これって、アイツに対して失礼やないと?」

たぶん、彼はどこかで必死に頑張ってるはずなのに、
私はすっごく後ろ向き。
こんなんじゃ、いかんやろ。


明日着指定で、大告白なメールを送ってもうた。
1日中、何度も何度も訂正して。
実際、こんなもん送りつけられても迷惑やろうと思うけど、
今伝えなかったら、今度はいつ伝えられるの?って思うと、
送れずにはいられんかった。

実は火曜日に、彼に冗談でプロポーズするつもりだった。
軽い気持ちで、出方だけ見ようと思ってた。

本当に急展開。

まったくもって、自分は男に縁がないことを痛感する。

2002年10月31日(木)



 涙のワケ

昨夜の「閉まってた店」の知り合いから
明け方にメールが届いてた。
お店を閉めたとの事。
最悪の結果だった。

誰にも何も言わずに
姿をくらましたらしい。
何があったのかは教えてはくれなかったが、
考えられる理由は4つ。

1.赤字で首が回らなくなった。

2.他の店から誘われた。

3.「赤ちゃんが出来たの」とどこぞの女から言われた。

4.ヤバイ事に巻き込まれて、命を狙われている。

・・・
やっぱ、1が有力候補だな。
3もありえるが、彼女いないって言ってたし・・。

今、ドコにいるのかも分からない。
もう2度と会えない気がしてる。

いや、もうきっと、会えない。
こーゆー当たって欲しくない勘って
いつも当たるんだよな。

こんな形で縁が切れるのが凄く残念で仕方ない。

まるで失恋したかのように
昨夜から泣きっぱなしである。

ここ最近の失恋でも、これほど泣かなかったはず・・(笑)

2002年10月30日(水)



 生まれて初めて流れ星を見た日

朝、自宅に制服のブラウスを忘れてしまった。

仕事中、上司2人が機嫌悪し。
八つ当たりされる。

母親から八つ当たりメールが届く。
「結婚しないなら、出て行け」などのキツイお言葉。
いい加減、現実を理解して欲しい。

週末に飲みに誘った年下の男性に断られる。

去年買ったばかりのブーツが破れる。

ほぼ毎週行く知り合いの店が突然の休み。
店の電話は繋がらず、ますます不安がよぎる。
他の友達に連絡してみるも、誰も知らず。
メールしても返事は1回のみ。
生きてるみたいだけど、どんな状態だか分からない。

もうひとつ、なんか遭ったような気がしたが、
もうそれどころではなくなってた。

帰り、星空を見上げてたら
初めて流れ星を見た。
一瞬のことで目の錯覚かと思うほどだった。
こんな短い間に、願い事3回なんて神業だよ。

思っていたのは、「あのバカ野郎が・・・」って
お店をやってる知り合いの事ばかり。

凄く心配している自分に気がついた。

その後、友人からメールがきた。
普通の何の変哲もないメールなのに、
安心したのか
一気に涙があふれ出た。

今日は、人生の中での変革期なんだと思う。
知り合いのお店が閉まってたことで
1年ぶりに馴染みの店にも行ったし、
改めて、いろんな事を振り返ることが出来た。


来週、また
あの人の店に行って笑えることができるだろうか?

・・・たぶん、泣くだろーな☆


つーか、お店、開いてるかなぁ〜〜?

2002年10月29日(火)



 そばの花の蜂蜜

日帰り旅行から帰ってきた父親が
母親に内緒でコッソリと買ってきてた。
その匂い・・・スゴイ。
「独特の匂い」なんて表現じゃ生ぬるい!
動物・・しかも、タヌキやキツネのような臭いがする。
これを一口、口に入れると
最初は蜂蜜の甘い香りが広がって、
その後に強烈に襲ってくるのは
動物的な臭い!
父親は「廃油のような臭いがする」と言うし、
全く持って評価は最悪。

でも、ネットで調べると
「臭いに慣れると病み付きになる」って言うコメントが。

やっぱり慣れなきゃいけないのかー・・。

2002年10月28日(月)



 福岡県立折尾高等学校同窓「北陵会」総会

同窓総会の受付は10:30から。
なのに、役員モドキの私は9時に集合。
会場に行ったはいいが、することがなくて
かなり暇だった。
ぶらぶらと、会場に貼られた30年前の卒業アルバムを見ていると
知ってる先生の顔が3人ほど・・・。
みんな・・・若い!
「変な先生」も昔はなかなか格好良かったりする。
時間の流れとはなんと残酷なんだろう・・(笑)

10時を過ぎた頃、かなり年配の卒業生たちが
ゾロゾロとやってくる。
「まだ早いっちゅーねん!」と突っ込みたかったが、
続々とやってくる人たちを見てると、
歳を取るにつれ、時間の概念なんてなくなっていくのだろうかと
思えてくる。

11時に会場に入り、聞いてても面白くない話が
30分程度続く。
同窓委員会の活動報告なんて、聞いても意味不明だろう。
こんなコトに時間を割いてるだけ無駄だと思う。

委員会の仕事は何をすればいいのか分からないので
1年先輩の男性の尻についていく。
ただの「金魚のフン」である。

ビールなどの酒類も出たけど、車で来てたのでほとんど飲めなかった。
他人が飲んでるのを見て飲めないのほど
ツライものはない。。

同窓総会も無事に終わり、
ある程度の片づけが終わった時点で
委員会だけの食事となる。
先輩方のいろんな話を聞けるのは、とても面白い。

その後、1年年上の先輩を筆頭に
8人の若者達(?)でボーリングに行く。
同期の男性もいたが、話すのは初めて。
私が時折、一人でボーっとしてるのを見てたんだろう、
「俺とかH先輩の性格を羨ましいと思ったりしない?」と言われた。
最初意味が分からなかったが、説明を聞いてるうちに
何となく分かった。

彼は私が凄く内気で他人に喋りかけられないと思っていたみたいだった。
確かに、人見知りは激しいけど、
だからといって内気で声をかけないわけじゃない。
ただ、話し掛ける話題が見つからなかっただけのこと。
わざわざ話題を見つけて必至に話をしようとするのが
面倒臭いだけのこと。
他人はそれを「内気」だと言うのだろうか?

私が「言ってる意味が分からない」と言うと、
「ごめん、気にしないで」と言っていたが、
きっと何か誤解したまんまだと思う。

・・・別にそれでも構わないけど。
そのうち、会を重ねるごとに
「酒乱」で有名になってきてる私を目の当たりにすることになるだろう(ぉぃ


それにしても、今日は心身ともに疲労困憊。
できれば、明日を休日にして欲しい。。。

2002年10月27日(日)



 今時の見合い。

メールから始めるらしい。

オジの勧めで、
会う前に、メールアドレスをもらった。

送信したが、エラーで帰ってきた。

どーゆーことやねん。  >オジ

2002年10月23日(水)



 最近は

平和と言うか、幸せと言うか、
ちょっと言葉は変だけど、
楽な感じで過ごせてる。
生きてることが苦にならない。

これもそれも
ある人のおかげ。
さまさま。

いつか「ありがとう」とお礼が言えたらいいなと
思う日々。

2002年10月22日(火)



 センチメンタル

あの人と会ってから何年経っただろう。
今朝、初めて夢に出てきた。
変な夢だったけど、悲しい夢だった。

今日は会社の人の送別会だった。
そのせいもあってか、
今日の酒はちょっぴり感傷的にさせてくれる。

悪い酒だ。


2002年10月18日(金)



 宴の後

昨夜はフジテレビでのF1放送を見ながら
いつの間にか眠っていた。
一体誰がTVを消したのだ??
ドアのトラップには変化がなかったから
多分自分で消したんだろうが、
記憶がない・・・。

目覚めは妙に爽やか。
8時過ぎにちょっと遅めの朝食を取りに
またもや「みなみ」に行き、きしめんを食べる。

会社の人と自宅へのお土産を買い
新幹線の時間を確認。
名古屋から小倉まで直で行くのは
全席指定の「のぞみ」が1時間に1本。
自由席のある「こだま」は4時間に1本。
荷物も多いので、乗り換えはしたくない。
もうちょっとのんびりしていたかったが、
10時30分発の「こだま」に乗ることにする。

そして4時間後、小倉到着。
ハードで楽しかったF1も終わってしまった。
充実感とちょっと物悲しさが残った。


・・・明日から仕事かぁ〜

2002年10月14日(月)



 決勝当日(長文必至)

目覚ましよりも早く目が覚める。
まだ外は闇である。
5時40分にはチェック・アウトを済ませたい為、
急いで朝食を取り、身支度をする。

5時50分、発車。
白々と空が明るくなってくるにつれ、
辺りが深い朝もやに包まれているのに気付く。
まだ6時前だと言うのに、
長袖1枚で充分なほどの暖かさ。
昨日同様、日中はかなり暑くなるのだろうか。

バスの中でうつらうつらしていると
1時間ほどで会場に到着。
まだ7時前後だと言うのにぼちぼち人がいる。
何となく店を冷やかしながら早々に席に着く。

とにかく暑い。
9時前には堪らずビールを飲む。

10時からのフリー走行。
コースアウトするマシン続出。
Tカーに乗り換えるドライバー続出。

10時55分からのFD(フォーミュラ・ドリーム)の決勝。
2周目スプーンカーブで
テールトゥノウズの4番手争いしてたマシンが
前のマシンに乗り上げ宙を舞う。
縦に何回転もしながらカメラに向かって転がってくる。
赤旗中断。
ドライバーの一人がコックピットから自力で出てこず、
救出作業が続く。
そのまま、FDの決勝は中止。
ドライバーの安否は不明のまま・・。

14時30分、F1決勝。
マクニッシュは朝のフリー走行には出てたが、
その後の検査で結局ドクターストップが出る。
スタート・グリッドにマシンを持っていくとき、
フィジケラのマシンがエンジンブロー。
急遽、琢磨仕様のTカーをセッティングしなおす。

そしてスタート。
接触もなく目の前を走りすぎていく。
ミハエルは別次元の速さで見る見る他車を引き離す。
もはや、一人旅状態。

ホンダエンジン、4台中3台がリタイヤ。
ジャック・ビルヌーヴのエンジンブローを見たときに
誰もが琢磨のマシンを心配した。
琢磨8位走行、琢磨の前を走ってたルノーの1台がリタイヤ。
もう一台のルノーをかわし、6位入賞圏内に。
その後、前を走ってたウィリアムズのラルフ・シューマッハが
エンジンブローで消える。
この時点で5位となる。
観客も大喜びだが、場内アナウンスの人も
「つい喜んでしまいました!」とコメント。
思わず笑ってしまった。
誰かが「あと2人リタイヤすれば・・・」と言ったが、
そんなんで表彰台に上っても・・・嬉しいか。

最後の7周はとても長く感じた。
他のホンダエンジン同様、ブローする恐れもある。
コースアウトするかもしれない。
目の前を琢磨が走るたび、
「そんなに攻めて走らなくても」と
ハラハラしていた。

ラストの周回、とにかく走りきって欲しい、
チェッカーフラッグを無事に受けて欲しいと
ただそれだけ祈った。

そして、無事、5位入賞。
大歓声。
1位2位をゲットしたフェラーリには目もくれなかった。
アナウンスも似たような事を言ってた。

まるで優勝したかのような喜び。
表彰式の前に琢磨のインタビューが場内に響いた。

今回の主役はなんと言っても佐藤琢磨だった。
凄くエキサイトしたし、楽しかった。
場内の観客も妙な一体感があったように思えた。
気持ちよかった。
いつまでも余韻に浸っていたかった。

今年でF1ツアー参加は止めにしようと思っていたが
またもや火が点いてしまった。
来年も、一人でも行くぞ!

2002年10月13日(日)



 F1ツアー初日(長文覚悟)

朝6時過ぎには目が覚める。
7時までごろごろとし、
7時30分過ぎに朝食を取りにきしめん屋へ向かう。
駅構内はサラリーマンと旅行者で
ごったがえしている。

去年から駅構内にある「みなみ」という
きしめん屋にハマってる。
絶対に讃岐うどんの方が美味しいと思うのだが、
やはり名古屋は「味噌カツ」と「きしめん」。
きしめんを食べてると、
「ああ、名古屋に来たんだなぁ〜」と
じわじわと実感が底の方から滲み出てくる。

ホテルに戻る前に、実家と友人へのお土産として
やはり「きしめん」を購入。
持って帰るのは重いので配達にしてもらう。
その店で食事を済ませた旅行会社の人らしき人物と擦れ違う。
今日、私がお世話になる旅行会社だ。
でも、その人が担当になる確率も低いし
声をかける理由もなかった。

ツアーの集合は午前9時15分。
ホテルからは歩いて10分くらい。
余裕を見て9時ちょっと前にチェック・アウト。
やはり、寝台列車に比べてホテルに泊まってたほうが
朝はかなり楽である。
まぁ、その分、お金はかかるけど・・・。

集合場所に到着すると、
お土産を購入した店で擦れ違った人物が立っている。
声をかけると、今回の添乗員だった。
なんたる偶然・・・。
名前は覚えてないけれど、
頭の回転が速く、柔軟で機転が利き、
しかもユーモアに富んでるステキな添乗員だった。

出発予定時間前にツアー参加者全員集合。
一人で参加している人は何人かいたが、
女性は私ただ一人。ちょっと浮いてる・・?

行きのバスの中でマニアックなクイズが出題される。
全問正解すると来年のマレーシアGPにご招待だそうだ。
早速、詳しそうなメル友2人にメールで助けを求める。

名古屋から鈴鹿に向かう途中、
東名高速(だったかな?)を利用するんだけど、事故渋滞。
仕方なく、下の道を通っていく。
それはそれで知らない町を眺めることが出来、
けっこう楽しかった。

鈴鹿サーキットに到着したのは11時半頃。
相変わらず、関西弁のダフ屋が多い。

ぞろぞろと雪中行軍のように入場口へと向かう。

なんとなく、去年より来場者が少ないように感じた。
途中、店に寄りながら、友達へのみやげ物を物色。
年々、着る物や鞄などの種類が増えてってる。
逆にキーホルダー等の小物が減っていってるような気がする。
イマイチ欲しいものが見当たらない。

フェラーリの店は、相変わらずの人気で
それに加えて、今年から参戦のトヨタグッズの店も
上々の賑わいだった。

道の途中で無料配布されている
ステッカーや絵葉書や旗をそれとなく頂きながら
指定席に到着。
場所はE2席Cブロック。
第一コーナーから第二コーナーの間で、
ピットレーンの出口からS字まで見渡せる。
私はこのE2が一番好き。
やっぱり興奮するのは、スタートラップの1コーナー飛び込みから
S字に抜けるまでなのでこの席を買ってしまう。
ちょっと高いけどね。

午後1時。予選開始。
場内放送もさることながら、
場内でのラジオ放送の鉄人「金石」たちも
例年どおり、言いたい放題言っている。

最初の10〜20分間はどのチームも動かず。

他のチームのマシンが1分34秒台を出してるときに
フェラーリのミハエル・シューマッハが1分32秒台を
たたき出し、いきなりトップに踊り出る。
驚異的な速さ。

1時30分前に、アタック中のトヨタチームのマグヌッセンが
130R付近でバランスを崩しクラッシュ。
300km/h近いスピードで一瞬の出来事。
マシン後方からガードレールに突っ込み、
突き破って外へ。マシンは大破。
幸い、マグヌッセンは自力ですぐにマシンを降りたので一安心。
その後、メディカルセンターに救急車で運ばれる。
予選は赤旗中断。
ガードレールの修理が終わるまでの1時間45分の中断。
そして再開。
マグヌッセンはドクターストップもなく
明日の決勝には出られるであろうという見解。

その後、目まぐるしく順位が変動。
しかし、ミハエル・シューマッハが1分31秒台前半をたたき出し、
タイムレコードを記録する。
そして、ジョーダンの佐藤琢磨が1分33秒台前半を出し、
7位に上昇。
6位まではフェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズが占めてる中での快挙。
勿論、会場は大いに沸き、
予選終了後は大喜びの琢磨とメインストレート前の観客席と
バンザイまでおこってた。
まるで、PPを取ったような盛り上がり。

その後に予定されてたFDとインテグラの予選も見たかったが、
ツアーバスの集合時間が迫ってたので諦める。
指定席からバスまで30分から1時間の距離。

途中、ホンダの特設ステージ付近で
前にも後ろにも進めないほど人の渋滞に巻き込まれる。
何かと思えば、さっきまで走ってた琢磨が出演しているではないか!
みんな、琢磨見たさに立ち止まったまま、動こうとしない。
琢磨がステージから帰ると少しずつ動き出したが、
ホンダのステージのすぐ横のブリヂストンの特設ステージに
また琢磨が出演している。なんという、サービス精神。
明日決勝なんだから断れよ、琢磨。。

何とかバスに辿り着き、一路今夜のお宿へ。
伊賀上野市。すごい田舎である。
街灯がない。人が歩いてない。
ホテルの人にコンビニの場所を聞き、
「信号2つ目の角」を目指せば、
1つ目の信号までがかなり遠い。
擦れ違うのはチャリに乗ったへんなオヤジだけ。
私を妙な目つきで見ていく。
やはり、人が歩くような場所ではないらしい。
ケンタッキーを発見してテイクアウトするが、
店員が釣り銭を誤魔化す。
まぁ、たった1円なんだけど、
でもなんか気分が悪い。
きっと日常茶飯事でやってることなんだろう。
だから客が一人もいなかったのか。

ホテルに戻り、ビールを飲みつつチキンを頬張る。
食事が終わると、昨夜同様にドアのところに簡単なトラップを仕掛け
早めに就寝。
明日は4時30分起きである。



2002年10月12日(土)



 出発(長文失礼)

朝から体調悪し。
昨夜3時近くまで起きてたせいやろう。
移動だけとは言え、旅行初日を翌日に控えて
何をしているのだろう?私は。
勿論、日中の仕事が捗る筈もなく、
一人旅への不安も加わって半ば「うわの空」状態。

新幹線発車時刻より30分早くホームに入り
持参した本を読む。
小倉駅18:47発東京行きのぞみ30号。
明日から3連休とあってか、満席状態。
家族連れもいたが、背広姿のサラリーマンが多かった。
出張帰りだろうか?単身赴任からの一時帰宅だろうか?

夜の新幹線ほど楽しくないものはない。
小倉から広島までは、ほとんどトンネルの中だし
抜けても見える明かりは疎らで暗闇ばかり。

22時前に名古屋到着。
改札を抜けるとF1風がどことなく吹いている。
夕飯を取ってなかったので
コンビニでビール、チューハイ、納豆巻きを買う。
ホテルは駅のすぐ横。13階の部屋。
思ってたよりこざっぱりしてて感じがいい。
早速風呂に入り、下着を洗濯。
上がった後はビールを飲みながら明日の準備。
荷物の半分以上はカメラ等が占る。
重さもかなりのもの。
明日からこれらを担いでウロウロする事を考えると
ちょっと気が遠くなる。

メル友2人からメール。
明日からのレース報告をすることになった。

2002年10月11日(金)



 明日から

F1日本GPに行って来ま〜す☆

2002年10月10日(木)



 どん底を知ってる人

ある程度の年齢になってから
どん底を味わった人は
他人に対して凄く寛容に思える。

自分が苦労したときに
誰かの差し伸べてくれた手が
忘れられないのだと言う。

私は今、その人に甘えてしまってる。
「悪いな」とは思いながらも
断ち切ることが出来ない。

そのうち、どんな形であれ、
あの人に恩返しが出来るようになりたいと
思う。

2002年10月09日(水)



 鏡を見て思った。


「くびれがない・・・」



胸が出てて
腹が出てて
尻が出てる私を小さい頃から
母親は
「ホッテントッドみたい」
と言っていた。

「ホッテントッド」っち、何?

2002年10月07日(月)



 価値観の違い

今日は母親と妹との「価値観の違い」を痛感した。

初めての「彼氏」が出来てから、
生活の中心が「彼氏」になってしまった妹と
体裁ばかり気にして
「女は子供を産む為だけに存在している」
と言い放つ母との会話。。


妹「最近趣味ないっちゃね〜。
  なんか全然興味が湧かなくって〜」(自慢気に)

母「いいことよ〜。それが一番いいことよ〜。」

・・バカな2人でしょう?

母親の口癖は
「他のことに興味を持つくらいなら、
 男に興味を持ちなさい」
男性以外のことは、全部「くだらない」呼ばわり。

(余談だが、男友達が絡んだ「趣味」には
 「行きなさい、行きなさい」とか言うくせに、
 男性陣の加わった飲み会とかで、
 酔って朝帰りなんかしたら「あんたまさか、
 服脱がされたんじゃあるまいね」と怒る。
 ドラマの見過ぎ。頭悪すぎ。
 ちなみに母は、恋愛経験なしだったりする。
 父との結婚も、見合いして「なんとなく」
 だったらしい)

もぉね〜、人生に対する価値観が違う。

私も最初の恋愛は、彼氏にどっぷりやった。
凄く盲目的だった。
彼が全てだった。

でも、別れたあと
自分には何も残ってないことに気が付いた。
友達も減って、趣味といえるものもなくて
虚無感ばかりで、生きていく「支え」が何もなくなってた。

それからいろんなことに興味を持つように心掛けて
興味を持てたものには出来る限り
チャレンジしてきた。

だから、今は無理してまで彼氏が欲しいとは思わない。
そりゃ、いるに越したことはないけどさ。

恋愛感情なんて、いつかは冷めるもの。
その後に、何が残るのかは
その時になってみないと分からない。

妹もいつかは目が覚めて気が付くんだろうか。


2002年10月06日(日)



 隠密行動(笑)

バレているだろうか?
たぶん、バレているだろう。
いや、きっとバレてるはず。。。

でも、小心者の根性ナシだから
自分から行動を起こすことは
ないだろうなぁ。

絶対平行線状態のまま。
これからもずっと。
でも、それがお互いにとって
一番いいのかもね。



2002年10月05日(土)



 『熱帯感傷紀行』

中山可穂さんの著書、角川文庫。

表紙が気に入ってついつい買ってしまった。

まだ第1章しか読んでないけど、
今のところ複線として出てくる話が

・・・ウザイ。

ワガママで自分中心的で
後ろ向きな考えで
感傷に浸りっぱなしで

悲劇のヒロインか!?オノレは!?

とイライラしてくる。
読んでて嫌悪感で気分が悪くなる。

「だったら読むなよ」と声が聞こえてきそうだけど、
本編の旅行記は描写が良くて面白いんだよな。

なんでこんなにイヤなのか・・・
たぶん、一番嫌いな「自分」の考え方と
似てるからだと思う。
自分の嫌な部分を突きつけられてる感じがしてくる。

他の人は、彼女の感情に共感するんだろうか?



まぁ、たぶんきっと、こんな感想を持つのは
私くらいなんだろうな。



2002年10月04日(金)



 日本語

日本語は世界中でもキレイな言葉だと思う。
キレイ・・は表現が変か。
「美しい」と言ったほうが
しっくり来るかもしれない。

微妙なニュアンスや
少しぼかしたり
はぐらかしたり
仄めかしたり

「ハッキリと物事を言わない」事に対する
情緒というか。

私はそんな感じが好き。


何事もストレートに表現することが
主流となりつつある現在に
そんな情緒を求めるのが無理なのかな。
(って、私自身、言えた立場じゃないけどね)


もうちょっと
時代の流れの中で
のんびり過ごしてみようと思う。


2002年10月03日(木)



 今朝見た夢

ちょっと若い頃の福山雅治が
我が家に泊まってた。
何故か彼は、悪戯に私の顔の前でオナラをし、
トイレに行くのを少々躊躇ってた。
その後、2人でどこか遊びに行こうということになったが
特に行きたい所が浮かばなかった。
一緒にいた妹が「ボーリングは?」と言うと
彼はちょっと嫌な顔をしたけれど
他に行くトコもないし・・と言うことで決定。
しかし、「久しぶりの運転」と言う彼。
不安を感じながらも駐車場のワゴン車へ。
彼が運転席に、私が助手席に乗り込む・・

・・その時に、目が覚めた。

友達は「羨ましい〜」と言ってたが、
私は彼をそれほど好きではない。
どうせなら、
野村萬斎さんが出てくれれば良かったのに・・。



2002年10月02日(水)



 「生きてる」ことの意味。

「生きてる」って、どういうことだろう。

この世は幻想と空想の狭間。
現実と夢との境もハッキリしてなくて
何が実在していて
何が虚無なのか
何もかもが不確かで。

実際、ここにいる私は
私自身が見ている「夢の中の分身」じゃないだろうか
と、錯覚してしまうこともある。

頭痛がすればするほど
現実は現実味を失っていくし、
コンタクトレンズを取れば
ほとんど何も見えない世界。
(半径0.5mの世界だもん)

きっと、
恋人が出来て
結婚して
子供を産んでも

私は同じようなことを思っているんじゃ
ないだろうか。

自分の存在や
人類の存在を
疑わず生きている人は
羨ましい。

何が寂しくて
何が悲しくて
何が楽しくて
何が愛しいかは
その人個人の価値観。

その個人の価値観を全否定してしまうと
その人は「そこ」に存在しなくなってしまう。

インターネットという架空の世界で
誰が見ているのか分からないこのスペースでしか
自分の心の内を表現できなくなってる私は
果たしてココに存在する価値があるのだろうか・・


ぐるぐるぐる と
昼間にそんなことを考えながら歩いていると、
前方から左目だけが異様にデカイ
50歳前後と思われる女性が
歩いてきた。
「義眼かな?」と思って
ジロジロ見てはいけん・・と
目を反らしたが、
その瞬間気が付いた。

「あれは、まぶたに目を書いてるんじゃ・・!?」

実際、左目のまぶたに
「目」を書いていたようだ。
しかも、白目はご丁寧に白く塗って・・・。

彼女は一体何者なのか!?

「生きている」事を考えてた脳みそは
そのことに一気に思考を奪われてしまった。

(実話)



2002年10月01日(火)
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