度々旅
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太陽ってこんなによいものだったのか!朝、4時半頃目が覚めた。2時間も寝ていないのに、窓から入ってくる光で目覚め。こういう自然光で目が覚めるってとっても理想だわぁと思いつつも、これでは授業中居眠り確定になってしまうので再び眠りにつく。 その後電話で起こされた。授業が休講。朝早く起きようと思っていた日に、予定がなくなると、あたしはなんだか活動的に。その上太陽が出ているとなったら、大好きな洗濯だ。布団を干して、昨日の生乾きの洗濯物を干す。けれど、それだけでは物足りず、部屋中からいろいろ集めて洗濯機をまわす。 そして、今終わるまで待っているのだけれど、これは午後ももう一回洗濯機をまわすな。あたし。 さて、今日のうちにプランターに何か植えようかな。 あ、そうだ。財布には10円玉と1円玉しかなかった。新しい種も苗もこれでは買えない。ううう。まずお金を下ろしに行くべきか。 それよりも、授業のレジュメを作らないといけないか・・・。
ここ数日の自分の日記を読み返して、あれま、あたくしったら不安定。まるで、うちのパソコン状態だわさ。 そう、パソコン、落ちまくり。以前15分置き位にダウンしてどうしようもなくなったことがあったので、初期化した。それからだいぶ調子がよくなったと思っていたのだけれど、ここのところ再び。何が原因なのぉ?いきなり画面が真っ白になったり真っ青になったり。その度に強制終了。Macだった頃は、何の躊躇もなく毎度毎度強制終了。後ろのボタンをパチッと押していたのだけれど、人に聞いたらWinではめったに強制終了なんかすることにならないそうな。どうしませう。。。 詳しい友人に聞いたら、中身を見ろといわれたけれど、あたしが中身見たところで、何もわからんわけで。とりあえず、掃除だけしてみた。周りのホコリなんかもとってみた。テレビみたく丸洗いしちゃいかんってことくらいはわかったので、フゥフゥ吹いてホコリを飛ばしてみた。 で、今なのだけれど、大丈夫なのか?さっきから、いつ落ちる落ちる?とびくびく中。
さて、こんな歳になっても祝いの言葉をもらえるのはうれしいもので。メールやら手紙やらプレゼントやらいろんな形で、ばらばらみんなありがとう。立派な大人になるから待っててください。。。
自分が今立っているところを確認。
自分が今まで歩いてきた道を振り返る。
そして、また自分のいる場所を確認。
今まで私を育て生かしてくれた人を思い浮かべる。
今周りにいてくれる人の温かさを感じる。
自分が愛しいものをひとつひとつ数える。
これから歩いていく道を少しだけ覗き見る。
自分の中からこみあげてくるよくわからない気持ちに少しだけ涙する。
そして、感謝する。
名のあるものも名のないものも、 目に見えるものも見えないものも、 触れることがきるものもできないものも、 遠いところのものも近いところのものも、 全部全部ありがとう。
あたしがここにいるのは、すごいことなのだ。
今日はどん底鬱状態。けれど、一年分ということで、雨と一緒に流してしまった。 何はともあれ、感謝感謝。多謝。
追記 まぁ、こんな一日もあるもので。朝起きて、どうしようもなくて、院生になってから寝坊以外で、初めて授業さぼりました。けれど、夕方降り出した雨と、ゴロピカ雷によって、だんだん気持ちは復活し、大切な人からの久しぶりのメールで、完全復活。その人とは、10年近く付き合っているけれど、会った回数にしたら、10回もないのではないでしょうか。なのに、アメリカ旅では家に泊めてもらったり、本をいろいろもらったり、大切な言葉をたくさんもらったり。世界中の人に嫌われて見捨てられても、見捨てられたくない相手。とても大切な人。今のようにメールではなく電話で連絡をとっていた頃は、不思議なもので、あたしから電話がくる日は察しがついたそうな。あたしのことどうしているかな?と思うと、その夜にあたしからの電話。あたしも、今日のようにどうしようもない状態になると、なぜか連絡をもらっているわけで、これはもう見えない糸のようなものがあるのだなきっと。出会いもとても偶然なので、いつきれても良い関係なので、現実の世界で共通する場を持ったことがないので、こうやっていつまでも心で互いが欲していること感じあえるのかもしれないな。というより、あたしが欲している気持ちを相手が感じてくれているのかな。その人には、あたしがどんな大人になるか楽しみって言葉を何度ももらった。まだまだ楽しみにしてもらっている程の人間に成長はしていないけれど、この人に大切にしてもらっているあたしは、きっとなんとかやっていけると自分を信じることができる。そうやって、あたしはたくさんの人に大切にしてもらって、多くの人に生かされている。そして、また新しい一年が始まる。
例年通り、辛い季節。この時期は、毎年不安定。けれど、やることはわかっているから、自分で必死に立って歩くだけだ。その年度の1週間の予定もなれて、それに慣れるためにごまかしていたもののしわ寄せの時期なんだろうな。 教授が自分のことを1週間のうち2日頭が働けばよい方で、あとはうつ状態だと言っていたけれど、あたしも同じようなものだ。その数日を逃さなければよいと思って、ここ数年やってきた。全体的に、そういう雰囲気が蔓延している学科だ。まぁ、院生なんてそんなものかもしれない。半年くらい見なくなる人もいるし。みな、それぞれ苦しんでいるんだなと思う。 その苦しむ方向性が問題なのだろうな。
金曜日、噺家さんにおごる。あたしも貧乏だけれど、もっと大変な様子。テレビにも出るようになって有名になってもらおう。将来に期待。しかし、風呂なし共同便所アパートってのは、都心の方に結構残っているんだな。今度遊びに行ってみよう。 5月って、あっという間に時がたつ。今月の予定まったく進んでおらず。ちょっと、焦り中。
先日抽選であてた温泉旅行に両親が行っているため、ただいま実家にて犬と二人で留守番であります。祖父母との同居してたということもあり、人間があたし一人ってことは珍しい。 ということで、一人でのびのびしております。ピアノを弾いたり、ケーキをつくったり、大きな音で音楽聴いたり、風呂に長く入ったり。そして、あたしが帰ってきているのは、犬のためなので、土手に散歩に行くものの、雨ということで、うちの犬以外に犬はいなく、すれ違った人間も1人だけだった。視界に入った人間でさえ、そのほかに3人くらいだ。こんな広い河川敷と土手に、これだけの人間って、ずいぶん贅沢だわねなんて思いながら、二人で濡れながら散歩した。
しかし、今日は一日中家の中で探し物ばかりしていたような。何かしようとすると、だいたいその物がないのだ。家中をひっくり返している間、母は捨てることができない人間なのだということを痛感。そして、片付けもあまりうまくないらしい。引っ越しをよくしたり、アパート暮らしをしていると、片付け上手捨て上手になるというけれど、うちはそのどちらにも当てはまらないので、どんどん色々なものがたまっていっている。。。 あたしも、今のようにアパート暮らしをしていなかった、もっと捨てられない子になっていたことだろうと思うと、恐ろしいわ。
あたしは陸の上の運動ってのが、基本的に嫌いだ。小学生の頃は、リレーの選手になったり、幅跳びなんかはかなり飛んだ覚えがあるが、まぁそれは身長が高かったからであって、跳び箱は、最後までほとんど飛べなかった。鉄棒もかなり苦労した覚えがある。中学高校は、学校にグラウンドがなかったので、体育の授業は専ら体育館内なのだけれど、そのときも冴えなかったような気がする。 そんなあたしが唯一、人よりは多少できるのが水泳なのだ。だから、体を動かすイコール泳ぐみたいなかんじになっている。水泳大会の時などだけは、競技の楽しさってのを感じていたし、負けて悔しいと思った。0歳児から水泳教室に通わせてくれた親に感謝である。これがなかったら、あたしったあらゆる運動嫌いで生きていたに違いない。 けれど、実家を離れてからは近くに公営プールがなく、泳ぐということから完全に離れてしまった。実家のそばには、たくさん公営のプールがあるので、実家に帰ったときに泳ごうと思っているのだけれど、毎回なんだかんだと時間がなく泳げていない。しかし、気づかないふりしていたけれど体についている肉は、気づかないふりをしてたらいけないんでないか?と思うほどになり。。。さすがに、運動=水泳をせねばって思いつつあった。 で、実家に帰ってきてみて水着を探したら、ない。今回は時間がたっぷりあるから、泳ぐぞとかなり張り切って帰ってきたのに、ない・・・。一枚も見つからない。そんななかやっと発見した母親の水着は、着る前に爪で穴があいてしまった。ううう。しかし、プールについてから穴が開かなくて良かったとも言えるか。。。 毎週のように行っていた水泳、一時は毎日行っていた水泳。それが気づけば、水着を買うところからスタートしなければならない程離れてしまっていたことに気づき、なんだかショックである。そして、次に泳いだときに、果たして以前のように泳げるのかかなりびくついている。 あ、ちなみに、水泳を習っていた期間は、0歳から7歳くらいまでで、辞めた理由は、ある日準備体操中にゲロを吐いて、翌週からゲロ女と呼ばれたからだ・・・。その後、時々夏期講習みたいのには行っていたのだけれどさ。
何軒か、巡回させてもらっている日記やHPがある。あたしも、こんな素敵な言葉を発したいよと、密かに憧れたりしながら、覗かせてもらっている。そこで、この日記を書いている自分の姿勢を振り返ってみた。その結果、笑って欲しいって思いながら書いていることに気付いた。皆様が、笑って下さっているかは別として、どうやらあたしはあたしの日記で笑ってほしいらしい。 さて、もし皆様があたしの日記で、笑ってくださっているとしたならば、それはあたしが笑わせているのか、それともあたしは笑われているのか。。。
あたし「Aって、なんでAっていうか知ってる?」 友人 「Bだからでしょ?」 あたし「なぬぅ。。。なんで知ってるの?これって、常識?」 友人 「聞いたから。」 あたし「誰に?」 友人 「・・・・・あんたに。」 あたし「え・・・・・いつ?」 友人 「ずいぶん前に。」 あたし「うそ。あたし、今日知ったんだよ。それ。」
ってことが、最近多いのですよ。決して友人の記憶違いではなくて、あたしがすっかり忘れているんですよ。かつて「そうだったのかぁ〜」と知って感動して友人にその話をして、その後すっかり忘れているわけですよ。ええ、話したという事実だけでなく、その内容まで。その知識を身に付けたってことまで・・・・。 よって、かつてしたのと同じような「そうだったのかぁぁ〜」って感動を、同じ内容に関してあたしは繰り返しているわけです。ええ、それが繰り返しだとも気づかずに。これは、お得というよりも、ただのバカであります。
最近の男の子たちって、優しいのね。なんだか、感動すら覚えております。女子校育ちの私は、大学入りたての頃、サークルなどで重いものを持ってもらったときは、かなりの感動でありました。そうなのかぁ〜〜〜。もう、高いところの物も取らなくて良いし、重い物は持ってもらえるのかぁと。が、そんなことは、最初の1ヶ月だけでして、気づけば、頼まないと持ってもらえず、そのうち頼むのも面倒で自分で重い物も運んでおりました。まぁ、後輩がいるようになってからは、頼むのではなく、やらせているというかんじでしたが。基本的に男尊女卑サークルだったのですよ。そんなわけで、特別女ってことで得をした覚えなどなかったわけです。 が、最近周りにいる男の人たちは、なんだかとっても優しい。いや、あたしったら、ドアを開けてもらえるってだけで、何せ感動だったのですよ。男尊女卑の中暮らしていたもので。それが、お腹が痛いなんて言ったら、数分ごとに「大丈夫?温かいもの飲む?服かそうか?」なんて、言葉をもらえるわけですよ。なに!世間の男の人って、こんなに優しいの????と、びっくらこいております。お茶をくんでくれたりするわけですよ。一つ一つ喜びなわけですよ。ええ、男尊女卑の中暮らしていたので。。。サークルにいた頃に、この間のようにクビが痛くなったら、心配されるどころか、笑い者ですよ。お腹が痛いと言ったところで、「トイレ行け」の一言でしたよ。寒いと言ったところで渡されるのは、ゲロくさい古いカーテンでしたよ。。。 それがまぁ、世の中の男の人はこんなに優しいのです。となると、サークルの奴らは世間でやっていけてるのか?と心配になったりしてみたり。。。
ええと、書こうか迷ったのだけれど、書いてしまいます。昨日の日記で書いた、あたしが昔追っかけのようなことをしていた話。HPを見つけた話。それには続きがあります。(しかし、この追っかけって言葉は、なんかジャニースとか思わせますな。。。恥ずかしいけれど、なんだか表現のしようがない・・・。ま、追っかけといっても、ラジオにはがきを出したり、ライブ行ったり、数回出待ちなどした程度でして。。。ご勘弁を。) そもそも、あたしの高校時代を捧げた感のあるそいつを、なぜ急に思い出したかというと、一緒にそいつのイベントなどに行っていた友人が結婚するということで、その彼女に贈り物をしようと考えておりました。一つは用意したのだけれど、なんとなく他人行儀というか、高校から今にビュンって飛んだかんじの贈り物になってしまったので、何かしら懐かしさや、あたしと彼女の関係ならではってものがないかと、いろいろ思い出を紐解いていたのです。そしたら、その音楽屋が入りこむわけですよ。あたしたちの高校時代の思い出に。それで、名を思い出し、何気にネットで探してみたということなのでした。 そして、掲示板などにもレスをつけているのを見て、ひょっとするとひょっとするかもしれん。ひょっとすると、メールなんか送ったら返事がきてしまうかもしれんと思って、ダメ元でメールを送ったわけです。そう。結婚する友人のために、メッセージをいただけないかと。。。。 したらば、あっさりと引き受けてくれるというではないですか。。。いえ、それ以前に返事をもらえたってことで、かなり驚いたわけですよ。何せ、高校時代一度たりとて、あたしの名前で何らかの言葉をもらったことがないわけですから。返事の文章に、あたしの名前があっさり書かれていて、おいおいおい、ホントかよ。。。と。 そして、そうかぁ。あたしも大人になったんだななんて感じたわけですよ。そりゃ、夢見る少女的なガキんちょが書いた文章なんかに返事なんかしたくなかっただろうさ。きっと、あの頃手渡した手紙なんかは、そうだったんだろうなと。というか、記憶が間違っていなければ、名前も住所も書かずに出していたような気もするのですがね。何せ、照れ屋なもので。 そんなわけで、夢見る少女を脱し、間違っても目をキラキラさせてそいつを見るようなことはなくなった今、こうして返事をもらい、友人をきっと驚かすこともできそうだということで、なんだか感激しているのですよ。冗談で、あたしの高校時代を返せなんて言っていたけれど、いや、あたしの、そして、あたしたちの高校時代はこれで満たされたなって思えたのでした。
2003年05月06日(火) |
街中で見かけるように |
いつの頃からでしょうか、時間を一日ではなくて一週間で考えるようになったのは。昔は、朝起きて学校に行って帰ってくると、一日終わったぁ〜というような充実感で、寝るときには全部おしまいで、朝はリセットされて新しい始まりみたいな気持ちでした。けれど、最近では、寝るときは、明日あれをしなければ、これをしなければと考え、朝起きてもリセットされておらず。なんだろねぇ。 昔あたしは、夢中になったミュージシャンがいたのだけれど、小さなライブハウスのマンスリーライブなんかに通ってしまったり、ラジオ局の前で友人と出待ちしちまったり、ラジオにせっせと葉書を書いたり、今では考えられないような行動力をそいつに対して発揮していた。中高生の頃のそういうのは、はしかみたいなものだけれど、いやあの行動力はすごいと吾ながら思う。ま、そんな中でもあたしの中には打算的なものがあり、会えたり話せたりする相手でなければ、頑張りがいがないと思い、そいつを追っかけていた部分もある。 で、ふと、そいつの名が数日前に頭に浮かびネットで検索してみたら、おう、HP開いていた。まだ盛んに活動しているようで。あたしが嫌いな大物の片腕として働いていたそいつは、どうやらその大物から離れて活動し始めたようだ。めでたいめでたい。 しかし、掲示板に書き込むと、そいつが返信してくれるわけだ。時代も変わったわねぇと。あたしの頃なんて、ラジオで葉書を読まれただけで、涙もんだったわよ。。。。といっても、そいつは裏方専門の不細工顔だったので、ファンなんて少なくて、葉書なんて、出せば読んでもらえていたんだけれどさ。 と、懐かしい人の頑張り具合や、そいつの追っかけを通して友人になった人たちを思い出し、その掲示板にその影を見て、まだ追っかけているのかぁ大丈夫かぁ?なんて思いつつも、みなさんゲンキなようで、うれしい。街中で見かけるように、ネット上でふと見かけるというのは、なかなか良いなぁ。
万年五月病なあたしだけれど、ちょいとここ数日重度の五月病のようで。いや、無気力とかそういうのではなくて、眠いのだ。眠くて眠くてしょうがない。何していても、ついついくぅ〜っと寝てしまう。歩いていても、眠くて眠くてしょうがない。常に脳みそが、半分眠っているようなかんじなのだ。お風呂に入っていても、くぅ〜っと寝てしまう。 で、さっき学校から帰ってきて、気づいたらまた、くぅ〜っと。 けれど、いざ寝ようと思って横になっても眠れないってのが困る。睡眠以外のほかのことをしようとすると、眠いのだ。むぅぅぅぅぅ。
ゴールデンウィークなんて言葉は、大学に入ってからは特別意味を持つものではなくなったのだけれど、今年の連休っぷりはなんだか寂しいなと思って過ごしている次第。 あたしは連休やらお盆やらのラッシュの様子をテレビで見るのが大好きなのだ。○○キロ渋滞とか、乗車率200%などと聞くと、それだけでワクワク祭り気分を味わえる。そう、連休の醍醐味といえば、渋滞や混雑なのだ。 車で遠出して、渋滞に巻き込まれ、パーキングエリアのトイレは長蛇の列。「おなか減ったよ」と騒ぎ出す子供たちに押され、到着したら食べようと思っていたお弁当を車内で食べ始める。こぼしたりしながらも、道を間違ったりしながらも、行きはなんとか家族皆笑顔を保つだろう。しかし、やっと昼過ぎに到着したのもつかの間滞在時間数時間で、再び渋滞に巻き込まれ、後ろでは子供たちは眠り、お父さんは眠りそうな助手席のお母さんに地図を見させ、抜け道を探そうとするものの、「次右」「違うわよ、その次が右なのよ!」なんて、お父さんへの指示はなかなうまくできず、お父さんのイライラはますます高まり、「地図見ろよ!」と怒鳴り「あなたが遅いんでしょ!」「お前が、もっとわかりやすく言わないからだ!」なんてケンカ勃発。子供たちは、それによって目覚め、「まだつかないの?おなか減った?」などと言い出し、お父さんもお母さんもイライラは頂点に達し、「うるさい!」と怒鳴り、子供は泣き出し・・・・。そんなこれぞゴールデンウィーク!ってシーンを思い浮かべ、あたしはテレビの混雑情報を見ている。赤いブレーキランプがズラーっと並ぶ高速道路のシーンを見ては、この一台一台の中で繰り広げられる怒号と惨劇を、あたしは祭り気分で想像するのが、あたしのゴールデンな楽しみなのだ。 が、今年は、どうやらそういうことがないようで。寂しい限り。
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