あいつが事故を起こして2週間がたった。 相手も怪我が無く、でも飲酒だったので、免許は取り消しになるだろうと言われていた。 車は廃車になるかも知れないほど、壊れている。 なので、必然的に足が無いあいつの家に、あたしが出向くのが当たり前になってきていた。
今日はバレンタインなので、前々から用意してあった、ミッキーとミニーの大きいぬいぐるみを車のトランクに詰め込んでおいた。 仕事が終わって、家事をしてから、彼の部屋へ。 ぬいぐるみなんか、喜ばないかな、へんかなぁ?とか、考えながら、大きい包みを二つ渡した。
中から登場したミッキーたちに、彼は大喜びで、子供みたいにはしゃいだ。 「一人暮らしで寂しくても、こいつらがいたら、寂しくないですね」
凄く喜んでいる彼を見て、あたしも凄く嬉しかった。
「今度、ディズニーシーに行きましょうよ。あなたは寒いのが苦手だから、暖かくなったら。そうですね、あなたの誕生日くらいに」
そういいながら、あたしの頭をずっとなでて、そっと抱きしめてくれる。 抱きしめ方はどんどん強くなって、痛い位になるんだけど、 あたしが一番安心する瞬間だ。 一日の嫌なこと、明日起こるかも知れない嫌なこと、ずっと先の嫌なこと、ずっと昔の嫌なことが、これでチャラになるんじゃないかと、凄く幸せな気分に浸れる瞬間だ。
あたしたちに、体の関係はまだ無い。キスだけだ。 あたしは、きっと体の関係にはなれないと思っている。 なぜなら、体の関係を持った時点で、あたしたちの関係は、「不倫」というなんだか汚いものになってしまう気がして。 もちろん、今の状態も不倫だって言う人もいるだろうけど。 でも、体の関係が無い今は、なんだか純粋に好き同士の恋人と言えるような気がする。 それは、自分の中でだけの大切なことなんだ。綺麗事かもしれないけど。
ずっと睡眠時間が2時間とか3時間(しかもトータルで)の毎日が続いていた。 うとうとしても、不安になる。 仕事にもだんだん支障も出始めた。 午後の金銭管理の事務仕事中、うとうとして細かいことが出来なくなるのだ。 どうしよう、睡眠薬でももらって来ようか。。。本気で考えていた。 「あたし、実は眠れないの」 彼に、全部話して見た。 あの事故以来、不安で不安で眠れない。それが苦しい。 あいつは、何も言わずいつもよりちょっと優しく抱きしめてくれて、ずっと髪をなでてくれた。 「大丈夫、一緒にいるときに事故なんかありようが無いし」 あたしは、すっごく安心して、そのまま眠ってしまった。 気がついたら眠る前と同じ体勢のまま、彼はあたしを抱きしめてくれていた。髪もなでて。それで、無邪気な彼の笑顔がやっぱりあった。
こんな小さなことが、すごく嬉しい。安心する。 あたしは、彼の全身で受け止めてもらっている。 それは、もしかしたら、凄い大変なことなのかもしれない。 でも、彼は文句を言わないどころか、それが嬉しいと言う。 いつか、つぶれちゃうんじゃないか。あたしの重みに耐えられないんじゃないか。 そんなことをよく考える。 それでも、あたしは彼によりかかり。彼は喜んで受け止めてくれる。
ねぇ。いつか、あたしが重くて重くて仕方なくなったとき。 あたしをつき話していいんだからね。 本当に。それでも、あたしは、あなたを恨まないから。
今日は、彼が17時からバイトなので、それまでの数時間、お茶をすることにした。 約束の時間にあたしはついたんだけど、やつはなかなか来ない。 だからメールで何度も脅してやってた。「早く来ないと帰ります」とか。 いや、もちろん冗談で。 やっと来た彼は、学校で就職活動の登録をしてたらしい。 なんか手間取っちゃって・・・とか言って、笑いながら 「あせって原付走らせてきたら、カーブで曲がりきれなくて転んじゃいましたよ」って、あたしに思い切りすりむいた腕を見せた。 自分の体の中の血が、下に下がって行くのが分かった。 「ごめん、あたしがあせらせたから・・・」 それしか言えなかった。彼は笑って大丈夫ですみたいな事を言ってたけど、あたしの耳には聞こえなかった。 聞こえてくるのは、急ブレーキの音と車がぶつかる音。 あの事故以来、あたしはまともに眠れない。あの事故現場にいたわけじゃないのに、なぜか耳に急ブレーキの音とぶつかる音がこだまする。 もし、また事故が起きたら、事故では無くても、何か起きたときに、 あたしは今度こそあいつの傍に駆けつけたいと思って、携帯を枕元に起き、 もしかしたらセンターで止まっているかも!!と、夜中に何度も起きて メールチェックして。 そんな繰り返しで、ほとんど寝ていない状態だった。そこへきて、今回の転んだこと。 しかも、あたしがあせらすから・・・ ぼーっとなりながら、あたしは帰宅した。 夜になって、やっぱり眠れなかった。 ボーっとしながらパソコンに向かっていたとき、彼から電話が来た。 あたしの様子がおかしいこと、とっくに気づいて、バイトが終わって即行で電話を掛けてきたらしい。 「大丈夫ですよ、ほんと、時間に遅刻したくないって言うより、早く会いたいって言う気持ちで飛ばしてきたんですから。俺の責任です。ね」 あたしは、泣いてしまった。泣いているのがばれないように、眠いから声が変なんだ、なんて嘘までついて。 多分、何でもあたしの事を見透かしちゃうあいつには、ばれただろうな。
でも、眠れなかった。この不安な気持ちは、いったいいつ無くなるんだろう。
2002年02月01日(金) |
事故〜優しいキスまで |
朝、いつもどおりメールチェック。メールは3件。留守番電話にも1件入っていた。 メールを見る前に留守電を聞いて見た。
「あの。事故を起こしました」
目の前が真っ暗になり、とにかくあわてて、彼に電話をした。 出ない。どうして?病院?何がおきたの? 泣きながら、仲良しの主婦に電話した。 「落ち着きなさい!まだ7時前でしょ。寝ているだけかもしれないじゃないの!」 そのとき、携帯がなった。彼からだ。
「どう、ど、どうしたのよ!事故って???」 「いや、昨日電話切った後、気晴らしにドライブに出かけて。あなたにメールしようと思って、うちながら運転してたら前の車が進んだように見えてアクセル踏んだらオカマ掘っちゃって」 「怪我は?だって、飲んでたじゃない?!」 「はい・・・だから、警察にも怒られましたよ。ちなみにかすり傷ひとつ無いです。俺って不死身ですよねー」 「・・・今から迎えに行くから。一緒に仕事行こう。今日は出勤時間も一緒だし」
彼を迎えに行く車の中で、運転しながら考えた。 こんな大変なとき、あたしはだんなの腕の中で眠っていた。 そして、もしあの電話をすぐ取ったとしても、あたしは駆けつける事は出来なかっただろう。 あたしは、何もやっぱり出来ないんだな。 涙が出そうになった。好きな人が事故を起こした。 半分はあたしの昨日の発言が理由でもある。 あたしは、何をしているんだよ。あたしみたいなのが、あんないいやつと一緒にいる権利無いんじゃないの?あんなに真っ直ぐに人を愛せる、あんな素直な人間と一緒にいてはいけないんじゃないの?
彼は、いつもの無邪気な笑顔だった。あたしの大好きな。 「ごめんなさい。心配掛けました。ご迷惑おかけしました」 言葉を発したら、あたしは泣いてしまう。だから、黙ってうなずくだけが精一杯だった。 ごめんなさいは、あたしだよ。心の中で謝り続けた。
もちろん、仕事は手につかなかった。 彼はいつもと、いつも以上に明るく振舞っている。 あたしが暗いこと。昨日のこと。事故のこと。 いっぱい考えなきゃイケないことが山積みで、だからあえて明るくしなきゃやってられないんだろう。
「今日、夜話さない?」 「あなたから誘ってくれるなんて珍しいですね、凄く嬉しいです」
あたしは別れる決心をしていた。
夜、彼とあった。はじめて、彼の部屋に入った。 「もー、来るって言うから、掃除しまくりましたよ」 何の話をされるか、予想はついているだろうに、こんなときもわざと明るく振舞う彼が切ない。
「あたし。何もしてあげられなくて、ごめんなさい。事故起こして、大変なときに、あたし寝てたんだ。それに起きていたとしても、何も出来なかったと思うんだ。これは、あたしが結婚しているからで、きみが、普通の女の子と恋愛していたら、こんな事無いと思うんだ」 ぽつぽつ、話し始めたあたしを、彼はずっと見つめていた。 「で?だから、もう別れようとか言うんですか?」 「そうだね」
沈黙が続いた。長い長い。時間的には数分でも、息が詰まりそうな。 先に口を開いたのは彼だった。 「先が見えないのが嫌だからって、昨日言いましたよね?確かに見えないですね。こんな事故起きるなんて、思ってもいないし。でも、事故起こして思ったことがあるんです。俺は怪我も無く、元気だったけど、もしも事故で死んでいたり、大怪我を負っていたら。俺、後悔すると思うんですよ。 明日が見えない分、今の気持ちに最優先になったほうがいいんじゃないですか?俺はそうします。そうしなきゃって、思ったんです。人生は一度きりですよ。やり直しは出来ないんですよ」
頭を殴られたような、衝撃を覚えた。 確かに、あの事故で彼に万一のことがあったら、あたしは一生後悔しただろう。未来が見えないから切りたいなんて、言うんじゃ無かったとか、もっと好きだって言うべきだったとか。 人生は。そう、一度だけなのに。あたしは、安全な道へ、そして自分の気持ちとは正反対の道へ進もうとしている。
また、泣いてしまった。人前で泣けないあたしが、こいつの前では、平気で泣けるのがまた不思議だ。だんなの前でも泣けないのに。もう11年も一緒に暮らしているのに。
日付が変わっても、あたしは彼の部屋で、彼の腕の中で泣いてた。 いろいろなことが吹っ飛んで、あたしは子供みたいに泣きじゃくった。 彼は、子供を寝かしつけるように、あたしの頭をなでて、 背中をさすって、たまに額に頬にキスをする。
「本当にあたしでいいの?何も出来なくても、いいの?」 「いいもなにも、俺のほうこそ、俺なんかでいいんですか?ですよ」
おととい、だんながおざなりに抱きしめてくれたときと比べてしまった。 あたしは。こいつといるときの自分が一番素直で。 そして、安心出来て。ただ、抱きしめられているだけなのに、 あたしは凄く凄く愛されていると言う実感を感じてしまった。
そして、初めてキスをしてしまった。 だんなが体を求めるときに面倒だけど、一応ね。と言う感じのキスとはまったく違って、凄く切ないけど、優しいキスだった。 あたしは、こいつがいなかったら、きっと潰れてしまうんだろうな、と ボーっとした頭の中で考えていた。
|