浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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2001年10月31日(水) ♪ハッピーハッピーはろぅいん♪と歌いながら、泣く日

ああ、日づけかわって今日はハロウィンだ。HELLOWEENのファンになってからハロウィンは特別な日。カボチャプリンがあったら食べたいけど、どっか売ってないかな。
田舎ではいまひとつポピュラーじゃないので、カボチャを飾ってる店もありません。鳥取まで行っても、カボチャのディスプレイはケーキ店に数店見かける程度だもんな。ローソンあたりのぞいたら、少しは飾ってるかもしれないけど。
そして、今日はグレッグ・ムーアの命日でもあるんだなあ。もう2年もたったんだ。グレッグの家族は、彼の遺灰を散骨したという話も聞いた。この世界を吹く風の中に、空に大地に、彼がいる。そう思って、空を見上げよう。彼は風になって、いつまでも私達のそばにいると。


2001年10月29日(月) カーグラ放映再開、やっぱ侮れない!

カーグラフィックTVが数カ月の休止を経て、放映再開。うれしいなあ。
オープニングはかわったが、映像を見る限り番組の精神的な部分はかわってないようだ。オレは車好きではないけれど、この番組のノリは大好きなんだ。流麗なフォルムやとろりと官能的な色、車をこんなに美しく撮影する番組はない。
で、昨夜の放映をタイマー録画して見てみたら、いきなり大当たり!
数十秒だけど、フランクフルト・モーターショーでのミハエルとルカ社長のお姿。ミハエルが新車発表で車を覆った布をはがしてた。
CG編集部の人によると、ミハエルは初日に姿を見せ、フェラーリはもちろん、マセラッティ、フィアットとあちこちのブースに引っ張りだこだったらしい。
「ささ、ミハエル、こっちにおいで♪」「ミハエル、今度はこっちに来てね♪」とフェラーリ関連メーカーのブースを社長達に引っ張りまわされてる姿が浮かんでしまった。(笑)
「プレスデイの初日に米同時多発テロのニュース」とのことだから、ミハエルはあの事件の前後にジェット機に乗って家を離れてたわけだ。....そりゃあ、骨身にこたえるわな。


2001年10月28日(日) 映画ネタ更新/ベテランドライバー達の将来が心配

また映画ネタをUP。(^^;)
F1から気持ちが離れてるわけじゃないんだけど、あんまり集中して燃え上がると辛くなっちゃうからグルグルと遠回りしてるところもあるのかもしれない。
今年の日本GPはあれこれ身辺がドタバタしていて、生観戦どころか地上波さえビデオでチェックなんていう状態だったのね。ネット浦島状態から、鈴鹿の思い出を語るみなさんの感触と雰囲気を分けていただいて、それにどっぷり浸るばかり圧倒されるばかりで、その中に飛び込んでいく言葉が出てこないこともあるのですわ。
もしどうしても生観戦に行きたかったならあれこれの事情やシガラミみんなブッチ切って行ってたんだろうと思っちゃうし、これは自分自身の選択なんだからしかたないよな。
うん、でも、ちょっと泣いていい? うぇーん、今年も生エディも生ミハエルも、見られなかったよ〜。ひーん。(T-T)

今年ベテランドライバー達が何人もいきなりチームを離れることになったのを見てると、心配になっちゃうんだ。
エディちゃん、最年長ドライバーになっちゃったもんなあ。来季がジャガーとの契約の3年目。ふがいない子猫マシンが育たないと実力も発揮できないから、2003年以降の契約が心配なの。簡単に契約更改や移籍話がまとまりそうにない高給取りだしさあ。
未曾有の最強の帝王ぶりを見せつけているミハエルも、現役最古参ドライバーになってしまった。彼がデビューしたとき、グリッドに並んでいたドライバー達はもう誰もいない。
彼はドライバーとしての成長期を終え、円熟期を迎えているのだろうと思う。今季のイタリアGP「プッシュできる気分ではなかった」などと彼が発言したのは、初めての経験だった。突然のモチベーションの低下が、サーキットを走ることに喜びを見いだせないことが、あのミハエルをも襲ったことに不安を覚えた。日本GP予選での走りを見なければ、この言葉はオフシーズンの間も自分を不安の中に突き落としたことだろう。
彼にも、いつかサーキットを去ることを決心する瞬間が訪れる。それは今回のように、誰にも予測できないほど出し抜けに訪れるかもしれないのだから。
彼らが元気にその強さを失わず走ってるうちに、その生の走りを見たい。この目に刻みつけておきたい。それは毎戦のように感じてることなんだ。
彼らが戦ってきた百数十戦、何万周もの周回。私が見ることが可能なのは、そのごく一部に過ぎないだろうけれど。


2001年10月27日(土) 『T2』/いろんな映画の完全版が好きだ

ほとんど夜明けまでやくにさんちで楽しくチャット。
チャットしてると躁状態になるから、ときどき自分の中から変なネタもわいてくる。腸内インディアナポリスなんて、ひとりじゃわいてこなかったわ。(笑)

放映してた『T2』を録画して、また見ちゃってたのだ〜。何度見てもよくできた作品だべ。ジェイムズ・キャメロン監督は、違和感もわきがちなこういう世界をごく自然にわかりやすくしめしてくる。
物語の背景や伏線とキャラクターの動機づけの示し方、シンプルで力強い物語の骨格、観客の視線をそらさないんだよな。
これって最初のバージョンのエンディングは、成長したジョン・コナーのモノローグだったよね。最初見たときは、アメリカ的ハッピーエンド・エンディングだにゃあ〜と思ったもんだよ。そいつをバッサリ切ったことで、物語のエンディングは不安な余韻と想像の広がる余地を得た。そして、この物語の心臓部がコナー親子でなく、ターミネーター自身にあったことを際だたせたように思う。
アメリカ映画ってのは、何度も試写とアンケートを繰り返して、物語の構成やエンディングさえ変えられてしまう。理由は物語のわかりやすさや観客の嫌悪感や倫理観をふれる部分など。『レオン』は少女の殺人と性の暗喩をカットし、『ブレードランナー』は刑事デッカードのモノローグやハッピーエンディングの挿入など多岐にわたる。これらの作品はカルトな人気が出たゆえに、監督の意向を反映したバージョンが完全版やディレクターズカット版として日の目を見る機会を得た。これらの作品や『シャル ウイ ダンス』の米公開までの記録を書いた本を読むと、監督側と映画会社や配給会社側の公開にいたるまでの壮絶な攻防に震えがくる。
そういえば、『ブレードランナー』は、完全版・ディレクターズカット版以外に、現在ビデオで見られるバージョンとは違うのもが存在してたはずだ。
戦いの後で彼らが他の警官に発見されたのは十数時間も後で、ロイ・バッティの死にゆく姿をずっと見守っていた、というモノローグが挿入されているバージョンを目にした記憶がある。
その後、メイキング本で、そのセリフの入った脚本が公開時には採用されていなかったはずのバージョンであることを知った。どういうことだろうか。いまだに不思議である。
『地獄の黙示録』も、特別公開版ができたらしい。惚れ込んでる作品ではないが、どういう変更があったのか興味深い。


2001年10月26日(金) CDチェンジャーの中身

ひさびさにCDチェンジャーの中身をごっそり入れ替えた。
ウチのミニコンポは25+1枚が一度に入るやつなんで、新しいアルバムを買い込んだとき以外は、たいがい何カ月も入れっぱなしになっている。
何年もほとんどCDチェンジャーから出たことのないお気に入りアルバムもかなりある。
GARY MOOREの2枚組ベスト盤などもそのひとつだ。
他に今入れているアルバムは、SCORPIONS、MEGADETH、JUDAS PRIEST、PRIMAL FEAR、HELLOWEENが数枚ずつに、GAMMA RAY、DEEP PURPLE、GILLAN、BLACK SABBATH、PINK FLOYD、ROLLING STONES、TYPE O NEGATIVEがそれぞれ1枚ずつ。
たまにPINK FLOYDやROLLING STONESがOFFSPRINGやKATE BUSHやRAIMBOWにかわったりする。
たぶん自分はギターよりヴォーカルを中心に聞くタイプなんだろうな。


2001年10月25日(木) 映画を見てきた/批評する目を忘れて、パワーに圧倒されたいんだ

なんとか時間ができたので、ひさびさに更新。F1ネタにあらず。
F1ネタはいじりいじりしているんだけど、なかなか突破口が見つからない。うーん、なかなか腰を落ちつけて創作ができない〜。体が2つ3つほしいです。

このごろ私事雑事が多くて煮詰まっていたので、休める日くらいは気分をあらためようと映画を見に行ったのね。
1回目から最終の上映まで網羅したのはひさしぶり。入れ替えのない映画館はいいなー。途中で爆睡しちゃったけど。(笑)
心の中でツッコミ倒すわ、場面を再構築してみるわ、まっとうな映画ファンでない見方をしてしまいがちなワシです。
アニメーションやSFや猟奇なサスペンスや時代物など作り込まれた世界が好きだから、それに盛り込まれたガジェットや暗喩につい気持ちが行ってしまう。
コンサートもそうだけど、なかなか演出効果を批評したり吟味しようとする目を忘れることができない。それが悩みなんですわ。
それでも時には、それを忘れてしまう出会いがある。頭上から降り注ぐ音に、我を忘れてただその音に身を震わせていたい、と思う瞬間。体を押し包む音に、自分の体が弦となりかき鳴らされて共鳴する楽器となった。これまで私が聞いていたライブはなんだったのだと問い、この喜びに包まれたまま息が止まっても惜しくないと思った。そんな瞬間が。
看板に「烏口」と書かれていようが、後から逆版で挿入されたシーンがあると知っていようが、ルトガー・ハウアーのロイ・バッティの表情と咆吼には、ビデオを見返すたび心臓をつかまれる。資料本読んでいようが完全版との違いを知っていようが、ジャン・レノのレオンが壁をたたき崩すシーンには、物語の圧倒的なパワーに押し流される。そんな風に画面に紡がれる物語に翻弄され、息を殺し見つめ見守ることしかできない瞬間が。
そういう瞬間がほしくて、私は映画を見る、ライブを見る、F1を見る。
鈴鹿の予選の放映を見たとき、圧倒されてひさびさに「化け物....!」と口走ってしまった。もちろん誰のことかはおわかりだと思う。
私が惚れた紅の魔獣は、無慈悲なまでに強く、サーキットに君臨する。その化け物に小僧っ子達がどこまで迫れるか。喉元まで食い下がり、競い合ってくれねば面白くない。その魔性の姿は、牙をむいて追い上げるときこそが、もっとも美しいのだから。来季が待ちどうしい。


2001年10月03日(水) I miss you !/ドライバー達のインプレッション

本の山が崩れ(^^;)て、数年前のCARTの本が出てきた。当然のことだが、グレッグ・ムーアやアレックス・ザナルディの記述もある。石見周さんはグレッグに惚れ込んでいたんだなあ。
ムーアを失ってから、もうじき2年。最近は、プレイヤーズ・ブルーのマシンを目にして胸を突かれることも少なくなった。彼をよく知る前に失ったせいで、比較的冷静でいられるのかもしれない。
時折、激しい食い下がりや壁ギリギリを攻めるドライバーを見ると、そこにムーアを重ねていることに気がつく。自分は、彼をオーバルを熱く攻めるドライバーの象徴のように感じ、そこに彼がまだ存在すると思っていたいのかもしれない。

ミカ・ハッキネンの姿を、来季1年見ることができないのは残念だ。マシンのトラブルさえ頻発しなければ、ミカのおそろしい速さは今年もフェラーリ陣営を脅かしたはずだ。きっと来季は、その不在に寂しい思いをすることになる。
彼の自信や勝負度胸は、ミハエル以上と思う。ミハエル、けっこう脆いところあるからな。(^^;)
デヴィッド・クルサード、肝心の所でコケたり周回遅れの処理など、見極めがやや甘い気がする。性格なんだろうか。キミ・ライコネンが彼にどれくらい迫れるかも見物だ。キミの教育の役回りも求められるだろうけど、若造を圧倒できなきゃあ立場なくなるぜ。
ウィリアムズの2人は、まだミハエルを追いつめるには修行が足りないな。ドライバーズサーキットと呼ばれる場所でのクラッシュやリタイアが多いのも、不安材料だ。
ラルフは、他車の後ろでの威圧感がまだ兄の域ではない。慎重なレースの組み立てやタイヤの使い方が上手いのは、期待できる。
くそ度胸のあるモントーヤ、マシンに慣れていけば来季はもっと伸びるだろうが、たぶん開発の主力はラルフの方だろうな。
今季の活躍は、ミシュランタイヤとエンジンパワーに多くを依っていたと思う。彼らには戦略下手という弱点もある。来季タイトルを狙うなら、ここがポイントだ。
3強のチーム首脳陣や開発の着実さは強みだ。ホンダ勢がもうちょっと競争力を増してくれれば、ジャック達の活躍もみられるんだろうけど、チーム内のごたごたが気にかかる。
勝利は甘美だ。けれど、それ以上にミハエルのすさまじい走りをまた見たいと願う。速いミカの存在が、ミハエルの能力を限界まで引き出したように。ミハエルの傍らには、強いライバルがいてほしい。


2001年10月02日(火) テロのショック/ハンブルクの思い出

ニュースを見てるとどんどんと世界が戦争に近づいてる感じがする。いったい21世紀が、こんなはじまり方していいんだろうか。(-_-;)
ブッシュ大統領や小泉首相の言動が、どうにも不安でたまらない。外務省も田中外相おろしにジタバタしてる場合じゃないと思うんだ。シビリアンが賢く状況を動かさないと、ユニフォーム組が後で苦労するんだよ。(と、パウエル長官も思ってるかもしんない。)

テロでミュンヘン五輪やフランクフルト空港爆破事件を思い出すのは、私が年だからかな?
無差別テロ→空港やスタジアムなどが狙われる?→GP開催危ない?と連想してあせったんだ。テロやハイジャックや誘拐事件はずいぶんたくさんあったから、欧州に生まれ育った人達の方が身近に危機の存在を感じていたかなあ。
ハンブルクにテロリスト達の住居があったのには驚いたけど、西ドイツの頃は亡命者や外国人の受け入れに積極的な国だったんだよ。(ネオナチの連中はその反動だ。)
ニューヨーク、ワシントン、ボストン、ハンブルグ....、みんな、さまざまな国の人々が集まる国際色も豊かな都市だ。人が多く集まれば、犯罪や衝突の可能性もある。けれど、自由に旅し移動すること、他国で働き新しい生活を築くこと、異なる文化を受け入れること、それらに活力を得て都市は発展していく。こんな事件でそれを失わないでほしいと思うんだ。

ハンブルクといえば、私の友人は数カ月間そこで暮らしていた。外国人にとっては、暮らし易い街だ。中央駅近くには薬の売人のたまり場と噂される場所もあったが、そんな物騒な場所は東京などにも存在する。ちょっと東京に似ていると思った。大昔からの港町で国際化がすすんでいるせいか、他の街では外国人に向けられがちな奇異な視線を浴びないで済む。
私も、ドイツの旅行中、この街が一番すごしやすいと感じた。言葉はできなかったから、あからさまな軽蔑の視線もあった。ときには身ぶり手振りでジタバタもした。言葉が通じないながらも手助けしてくれようとした人達がいた。ほほえみかけてくれた人達がいた。ある程度人との距離を置いて放っておいてくれるが、冷たすぎるわけじゃない。こちらが困っている様子を心配そうに見守る人達の視線を感じた。
大きくて、居心地のいい、懐の深い都市。ずっとこんな街に暮らすことができればと、そう思った。今も、あの街に恋してる。


2001年10月01日(月) USGPから一晩たって

やっと地上波の放映だ。「GP開催と同日に放映」ってのでいつも11時代の放映だったはずだが、今回は欧米での日づけを利用したんだろうか。(苦笑)
トゥルーリ規定違反で失格のニュース。だああ、君、決勝運がなさ過ぎ〜。(-_-;) ミカのフリー走行での規定違反といい、チームもしっかりしてほしいぜ。
モントーヤの最高速更新オーバーテイク、バカッ速小僧の面目躍如。CARTの頃から、この子がすさまじい速さを見せながら完走できないのを何度見たことだろう。最高のタイミングでチーム移籍したとはいえ、派手な戦いっぷりは相変わらずだなあ。

スリップストリームでマシンがグッと近づいてくるのは、迫力がある。「行けっ!ぶち抜けー!」「させるな、押さえろー!」と双方の駆け引きに興奮しちゃう。バンク駆け上がる姿はいいなあ。オーバーテイク、堪能。

オーバルは危険すぎると、ミハエルをはじめとするF1ドライバー達が口にしている。死傷事故も起こっているし、ザナルディの事故の余韻も生々しい。それも当然だろうとは思う。
まあ、「危険」というのは、低速のモナコもあげられてたことあったんだな。ランオフエリアないから。(笑)
完璧で故障しないマシンや100%事故を回避できるドライバーはいない。レースから事故をなくすことは不可能だ。それが低速コーナーやシケインであろうと、大事故はあり得る。
アセチレンガスバーナー取り扱いの講習を受けたとき、こんな話を聞いた。転落事故の死亡が多いのは、高所からではなく、1m以内の高さからの転落だと。危険の認識や備えのないところにこそ、重大な事故は起きる可能性が高い。

トヨタが、2003年からアメリカでのレースではNAエンジンのみにすると発表。CARTのレギュレーションが変更されないなら、撤退もあるようだ。F1参戦で、多方向への開発から絞り込みたい意図もあるのか。
今季は高速になりすぎて中止なんてGPもあったから、そろそろレギュレーションに大きな変化が求められてるかもしれない。
オーバーテイクの醍醐味を減らさないでくれるなら、変更はかまわないんだけどな。


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