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鈴木君たちのシュールな一日
信井柚木
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2003年08月17日(日)
「学園祭」編(高二)  その11<暴走は終わらない>


「何が・・・何が私に足りないと言うのだ!!
 私は、ひとつ向こうの国の第一王子。
 富も権力も申し分ないはず。
 一人息子で競争相手もいないから、姫は間違いなく王妃になれる。
 そのうえ、母は既に亡くなっているから、下々で言うところの『嫁姑の関係』も心配はない。
 姫を花嫁として迎えるのに、申し分ないではないか!」

 ブブーッ

「まだ足りないか?!
 私自身もこの通り、容色に不足はないはず。
 なにしろ、ダンスの申込を断られた経験はな・・・あいや失敬。
 とにかく!
 王族として当然ながら教養もある。
 そしてなにより、姫よりも私の方が身長が高い!」


(待て!! なんでセリフがそっちに流れるんだ!!!!)
 と、約1名の無言の絶叫はさておき。
 なるほど。
 
『あのさぁ・・・イインチョーって白雪姫の王子に偏見持ってない?』
『そうね、否定はしないわ』

 あの時の会話も、もっともと頷ける内容である。
 高橋女史・・・彼女は一体「白雪姫」にどういうイメージを持っているのだろうか。奥が深い。


 舞台の上では王子のボルテージがますます加速し、正比例で白雪姫の不安がいや増していく。
 高橋王子はクッと唸り額を押さえると、さも悔しげに嘆いた。
「ああ・・・どうすれば私の気持ちは伝わるというのか。
 私の想いの証明は・・・!」
 胸を押さえてうつむく王子。
 しかし、すぐさまハッと顔を上げる。
「そうだ!
 私の愛で彼女に奇跡をもたらしてみせよう!
 彼女に命の目覚めを・・・私のくちづけで!」

 握りこぶしで宣言するやいなや王子は身を翻し、黄色い悲鳴が錯綜する中、白雪姫のそばにひざまずいた。
 まさかまさか・・・と青ざめながら目を閉じたままの『白雪姫』に影が落ちる。
 と。

「ーーーーーーーーーっ?!!」

 王子が離れた瞬間、ガバ!!と効果音が聞こえそうなほどの速さで白雪姫の体が跳ね起きた。
「あーーーーーー起きたねーあはははは。すんごい勢いーーーー」
 のんきに構えるナレーション山本。
 が、体育館で渦を巻く悲鳴にかき消され、誰の耳にも入っていないだろうことは確定的だった。

「な・・・・・!!!」
「ああ、姫!!」

 硬直から解けて苦情の絶叫が放たれる直前、機先を制して王子がすばやく動く。
 白雪姫をヒシと抱きしめる王子の姿に、観客席ではまたしても悲鳴がこだまするが、それにも構わず王子のテンションは高い。
 そして、白雪姫のテンションは低い。
 というより、暴発しかけた途端に急降下したと言った方が適切かもしれない。

「私の愛が天に通じたに違いない!
 さあ、姫!
 私と永遠の愛の誓いを!!」

(いや・・・・・・・あんた、誰
 呆然としたまま小さく呟く佐藤。
 舞台はそこでいったん暗転となった。


−−−−−−−−−−


「えーーーー、こうして白雪姫はめでたく仮死状態から回復し、見事王子様に拉致られーじゃない、攫われーでもない。えーー保護されて、あれよあれよという間に結婚式の日取りまで決まってしまいました。
 段取りいいんだもんなー王子サマ。
 ていうか、スキモノのちゃっかりものっていうかねー」

 ナレーションに後を任せて、劇は場面が変わる。
 暗幕を引かれた体育館の薄暗い舞台の上では、半ば放心状態の白雪姫が簡易寝床に乗ったままで舞台袖に片付けられていくところであった。
 びしばしアドリブだらけの進展ではあるが、お約束のシーンを終えてセット変更のために舞台が暗転したのは、一応段取り通りではある。
 が、それ以外は一体どうしたことか、と佐藤は聞きたかった。
(・・・一体、俺が何したって言うんだ)

「何をボーッとしてるの佐藤君。
 早く動いてくれないと、対決シーンに間に合わないわ」

 先程のテンションの高さはどこへやら、ほぼ普段通りの冷静な声を耳にして、佐藤はようやく我に返る。
「た・・・たーかーはーし〜〜〜〜〜っっっ」
「何?」
「お前なぁっ、こういう段取りならそう言っといてくれねぇと、こっちにも心の準備ってやつが・・・!」
 最大限に声を殺しつつのやりとりだが、それだけの理由にとどまらず佐藤の声は低い。
 それに対して、女史はどこまでも冷静だった。
「一応、生は避けたんだけど、そっちの方が良かったってことかしら。
 私は別に気にしないけど」

 いや、あなたが気にしなくても、あなたのファンは別だと思うんですが。

 劇の後のことを考えて、佐藤の顔が引きつる。
「よせ止めろって!
 俺はまだ死にたくねぇぞ!」
「・・・さりげなく失礼な気がするんだけど、まぁいいわ」
 ふと息を吐き足元に目を落とした女史が、何かを拾い上げる。
 そこで初めて彼女の口元に笑みが浮かんだ。


「つかみは上々」


 キスシーンで使用した小さな薄いビニールを手に、次の準備に入るため意気揚々と下がっていく彼女の背を見送り、疲れたようにセットの寝台から降りる佐藤の耳に、相変わらずのんきなナレーションが聞こえた。

「さて、その頃お妃サマは何してたんでしょうねー。
 現場を呼んで見ましょうかーお妃サマーーーー」

「・・・どっかのワイドショーかよおい」
 反射的な突っ込みの響きに、力はなかった。


 <・・・>