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鈴木君たちのシュールな一日
信井柚木
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2003年06月28日(土)
「殺し屋ジョニー」

「・・・何やってんだよ」
 鈴木の家に遊びに行っていた佐藤は、台所で奇妙な面持ちのまま何かをじっと見つめている鈴木を発見する。
「ん? ああ、まあ」
 生返事の鈴木は、その『何か』に注意を引かれたまま台所に立ちつくしていた。
 なまじの人間にはわからないだろうが・・・目が輝いていた。
 まるで、興味深い玩具を見つけたように。
(・・・何見てんだ?)
 好奇心に駆られた佐藤は、ついその手元を覗き込んでしまった。
「・・・、・・・・・・」



「・・・てめぇが伝説の殺し屋たぁな・・・」
 ドスのきいたいかにも「カタギじゃありません」といったような声が闇に響く。
「俺の命を狙っていたようだが・・・・簡単にはいかねえぞ、ジョニー」



「・・・伝説の殺し屋ぁ?」
 狐につままれたようなとは、まさにこのことだろう。
 きょとんと目を丸くした佐藤の頭の中が、一瞬真っ白になる。その間も、目の前で「深刻な場面」は続いていた。



「・・・・」
 重苦しい沈黙の後、その姿は唐突に現われた・・・冷蔵庫の陰から。
 まごうかたなき、食品をレンジにかける際などに使用する、「アレ」である。
「俺としたことが、ぬかったな。・・・アルミホイルギルドのシーカー、てめぇの命、もらうぜ」
 彼は、び、と自分の体から透明のビニールを巻き取る。



「・・・ラップ?アルミホイル???」
「まんまだが、佐藤。見てわからないか?」
「んなもんは見りゃわかるっての!」
「しー、大きな声を出すな」
「・・・! ・・・!!」
 鼻と口を同時にふさがれた佐藤がむがもがと暴れる。
「ん?どうした」
 ひとを窒息させかけておいて、それはないだろう。

「〜〜〜!!」
 腕をバシバシと叩かれ、鈴木は初めて自分のしていることを気付いたように瞬いた。
「ああ、悪い。・・・しまった。いい場面を見そびれる」
 あくまでも真顔の鈴木に、解放された佐藤はガックリと肩を落とし・・・諦めがてら鈴木の隣に立って「息詰まる場面」に目をやった。



 ザ・・・・

 もうひとつの影がテーブルの影から出現した。
 これが「アルミホイルギルドのシーカー」らしい。
 なるほど、見るからにアルミホイルギルドに所属しているいでたちである・・・なんといっても、彼はアルミホイルであったから。

「ジョニー、てめぇとは一度サシで勝負してぇと思ってたんだよ!うれしいぜ・・・・」

 ギチギチギチ・・・・、

 シーカーは自らの体よりアルミホイルをまきとった。
 ジョニーがラップを巻き取ったところから察するに、彼らはあれで戦うらしい。
「いくぞ・・・・!」
 二人は同時に動いた。



「おお。男の戦いだな」
「・・・」
 妙に嬉しそう(?)な声の鈴木――だが、表情は変わらない――に返す言葉もなく、佐藤はそのまま足元を見下ろした。
「・・・ていうか、『男の戦い』?」
 何かが違うと思いながらも、佐藤も目の前の状況から何気に目が離せないでいる。

(あれだな、微妙に続きが気になるってやつ)
 今の佐藤には、いつもの「理性」は上手く機能していなかった。



「うおぉおお!!!!」

 激しい激闘が幕を開けた。
 今時その雄たけびはないだろう、という良識あるツッコミはさておき、闘いは熾烈を極めていく。
 大柄で鋭いアルミホイルをダイナミックに扱うシーカーを剛とするなら、流れるようなスマートな動きでラップを華麗に操るジョニーは柔といったところか。
 やがて、ジョニーは片隅へおいやられてゆく・・・。

「くっくっく!ジョニー、ここまでだな・・・俺の勝ちだ!!」
 ジョニーの背後はなんと、開いたままのバルコニーだった!
 このままでは外へ落下してしまう。・・・・どうする、どうするジョニー!!



「すごいな。紙一重の攻防とはまさにこのことだろう。なぁ、どう思う佐藤」
「・・・当たり判定の基準はどの辺なんだろうな。ていうか、お前よく紙一重とかわかるな」
「勘だ。シンパシーのようなものを感じる、とでもいえばいいか?」
「・・・ラップにシンパシー感じてんじゃねぇよ」
 どこか疲れたように呟く佐藤。
 そんな彼らの目の前で、ラップとアルミホイルの戦いと言えどさすがにマズイとはっきりわかる状況が展開されつつあった。
「・・・あのラップ、ヤバくねぇか?」
「佐藤、男同士の一対一だ。手出しは無用だぞ?」
「わかってるって。・・・・・・・」
 つい、そう返して、当然のように受け答えてしまったことに、佐藤は更なる眩暈を覚えていた。



「これでしまいだぁあああ!!」
「くっっっ!!!」
 絶体絶命のジョニーにシーカーが襲いかかる。
 万事休すか・・・そう思われたその時!

「ジョニー、あぶなぁ〜〜〜い!!!」
 ザク。

 嫌な音が部屋内に響いた。
「な・・・・」
 ジョニーは(雰囲気だけ)目を見開いた。

「キチンとさん・・・・キチンとさん!!?」
 シーカーの攻撃をうけ、ジョニーの前に言葉なく横たわる彼女(おそらく)、キチンとさん。
 彼女は行き倒れていたジョニーを助け、闇から救ってくれた恩人だった。
「ふん・・・てめぇの女か。邪魔しやがって・・・」
「・・・さまだけは・・・」
「なに?」
 しばらく沈黙し、キチンとさんの亡骸(と推測)をみつめて(おそらく)いたジョニーがぐっと顔をあげた。
「きさまだけは許さない!!!!」



「おお、仲間(推定)を失ってもなお立ち上がるか。それでこそ男だ」
 ぐっと拳を握る鈴木。
「・・・それより、どうやって刺さって、どんな致命傷だったんだアレ」
「佐藤、細かいことは気にするな」
「細かいか? 細かいか俺の疑問は?!」
 理不尽なものを感じるのは、自分だけだろうか?
 ・・・いや、今この台所で常識に近いものを持っているのは自分だけのようだ。
(少数派はいつもそんなもんだよな…)
 熱のこもった視線を送る鈴木を見上げ、開いたベランダの窓から青い空を眺め、・・・その後佐藤は再び「男の戦い」へと目を転じた。



「うあああああ!!」
「おおおおおお!!!!!」
 ふたつの雄たけびが、今、今かさなる。

「食らえ!サランラップ流派奥義・胡蝶刃斬ーーーーーーー!!!!!!」

 どう解釈したものかよくわからない大味な技名を叫び、ジョニーは最後の力をふりしぼった。
「ぐあああ!」
 まともにくらったシーカーは無様に体内のアルミホイルをぶちまけ、ドンと地に・・というより床に・・倒れた。
「み、みご・・・と・・・だったぜ・・・・・」
 にやり、と(空気だけ)最期に嫌な笑みをうかべ、シーカーはいきたえた。

「・・・・キチンとさん・・・・」
 ジョニーはもう帰らぬ人となった愛しい人のそばへ、膝をつく。



「・・・」
「・・・」
 悲しむ(推測)ラップを目の当たりにして、さすがの佐藤も黙り込んでいる。
 彼は、相手がどんな対象物であろうとも、悲しんでいるものに対して無粋な突っ込みが出来る人間ではない。黙って成り行きを見守る佐藤。その隣で鈴木も無言のまま立ちつくしていた。
 正直、彼(鈴木)が何を考えているかは誰にもわからないが。



「ああ・・・・・ああああ・・・・・なんて・・ことなんだ・・・」
 ジョニーは泣き叫び、大粒の涙を(雰囲気だけ)流した。
「あなたのいないこの世など、なんの意味もない!
 ・・・・しかしまだ俺は死ねないのだ!!」
 そう、ジョニーはまだ死ぬことはできない。組織に誘拐された妹の「クレ」を救うまでは、彼の闘いはまだ続く。
「キチンとさん・・・・」
 ジョニーは冷たくなった(元から暖かくもないが)キチンとさんの唇(とおぼしき個所)にくちづけする。
「すべてを終え・・・そのときは・・・・きっとあなたの元へ・・・・!」

 そして、彼は再び闇(冷蔵庫の陰)へと身を投じた。
 果てしない闘いは、幕が開けたばかりだった・・・・・・


  〜殺し屋ジョニー 愛しき者との永遠の決別 「完」



「・・・」
 残骸、もとい戦いの跡を見つめて、佐藤は軽く肩を落とした。
「なんていうか・・・」
 ラップの心境を思うと、思わずしんみりとしてしまう。
「うーん、男のドラマだったな。いいものを見た。
 さてと」
「・・・て 言った口の下で、ほうきとちりとり待機かよ」
「散らかったものは片付けなくてはな? アルミはこの前、ダースほど買い置きしてあるから心配はないことだし」
「それがギルドか?! ていうか、捨てるのか容赦なく!」
「捨てる以外にどうするんだ」
「いや・・・葬る・・・は変かやっぱ・・・」
「死して屍拾うものなし、と言うだろう」
「そりゃテレビだ。
 って、お前キチンとさんも捨てる気か!!お前には人情ってものがないのかよ?!」
「あるからこそ、こうして残量を確認して・・・」
「アホか! ていうより、お前の家の台所はどうなってやがるんだ!!」
「そうだな、今度捜索してみよう。そういえば、アルミホイルの中に別のラップが混じってなかったかな?」
 疲れたように視線をめぐらす佐藤。
「・・・お前一人でやってろ」
「冷たいな佐藤」
「っ! だから、俺を巻き込むなーー!!

 ついに叫んで、ぜえぜえ息を切らす幼馴染を眺めた後、散乱したアルミを片付けた鈴木がポンと肩を叩いた。
「何を今更」
「・・・・・・」

 反論の余地もない一言に、佐藤はつと冷蔵庫の影を眺め、次いで窓の外を見やる。

(・・・余計なこと考えなくてすむあいつらがうらやましい、とか思ったら『末期』か?やっぱり・・・)
 思わず、良く晴れた空をぼんやり見上げながら、ラップのジョニーの未来に思いをはせる佐藤であった。