ハナの調子がどうもおかしい。 頻繁に嘔吐をする。 つい最近もそうなって、獣医さんに連れて行ったのだけれど 血液検査でも異常はなかった。
今日も、何度も水を吐く。夜になって三度繰り返したので 獣医さんへ「歩いて」いった。 そうなのだ、吐く以外はまったく元気なのである。
歩くのは全然平気で、一日に何度も出たがって、歩くと「るんるん」という風情だ。
獣医さんがじっくりと触診をし、体温を計り、毛づやを見、全身をくまなく見、首をひねる。 「異常はないですねえ。何故でしょうねえ」
うちがいっている獣医さんは作家の高村薫さんにそっくりなので、ひそかに「カオル先生」とよんでいるのだが、カオル先生の眼鏡がきらりと光ったのを合図に、ぼくの中で思い当たることがみつかった。
「あの、犬にもストレスってありますよね」 「はい、もちろん」 「こいつはぼくの横にいつもいるんです。パソコンを打っていたりして夜遅くなるとき、寝ているようにみえるんですけれど、実は寝ていないんじゃないかと思う時があるんです。寝不足は関係ありますかね」 「うーん、寝不足はないでしょう。寝たけりゃどこかほかの時間で寝ますよ。だけど小さい犬に多いんですけれど、ぴったり人にくっついている犬ほどストレスは多いみたいです」 「人の変化が原因ですか?」 「ええ、よくみていますよ」
「前にきたときは、ぼくが風邪をひいて酷い咳をしまくっていたときなんです」 「そのときに吐き始めたの?」 「ええ。で、先生に点滴と吐き止めの注射をしてもらいましたよね。だけど完全にとまったのはぼくが治ったときなんです」 「じゃ、今回は?」 ぼくは言葉に詰まった。ハナが意味不明の嘔吐を再び始めたのは、家人の抗ガン剤投与の日からなのだ。
何とかそのことを説明すると 「うん、とにかく人の様子はとてもよく見ているから、明るい顔してあげましょう」とカオル先生。
犬は飼い主に自分を重ね合わせてくるのである。 何から何まで。 飼い主が弱れば犬も弱る。飼い主が喜べば犬も喜ぶ。 人間が思っている以上に一心同体なのだ。
「そうだったのか、ハナごめん」 といいながら帰路に。 長い距離をぐいぐいと元気よく歩いた。 ハナに問題はない。 問題はぼくたちだった。
今日は早く寝てやろうとおもう。
good night,sleep tight
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