ほんの少しだけ時間がとれたので、「余情」の取材に出かける。 帰ってきて、書き始める。
サルトルの短編集「壁」を読み始める。ほとんど散文詩のように読めるのだが。 自作は少し前進。
「こぺる」11月号を読む。(市販されていません)。 鶴見俊輔さんの「不良」ならではの啖呵のきりかたがいい。
イジメ、同和、 人を人として見ているかどうか、ということだと思う。 相手も、自分も、等量の視線で。
先日書いた、デビリテの続編を読む。 闇についての記述に刺激を受ける。 以下、自論のメモ。
20世紀末にブライアン・イーノやロバート・フイリップは、来るべき世紀についてexposureというキーワードを投げかけた。
一面、その言葉どおりの世界になった、かにみえる。しかし、メディアにコントロールされた、情報の暗黒部分がある。 一方、個人の暗部たる内面にも、メディアは容赦なく踏み込んでゆく。
何もかもがあからさまになっていくなかで、逆説的に闇にこそ生命力が蓄えられていく時代でもある気がする。 闇が滅びれば光は光ではなくなる。光が消えれば闇は闇とは違う「もの」になる…。
「闇を抱きしめる」 ふとそんな言葉が浮かんだ。
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