物語を運んでいく「手つき」、小説を書き進めていく「手つき」。 吉行淳之介さんがよく使う言葉だった。 「手法」に近い意味だけれど、少し違う、と解釈している。
実に感覚的な言葉だ。受け取る一人一人のイメージの中にしか存在しない言葉だとおもう。(言葉はみなそうとも言えるけれど) ぼくのイメージでは、例えば金網細工の職人だとか、漆の塗り師の「手さばき」のイメージに近い。
材料の取り扱い、吟味の仕方、何をどう生かすのかという検討と工夫、そんな作業にみえる「手つき」。 実際の制作作業にみえる、神経の鍛えられた「手つき」。 そんなイメージで小説を書くのだ。
むしろわかりやすいのは「生き方」の「手つき」のほうかもしれない。 どこと繋がり、どこと切れているのか。 何を信じ、何を信じないのか。どこに棲むのか。誰をどう愛するのか…。
それが醜悪なのは論外として、吉行さんがすぐれた「手つき」と評価するものは「神経が行き届いている」「客観的である」「悩むことに明晰である」 …そんな「手つき」であったように思う。
今日で、吉行さんについての学習が一段落した。書いたメモやらノートは原稿用紙で400枚を越えた。 明日から、自作の作業に集中したい。
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