吉行淳之介さんは自らの執筆スタイルを公開することに、なんの頓着もないかただった。 あるエッセイでは筆記具の変遷まで書かれている。
作家になられてからは、まず万年筆。それから鉛筆。 電気鉛筆削りを机の傍らに置いて、尖らせた鉛筆を何十本も用意していたという。 それから、原稿に消しゴムをあてられるので、消しゴム付き鉛筆を愛用され、このエッセイがだされた昭和51年頃にはボールペン愛好者になっておられる。 たぶん、最期までボールペンだったのだと思う。
そんな変遷の中で一貫していたのが、筆記具の持ち方である。 薬指と中指で挟むのだ。 ぼくも試しにやってみたけど、とてもじゃないけれど字が書けない。
全集のリーフレットでは、吉行さんの自筆原稿が紹介されているけれど、あの持ち方でどうすればこんな字が書けるのだろう、と思う。 字は草書ではなく楷書。丸文字ふうの字体である。
それを見ながら、先ほどのエッセイに戻ると、「自分は見かけによらず大きな字を書くのだ」とある。 たしかに、原稿用紙のマス目いっぱいに書かれている。特に漢字。
大きな字で書くということは、字のごまかしがきかないということだ。 例えば「驟」なんて字も、楷書だから線の一本一本がくっきり見えてしまう。で、吉行さんは、くっきり、正確に書かれているのだ。 あえて、そのスタイルを採っているということは、常に「明晰さ」を念頭においていた作家ならではといえないだろうか。
また吉行さんは、「字は遺伝するのではないか」とも書かれている。 父上(作家の吉行エイスケ氏)がどんな字であったかは書かれていないけれど、家族には絶対、原稿を見せなかったのに、妹の詩人、吉行理恵さんの原稿の字が自分とそっくりだったのだという。 マス目いっぱいの大きな字…。
「もし」といっても仕方がないけれど、今、吉行さんが現役バリバリでパソコンに向かっておられたら、と想像してみる。
しかしながら想像の中でのその姿は、タイプライターに向かうアメリカの作家のようだ。 くわえ煙草で、首を少し傾げているのだ。 文字面に酔うことを拒否する眼で。
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