散歩主義

2006年09月01日(金) 「レシート」多和田葉子 を読んで

多和田葉子さんの短編「レシート」を読んだ。(「新潮」9月号)

飛行機事故のショックで自らに関しての記憶を失った主人公が言葉によって「生きる力」を導き出すまでが書かれていた、と思う。

記憶を失った側からの視点で物語は進んでいく。
(主人公の女性が失ったものは自分自身の「名前」を筆頭とした自分に関する属性すべてであって、それ以外の事象は理解できるし、記憶もしている。)

持ち物は何もなく、レシートの一束だけが残されていて、それを読みながら自分への「手がかり」を探ろうとするのだが、主人公は「レシートに主語はない」(つまり誰だかわからない)という結論に行き着く。

レシートの解読場面がおもしろい。
しかしレシートに印刷されているのは、購入金額、時刻、商品名だけで、彼女のみならず、人は皆ひょっとしたらそれが「全て」なのではとふと考えさせられた。

何故なら医師とその甥や姪とのカウンセリングのような会話を通じて、「世界」にとって主人公の彼女が彼女でなくてもいっこうにかまわない、ということが露わになっていくからだ。

そして「記憶と名前を持った側」が「新しい記憶と名前」を彼女に与えようとするたびに、「無い側」の彼女によってそれが滑稽な欺瞞として鮮やかに浮き彫りにされてしまうのだった。

彼女は攻勢に転じていく。どうするかというとレシートを笑いのめすのだ。(漫才によって!!!)
物語のエンディングに近く、うねるような言葉の連射(漫才!!)は多和田葉子の世界。ぷぷぷ、と時々笑いながらも感心してしまった。
自分を取り巻く欺瞞を、自らの言葉で笑いのめしていく小気味よさがある。

多和田さんの他の著作でも感じたことだけど、生きていくために「自分の言葉」を持つことの大切さを今回も感じた。
『キックアウト「筋書き」』なのだ。

印象的なディテールの記述はこの作品でも相変わらず鮮やかだった。


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にしはら ただし [MAIL] [HOMEPAGE]