昨日も、そして今日も夕方に遠雷が鳴った。 昨日は何も起こらず、今日は夕立が降った。
その頃、ぼくはとりとめもなく鉛筆でノートに何事か書き付けるのを止めて、レイモンド・カーヴァーの「ぼくが電話をかけている場所」(村上春樹・訳)を再読していた。
アルコール中毒についての短編小説である。最初に読んだのはいつだろう。 忘れるほど昔のことだ。
アメリカの小説にはアルコール中毒を真正面から取り上げた小説がある。ぼくが感銘を受けたもののひとつが上記のレイモンド・カーヴァー。もうひとつがローレンス・ブロックの「八百万の死にざま」という長編小説だ。 こういう小説が日本にあるだろうか。 アルコールに寛容な国だから、たぶんないだろう。
あるいは中毒を克服して小説を書いた人がいないのかもしれない。 書こうとしながら溺れてしまい、ぼんやりした頭のずっと奥で、外へ出ようとしていた「声」があったかもしれない。 遠雷のように。
しかし予感だけで消えていく雷が、いつか本当に土砂降りの夕立を運んでくる時がある。 そうすれば少なくとも渇きは癒され、すっきりとした夕暮れが、静かに立ちあがってくる。
「雨よ降れ」 願いは切実だったろう。
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