| 2006年08月09日(水) |
ギャング・ストリート・キヤマチの「にゅわん」 |
木屋町のライヴハウスに行くなんて、ちょっと前なら考えられなかった。 ストリート・ギャングが跋扈する街の夜なんてね。
拙著「光函」のなかに「黄緑のシャツ」という作品があるんだけれど、恋人と歩いていてギャングに襲われた青年、というのは僕の身近であった実話。 職業などの設定は変えているけれど。
この街に来ると緊張する。 と、いっても元々不良だったハイティーンの頃はこのあたりを一晩中うろうろしたし、この街でバイトもしたこともある。
ぼくが巣くっていたのはジャズの店。そこにいないときはビートルズだけをかけている店にいた。 ジャズの店は30年以上続いていて、ビートルズ専門店は潰れた。
「ガロ」があった頃は村八分のおっかけがいた。「ママリンゴ」があった頃はジュリーのファンやデイヴ平尾、柳ジョージ、ルイズルイス加部のファンたちがいた。 火花のような短い「季節」だった。
ジャズを浴びながら、どんなに夜を凝視したって結局、何も起こらなかった。 と、思っていたけれど、夜が人間に刻印されていると知ったのはずっと後になってからだ。夜と、街と、ジャズが。
木屋町は京都のメインストリートのひとつ河原町の裏、高瀬川に沿った通りだ。 この三条から四条のあいだはダークサイド。発砲事件も殺人事件も放火もあった。 喧嘩は何度見たか知れない。
この繁華街にまったく足を向けなくなって何年になるだろう。 昼間は自転車での抜け道にちょうどいいからけっこう走っているんだけどね。
今日の用事は「にゅわん」のライヴ。 バンブー茂にいたタケコさんが東京から久々に京都に来るというので出かけた。
高瀬川を滑っていく風を受けながら、ネオンがぎらつく水面を見ていると 眼の横がひりひりする。 昔の思い出が一気に吹き出てくる。らりっていた男、泣いていた女、死んだ男、消えた女、ミュージシャンたち…。
あの頃と同じ匂いがする。 夜の匂い。水の匂いに似ている。 頭を振って正気を保ち、自転車を柳の木にくくりつける。 めでたい日なんだから、クールにいこうと思う。
ライヴハウスのあるピルはそんな木屋町のど真ん中だった。 早く着きすぎたから河原町へ出て六曜社で珈琲を飲む。 六曜社の珈琲こそおすすめ。ぼくは若い頃からずっとここの珈琲が好きだ。
お店は「アーバンギルド」という。こんなギャング・ストリートのど真ん中になんとも心優しい、クールなスペースがあったものだ。 店はコンクリートの打ちっ放しにアジアンテイスト。 シロップをたっぷり入れたチャイを飲みながらライヴを待った。
最初に登場したのが「ゆーきゃん」というドラムとギターの二人組。 とてもよかった。初めて聞いたんだけどとてもいい。 リッケンバッカーのギターと雲の上の風のような高い声。印象的な歌詞。 すっかり耳を奪われた。
ブレイクタイムに珈琲を注文。(お、ここの珈琲おいしいよ。)
続いて我らが「にゅわん」の登場である。 少し緊張気味だったけれど、二曲目ぐらいからじわじわとパワーが流れ出した。ピアノの音程が少し気になったけれど、ものともせずにタケコさんはゆくのだった。 全曲好きだけれど、個人的には三曲目の透明感が大好きだった。 彼女独特の「節」というか(「グルーヴ」なんていうとかっこつけてるかね)「うねり」があって、それが渦巻き出す瞬間があるんだよ。
で、「にゅわん」が終わると9時を大きく回っていた。 あー!!犬と猫が待ってる!!! 大急ぎで店を後にしなくてはならない時間。 おかげで桜井マミさんを見ることができなかった。残念。
木屋町へ出ると、道は若者たちで混雑していた。 ちょうどチャイと珈琲が効いてきて、カフェイン・ハイで滑るようにすっ飛ばして家に帰ったのだった。
で、今、これを打っているわけです。 ライヴはいいなあ。 音楽のヴァイヴレーション、声のニュアンスが直にくるからね。
素敵な夜でした。 「にゅわん」さんはじめミュージシャンに感謝!! お店のスタッフにも感謝!!
ありがとう。
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