多和田葉子さんの「ペルソナ」を読み出す。 この作品と「かかとを失くして」が多和田さんの出発点であり、「原器」ともいうべき作品なのではないかと思う。 連休明けには「ゴットハルト鉄道」を読み出す予定。
多和田さんを読み出したことは、創作にも当然影響を及ぼすだろう。多和田さんの日本語に対する意識の持ち方にも関心はあるけれど、ぼくがいちばんに惹かれるのは主人公がいろんな意味で「旅行者」である、ということだ。
その視点に何故か親しみを感じてしまう。ぼくがまた小さい頃から転居を繰り返す生活を送ってきたことも関係しているのだろうか。 ディスコミュニケーションをくぐり抜けてきたというべきか…。 特に表現の「身体性」には目を見張っている。 身体から世界を捉え直し、言葉が吐き出される感覚。ぼくがこれからいちばん意識したい部分でもある。
まるで呪文のように「身体から、身体から」と、意識し続けている。
|