菜種梅雨だという。 今週はずっと雨模様のようだ。
近所の大学も本格的に新年度がスタートし、家の前をゆく学生の数が増えた。毎年の事とはいえ、通りに活気が出る。
新入生というのはだいたいわかる。やはり服装が違う。 どうしたってまだ子供っぽい。 かたや三回生や四回生になると、木屋町か祇園のお店の方ですかと聞きたくなるような人もいる。実際バイトしてる人も多い。
毎年、着ている服でおおづかみの流行みたいなものがわかる。 街じゃなくて大学だから、びっくりするようなのは少ないけれど。 バブルのころはジーンズの子は少なかった。数えるぐらいだった。 今は圧倒的に多い。
ぼくが学生のころは高校生も大学生もとにかくジーンズだったから、なんだか懐かしい気がする。
それとやはりバブルのころは壊滅した「下宿」が復活しつつあるらしい。 ぼくらのころと同じぐらい、今の学生は経済的に苦しいからニーズが出てきたんだろうね。 いや、今のほうが苦しいかもしれない。学費も物価もあがっているけれど、バイトの給料ってほとんど変わらないんじゃないのかな。
辺見庸さんの「審問」を読んでいる。 こういう「ごりっ」とした人の表現を忘れてはいけないと自分自身いつも思う。 飛び交う哲学と文学の言葉の重さ。 そして「眼」のさまざまなありようを感じる。
多和田葉子さんの「旅する裸の眼」も並行して読んでいる。 想像力の飛躍に舌を巻く。こちらもキーワードは「眼」。そして「映画」。
ふたつの「眼」はみつめているところもまったく違うけれども抽象的なようでそうではない。 あくまで身体的であり、生理的だ。
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