「手で作る本」山崎曜・著(文化出版局)が届いた。 シンプルでとてもおしゃれな本である。 中とじ、和本、ハードカバーなどさまざまな製本方法が多く紹介されている。 いままで読んできたPCによる製本技術の本と違い、完全にペーパークラフトの技術に重点が置かれている。
中でいちばん面白そうに思えたのはイタリアの製本修復家カルメンチョ・アレギの考案した、まったく糊を使わない製本スタイルをアレンジした「交差式製本」である。 これならば紙の色、紙質などでアクセントがつけられる。 京和紙の「唐長」さんでも覗いてこようかという気になる。 市販本にはできない事ができる気がする。 問題は針と糸をぼくがどこまで使いこなせるかだけれど、 試作を繰り返せばスキルアップはできる。
だがそのやり方だと100冊を今すぐに、という事は無理だ。 一日何冊できるだろう。ひと桁が精一杯ではないか。 どなたかに記念として2冊か3冊、贈呈するのならばそれでもよいのだが。
装丁の綺麗な本、あるいは製本の工夫に充ちた愉しい本にはとてもひかれる。 しかし、それが第一義ではないはずだ。そんな思いが心に充ちてしまった。
「音函」の製作の時でも執筆が停滞してしまった。 その経験を生かして製本するならば、作品ごとに小冊子をつくり それを紙函に入れるというやり方がよいように思える。 それにしたってぼくにとっては書く事が第一義であるはずだ。
書く事である。
夜。 ハイヴイジョン特集で「中村吉右衛門、還暦からの挑戦」をみる。 実父の先代松本幸四郎が挑戦した、当時禁止されていた浄瑠璃と歌舞伎の融合という実験的な、僅か二日だけの公演(大喝采を浴びたという。若き吉右衛門も出演している。)の演目を新作歌舞伎に書き直して新たな伝統のページを開こうという試みである。
(当代松本幸四郎と当代中村吉右衛門は兄弟である。したがって甥に当たる当代市川染五郎も出演している。染五郎の役は昔、若き吉右衛門が演じた役である) 題は「日向嶋景清」。
台本を起こし、稽古や公演の都度に台本に書き込みを重ね、原稿をなんどもなんども書き直していく真摯な姿に打たれた。
演じている姿はまるでマクベスのようだった。
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