気温はかなり低く、しかし雪は降ってこないという天気。 北野天満宮の梅を見にいったらば、この低温にもかかわらず蕾はどんどん脹らんでいて、白梅が一輪だけ咲いていました。
どんなに寒くても、やがて春が来る。 植物たに内在している「時計」は刻々と春近しを告げているのでしょう。
谷崎潤一郎「月と狂言師」のなかの「磯田多佳女のこと」を読了。 通人、粋人には京風、東京風はなく、おしなべて同じタイプの人間だと谷崎が述べているのは、まさにそのとうりだと思いました。
ただし京都の古典芸能を東京風にアレンジするのはまちがい、とも。 京都の踊りでも東京風にすると結構、繊細なのは東京のほうなのだけれど、「そうしてしまうこと」が間違い。
つまり野暮なものは野暮でおいておく、それが「味」だから。 例えば野暮な地唄を洗練させたら味が無くなる、と。 谷崎はそういうことをいっているのだと理解しています。
だんだんお多佳さんの姿がイメージできるようになってきました。 何とも美しい、というと語弊があるけれど、まるで文人の美に殉じたようなその人生の最後といい ぼくのなかで物語ができつつあります。 なんとかまとめ上げることができればよいのですが。
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