慌ただしく一日が過ぎていく。 家の近くの古刹をのんびりと散策している老夫婦などを見ていると 自分たちはいったい何に忙しいのか不思議になる。
玄関外の石段をぞうきんで拭き、小さな注連飾りをつける。 屋根の上からこちらをのんびり眺めている野良猫たちもみんな元気だ。
夏目漱石の詩を読む。俳體詩というスタイル。試行錯誤の末に素敵な詩に到達していく様子が全集だからこそわかる。 源兵衛さんが練馬から馬で大根をもってきてくれるという詩。 おおらかで遊び心があって急所を掴んでる。 うはははと笑ってしまう、とてもいい詩。さすが、である。
谷崎潤一郎「月と狂言師」から「磯田多佳女のこと」を読み出す。お多佳さんは夏目漱石と因縁、浅からぬ方である。祇園の「文学芸妓」と呼ばれた人だ。 漱石全集の日記や手紙にあたって、漱石とお多佳さんの関係を思い描いていたのだけれど谷崎の記述はとても詳しく、さらにふかく思い描けそうである。
京都には彼女の研究をなさっている方も幾人かおられ、そちらの本にもあたってみたい。
いつになく文学まみれの年末だ。自分の表現が音楽ではなく文学である以上、もっと意識的になりたいと思う。もっともっと。
京都市発行の「市民しんぶん」の年内最終版のコラムが白川静先生だった。白川さんは現在、桂の東のあたりに住んでおられる。散歩のコースに桂離宮がはいっているのだけれど、その西側にあるほとんど知られていない御霊神社にもよられるという。京都に他にもいくつかある御霊神社は皆、荒ぶる魂の安寧を願いたてられた、平たくいえば謀略により殺された人の怨霊を鎮めるためにたてられたのだ。 桂の御霊神社ももちろんそうだ。実は桂離宮造営のきっかけにも権力闘争に敗れた皇族がいる。白川さんはそういう人への視線を語られる。 とても優しいことばで。
明日は大晦日。明日も忙しくなるだろう。
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