それはわからない。 だけどハワイの音楽が好きだ。 特にケアリ・レイチェルが好きで、今日は何度も何度も聴いていた。
小説もそうだけれど、音楽も「あわない」と何を聴いてもつまらない。 苦痛にすらなるでしょう。
食わず嫌い、聴かず嫌い、読まず嫌いなんてのもあるから、一度はためしてみないと自分の好きなものかどうかはわからないんだけれども…。
車谷長吉さんの「雲雀の巣を捜した日」を読んだ。文士の意地を知った。読んでよかった。 波瀾万丈の人生にはぼくとだぶるパターンの経歴が所々にあったりする。 土地の名前とか職業とか…。 苦く感じる言葉もあるけれど、この方は優しい方なんだと思う。 この本の文脈でいうならば、ぼくの場合夏目漱石全集が目の前にどんっとあるという巡り合わせを大切にしようと思う。岩波書店版の素晴らしい装丁の全集。このような本は「めぐりあわせ」でもなければぼくは買うどころか手にすることもできなかっただろう。 せいぜい図書館で読むぐらいだったか。それも怪しい。
文士を志し、しかし先立つものに恵まれなかった頃の車谷さんは図書館でいくつかの全集を読破する。 文士を志すのなら全集を読み給えという小林秀雄の著作からの言葉に忠実にしたがうかのように。 図書館で八ヶ月かかって筑摩書房版の「森鴎外全集」を読破されたという。
(しかしその前、慶応大学二年の夏休みに「芥川龍之介全集」を読破されている。)
ほかに「樋口一葉全集」「夏目漱石全集」、並行して「和辻哲郎全集」。 全集だから小説作品だけではない。エッセイ、日記、書簡、断簡零墨に至るまですべてである。これを図書館から借り出してすべて読み進めていかれたのだ。
その点、目の前に「夏目漱石全集」があるぼくなどとてつもない幸せものといえるだろう。 一巻から読むべきところなのだろうけれど、「夢十夜」「虞美人草」書簡、日記、小品と搦め手から読んでいくというところが、ぼくのひねくれたところというべきか。
最近は全集も絶版になるのが早くてこつこつあつめている「吉行淳之介全集」などが書店の棚にあったりすると大喜びしてしまうのだが。 それにしても高価である。 他にあつめているのは「須賀敦子全集」がある。
さてそこに谷崎潤一郎がくわわった。だけどもこればかりはとりあえず手に入る文庫を全部手に入れるという方法でいく。 やはり高価なのだ。中央公論社からでていて一冊4893円。全31巻。 しかも在庫だけが頼り。巻によっては版元にも在庫がなくて古本屋で探すしかないものがある。 まずは文庫ですべて読破していこう。
「遠い鐘」 6をアップしました。
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