散歩主義

2005年12月07日(水) 路地と辻子

am5:00 起床。寒い。ストープをつける。
       珈琲を淹れた後。掃除と洗濯開始。
am6:00 ハナの散歩。今日はいい天気♪

am7:30 朝食。ごはん、舞茸と白ネギのみそ汁、白菜とお揚げのたいたん、てんぺ(大豆を固めたもの)、キュウリとハムのサラダ、ヨーグルト。


●京都はいわずとしれた碁盤の目の街です。
四角い区割りの中に家が建っているのですが
その四角の土地にひとりが住んでいれば路地は生じません。
だけど、そんな広大な屋敷はありません。

その区割りをさらに細分化して人々が住むようになり
そのまん中あたりに住んでいる人が表に出る道が必要になります。また、一々角を回って反対に行くよりも中を突き抜けた方が早く表にでられる場合もあります。そんなことからできた極端に細い道が京都にはたくさんあります。

最初の中から表に出る細い道を「路地」といいます「ろーじ」という人が多いです。「路地」というのは基本的には行き止まりの道のことです。袋小路。(実は通り抜けられるものもあります)
それとは別に、さっきの例であげた突き抜けていく道、これを「辻子(ずし)」(図子とも書きます)といいます。この言葉は京都のまん中(中京区、東山区の祇園付近、下京区、上京区)にいる人しか使わないかもしれません。
要するに「抜け道」であり「近道」であり、「裏口でも商売をするための道」なんです。

中世から近世にできたであろう辻子が今でも残っています。
有名なところでは「団栗辻子」(どんぐりずし)。
ちょうど南座から鴨川沿いに南へ下がったところに団栗橋という橋があります。そこから東へ入った辺り。宮川町1丁目から2丁目へ抜ける道がそうです。このあたりは花街です。

町衆たちがこうしようや、とか相談しながら街を作っていったんでしょうね。辻子の入り口に立つと、道が狭ければ狭いほど駆け抜けたい気分に襲われます。

正午 昼食。焼きそば。

pm15:00 紅茶。

●本が到着。
「未来者たち」高橋睦郎・みすず書房/2002年西日本新聞に連載されたエッセイをまとめ、加筆し今年の10月に発刊されたもの。
詩はいつも読んでいるれけれど、この方のエッセイはとても勉強になります。

「声をなくして」永沢光夫・晶文社/今年の5月に初版。咽頭癌で声を失ったルポライター・インタヴュアーのドキュメント。
永沢さんのアングルは、取材対象に寄り添うようにある。常に社会的弱者に対する目線がある。そんな声を生業にする人が声を失った。
そんな彼のまわりに精神を傷つけられ、病み、死んでいく女の子がいる。
「生きる」ということを切実に願い続ける人たちの現場を知りたかった。

実はこの本はジェンダー研究で著名な上野千鶴子さんの書評で買おうと決めました。ぼくは彼女の言葉をエッセイで読んで、この人の言葉には嘘がない、と感じました。だから。

pm17:00 ハナの散歩
pm19:00 夕食。筑前だき、笹カレイ、ほうれん草のおひたしポン酢、揚げ発芽玄米餅に納豆大根おろしがけ。

●来年の年賀状に再びジャンに登場してもらうことに。戌年だからね。

●気がつくと「生きる」ことについての記事の切り抜きや本が集まりだしていた。作品はこの中から生まれていくと思うし、創りだしたい。




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