今日は祝日。 郵便局もお休みなので、「音函」の発送も出来ない。 部屋でいろいろなことを考えたり、散漫に過ごす。
何か書こう、とぼんやりとは決めていた。 しかし、書くことに入ることがためらわれる。 理由はぼんやりとは知っている。知っているけれども はっきりとさせなければ書けないことも知っている。
つまりどういうことかというと 「封を切ると大変なこと」になるからだ。
「封を切ると大変なことになる」というのは 多田智満子さんの最後の詩集「封を切ると」の 「郵便物あるいは悪夢」という詩の最初の行である。
最後の詩集のタイトルを「封を切ると」としたのは高橋睦郎さん。 詩に使われている時とは言葉の意味を変えている。 秀逸なタイトルの付け方だと思う。 「この詩集の封を切ると…」 とも読めるし、「…」や「この詩集」の部分に読者ひとりひとりが 言葉を埋め込むことが出来るからだ。
今日書いている文脈での「封を切ると」の前とあとに来る言葉は 「ぼくの封を切ると溜息が止まらなくなる怖れがある」となるだろうか。
本を印刷し、綴じて、形を整え発送するという作業から離れて 詩や物語のイメージを捕まえようとしたり、書き出そうとすると 一気に空気の比重が重くなる。体温が上がる。そして溜息をつく。 そうなるのはまさに「封を切る」感覚なのだ。
とまれ、多田さんの詩からは多くのことが学べる。励ましにもなる。 よく書くためには、よく読むことなのだと改めて思う。
詩集「封を切ると」の付録に書かれた小池昌代さんと池澤夏樹さんの 「寄せる言葉」を何度も読んでいる。 まるで息のようだ、血のようだと感じながら。
そうして結局、ぼくは詩集「封を切ると」の封を切って熱中しているのだった。
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